Ⅱ
翌朝、カーテンから漏れた陽光が眩しくて目を覚ます。 昨日のぼせた後感じていた浮遊感はすっかり抜け、体もすごく軽くなった。
しかし、今なおのぼせて寝ている間に見た夢が頭から離れない。
天蓋星成、あの美しい榛色の瞳も、濡れていてもなお目を引く透き通った肌も、柳色の細くて柔らかい毛も。 全てに見覚えがあり、思い出すだけで胸がキュッと締め付けられる。 記憶に焼き付けられた彼女の、満天の笑顔が脳裏をよぎり、全身が熱を帯びる。
ベットから上半身を起こし、かけられていた布団をひっぺがす。
今すぐあの娘に会いたい。 会わなければならない。
手がかりが少なすぎる、あれから必死に思考を巡らせたが何も思い出せない。 思い出せるのは浸水する船の中にいた絶望感と、写真のように脳裏に焼き付いた笑顔だけ。
いてもたってもいられなくなった僕は、むしゃくしゃを晴らすように部屋を飛び出した。
私室のすぐ外で、僕を起こしにきたファエットとすれ違い「ぼっちゃま? どちらにいかれるのです? 朝食ができておりますぞ! ぼっちゃま! ぼっちゃまぁぁぁぁぁ!」などと聞こえてきていたが、走り出さずにはいられなかったのだ。
こんな離宮に閉じ込められている場合ではない、早くあの娘に会わなければ!
「お兄様? どちらに行くのですか?」
突然、耳に心地よい、鈴の音が響いたような優しい声音を聞き、思わず足を止める。
キョトンとした顔で僕を呼び止める、薄瑠璃色の髪を伸ばした少女を見て、僕はいつもの調子で声をかける。
「リューズ? 起きていたのか?」
「ええ、それよりもお身体は大丈夫ですか? 昨日はのぼせて倒れてしまったと聞き、わたくし心配してよく寝れませんでしたわ」
今にも泣いてしまいそうな、儚げな顔を向けてくる。
僕に唯一残された、たった一人の家族。 リューズ、双子の妹だ。
「ああ、心配かけたな。 それよりも僕は早くあの娘を探しに………」
言葉の途中で違和感を感じる。
突然言葉を詰まらせた僕の顔に、リューズの榛色の双眸が向けられた。
どこか、似ている?
「お兄様? まだお体の調子が良くないのですか? あの娘、と言うのは一体? と、ともかく! 今は部屋でお休みになられた方が………」
「ああ、すまん。 気にするな。 なんでもないんだ。 なんでも」
雪のような白肌に、桜色の唇。 整った輪郭にスッと伸びた鼻筋。 そして、不安そうに向けられている視線に懐かしさのような、見覚えがあるような、妙な感覚に襲われる。
冷静に考えれば、見覚えがあるのは妹だから当然のことなのだが、僕が言いたいのはそう言うことではない。
あの娘に、似ている気がしたのだ。 薄瑠璃色の髪以外全てが。 僕を心配するように向けられた、思いやりに溢れた優しい眼差しが特に。
「ぼっちゃま! 突然どうなされたのです! 昨日あんなことがあったのですから、安静になさっていただかないと! 何かあったらどうするのですか!」
ファエットが血相を変えて駆け寄ってきたことで、ふと我に帰る。
「ああすまんなファエット。 朝食だったか? 今いく」
「お兄様! ご一緒に参りましょう?」
リューズが頬を紅潮させながら手を差し出してきた、いつものことなのでなんの躊躇もなく差し出された手を握る。
僕たちは昔からずっと一緒に過ごしてきた。 どこか遊びに行くにも仲良く手を繋ぎ、同じ絵本を二人並んで読み、同じ星空を見上げて満面の笑みを浮かべていた。
いつもと何も変わらない。 変わらないはずなのに、リューズの柔らかな手を握った瞬間、僕の心は不自然に高鳴った。




