ⅩⅢ
無事に揺れもおさまり、僕はリューズと共に朝食をとって午前中の日程を消化する。 いつも遊んでいる時間を船の模型作りに割いて、講義の後は昼食を取り、昼休みを挟んで稽古の時間になった。
しかし困ったことになった。 昨日ジェイミーが言っていた皇道十二王家という単語や絶眼という単語が気になって仕方がない。
なんとなく絶眼はすごい力を持った目なのだろうか? とか、皇道十二王家はこの世界を支配する十二人の王様か? などと予想はしているのだが、あくまでそれは予想に過ぎない。
稽古の休憩中にぼんやりとそんなことを考える。
昨日ジェイミーが言っていたが、ファエットは宝帝剣と呼ばれるほどに強いらしい。 そんな大物から剣を教われることは誇りに思うべきなのだろうが、正直な話し剣になど興味はない。
視線の先では数メーター離れた位置から的当てをしているリューズ。 距離的には目算で百メーター程度だろうか。
リューズは細かい作業も好きらしいのだが、弓の稽古でも恐ろしいほどの才能を発揮している。 初めて弓を持った日から一度も的を外したことがないのだ。
距離がかなり離れていても的に当てるリューズはもちろんすごいが、ジェイミーは宙返りしながら矢を放っても的のド真ん中に当てる、あいつも人間とは思えない能力を持っている。 さすがは殺し屋だ。
「おぼっちゃま〜〜〜! 休憩はここまでに致しましょう!」
ファエットが手を振りながら稽古の続きを促した。 稽古の内容は簡単で、ファエットに打ち込んだりするのは最後の数分だけ。 流れとしては構えからの素振り、その後教わった型を復習しながらカカシに打ち込む。 型は数種類あるから稽古の半分はこの型の復習だ。 最後にファエット相手に打ち込みをするのだが、まあファエットに当てられたことはない。 当然だ、なんせファエットは宝帝剣なのだから。
「おぼっちゃま、何か雑念が混じっているようですな。 剣筋に乱れがございます」
さすがは宝帝剣、僕の考え事にも機敏に気がついて指摘をしてくる。 宝帝剣って響きがかっこいいよな、僕も二つ名みたいなものが欲しい。
「どうやら船の模型作りが楽しみなようですな。 ですが今はお稽古に集中していただきませんと!」
まあ、ファエットのいう通り、せっかく教えてもらっているのに他のことを考えていては失礼にあたるだろう。 僕は小さく頭を振って剣を構え直す。
僕が教わった型は足捌きも重要だ。 片手で持てる細身の剣を相手に向けて構える。 空いている手は盾を持ってもいいし背中につけてもいい、これは個人の好みによるのだろう。 僕は盾を持たずに後ろ手で構える。
足は肩幅に開き膝は軽く曲げ、左足は前にして爪先を相手に向ける。 右足は約四十五度にして重心は足の裏全体にかける。 上空から糸で吊るされてるようなイメージで上半身を伸ばし、狙うのは相手の心臓部。
雑に振り回したりせず確実に急所を突いていくスタイルだ。 攻めばかりでなく相手の動きを見ながら防御に回ることもある。 相手の剣先から意識を逸らさないようにしていれば相手がどこを狙ってくるのかわかるだろう。 狙いを予測して自分の剣で弾くようにして防げばいい。
見た目の美しさや豪快さは皆無で、ただただ相手を一撃のうちに突き刺すために磨かれた型。 これはファエットが自分で生み出した独自の型なのだろうか? それすらもわからないが、ただ忠実に、教わった通りに動くだけ。
雑念を振り払ったおかげだろうか、稽古は順調に進んでいきファエットも満足げだ。
ある程度型を復習し終え、ファエットが剣をもって僕の元に歩み寄ってきた時、遠くからリューズが走ってくるのが見えた。
「ファエット! ジェイミーが夕食の支度に向かってしまったので、わたくしは見学してもよろしいですか!」
「これはこれはリューズお嬢様! 別に構いませんが、よければ今日も少しだけですが体験してみませんか??」
「よろしいのですか?」
「ええもちろん、ぼっちゃま! 素振りをしながら少しお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
今からファエットと実践形式の撃ち合いをする予定だったからだろうか、困り眉で確認を取ってきたが断る理由もない。
「別に構わないぞ?」
こういったことは前々からよくあった。 リューズは弓を持ち始めた頃から的を外した事がない。
そのためジェイミーが教える事も少ないから、弓の稽古は早めに終わらせてジェイミーはさっさと食事の準備に向かってしまうのだ。 割と最後の数分間はこうして一緒に剣を振る時間の方が多い。
今思えば、ジェイミーはこういったタイミングで仲間と通信したり、いろいろな裏工作をしていたのかもしれない。 まあ、脱走しようとしない限り僕に被害が及ぶことはない。 僕はファエットに言われた通り、素振りをし始めた。
横目に剣を構えるリューズを見たのだが、ものすごく様になっている。 無論、今日初めて剣を持ったわけではない、たまにこうしてファエットが教えたりする機会が多々あった。
毎日剣を持ってる僕ほどではないが、リューズもなかなかにいい剣筋をしている気がする。 いや、むしろ僕よりも鋭い剣筋をしているのか?
いやまさかな。 そんなわけがない。 ———ないよね?
妙な汗が出てきたため、僕は気を取り直して素振りを始めた。 いつも以上に気合を入れて。
「ふむふむ、リューズお嬢様はジェイミーが言っていた通りかなり筋がよろしいですな」
そんな呟きが耳に入り、僕は顔を顰めながら二人の様子を盗み見てみた。 不穏な気配がする。
「おぼっちゃま、もしよければリューズお嬢様と実践を練習をしてみませんか?」
「いやいや、僕は毎日剣を習っているのだぞ? リューズに怪我をさせたらどうする?」
「いえ、その心配はないかと存じます。 へっぴり腰なおぼっちゃまに比べ、リューズお嬢様の型は目を疑うほどに洗礼されておりますぞ?」
まさか。 そんなはずないだろ?
というかファエットのやつ、さらっとひどいことを言わなかったか?
まあそんなことは置いておき、リューズの素振りをチラリと一瞥してみた。
「テヤァ!」
鋭い掛け声と共に放った突きは、目を疑うほど早く、それでいて力強い。 あんな力強い突きを正面から喰らったら、なんとなく怪我をするのは僕な気がする。
もちろん訓練用の剣は木製だから、怪我をしたとしても骨折や打撲程度だろう。 死にはしない、しないのだが妹に負けたら兄の威厳がなくなってしまう気がする。
僕はゴクリと息を飲みながら両掌を返して肩を窄めた。
「まあ、リューズもそれなりにやるみたいだが、僕は自分の力をひけらかすつもりはない! 剣を持ったばかりの妹を痛ぶるために稽古をしているわけではないからな!」
「まあ、お兄様ったらひどいですわ! わたくし、こう見えて兄様やファエットの型を見ながら、なんとなくですがコツを掴んだのでわよ! そこら辺の初心者と一緒にされては心外ですの!」
残念ながら僕はそこらへんの初心者の腕前を知らないため、なんとも反論し難い。
なかなか勝負を受けようとしない僕を見て、ファエットは目を細めながら近づき、こっそり耳打ちをしてきた。
「もしかしておぼっちゃま、びびっておいでですか?」
「ファエット! お前結構失礼なこと言ってくれるな! 全く、この離宮の従者の言葉遣いはどうなっているんだ」
あからさまな挑発を受け思わず文句を言ってやったが、馬鹿にされたままでは男としての誇りが黙っていない。
「まあいいさ! やってやろうじゃないか! 怪我をしても泣くなよリューズ!」
「望むところですわお兄様!」
リューズは嬉しそうに頬を紅潮させて僕の前に躍り出た。 リューズは昔から、僕と一緒に何かをしたがる傾向にあった。 弓の稽古をしながらも、ジェイミーに本当は僕と剣の稽古をしたいとぼやいてるところを何度も聞いている。
僕と実践形式の打ち合いができるのが嬉しいのだろうか、ふんすと鼻を鳴らしながら剣を構えている。
自信満々のリューズを見て、僕は思わず緊張してしまう。 なんだか、迫力が違う気がするのだ。
緊張している僕の気持ちなど知らないファエットは、僕たちが構えるのを見て開始の合図を出してきた。
合図と同時、リューズの岩をも穿ちそうな突きが飛んでくる。 弾けないとわかった僕は軸足回転で回避しようとしたが、リューズの剣先が不自然に曲がったのが見えて、咄嗟に弾こうとした。
ものすごい刺速と力。 女性の剣とは思えない。
いつもファエットは僕の攻撃を受けたりするだけで、僕に打ち込んだりはしない。 初めて飛んでくる剣先にビビったかと聞かれれば、正直めちゃくちゃ怖かった。
リューズの剣に押し負け、青ざめながらバランスを崩す僕に、すり足で距離を詰めたリューズが間髪入れずにもう一度突きをお見舞いしてくる。
これは自分の剣で触れながら受けるのではなく力の方向を変えてなんとか回避。 驚くことにリューズのやつ、足捌きまで尋常じゃない。
それに何か変だ。 リューズが打ち込んだ攻撃はかわそうとしても剣先が不自然に曲がりながら僕を追ってくる。
何かの技術だろうか? そう思いながら慌てて距離を取ると、ファエットから野次が飛んでくる。
「おぼっちゃま! へっぴり腰になっておりますぞ!」
「うるさい! 集中させろ!」
距離をとって逃げようとすれば、リューズは遠慮なく突き崩してくるだろう。 どう頑張ってもリューズの突きはかわせそうにない。
僕は勇気を振り絞って一歩踏み出しながら肩を狙って突きを繰り出したが、リューズは最低限の動きでこれをかわし、今度は上段からの振り下ろしで僕の肩を狙ってきた。
突きを繰り出したばかりの僕は体制が整っていないため、この振り下ろしは横に転がるようにして回避するしかない。
リューズの視界から逃れるように緊急回避をさせられた僕が、すぐに体制を整えようと立ち上がった瞬間、顎先に切っ先が向けられていた。
「これはこれは、いやはやいやはや」
圧倒的な展開を見て、ファエットは唖然としている。
「………うそ、だろ?」
「これで、わたくしの勝ちですわね!」
あっけなく敗北してしまった僕は、もはや今までの稽古はなんのためにしていたのか疑うほどに落ち込んでしまった。




