ⅩⅤ
「なあファエット! 僕は新しい家具が欲しい!」
「はい? いきなりどうなされたのですか?」
朝食の最中に僕が放った言葉を聞き、ファエットは眉を歪ませる。
「最近船の模型作りをしているだろう? だから僕は自分で家具を作ってみたいと思ってしまったんだ。 生活を便利にするための家具を自分で作って愉悦に浸る。 楽しそうじゃないか?」
「ええ、まあそれはそうですが。 しかし、自分で作るとなると相当大変ですぞ?」
「大変なものこそ、作った後の達成感が素晴らしいのではないか。 昨日船の模型を作ってる時に感じたのだ」
僕は朝食を食べる手を止めながら大仰にうなづく。
「やすりがけも塗装も適当だったストールおぼっちゃまの言葉とは思えませんね」
すかさず鋭い視線を向けてくるジェイミー。 『一体何を企んでいるの?』っとでも訪ねてきそうな鋭さだ。 僕は、ナニモヤマシイコトハカンガエテナイヨ。
まずい、ジェイミーの鋭い視線がさらにキレを増した。 いいや僕はやましいこと考えてないんだから平常心だ! 落ち着くんだ僕。
「でも、確かにお兄様と家具を作ったりするのは楽しそうですわ! 一緒に遊び小屋を立てたりするのも楽しそうですの!」
「こ、小屋を作るのか? それは流石に建築士の腕が必要じゃないか?」
「いいえ、別に生活するわけではないですもの、形にさえなっていればいいではないですの! 秘密基地ですわ!」
「秘密基地の割にはみんなが聞いてるところで堂々と発表するんだな」
「細かいことはいいんですの!」
リューズはやる気が溢れすぎて小屋を作るなどと言い出した。 これはこれでまあ結果オーライだ。
あ、結果オーライっていうのは、僕はただ何か自分の力で家具とかを作りたかっただけだから、それが家具なのか部屋なのか。 ちょっとした違いだったというだけの話で………
なんて考えながら恐る恐るジェイミーの顔色を伺う。 もはや狙撃手の如き切長の瞳を僕に向けているため、余計なことは考えないようにしようと思った。
「まあ、どちらにせよ今日は模型を組み立ててしまいましょう! 塗料も流石に乾いているはずですわ!」
「まあ、それもそうだな。 急ぐことでもないし、模型を組み立てた後は一緒に家具の設計図でも書くか?」
「設計図! 楽しそうですわ! ですが先に船を池に浮かべたいんですの!」
「ああ、そうだったな。 今日は船を組み立てたら池に浮かべようか?」
「ふふ! 楽しみですわ! わたくしのお船はちゃんと浮いてくれるでしょうか?」
嬉しそうな顔で首を傾げるリューズを見て、僕もなんだか嬉しくなってしまった。 しかしまあ、ジェイミーの視線がずっと僕の背中に突き刺さっているのがどうしても怖かったせいで、正直に喜べなかったのだが。 今日も私室に帰ったらすぐに床に着こう。
模型を無事に組み立て終わると、いつも通り講義と昼食、稽古を済ませて夕食前の自由時間になった。 おそらく僕自身も船を浮かべるのを楽しみにしていたのだろう、講義も稽古も身が入らなかった。
昨日リューズに大敗を喫したせいで稽古の方はいつも以上に厳しかったから、ファエットに散々どやされてしまったがそれはそれだ。
稽古が終わった瞬間リューズは完成させた船を取りに走っていってしまった。 どんだけ体力が余っているのだろうか。
僕なんかファエットに遠慮なくしごかれてヘトヘトだ。 足を投げ出しながら芝生に尻餅をついていると、ファエットが真剣な顔で何か考え事をしていた。
「ぼっちゃまはまず足腰から鍛え直すべきじゃろうか、リューズお嬢様と比べると体力不足が目立ってしまっているからのう」
物騒な独り言が耳に刺さり、僕は慌てて立ち上がってリューズの後を追いかけた。
しばらくして、リューズと一緒に船を持って中庭にやってきた。 真ん中にある大きな池の前に二人かがみ込んで、緊張した面持ちで水面を眺めている。
「お兄様、とうとう出港する時が来ましたの」
「そ、そうだな。 まさかこんなにも緊張するとは思わなかった」
「ど、どこから着水させればいいのでしょうか?」
生唾を飲み込むリューズを横目に、僕は視線でファエットに助けを求めた。
「はっはっは。 おそらく普通の船は船首から着水するかと思われますぞ? 本物の船はおぼっちゃまたちのように手に持って運んだりできませんからな。 台車に乗せて海に滑り込ませるように着水させるのではないでしょうか?」
ファエットの指摘を聞き、僕たちは自然と目を合わせながら大きくうなづいた。
なぜか震える手で舟底を水面につけ、恐る恐る手を離す。
「う、浮いた! 浮いたぞ!」
「す、すごいですわお兄様! お兄様の船が浮いています!」
水面に、僕が作ったガレオン船の模型が浮かんだ。 面舵いっぱい! っと言いたくなるのは僕だけだろうか?
模型の船が浮いたというだけで興奮し始める僕とリューズ。 ファエットもなぜか感嘆の声を漏らしながら控えめな拍手をしている。 ちなみにジェイミーは直立不動のままだった。
僕の船が浮いているのを見て、リューズも自分の船を水面につけた。 しかし中々手は離さず、逆にプルプルと震えだしてしまう。
「手、手を離すのがなんだか怖いですわ!」
「は? どうしてそこまでいって怖がるんだ?」
「だって、沈んだら嫌ですもの!」
頬を真っ赤にさせながら風船のように膨らませるリューズ。 僕は呆れながらもリューズの後ろに回り込み、小さな体に覆いかぶさりながらリューズの震える手に自分の手を添えた。
「ほら、一緒に離してやるから覚悟を決めろ」
「は、はいですわ」
緊張して耳まで真っ赤になるリューズを横目に見ながら僕が先に手を離す。 それに続いてリューズも手を離した。
それまでの心配が嘘かのように、リューズの船も水面を旅し始める。
無事に出港した二隻のガレオン船を見て、僕とリューズは満面の笑みでハイタッチした。




