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第7話「ほいくじょ」


第7話「ほいくじょ」


「行かないで…おにいちゃんといっしょにいて……うぅ」

「ルル行ってきます!行ってきますのでにぃにバイバイ!」

「うわああぁぁあんっ!!」


ディアロは未だ拗ねているがそれでも初登園の日はやってくるのだ。必死にしがみつくシスコンを妹から剥がして車に乗せて出勤した母ルーニャ。

最初に全ての社員に向けて公表した託児サービス開始予定時と申請が来た人のみに再度連絡した日付をずらしたため、パパラッチもなくスムーズに会社まで来ることができた。


「今日からこの保育所の保育士をさせていただきますナンナです。よろしくお願いします」「同じくキャロラインです」「アリスですみんなよろしくねー」

「この三人に日替わりのシフト制で入ってもらうからみんな仲良くしてあげてね」

「はーい!」

「ルル良いお返事ね!」


今日は保育士と幼児たちの顔合わせの日で、普段のシフトが違う曜日の社員もやってきており全員揃っていた。幼児は皆ぶかぶかのスモックに着替えておりパズル柄のカーペットのあちらこちらに転がっている。

社長が無事に企業内保育所開園を迎えられたことを祝うスピーチを行うと親から拍手が沸き上がった。


「朝出勤してきた社長が保育所作るとか言い出したときは何言ってるんだと思いましたが、仕事中実家に預けていた娘をこうして傍に感じられるのは嬉しいものですね」

「この辺の幼稚園は毎年満員ですし本当にありがたいです。首都ブイレスよりマシですがサルファも最近人が増えてきちゃいましたから」

「有名な番組で住みやすい街一位になって交通アクセスの良さがバレちゃいましたよねぇ。別の市の人までこっちに預けにきちゃったらもう無理なんですよ」

「アレのせいで子供うちの子も幼稚園からあぶれてしまって……市営の入園抽選にも外れて最終手段である姉に面倒を見てもらってたので助かります」

「うちも父子家庭なのでどうしても親に頼りがちで困っていたんですよ。まさか3歳の子と5歳の子二人全員受け入れてもらえるとは!」


近隣に住む親子の流入により幼稚園難民になっていた社員が口々に喜びを語る。ここ数年でサルファは共働きの家庭に厳しい町に変わっていったのだ。彼らの嘘偽りのない感謝の言葉に、少々強引に事を進めた自覚があるルーニャはホッと肩の荷を降ろした。


「ジムで働く時間、副業としてボディビル大会や他スポーツでの勝利を目指す時間、どちらも預けてオーケーですので皆さんの子育てが少しでも楽になると嬉しいです」


パチパチパチ。

父親母親の拍手を見て赤ちゃんたちがよく分からないまま真似をし始めた。なかには我を貫きクレヨンで壁に落書きしようとする子もいる。


「まー可愛い!」「こういうシンバルのおもちゃあるわよね」「おててちっちゃいわぁ食べちゃいたい」


やめ時を見失った幼児たちが顔を見合わせながらずっと手を叩きつづける光景を、その両親たちは屈んでニマニマと見つめていた。



「ママあ゛ー!どこーッ!」

「帰りたいー!帰りたいいぃぃ!!」

「うえぇぇえおじいちゃんじゃなきゃやだー!」

「だいじょうぶだよーほらお姉さんたちと一緒に遊ぼうねー」

「いやだああぁあ゛ぁあ゛!!」


顔合わせからのお試し保育で親が仕事や外出に行ってしまい置いていかれた子供たちはパニック状態に陥った。保育所の中は一気に泣き声と奇声が溢れ動物園と化している。

そんな赤ちゃんのお世話に追われ保育士三人では手が足りず大忙しな中で。


「こんにちは」

「おうこんにちはじょうちゃん。これね、ミミっていうの」

「うさぎさんかわいいね」

「ふふっ……これはだれにもナイショなんだけどね、じつはうさぎじゃないの。ほんとはラベッタのおにいちゃん」

「おにいちゃんうさぎになっちゃったの?!」

「そう、なっちゃった!アハハッ」


ひと際目立つケラケラと笑う少女。彼女は母親が出て行った途端自分のリュックサックを漁りぬいぐるみを取り出して一人で遊び始めた自立性の高い子供だった。

彼女の持つぬいぐるみに惹かれて近付いたルルはしゃがんでラベッタという少女と話しかけた。

ラベッタは癖の強いの赤毛と真っ青な目をした女の子で、少しくたびれた茶色いうさぎのお人形に独自の設定を足して遊ぶのが現在のマイブームなようだ。


「まっしろなあなたはなんてなまえなの?」

「名前?わたしはルルだよ」

「あてぃしはコスモスってんだよ。よろしくね」

「うんっコスモスちゃん」


もう一体リュックから引っ張り出してきた青いうさぎの名前をラベッタ本人の名前と間違えて覚えたルルは暫く彼女のことをコスモスちゃんと呼んでいた。それに加えてラベッタ側もうさぎに話し掛けられていると思い、コスモスにお辞儀をさせてお喋りするので勘違いされていることに気付かず。


「ほいくじょでねぇ今日もコスモスちゃんと遊んだよ。楽しかったなー明日もいるかなぁ居てくれたらいいなぁ」

「えっとねルル。そのコスモスちゃんって誰なのかしら」

「いっしょに絵本を読んだの!大きなタンスにバクンて食べられちゃうちょっとこわい話!」

「いやだから、コスモスちゃんとはどこの子かな?」

「ほいくじょの子」

「……。」

「まさか……幽霊?!」

「いやいやいやそんなまさか……確かに子供の頃はそういったものが見えやすいと聞いたことがあるが非科学的だし流石にないって」


――結果、帰宅後に毎回誰の子供か分からず存在するかも不明な子と遊んだ話だけを聞かされて両親は混乱した。

ある日ルルが髪の毛の色をポロリと口から零したことでようやくコスモスがラベッタのことだと分かり、本気で除霊しようかどうか悩んでいた親たちは安堵に胸を撫で下ろすのだった。


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