ⅩⅦ
月が不気味に輝き始めた頃、ファエットが壊れた壁の応急処置に取り掛かっていた。
林に生えていた太い木を数本切り伏せて、それを軽々と壁の近くに運んだ後、なれた手つきで板状に加工していく。
まるでチーズを切るかのような手つきで木材を作っていくファエットを見ていると、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
手際よく作った木材を破壊された壁に取り付けていき、応急処置を続けている。 しかし木製の壁ではさっきのような魔物が現れた際にすぐ破壊されるだろう。
「ご安心をストールぼっちゃま。 あの壁が修復するまでの間は、わたくしめとファエットさんで交代しながら見張ります」
「それはよかった。 それにしても今回のは一体なんだ?」
「長年魔物の体当たりを防いでいた壁に綻びがあったのでしょう。 我々が壁の点検を怠っておりましたね。 面目のしだいもございません」
ジェイミーが素直に謝っている。 ものすごく驚いたが、有無を言わさぬ速さで顔を上げたジェイミーを見て考えるのをやめた。
「謝るのは当然のことでございます。 今回魔物の侵入を許したのは我々従者の怠慢が原因なのですから」
「わ、わかったから自分を卑下しないでくれ。 リューズが怖い目にあった以上、素直に許すと言葉にすることはできないがな」
「はい、わかっております。 二度とこんな失態は起こさないよう注意します」
ジェイミーは深々と頭を下げながら、寝息を立てているリューズを心配そうな顔で眺めている。
「それにしても、あそこであの狼たちが退散してくれてよかった」
「無意識だったのでしょうか? おそらくあの力は、ストールおぼっちゃまの絶眼ではないかと推測します」
「僕の、絶眼?」
「ダレオス王の血を引き継いでいるのですから、ストールおぼっちゃまにも絶眼があって当然でございますが?」
「ちょっと待て、どういうことだ?」
「先日申したではないですか、皇道十二王家の血を引き継ぐものは絶眼という特殊な力を持つと」
『何を今更?』とでもいいたげな顔で見られても、何の説明もされてないのだからわかるわけがない。 それを調べたいから書斎に行こうとしていたのに。
「書斎にそういった資料はありませんよ? 我々以外にも商人が細かくチェックしていますから漏れはないと思います」
「まあそうだよな。 じゃあお前が教えてくれ。 絶眼ってなんだ? 皇道十二王家ってのも詳しく教えてくれ」
「脱走するためでございますか?」
答えづらい質問を直球でぶつけてくるジェイミーをじっと見ながら、アゴにシワを寄せる。 まあ、脱走したいというのもあるが、さっきの事件の直後だ、僕が絶眼の正体を知りたい理由は他にある。
「脱走以前に、その力の正体が分かれば僕がリューズを守れるかもしれないからだ」
「そうでございますか。 まあ、確かに今日は我々のせいでお嬢様を危険な目に遭わせてしまいました。 あなた様に絶眼の力をお伝えするのはやぶさかではないと思います」
ジェイミーは眉をハの字にしながら口を開いた。
「絶眼には種類があります。 『予知』『付与』『操作』『看破』『支援』『共有』時たま例外もございますが、力の内容によって大きく六つに分けられているのです」
ジェイミーの説明を聞いてようやく絶眼の秘密が明らかになった。
人それぞれ発生させる能力に違いはあれど、大きく六つに分けられる力を持っていて、その全てが視界に映った対照に働きかける力らしい。
例えば『看破』の場合、ジェイミーが使っている読心の絶眼がこれに付随する。 相手が考えていることを見通す力だ。
「これは仮説ですが、先ほどの動きを見る限り、ストールおぼっちゃまの絶眼は『操作』だと思われます。 まあ、ダレオス王が同じ『操作』の力を持っているという噂だったので、ぼっちゃまと血が繋がっている者たちは皆、『操作』の権能を授かっていると推測できるでしょう」
ジェイミーの仮説だと、僕の場合は『操作』の絶眼。 父上も同じ『操作』の絶眼を持っているようなので、血統によって引き継ぐ力の性質は決まっているのだろう。
と、いうことは僕が絶眼を使えるのならば……
「お察しの通り、お嬢様も何らかの力を持っているのでしょう」
「僕たちが絶眼の力を使ったら、お前たち二人では対処が難しくなるから、その力に気づかせないように情報管理をしていたのか」
「その通りでございます。 特にストールおぼっちゃまの絶眼は、非常に強力すぎるかと」
僕の絶眼か、何だか意識して使ったわけではなかったのであまり実感が湧かない。 いまだにヘルガルムの群れが去っていったのは奇跡としか思えない。
「絶眼の恐ろしいところは、意識していないうちに能力が発動してしまう点にあります。 わたくしめも、覗きたくて他の方の心根を覗いているわけではないのです」
「…………そう、だったのか」
ジェイミーのことだから、また僕のことをからかおうとしてくるかと思い、無意識に次の言葉を待っていたのだが何も言ってこなかった。 今日のジェイミーは何だかいつもと違って大人しい気がした。
「当たり前でございます。 自分達の失態で主人の命を危険に晒したのです。 悔やんでも悔やみきれません。 でもまあ、そこまで言うのでしたら、お望み通りすぐにでもストールおぼっちゃまをいじって差し上げますが?」
「いやいらんわ。 って言うか『そこまで言うのでしたら』って言葉選びはおかしい。 僕は何も言ってないからな。 お前が勝手に僕の思考を覗いただけだろ! 変なところで気を回すな」
僕が苦笑いしながらツッコミを入れていると、寝ていたリューズが眉間にシワを寄せながら苦しげに唸り始めた。
僕とジェイミーは反射的にリューズに声をかける。
「お嬢様! お嬢様! お目覚めになりましたか?」
「リューズ! 無事か! どこか痛いところはあるか?」
ゆっくりと瞳を開いたリューズは、呆然としながら僕とジェイミーの顔を交互に眺める。
すると、目が覚めたばかりで脳が覚醒していないのだろうか? 上の空のままゆっくりと口を開いた。
「…………光輝、くん?」




