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ⅡⅩⅠ

 結局二人の口論はしばらく続いてしまい、肝心な計画の相談が全く進まない。

 

 まったく、ジェイミーは冷静なやつだと思っていたが意外にも馬鹿なのではないか?

 

「ちょっとお待ちくださいお嬢様。 あの、そこで高みの見物を決めているストールおぼっちゃま。 聞き捨てなりませんね。 誰が馬鹿ですって?」

 

「言葉選びがおかしいぞ? 僕は一言も発していないのに『聞き捨てならない』というのはおかしい」

 

 僕が半分呆れながら返事をすると、今度はリューズがプンスカし始める。

 

「ちょっと! わたくしを差し置いて勝手にお話ししないでくださいまし! お兄様はなんて言っておりましたの?」

 

「わたくしめのことを馬鹿だとおっしゃいました。 ことあるごとに可愛い可愛いと言って口説いておきながら、馬鹿とは聞き捨てなりません!」

 

「ちょっと待てジェイミー! 誰もお前を口説いてなど……」

 

 弁明しようとしたのだが、本当のことなので強く言い返せないなどと思っていると、リューズがものすごい形相で僕を睥睨(へいげい)してきた。

 

「お兄様? お兄様がそんなにも浮気症だったなんて思っても見ませんでしたわ?」

 

「おい落ち着けリューズ。 誰もジェイミーのことなど口説いてはいない。 そんなこと一言も言っていないぞ!」

 

 本当に口には出していない、ジェイミーが勝手に僕の心をのぞいているだけだ!

 

「また言い訳をしているのですかストールおぼっちゃま!」

 

「ジェイミー! お兄様はなんて?」

 

「『口には出していないのは本当だ』などと言っております! わたくしが心を読めることを知っておりながら心の中で口説き文句を言っているのですから、これは口説いているのと一緒だと思われますが?」

 

 そう言われてしまうとぐうの音も出ないが、仕方がないのだろう! 癖なんだから!

 

「お嬢様! 今度は『癖なのだからしょうがない』だなどと文句を垂れています!」

 

「お兄様! そこに正座しなさい!」

 

 いや、もう正座しているのだが……

 

 なんて言えるわけもなく、僕は慌ててベットから降りてリューズの前に正座する。

 

「お兄様はわたくしとジェイミーのどちらが大事なのですか!」

 

「そんなもの、リューズに決まっているだろう?」

 

 即答したのだが、まさか一瞬の迷いもなく返答されるなどと思っていなかったのだろう。 リューズは狼狽しながら口籠もってしまった。

 

「そんな! ひどいですストールおぼっちゃま! あんなにも情熱的な口説き文句を言っておきながら、いざとなったら容赦なくわたくしめを捨てるのですね! 浮気相手の女はこうも簡単に切り捨てるのですか」

 

「お前、流石にそれは脚色しすぎだろう。 お前の中の情熱的な口説き文句は相当軽い文言なのか? まったく、いくらなんでも心が読めるというだけで嘘をつくのはよくないぞ」

 

「ぐ、ぐうの音も出ませんね」

 

 流石のジェイミーも、真顔で突っ込む僕の言葉にたじろいでしまう。 それを聞いていたリューズは顔を鬼のように真っ赤にしながらジェイミーを指差した。

 

「ジェイミー! あなたまでわたくしをからかっていたのですね!」

 

「いやはや、あなた方ご兄妹は実にからかいがいがございますので……」

 

「ジェイミーも正座ですわ!」

 

「はい喜んで」

 

 実に綺麗な姿勢で正座をするジェイミーを横目に見ながら、僕は盛大なため息をついて天井を見上げた。

 

「——話が進まねぇ」

 

 

 ☆

 僕とジェイミーが正座し始めたことで、ようやく口論が落ち着いたのを見計らい、僕は真剣な顔で計画を進めようとする。

 

「で、だ。 ここから脱出する際に僕たちは死んだことにしなければいけないわけだが。 一つ気がかりなことがあるんだ」

 

「ファエットさんのことでございますね?」

 

 隣で正座をしていたジェイミーがボソリと声を漏らす。

 

「確かに、ファエットは今までわたくしたちにとっても良くして下さいましたわ。 訳を話せばわかってくれると信じたいのですが……」

 

「いいえ。 無理でございましょうね。 あの方はレイダー様に忠誠を誓っております。 万が一我々が逃走したことがバレてしまった場合レイダー様の責任問題になりますし、あなた方が暗殺でもされてしまったということが知れても、ファエットさんはレイダー様からの信用を失うことになります。 余程の事情がない限り協力はしてくれないでしょう」

 

 ジェイミーの指摘を聞き、唸りながら思考を巡らせる僕とリューズ。

 

 今まで散々世話になっているのだ、恩を仇で返すようなことはしたくない。

 

 ファエットが極悪執事だったのなら心置きなく脱走できたのだが、僕たちを我が子のように大切に育ててくれたからこそ、裏切って脱走するのがどうしても気に病まれてしまう。

 

 月光が差し込む室内に、重苦しい空気が充満する中、ジェイミーが何か思いついたように声を漏らした。

 

「自殺でしたら、誰も責任を追求されないのでは?」

 

「おいおい、流石に自殺を偽装など難しくはないか?」

 

「いえ、簡単でございます。 なんせ今は壁の一部が壊れていますし、遺書の一つでも残せば疑いようもないではないですか」

 

 僕とリューズはゆっくりと顔を見合わせた。

 

「僕たちは簡単かも知れないが、お前はどうするんだ?」

 

「そうですわ、わたくしたちは環境が環境だったので、自殺していたと偽装するのは簡単ですが、あなたはそううまくいかないはずですわよ?」

 

 眉を歪める僕たちの顔を順繰りに見たジェイミーは、フッと鼻を鳴らしながら指を立てる。

 

「離宮の外には魔獣がおります。 姿をくらませたあなた方を探して必死に森の中を駆け回り、魔獣に食われたことにしてしまえば死体も見つからず、全員不慮の事故で亡くなったと誰もが思い込むでしょう」

 

「なるほど、あとは状況証拠をいくつか残せばなんとでも解釈できるよな」

 

 顎をさすりながら小さく頷く僕。 そんな僕を見ながら、ジェイミーは「それと」、と言って言葉を続けた。

 

「幸いなことにストールおぼっちゃまの絶眼は既に性能がわかっております。 魔獣を操ることができるストールおぼっちゃまになら、この作戦の成功率をグッと上げることができるでしょう」

 

「魔獣を操る? 昨日の騒ぎの時のことか?」

 

「ええ。 あなたは昨日、ヘルガルムの群れに『失せろ』とおっしゃられていました。 その直後に不自然なほど呆気なくヘルガルムの群れはその場から去って行ったので、あなた様の絶眼は『操作』の力を持った従獣の絶眼だと推測できるでしょう」

 

 なるほど、本当に僕が魔獣を操ることができるのなら、隙のない策を興じることができる。

 

 あとは僕たちはファエットにバレないように離宮の裏に広がっている断崖絶壁まで向かい、崖っぷちに靴や遺書を残しておけば飛び降り自殺を装うことができる。 この海域は死の海域と呼ばれていて、誰も近づかないし潮の流れも複雑だと言っていた。 もし飛び降り自殺したとしても死体は見つからないと誰もが考えるだろう。

 

 あとは僕たちは何事もなかったかのように国外に逃げ延びるだけ。 なんだ思ったより簡単じゃないか。

 

「完璧すぎて文句の付け所のない策だな。 いつ決行する?」

 

「とりあえず仲間の協力を促しましょう。 離宮から出るのは簡単ですが、問題はその後でございます」

 

 ジェイミーが眉間にシワを寄せながら懐に手を突っ込んだ。 思わず目を見張ってしまった僕だったが、横にいたリューズが「見てはいけません!」などと言って、慌てて僕の目をピースサインでつぶしに掛かってきた。

 

「お兄様の変態!」

 

「いや、僕は何もやましいこと考えてないし見てないぞ!」

 

「でも今、見ようとしておりましたわ!」

 

 目を押さえながら必死に抗議する僕の肩を、リューズがポコポコと叩き始める。

 

「真面目な話をしますのでイチャつくのはおやめ下さい。 これはこの離宮周辺の地図でございます」

 

「すまん、目が潰されたから見えん」

 

「心の目でご覧ください」

 

「無茶言うな」

 

 ジェイミーが広げた地図を、ぼやけた視界に入れると離宮周辺の地形が事細かく描かれた地図が広げられていることが確認できた。

 

 離宮は大森林の中央に位置していて、森林を壁が囲っているのが確認できる。 残念ながら抜け道はなさそうだ。

 

「ここが離宮ですが、一番近くの港町まで馬車で三日、しかもここいらには凶悪な魔獣が跋扈(ばっこ)しております。 魔獣に関してはストールおぼっちゃまの絶眼でどうとでもできるでしょうが、流石にわたくしめ一人でお二人を護衛するとなると骨が折れます。 なので仲間にも協力を要請しましょう」

 

「そのお仲間は、女性の方ですか?」

 

「ええ、とても美人でスタイル抜群の殺し屋です。 得意な暗殺方法はお色気ですからね」

 

「お兄様、鼻の下が伸びておいででしてよ?」

 

 僕は慌てて鼻の下を隠すが、全然伸びていない。 しかしリューズはジトーっとした瞳で僕をガン見している。

 

「今、何かやましいことをお考えだったのでは?」

 

「いや、先に言っておくが何も考えてなかったし鼻の下は伸びていなかったぞ?」

 

「お色気が得意でスタイル抜群の美人らしいですが、ご感想はいかがです?」

 

「まあ、信用できるかが心配だな」

 

 嘘だ、ぶっちゃけ実際に見てみたい気もしないでもない。 あ、しまった!

 

 と、言うのは冗談で………

 

「お嬢様! ストールおぼっちゃまは今『ぜひ会ってみたい』とおっしゃっておりました!」

 

「お兄様のバカ!」

 

 ビタンと乾いた音を響かせながら、僕の頬に紅葉マークが綺麗についてしまう。 ひどい、こんなの横暴だ。

 

「とまあお嬢様、おふざけはここまでに致しましょう」

 

「おふざけではありませんが、お兄様には厳重な監視が必要ですわね!」

 

「お任せください、ストールおぼっちゃまが良からぬことを企んだとしても、わたくしめが密告致しますので」

 

「それはとても心強いですわ! ジェイミーがわたくしのメイドで本当によかった!」

 

 さっきまで口喧嘩していたくせによく言うよ。 とにかく、地図を見る限り森に隠れながら移動すれば港まで見つからずに移動できると言うことは分かった。 問題は魔獣からの護衛だけではないだろう。

 

「ご察しの通りですストールおぼっちゃま。 問題は食料と水でございます」

 

「港に向かう途中に森以外何もないからな。 途中で自給自足をするか、お前の仲間に運んでもらうしかないだろうな」

 

「そうしたいのはやまやまでございますが、食料などを運ぶとすれば馬車などで運ぶ必要がございます。 そうなってしまうと目立ってしまう上に関所で捕まります。 ここに入る者は王国騎士団に細かく身分調査をされますので、仲間の偽装した身分証も簡単にバレるでしょう」

 

「入るとしても、王国騎士団の監視を逃れないといけないと言うわけか」

 

「ご安心を、荷物が少なければ入るのは問題ないでしょう。 我々はプロですから。 侵入は容易いです。 問題は出る時ですね。 あなた方素人が間違いなく足を引っ張ると思われますので」

 

 ド直球で足手まといだと言われたが、ぐうの音も出ない。 確かに僕たち程度の知識やスキルでこの離宮周辺を囲っている関所を抜けられるだなんて微塵も思っていない。

 

 ここら辺は潜入のプロであるジェイミーたちの力を借りるべきだが、どうにかならないものか?

 

「海から逃げることはできませんの?」

 

「お嬢様、先日ファエットさんが言っていた通り、ここいらの海は死の海域と言われておりまして、潮の流れがひどく複雑で普通の船は通れない上に、海だと離宮から丸見えでございます。 ド阿呆にも程があると思いますが?」

 

「ジェイミー! そのド阿呆って言い方は少し(しゃく)(さわ)るのでおやめくださいな!」

 

 それは僕も前から思っていた。 馬鹿と言われるよりド阿呆と言われる方がひどく腹が立つ。

 

「とりあえずは食糧の件は我々でどうにか致しましょう。 最悪この森には川も通っていますし、倒した魔獣を調理してしまえばなんとでもなります。 ひとまず脱走の手立てを仲間と相談致しますので。 また明日、ファエットさんの見張り時間を利用して会議をいたしましょう」

 

 何食わぬ顔で話をまとめ始めたジェイミーがチラリと時計を確認する。 ちょっと待ってくれ、魔獣って食べられるの?

 

「見張り交代まであと一時間でございます。 仲間と連絡する時間も欲しいのでわたくしめはこれで失礼いたします。 くだらない質問はまた後日伺いましょう。 夜も老けて参りましたのでお二人はごゆっくりお休みください」

 

 食の問題をくだらないと一笑したジェイミーは、礼儀正しくお辞儀をして部屋を出ていった。

 

 そんな彼女の背中を、僕とリューズは無言で見送るしかできなかった。

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