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それにしても、なぜランスがこんなふうにあらわれたのでしょう。
実は彼は、怪魚に喰われてしまったわけではありませんでした。喰われたのではなく、巨大魚の中にぽっかりひらいた空間に閉じ込められていたのです。
ランスは混乱したものの、その空間を打ち破れば怪魚の肉体も破れるということを、すぐれた勘で察しました。
それで、魚がエセリア姫めざして移動する間、必死になって剣を振り続けていました。
ただひたすら、姫君に危機が及ばないようにすることだけを考えながら。
そしてまさに危機の直前で、その努力が報われたのです。
しかも、夫婦の誓いを立てる直前だったのですから、その意味でも本当にぎりぎりでした。
抱き合っていたふたりは、ほどなく身体を離して立ち上がりました。
ふらつくランスをエセリアが支えます。
彼女は、あぜんとして声も出ないシャイン卿に向き直り、申し訳ありませんときちんと頭をさげました。
それから言いました。
あなたと結婚することはできません。わたしがともに生きたい人はランスです。
ついでランスが、エセリアの手をはずすと自分ひとりで立ちました。
それから、やはりあぜんとしている女王に向き直り、勅令に背いて戻ってきた非礼をわびました。
それから言いました。
魚に呑まれている間、ずっとエセリアのことを想っていました。
あきらめることはできません。わたしがともに生きたい人はエセリアです。
司祭や参列者たちは、この様子を驚きながらみつめていました。
意見がある人もいたようですが、床に落ちたランスの剣を見ては、もう何も言うことができませんでした。
銀色に輝いていた剣身は、床で砕け散っていました。
ランスがどれだけ大変な闘いをしてきたか、よくわかろうというものです。
するとそのとき、ふたりを祝福するかのような歌声が、ふいに聖堂内に響きました。
最初に男の子が歌い出し、それに続くようにたくさんの声がかさなって、やがて美しい合唱になります。
聖歌隊の子どもたちが、ふたりの姿に感動して歌っているのです。
純真な子どもたちの歌声は、白い翼と黒い翼のふたりを包んでいるようでした。
その歌声にみちびかれるように、ふたりはもう一度寄り添いました。
みつめあい、どちらからともなく瞳をとじて接吻したのでした。
──そう。
あのときのふたりは本当にきれいでした。
窓のステンドグラスが半分割れた隙間から、昼の光が直接差し込み、抱き合うふたりに当たりました。
エセリア姫が、純白の翼をひろげてランスのために影をつくります。ランスはほほえみましたが、明るい光を避けることや嫌がることはしませんでした。
さて──。
少しの間耳をかしていただくつもりだったのに、ずいぶん長くなってしまいましたね。
では最後に、このあとどんなことが起きたのかを語りましょうか。
まずはシャイン卿です。
彼の立場は婚約者のままだったわけですが、我に返った彼は即座に、婚約を破棄するむねを宣言しました。
こんな顛末を見せられてはとても結婚などできない。こちらからおことわりだ。
彼がそう言い切るのも、もっともなことでした。
卿にとっては大きな災難でしたが、あとになって、それほどでもなかったことが判明します。
実はシャイン卿にも、本当は結婚したいほど恋しい娘がいたのです。
ですが、その娘がいるのは隣国。彼の恋は一族に反対されていました。
それにくらべて王家の姫との縁談は、伯爵家にとって願ってもない栄誉でした。嫡子だった彼は、家名を守るために自分の恋をあきらめたのです。
けれどそんな彼も、エセリアとランスの姿を見てすっかり心を入れ替えました。
そののちは勇気を出して隣国にわたり、娘に愛の言葉を捧げて、ふたりで幸せになったということです。
蝙蝠族との結婚に反対していた女王も、心を入れ替えた一人です。
女王としても母としても胸打たれずにはいられない光景を、まのあたりにしたのですから。
国の歴史をよくよく調べてみると、蝙蝠族と白鳩族および鳩族は、かつてはそれほど離れた存在ではなかったことがわかりました。
それぞれが得意なことを分担して打ち込んでいるうちに、住みわけが進んでしまい、いつしか気持ちが離れてしまったこともわかりました。
女王は自分の治世を反省し、見直すことを決意しました。
その決意のあかしとして一番はじめにしたことは、エセリアとランスの結婚を認めること。
それでふたりは、本当に自分たちのための結婚式をあげることができたのです。
誰はばかることなく、神の御前でとこしえの愛を誓い合ったのです。
ふたりはいま、時間の折り合いをうまい具合につけながら、なかよくいっしょに暮らしています。
ランスの仕事は城の衛兵ではなく、魔物退治の騎士に変わりました。
仕事の時間帯はいまでも夜のままですが、エセリアが寝ている時間に働くというのは、かえって都合がいいとも言えます。
帰宅したときには、目をさました彼女が笑顔で迎えてくれるのですから。
ランスが昼間の光を苦手にしているのは、いまも変わりません。
あまりに日差しが強い真昼などは、部屋から一歩も出ずに眠っています。
ただ、蝙蝠族が日光をまったく受けつけないわけではないことを、彼は身をもって証明しました。
目も肌も、こわがらずに少しづつ慣らしていけば、だんだん強くなることを示しました。
もちろん無理をしたわけではありませんよ。
自分だけでなく、蝙蝠族みんなのことも考えなければいけませんでしたしね。
エセリアも、蝙蝠族の人たちがどれほどやさしく立派であるかを、白鳩族や鳩族のみんなに語りました。
また、夜空に輝く月や星がどれほど美しいかということも、ていねいに伝えました。
でも、翼が動かなかったり目がよく見えなかったりするのもたしかですので、これも無理をして押しつけたわけではありません。
少しずつ、少しずつ。
何より肝心なのは、エセリアとランスが、ふたりいっしょにいることです。
それがみんなの希望の星、希望の光にもなるのです。
ふたりはよく寄り添っていますが、特にお気に入りの時間は夜明けと日暮れです。
さし染めてくる朝陽を楽しみ、光りはじめるほのかな星を楽しむ時間。
光と闇の、そのあわいにあるような、美しくて静かな時間。
となりに愛する人がいれば、こんなに幸せなことはありませんね。
さあ、昼の姫君と夜の衛兵のお話は、これで語り終えました。
聞いてくださってありがとうございます。心から感謝申しあげ──。
え? ぼくですか?
ぼくはあの日、聖歌隊で最初に歌った男の子です。
ふたりの結婚式のときも、大聖堂で歌ったんですよ。
聖歌隊にいられる年齢を過ぎましたので、吟遊詩人として、あちこちでふたりのことを語ったり歌ったりしています。
そうそう、言い忘れていました。
ふたりにはもうすぐ赤ちゃんが生まれるそうですよ。
楽しみですね。
もしかしたら赤ちゃんは、昼の光も夜の闇も、両親よりは得意かもしれません。
無事に生まれたそのときには、またこうして語って差し上げましょうね。
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
作品タイトルは『昼の少年と夜の少女』(ジョージ・マクドナルド著 スコットランドのファンタジー作家)へのオマージュとしてつけさせていただきました。