ⅩⅣ
夕食後、地面にのの字を書きながらあからさまに不貞腐れる僕。 いつもなら寝る前の天体観測の時間なのだが、屋上でリューズと並んでいる僕は空など見ずにむくれている。
「お兄様、そんなに落ち込まないでくださいませ! 今日は調子が悪かっただけですわ」
「そうですぞおぼっちゃま! でもまあ、明日からはもう少し稽古の内容を見直しましょうか」
不貞腐れる僕をリューズとファエットが気まずそうな顔で慰めている。 もう、慰められると余計に悔しいからやめてくれ!
「ストールおぼっちゃま。 今まで真面目に稽古していたにも関わらず、今日初めて実践をしたお嬢様に手も足も出なかったことを悔やむ気持ちはわかりますが、いい加減機嫌を直しませんとお嬢様が悲しみますよ?」
くそ! この鬼メイド! わざとトドメを刺しにきたな!
僕が鬼面で振り返ると、怪しい魔女のような笑みを浮かべながら口元を隠しているジェイミー。
『実に滑稽でございますストールおぼっちゃま?』っとでも聞こえそうな笑みだ、腹立たしい。
リューズは落ち込んでいる僕を元気づけようと、一生懸命何気ない会話を続けようとしている。 まあ、ぶっちゃけた話昔からリューズはいろんなことで才能を見せてきたから、こうなることもわからないでもなかった。
頭の方は大して良くはないのだが、教わったことを純粋に学んで要領よく自分に落とし込む。 いわゆる天才というやつだろう。
手先も器用だし笑顔は可愛いし。 性格は優しいし料理と勉強以外は何をやってもすぐに達人級に上手くなる。 羨ましい限りだ。
それに比べて僕にはこれといった特技がない。 少し悔しいが別に誰かに期待されたいわけでも妹と張り合うつもりもないから、そのことを悔やんだことはあまりない。
まあ、今日のようにあからさまに力の差を見せつけられたら流石に凹むが、もうこの際どうでもいいのだ。
「お兄様、わたくしのこと嫌いになってしまいましたか?」
などと言いながら瞳を潤ませるリューズを見ていたら、怒りたい気持ちも無くなってしまったのだから。
「嫌いになるわけないだろう。 僕の方こそいつまでも不貞腐れていてすまなかったな。 もう大丈夫だからそんな顔するな」
「それならよかったですわ。 明日も船の模型を組み立てましょうね! まさかあの塗料が乾く時間がこんなにも長いとは思いませんでしたわ!」
今日は模型の木材にやすりがけをして塗装をした。 塗料がなかなか乾かないせいでリューズはソワソワしていたが、楽しみは明日に取っておこうと諭したら満面の笑みで僕の肩に頬を擦り付けてきた。
その姿を見ているだけで船の模型を作ってよかったと心から思う。
空を見上げると、すでに日は沈んでうっすらと星空が映る紺色の空が視界を埋め尽くす。
「ごめんなリューズ、不安な思いさせてしまったよな。 僕は自分が情けない、運動はてんでダメみたいだ」
「謝ることありませんわ! わたくしは、お兄様と一緒にお稽古ができて楽しかったですし、お兄様に嫌われてないとわかっただけで安心いたしましたから」
そう言って控えめに笑い出すリューズ。 まったく、反則級に可愛らしい限りだ。 おかげで無様に稽古で負かされた羞恥はほんの少しだけ薄まった。 ほんの少しだけだが。
日が登る前に目が覚めた。 昨日は散々不貞腐れた後私室に戻り、ジェイミーの侵入を恐れて即ベットにダイブしたからだろう。
早起きを機に脱走計画を少し進めようと思う。 ここ最近脱走計画を考えてなかったのは他でもない。 ファエットに申し訳ないのはもちろんの事、ジェイミーが殺し屋だという事実に信憑性しか感じない上に、本人が言っていた言葉が脳裏をよぎるからだ。
『ストールぼっちゃまは命を狙われているのです』
ぶっちゃけた話、ものすごく怖い。 本人は僕を護るために脱走するとわかったら全力で阻止すると言っていたが、それではいつまで経っても星成という娘の生まれ変わりには会えないだろう。
とは言ってもだ、星成という娘の生まれ代わりを探さないとここ最近僕の胸中に蟠ってるもやもやが晴れない。 ジェイミーは仲間に探させると言っていたが、知らない人間に丸投げするなど言語道断だ。
僕は星成という娘の生まれ変わりを見つけたら普通に戻ってくるつもりだ。 この生活を憂鬱に思っているわけではないのだから。 むしろ幸せだと言っていいのだろう。
境遇を知れば可哀想と思う人間もいるかも知れないが、そんなものは勝手な思い込みだ。 僕は幸せなのだからケチをつけられる義理はない。
さて、脳内でぼやいていてもしょうがない、外はまだ薄暗いからみんな寝ているだろう。
確か、絶眼だったか? は視界に入った相手の思考を読む力と言っていた。 あの言い回しだと他の種類の力もあるんだろうが、確証づけるには詳しく調べなくてはならないだろう。
まあそんなことはどうでもいい。 何が言いたいかというと、ジェイミーに見つからなければ何を考えても筒抜けにはならない。 皆が寝静まっている今こそ行動を起こすチャンスなのだ。
足音を殺してベットから降り、私室のドアを音が鳴らないよう慎重に開ける。 コツはドアの金具を布で覆って、できるだけ金属の擦れる音がしないように開くこと。 なんだか僕も潜入調査をしている殺し屋のような気分になる。
ドアを開けてこっそり廊下の様子を確認する。 従者の部屋は一階だ、おそらく二階の廊下には誰もいない。
ドアを開けて目の前には換気用の小さな窓がある。 左手には大広間へ降りる階段が、廊下の長さは数メーター程度だ。 バレないように移動するとなるとなんだかいつも歩いている廊下が長く感じる。
部屋の角に移動するたびに慎重に進行方向を確認し、誰もいないことを確認して足音を殺しながら外に出る。 従者の部屋は東側だから、そちらには近づかないように気をつければ容易に外に出ることができた。
無事にミッションコンプリート。 周囲に誰もいないことを確認しながら外を散策する。
ゴミに紛れて外に出る作戦はおそらくジェイミーにバレている。 唯一成功確率の高そうな脱走経路だったのに。 これがバレた時点で詰んだかと思った。
ならば強硬策、こうして誰も起きていない時間帯に壁を越えてしまえばいい。 森林を一人で超えるのは流石に無理かもしれないが、もはや手段を選んでいられない。
西側にある中庭を散策しながら壁の近くまで歩み寄ってみる。
立派に建てられた外壁は見上げていると首が痛くなりそうで、コンコンと手甲で叩いてみても冷たい返事が返ってくるだけだ。
しばらく壁沿いに進むが、小さな穴の一つも空いていない。 中庭の壁には大きなヒビが入っているが、おそらく昨日の朝のように魔物の体当たりが原因でついたヒビだろう。 このヒビを少しずつ削って穴を開けるか? いや、無理だろうな。 時間がかかりすぎるだろうし、毎日のように壁を削っていたらいつかジェイミーにバレる。
となるとハシゴやロープで一気に登ってしまうのが手っ取り早い。 そう思って先日、離宮の中をさりげなくみて回ったが流石にどちらもなかった。
従者たちは魔物が壁に体当たりしてきた際、どうやって現場に向かっているのだろうか? その後も壁を手甲でつつきながら歩いていくが、隠し扉のようなものすら見つからない。
あまり壁沿いを歩いていると見つかった時に怪しまれるだろう。 壁から離れて今度は離宮を見上げてみる。
屋根に登って飛ぶか? いやいや。 僕はリューズと違って運動神経が良くないから無理だろう。 カーテンとかを使ってパラシュートがわりにしようかと考えたが、人間技ではおそらく無理。
となるとロープやハシゴをバレないように作るしかないのだが、作るにしても材料が………
あ! いいことを思いついた!
僕は化狐のような笑みを浮かべながら私室に戻っていった。




