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 翌朝、騒々しい物音で目が覚める。

 

「………またか」

 

 寝ぼけ眼でボリボリと頭をかきながら状態を起こし、窓の外を見てみる。 離宮の壁が振動していた。

 

 時たま外を徘徊している魔獣が離宮の壁に体当たりをしてくる。 いつも数回体当たりしていなくなるのだが、この振動を感じるとファエットがすぐさま姿を消す。

 

 今もファエットが近くにいない。 いつもは起こしに来る時間なのに現れないと言うことは、おそらくこれまで体当たりしてきた魔物はファエットが退治していたのだろう。

 

 ジェイミーが殺し屋だったということは、おそらくファエットもそれに連なる何かと推測して間違いない。

 

 流石にファエットもジェイミーと同じ泡影という殺し屋グループに属しているとは思えないが、以前話していたことから推測するに、おそらく元騎士団かなにか。

 

 戦争で妻を亡くしていたと言っていたことから、騎士として戦っていたのは若い頃の話しだろう。 ここに来る前は母上の従者をしていたと言っていたから、おそらく腕前は相当なもの。


 従者ということはボディーガードも仕事に含まれているのだろうから。

 

 でなければ時折見せる怪力に説明がつけられないからな。 剣の稽古をしてもらっている時も、ものすごく達人じみた挙動を見せてくるし。

 

 昨日ジェイミーに教えてもらわれなければ、この思考に思い至らなかっただろう。

 

 控えめに鼻を鳴らしながらベットから降りて、朝食を取るために食堂に向かう。 昨日散々ジェイミーに頬をつねられたせいで、いまだに頬はずきずきと痛んでいる。 これは仕返しをしなければ気が済まん。

 

 どうしてやろうか、掃除をしている最中手が滑ったふりをしてバケツの水をぶっかけてやろうか、それともこっそり背後から近づいて膝カックンでもしてやろうかな?

 

 ああでもジェイミーは殺し屋だから、背後からこっそり近づいてもバレてしまいそうだし、僕はこの通り脳内で色々なことを考えてるから直ぐにバレてしまいそうだろう。

 

 脱走のことは後で考えるとして、直近でジェイミーにどう仕返ししてやろうか考えなければ!

 

 などと考えながら歩いていると、背後から誰かが駆け寄ってくる音が響いてくる。

 

「お兄様! 起きていらっしゃいましたか!」

 

 声をかけられて振り返ってみると、涙目で走ってくるリューズを視界にとらえた。 リューズは昔からこの揺れをひどく怖がっていた。

 

 僕も幼い頃はこの揺れが起きたら『大変だファエット! 世界の滅亡が始まるんだ!』などと言ってファエットに泣きついていた。

 

 そのたびファエットは、優しく僕の頭を撫でてくれていたが、おそらく僕がファエットを足止めしてしまった時はジェイミーが魔獣を始末していたのだろう。 何だかカラクリがわかったら笑えてきた。

 

 ちょっと前からファエットとジェイミーはとんでもない身のこなしで、それは王族の従者だから当然なのかと思っていたのだが、どうやらそんなことはないらしい。

 

 昨日のジェイミーの話で分かった。 ここに支える従者はどちらも相当腕が立つという事が。

 

 そうと分かった今、僕は二人の仕事の邪魔をしないよう怖がるリューズを安心させてあげなければならないというわけだ。

 

「大丈夫だぞリューズ。 すぐに魔獣は退治されるさ」

 

 いつものようにリューズのツヤツヤな薄瑠璃色の髪を撫でながら優しく呟くと、不安そうな瞳を僕に向けてくる。

 

「本当でございますか? ですが、この揺れは魔獣の仕業だったのですね。 それはそうとお兄様、そもそもこの辺りに魔獣を退治してくれるお方なんているのでしょうか?」

 

「………あ」

 

 口が滑った。 まさか『多分ファエットが倒しに行ったぞ?』などと言えるはずもなく、不自然に視線を右往左往させる。 というかリューズは、この揺れが魔獣の仕業だったという事も知らなかったらしい。

 

 リューズは未だにファエットとジェイミーがものすごく腕が立つ従者だということに気がついていないと推測できるからさっきのセリフは完全にアウトだ。

 

 ここは『すぐに揺れはおさまるさ』が正しい選択肢だったな。 さっきリューズを安心させてやろうと息巻いておきながら、早速口を滑らせるなんて。 僕は本当に間抜けだなと自虐してしまう。

 

「お嬢様、おそらく外の魔獣は壁を壊せないと知ると、諦めてどこかに行きます。 この辺りに魔獣を倒せるような人物はおりませんが、この離宮の防壁はそう易々と砕けるものではありませんので、しばし我慢していただければすぐにおさまります」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしていると、何食わぬ顔で現れたジェイミーが助け舟を出してくれた。 ジェイミーが空気を読めるメイドでよかった。 いや待て、こいつもしや! 普段は空気読めるくせに、昨日はわざと空気読んでなかったな? なんて軽薄なメイドなんだ!

 

 僕の心の声など知らないリューズは、ジェイミーが一瞬眉を顰めたことになど気がついていないだろう。

 

 これはもしや、チャンスなのではないか? 流石にジェイミーの前では頬をつねることはできまい!

 

 はっはっは! ざまあみろ! おたんこなす! 鉄仮面! 少年をいたぶるのが趣味の変態メイド!

 

「そう、それならばいいのですけれど。 わたくし、どうしても怖いですわ。 外の世界には怖い魔物がたくさんいるのでしょう?」

 

 瞳をうるうるとさせながら僕の腕にしがみついてくるリューズ。 怖がる妹の頭を優しく撫でていると、リューズの目を盗んで僕に仰々しい視線を向けてくるジェイミー。

 

 どうやら煽りが過ぎたようだ。 ミスを庇ってもらったにも関わらず散々煽っていたから相当イライラしていたのだろう。

 

 おかげでリューズを撫でる手つきがぎこちなくなってしまい、不思議そうな視線を向けられてしまう始末。

 

 「ゴメンなリューズ、僕も実はちょっと怖かったんだ」とごまかすと、リューズは何故か嬉しそうな顔で僕の胸に頬をこすりつけてきた。

 

 リューズのこの甘えっぷりは非常に可愛らしかったのだが、俺が必死に明後日の方向に視線を送っているにも関わらず、痛いほどの視線が横から突き刺さっているため冷や汗が止まらない。

 

 このいたたまれない気持ちがたまらなくなり、恐る恐るジェイミーを盗み見てみると……

 

 ジェイミーの鷹を射殺すほどの視線には『後で覚えておけよこのクソポンコツ』と、無言のメッセージが詰まっている気がした。

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