ⅢⅩ
全身にリューズが投げたナイフが突き刺さっているというのに、黒外套の動きは全く鈍らない。 しかしサリウスとリューズが分担して攻勢に出ることで、互角の状態を保っている。
リューズの投げたナイフは、黒外套を視界に捉えられている限り必ず当たると分かったため、黒外套はリューズが投擲したナイフを避けるために視界の外まで大袈裟に回避しなくてはならない。 再三に渡り、リューズの背後に回り込もうとするがその動きをサリウスが封じる。
こうすることで劣勢だった戦況がいくらかマシにはなってきた。 奇襲を受けてから数分がたった今、ジェイミーの血も勢いが治ってきているため止血には見事成功したと思いたい。
だが相手もバカではない。 リューズはナイフを投げるタイミングに気を遣っているのだが、手元に残ってるナイフの数が底をつきそうだ。
最初に投げた六本以外は全てかわされてしまっている。 かわすのに大袈裟な移動をする羽目になっているから時間を稼げているのだが、投擲できる武器がなくなった瞬間この戦況は一気に崩壊してしまう。
苦虫を噛み潰したような表情でリューズが残りのナイフを数えている。
僕自身も、ジェイミーの看病をしながらこの状況を打破しようと、必死に海に潜んでいるであろう魔物を探している。 しかし海の上からでは魚影はおろか、魔物の『魔』の字も見えはしない。 海に潜って探すしか対応策はないだろう。
だが今ここを離れればジェイミーが黒外套に一瞬で殺されてしまう。 僕も剣を構えているからだろうか、黒外套はチラチラ僕の様子を伺ってはいるが襲ってくる気配はない。
こうして考えている間にリューズのナイフがまたかわされた。 黒外套の速度は尋常ではない。
油断していえれば一瞬で姿を見失ってしまうだろう。
「ストールおぼっちゃま、わたくしめのことは放っておいてください。 あなた様にはあなた様にしかできないことがあるはずです」
唐突に、ジェイミーがボソリと呟く。
「だめに決まっているだろう。 血はようやく治まってきているのだ、今離れるわけにはいかない。 それに、僕がここを離れたら、誰がお前を守るというのだ」
「ご自分で、気づかれているのでしょう? この状況を打破する方法を」
ジェイミーは先ほどの僕の思考を観てしまったらしい。 つまり……
「わたくしめは元々何人もの人を殺してきた殺し屋です。 この手は血で染まっている、あなただたと比べれば命の価値等内に等しいのです。 なのでわたくしめは、ここで捨て駒にされても、なんの後悔も——」
「黙れ! お前の後悔など知ったことか! 僕が、嫌だから! お前が死ぬのが嫌だから必死に打開策を考えている! 何か、何か方法があるはずだ!」
もたもたなどしていられない。 今こうしているうちにリューズたちは徐々に追い込まれてしまっている。 思考をフル回転させて、何か方法を考えないと。
額を大粒の汗が伝っていき、胸の中が不安に占領されていく。 呼吸をするたびに、焦燥感が増していく。
だが、ジェイミーは無慈悲にも僕の手を払って立ち上がった。 清々しくもどこか迷いのない表情で、唖然とする僕の顔を見てニコリと笑う。
今動いてしまえばまた傷口が開いてしまう! 止めなければ! 僕はジェイミーを、大切な友人を失いたくない!
「ジェイミー! 動いてはだめだっ!」
「ストールおぼっちゃま。 わたくしめはあなたの未来を見ていたかったのですが。 あなたがこの先を幸せに生きていく確実な方法があるのならば、こうする他ないのです」
おい、待て。 待ってくれ。
必死に止めようと腕を伸ばすが、ジェイミーは重傷を負っているとは思えない身のこなしで僕の腕を払い除ける。
「わたくしめが自分から命を絶たない限り。 あなた様はわたくしめを見捨てない。 ならば、わたくしめが差し違えてでもあの者を始末しましょう」
「ちょっとジェイミー? あんた、何考えてんの!」
サリウスの言葉も無視し、ジェイミーがダガーを構えて黒外套を睨みつける。
嫌だ! いやだイヤだ嫌だ!
脳裏に浮かぶ最悪の可能性を払拭するために、必死にジェイミーを止めようとする。
「ジェイミー待ってくれ! 頼む! まだ時間はあるはずだ! リューズのナイフもまだ全て投げたわけではない!」
ジェイミーは振り返りながら、心残りが無いとばかりに笑い、突然僕を抱擁してきた。
優しく、母のような温もりを感じさせる抱擁。 僕とは七つしか離れていないにも関わらず、混乱した思考を落ち着けてくれるほどの優しい抱擁だった。
細く息を吸い、突然のことに動揺しながらも、チャンスだと思いジェイミーを抱き止めようと細い腰にがっちりと腕を回した。
「ストールおぼっちゃま。 分かってくださいませ」
耳元で、さざ波のような小言を呟くジェイミー。 直度、後頸部に強力な衝撃が走る。
「ジェイ、ミー! お、前!」
「申し訳ありません。 わたくしめの……大切なストールおぼっちゃまの足を引っ張るくらいなら、わたくしめはあなた様に恨まれることになろうと。 あなた様を生きて逃す手段を選びたいのです」
その言葉を最後に、僕の視界は闇に包まれていった。




