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ここで、衛兵ランスの気持ちもお話しておきましょう。
最初の出会いは、彼にとっては勤務の範囲内でした。では二度目はどうだったでしょうか。
エセリア姫の姿を夜中の回廊にみつけたとき、ランスは正直なところ少し腹が立ちました。
魔物に襲われて幾日もたっていないのに、ふらふらと出歩くなんて、あぶないもいいところだったからです。
エセリアとはちがい、彼は白鳩族の姿を見たことがあり、声を聞いたこともありました。ただ直接話す機会はなく、話すことを特に望んでもいませんでした。
白鳩族の人々がそう思ったように、蝙蝠族もまた思っていたのです。ふたつの種族は住む世界がちがうのだと。
白鳩族は、太陽のもとではばたく昼間の種族。
蝙蝠族は、月と星を頼りに生きる夜の種族。
蝙蝠族の人々は、暗い夜にもしっかり働けることを誇りに思っていましたが、同時に白い翼が大変美しいということも感じていました。
そして、白鳩族が黒い翼をこわがる気持ちが、なんとなく理解できる気もしていました。
魔物がうろつく恐ろしい夜に、やはり魔物に似た翼の持ち主が動いていたら、どうしたってこわいと思うことでしょう。
輝かしい純白の翼をもっているなら、なおさらに。
でも別にいいのです。自分たちに合った時間帯で、それぞれ好きに生きていればいいのですから。
長らくそう思い込んできたので、ランスは自分が白鳩族の姫と親しくなるだなんて、想像したこともありませんでした。
出会ったときは意外でしたが、そんな偶然はこれきりだろうと軽く考えていたのです。
彼が姫にぞんざいな言葉で注意したのは、つまりこういう理由です。これが最後と思っていたから、いちいち敬語を使うのが面倒だったのです。
ところが。エセリア姫は彼の言葉をとがめることもなく、逆に感謝と謝罪の言葉をおしげもなく送ってきました。
ランスは大変驚きました。まさか白鳩族のお姫様が、わざわざ感謝しにやってくるとは。自分にあやまってくれるとは。
しかも、それだけではありません。
お姫様はなんと、その翌晩も中庭にこっそりたずねてきたのです。
こんなことってあるでしょうか。なんという風変わりなお姫様でしょう。
もちろん、ランスはうれしかったのです。
ですが彼は、こういったことで有頂天になる性格ではありませんでした。すぐに離れる心構えをしていたともいえますが、この時点で彼はとても冷静でした。
ランスは、わざと荒っぽい言葉をつかい続けて、お姫様の目を覚まさせようとしました。
どうせ王族の一時の気まぐれ、すぐに嫌になるにちがいない。でも、そうなるまではつきあってやるのも悪くない。
こんな機会はめったにあるものではないし、これはいわゆる役得だ。少しは楽しんだっていいだろう。
とまあ、こんなふうに思っていたわけなのです。
──もうおわかりですね。
ランスのこの考えが大きくまちがっていたことが。
何よりも計りちがえていたのは、自分自身の気持ちです。
輝かしい白い翼とやはり輝く金髪の、美しく可憐なお姫さま。蝙蝠族をまったく恐れず、毎晩会いに来てくれるお姫さま。
そんな人を相手にしながら、冷静さをたもてるわけがないのに。
彼女の瞳を間近にみつめて、心地いいその声を聞いて。
仕草を見て、笑顔を見て、その笑顔がただひとり、自分だけに向けられていることを感じて。
至福のときと呼べる時間を過ごしたら、恋に落ちないはずがないではありませんか。
ランスがたわむれに姫君の名を呼び捨てにすると、彼女は嫌がりもせず、ほんのり頬を染めてうつむきました。
あどけない少女のようなかわいらしさに、彼は思わず目を奪われました。そして彼女に見とれましたが、そのあと突然はっとしました。
遅まきながらようやく──自分の恋に気づいたのです。
ここからランスの葛藤がはじまります。
なぜなら彼は、蝙蝠族は白鳩族の姫君にふさわしくないと、本気で思っていたからです。
ふさわしくないというのは結婚相手としてふさわしくないという意味であり、幸せにすることができないという意味です。
蝙蝠族をおとしめていたわけではありませんが、それでもランスには、ふたりの結婚が姫君のためになるとはどうしても思えませんでした。
だってそうでしょう。まず起きている時間がちがいます。
彼の迷いに気づいたエセリアは、彼が昼の時間に生きられないなら、自分が夜の時間に生きてもいいと言ってくれました。
でも、誰よりもランス自身がそれを良しとしませんでした。
エセリア姫には太陽の光こそがよく似合う。
月光の下でももちろん美しいけれど、本当に似合うのはあの明るくまぶしい日の光だと、彼は知っていたのです。
離れなければいけないと、ランスは強く思いました。
これ以上いっしょにいたら、お姫様を夜の闇に巻き込んでしまう。それだけはしたくないと強く願いました。
でも、なんといって拒絶すればいいかわかりません。
拒絶──そんなことをしたら、自分自身が引き裂かれてしまうようにさえ思います。
あらたな指令が彼にくだったのは、そうして悩んでいたときです。
驚いたことに、指令の主は女王その人でした。
女王みずからしたためた手紙には、末姫の命を救ってくれたことへの感謝の言葉と、異様に多い謝礼が記されていました。
と同時に、この城を出てよその場所に移ってもらいたいという文言も添えられていました。
エセリア姫の幸せを思うなら、どうか黙ってそうしてほしいと。
ランスはなぜか反感を覚えませんでした。むしろ女王の判断はもっともだとさえ思ったのです。
文面からは、愛娘に対する母の愛がにじんでいます。本当に娘のためを思っての手紙なのでしょう。
彼は、要求どおり勅命を受けました。
手紙には、次の仕事場の紹介もされていましたが、そちらは謹んでことわります。
そして、次の晩。
エセリアには何も言わず、無言で城を出て行ったのでした。