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ⅡⅩⅦ

 テントの中で寝っ転がりながら、外から聞こえてくる水音が聞こえないふりをしている。

 

「ちょっとスーくん? 覗いてないでしょうね!」

 

「覗くわけがないだろう」

 

 今、女性陣三人は湖で水浴びをしているのだ。 僕は余計な事を考えないように心を無にしている。

 

 まあ、テントの中にいるのだからジェイミーの視線からは外れている。 思考を読まれたりしないが、それでも余計なことは考えないようにするのが男としての礼儀であろう。

 

「お兄様! 覗かないでくださいね!」

 

「だから、覗かないと言っている」

 

 再三注意されてしまっているが、僕はそれほどまでに信用が薄いのだろうか。 それもこれもジェイミーが僕の心中を赤裸々に言いふらすせいだ。

 

 堅実なはずの僕の印象が、たった数日で地に落ちてしまったようだ。 実に迷惑である。

 

「ストールおぼっちゃま」

 

「だから、覗かんと言って———」

 

「なぜ覗かないのですか?」

 

 は? あの痴女メイド、今なんと言った?

 

「普通、女性からの『覗かないでね♡』との忠告は、覗いても許してあげるという隠喩でございます」

 

「ちょっとジェイミー! 何を言っておりますの!」

 

「ほら見たことですか、リューズお嬢様は先ほどからテントの方をチラチラと見ながら『お兄様はわたくしの体には興味ないのでしょうか? やっぱり、お胸が小さいから———』などと考えております」

 

「ジェイミー! 違いますのよお兄様! これはジェイミーの陰謀でございます!」

 

 悲鳴じみたリューズの声と共に、バシャバシャと水が跳ねる音が聞こえてくる。 随分と楽しそうだ。

 

「リューちゃんウケるー! 陰謀だとは言うけど否定はしないんだねー。 正直者だなーこのこのー!」

 

「サリウス様まで! ひどいですわ! わたくしがえっちな事を考えてるみたいに言わないでくださいませ!」

 

「いやあ、青春ですなー」

 

 あんなにも緊迫した逃走劇を繰り広げていたというのに、随分と元気なものだ。 そんなこと思いながらリューズたちの水浴びが終わるのを待っていたら、いつの間にか意識が沈没してしまっていた。

 

 

 ☆

 翌朝、目を覚ますと左腕の感覚がないことに気がつく。 血が止まってしまっているのだろう、慌てて血を巡らせようとして状態を起こそうとしたのだが、胸の上ですやすやと寝息を立てているリューズが目に付く。

 

 まだ無事に稼働する右腕でリューズの頭を優しく撫でてやると、嬉しそうに口をもぐもぐとさせ始め、自然と笑みが溢れてしまう。 僕の胸に涎を垂らしているのは、まあ見なかった事にしてやろう。

 

 眼球運動で左腕に視線を送ると、僕の腕を枕にして寝ているジェイミーが目に入った。 血が止まっていたのはこのせいか? と思い、無理やり左腕を引っこ抜くと、止まっていた血が流れ始めて腕全体がピリピリと悲鳴を上げ始める。

 

 眉間にシワを寄せながら痺れに耐えていると、腕枕を引っこ抜かれたジェイミーが目を擦りながら目を覚ました。

 

 寝ぼけ眼で僕の顔をじっと見た直後、何事もなかったかのように立ち上がって外に出ていく。

 

「サリウス。 お嬢様が起きるまで少し休みなさい」

 

「お? もう三時間経った?」

 

「まだ少し早いのですが、ストールおぼっちゃまに悪戯されて目が覚めてしまいました」

 

「あらま、お盛んですこと」

 

 そんな会話が聞こえてきたため、僕はリューズを起こさないよう声を抑えて反論する。

 

「変な勘違いをするな、勝手に僕の腕を枕にされて、血が止まっていたから無理やり頭を突き落としただけだ」

 

「あーね。 まったく、モテ男は辛いですなー」

 

「変なおちょくり方をするな」

 

 僕がぶっきらぼうに答えると、サリウスはジェイミーに何やら耳打ちをしていたが、さすがにテントの中まで耳打ちの内容は聞こえなかった。

 

 すぐにテントに入ってきたサリウスは、ニマニマした口で僕に一言だけ告げた。

 

「もう少し休んでていいよ? 鈍感スーくん?」

 

 ………意味がわからん。

 

 数分してリューズが目を覚ましたため、僕は湖の水で顔を洗いながら朝日を全身に浴びる。 そういえば昨日、この湖であいつらは水浴びしてたんだよな。 顔を洗った後だというのに、なんだか居た堪れない気持ちになってしまった。

 

「大変ですお嬢様! ストールおぼっちゃまが湖の水をえっちな目で見ております! 我々が昨日水浴びをしていたのを思い出して怪しい笑みを! しかも、その湖の水で顔を洗いながら何やら鼻の下を伸ばしているご様子!」

 

「やめんか! さすがにそこまで気色悪いこと考えとらんわ!」

 

 朝からジェイミーは絶好調だった。

 

 

 ☆

 お昼前に港街に到着した。 初めて離宮の外に出て、街に足を踏み入れながら行き交う人々を見て思わず感嘆の声が上がってしまう。

 

「見ろリューズ。 人がたくさん歩いているぞ」

 

「本当ですわお兄様。 この街は随分と栄えているのですね」

 

 不自然にキョロキョロと周囲を見渡していた僕たちを、サリウスがさりげなく肘でこずく。

 

「あんまりキョロキョロしない。 怪しまれちゃうでしょ? それに、この港街は人が少ないから全然栄えていません」

 

 僕は驚きで目を見開く。 栄えていないとサリウスが言っているが、パッと見ただけでも十人以上の人間が外を歩いている。 二桁も歩いているのに栄えていないとなると、一体栄えているところには何桁の人間が歩いているのだろうか?

 

 僕とリューズは大袈裟に見えないよう眼球運動で視線をそこらじゅうに巡らせ、街の様子を隅から隅まで観察していると、サリウスは呆れたような顔でジェイミーの肩をつついた。

 

「とりあえず、どうしてもこの二人は目立っちゃうから、そこら辺で適当な服仕入れてくるよ。 帽子かフード被らせとけばそれなりに誤魔化せるでしょ?」

 

「まあ、確かにこのまま移動させるのも目立ちそうですからね。 双子というのも少々目をひいてしまいますし」

 

 ジェイミーが気まずげに付け足すと、サリウスは一瞬目を伏せた後、何も答えずに僕たちから離れていった。

 

「お二方、とりあえずサリウスが戻るまで近くのベンチで待ちましょう。 サリウスが手配した船は港に泊まっておりますので、軽い食事を取ったらすぐに出発します」

 

 僕とリューズは同時にうなづいて、先導するジェイミーの後にカルガモの親子のようについていった。

 

 数分するとサリウスが鳥打ち帽と、ツバが短めのバケツを返したような帽子を両手の指でくるくると回しながら戻ってくる。

 

 サリウスが流れるような仕草で僕たちに帽子を被せ、ついでにと言って黒縁のメガネも渡してきた。

 

 僕が鳥打ち帽、リューズがバケツ型帽子をかぶり、二人ともメガネをつけて顔を見合った。

 

「お兄様、王国の紳士みたいで素敵ですわ!」

 

「リューズも似合っているぞ? 初めて見た形状の帽子だが、爽やかでいてアクティブな印象だな! 有名な探検家みたいだ!」

 

 嬉しそうに微笑むリューズを見て、僕は思わず頬が緩んでしまう。

 

「さーさー、お二人さん。 いちゃついてないで軽くご飯食べてから出発しますよ! 最後まで油断しないようにね!」

 

 もはや街に入ってしまえば追手の殺し屋も迂闊に手を出せなくなるし、一般人が多い街中に騎士が来れば一目でわかるからどうとでも対処できる。 それに僕たちは死んだことになっているから誰も僕たちの顔を知らないのだ。

 

 だからと言って完全に油断できるわけではないが、あまり肩に力を入れすぎているとそれこそ不自然になってしまうだろう。

 

 僕とリューズは先導する二人の後にくっつきながら、初めてみる街の風景を瞳に焼き付けつつ歩いていった。

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