番外編「放送席のルル2」
番外編「放送席のルル2」
試合開始前からおねむになってしまったルル。そんな彼女が目を覚ました頃には既に父親が2点もゴールを決めてしまっていた。
2-1でチームバイブス側が優勢ななか迎えたハーフタイムでは選手のいないサッカーコートで子供向けのパフォーマンスが行われ、それぞれのクラブチームのマスコットキャラクターの着ぐるみが応援歌に合わせて短い手足をバタバタ動かし精一杯踊っている。
その間、ラジオ番組ではオープニングセレモニーで流れた音楽と前半戦のハイライトを繰り返したあと残りの放送枠を全てスポンサー様のCMに使うので、生放送中基本喋り通しな実況解説もこの時ばかりは忙しくない。
ひと時の休息に乗じて座りっぱなしの体勢をやめ背中を伸ばしてストレッチをしたり給水をとるフランクとナーバス。彼らは後半戦が始まるまで横で暇そうにあくびしている少女と雑談することにした。
≪ダンパーロの人付き合いの話。≫
「そうだルルちゃん、お父さんからサッカーのコツとか何か聞いていないかな?話題がないとき話のネタになるから」
休憩中にも解説者としての側面を滲ませるナーバスからそう尋ねられるもルルは首を捻る。
父ダンパーロはスポーツオンチな娘に対して目を開けて蹴るだとか蹴る時腕は後ろに振るだとか基礎的な指導ばかりしてくるのだが、彼がそういう話を聞きたいわけではないことはいくら幼女でも流石に分かる。
なのでサッカーが上手い兄たちに向かって父が言っていたある言葉をそのまま口に出してみた。
「んー?んーとね、きたえた体がかってにはんのうするようになるまではんぷくれんしゅうしなさい、とか?」
「おおう取材の時だけじゃなくリアルでもそうなのかー彼は感覚派だなぁ」
「計算し尽されたプレーをするタイプの選手……特にチームウィングスのナバルトが聞いたら怒るだろうな」
「え?ナバルトさんがおこるとこなんて見たことないよ。おうちに来てもダディとなかよしだもん。いっしょにチェスやったりトランプするよ」
にへらとにやけた笑顔を見せながら颯爽とボードゲームで1位を掻っ攫っていき、負けた子供たちからイタズラされても気にしない。いつもどこか飄々としているナバルトさんが怒っている姿を想像できないルルは不思議そうに片眉を下げた。
「それはまあ…、ナバルト選手はお父さんのこと何だかんだで好きだからね…彼の子供には優しいんじゃないかなぁ」
「しかし意外だな。ライバルだと公言している彼が普通にダンパーロさんの家に遊びにくるのか」
「うんっあのね、ルルがたのむとカモメンのグッズを持ってきてくれるの!ナバルトさんがつかわないやつ。かおだけのまくらとかカモメンが口から水をはくマグカップとか」
要はスター選手に推しのグッズを宅配させているのだが気にせずルルはニコニコ笑う。
試合の度に所属しているクラブからプレゼントされ家に溜まりまくるマスコットキャラのグッズを捨てずになんとか片付けたいチームウィングス背番号11番とは利害が一致していたので、彼女は新しいカモメンが欲しくなったら取り敢えず彼に電話をかけているのだった。
しかしカモメンが嫌いだから他人に押し付けている彼と、大好きだから集めているルルはたまに会話がすれ違い噛み合わない。少女の方は未だにナバルトのことをカモメンファンの同志だと思っていた。
「へー…カモメンってそんなにグッズあったんだね」
「そうだよ!月に一つは出るんだからーもーあつめるのたいへん」
大変なのは君じゃなくて買っている親だよと喉まで出かかって黙るナーバスと、少女の傍で壁にもたれかかって頭を痛める母ルーニャを労わるスタッフたち。チームバイブスの選手であるダンパーロの娘が敵チーム(カモメン)のファンだということはもう世間にバレバレでそのこと自体に特にツッコミはない。
……ただ、リーグ1不人気マスコットカモメンに使い道なんて…と内心周りの大人が思っていたのはルル本人には絶対内緒だ。
「ルルちゃんのおうち、他にはサッカー選手来たりしないの?」
「おともだちのお父さんのペリドスさんとかおいしいお魚つってきて分けてくれるサモールさんとかー……あ、シドーさんとか?」
ぱすんと手を合わせたルルはこれまで話に出てきたことのない新しい登場人物の名前を上げた。聞き覚えのある名にもしやという表情を見せるフランクとナーバス。
おっ、と顔を台本から上げたスタッフたちも注目する。
「シドーさんはねぇ。せっかくとおいかいがいからルチルゼに来たのに、お休みの日にサッカーをれんしゅうする場所がなくてかわいそかわいそなの。だからダディがおうちのサッカーコートを時どきかしてるのねー」
「おおっやっぱりその人チームトラベラーのシドー選手じゃないか!」
「シドーさん今日の試合に出てるよレディ」
「!。おかし!」
「え?」
ピコーン――!
今居ると聞きルルのアホ毛が天まで伸びる。
彼女はガタンと勢いよく椅子から立ち上がると足早に放送席内を歩き扉に手をかける。母親に立ち塞がれて脱走を防がれるもドアノブを頑なに離さない。
「今会いに行ったらおみやげのニッポノのおかしもらえるかも!」
「食い意地……(笑)」
「レディ。シドーさんはサッカーをするためにスタジアムに来ているだけだから、会いに行ったところでお菓子はもらえないと思うよ」
食に対する執着を笑われたことよりもお菓子がないという言葉に少女は絶望しているようで。ゆっくり腕を脱力させてだらりと垂らすと母親に抱きついて甘えている。
「そんな…そんな……ルルね、がんばってニッポノ語のこんにちはもおぼえたんだよ。おかしがくばりあまった時にお兄ちゃんたちよりいっこ多めにもらうために、それだけのためにわたしは"こんにちは"って言うの」
母国語で話しかけるとシドーは笑顔になってくれる。さらに嬉しいからかルルに最後の一個を後でこっそりくれるのだ。相手を笑顔にできてかつお菓子も多くもらえるなんて素晴らしい…うっとりとした表情で少女が呟き周囲を呆れさせる。
「その歳でもう媚びの売り方をマスターするとはルルちゃん恐ろしい子……」
「言い方」
「あはは冗談!ね、そんなに美味しいお菓子なの?」
「うんッ!!」
フランクの問いに高速で頷くルル。そして彼女はふんすと鼻の穴を広げると興奮気味にその美味さを語り始めた。
「あのね、ニッポノのおかしはおさとうであまいだけじゃないんだよ!色んなあまいなの。フルーツだったりヨーグルトだったりチーズだったり…目をつむってても味がぜんぶわかるくらいのうこうでねー高そうなお味!」
「へえ!なんていうお菓子?」
「名前は知らないけどこの前もらったのはプレッツェルの形をしたグミでね、一つぶずつふくろに入ってて……。外はパリパリなのにかみごたえニチニチって感じでレモンだったらレモンなの。"味"じゃなくて"レモン"なの、しっかりジューシーでさわやか~♪」
「ほほうそりゃまた旨そうな……」
やけに細かいルルの食レポにラジオスタッフたちが笑い、実況解説が仕事の二人は口が達者な少女の頭を撫でまくり褒める。
そんな彼女の説明を聞いてどんなお菓子か気になってしまったスタッフの一人がスマホで検索して謎の食べ物の正体を突き止めるもあまりの額に目をひん剥いた。
「グミ、プレッツェル…~。これかー…はぇたっかあ?!グミ一粒に5ギル?!ポテトチップス5袋分はヤバいヤバすぎる」
「うっわあ…いやしかし待て。年俸何十億のプロサッカー選手の自宅にお邪魔する時の手土産となるとこれぐらいのランクが妥当なのか……?」
「あらまあ!まさかこんなお高いものを貰ってただなんて……。私たちの方からもシドーさんに何かお返ししないといけないわね」
「待ってくださいそれ無限ループになりますよ奥さん!」
スタッフ間で回されるスマホの検索画面を覗き見て、シドーの手土産の値段を初めて知ったルーニャがお返しをと慌てる横では、そっちのお返しの方が絶対高級だし相手が困りそうだと焦って止めるスタッフたちが混戦している。
「すっごくおいしかったニッポノのお高いおかし!」
「でしょうねぇ…あ、トューバーにASMR動画ある……うわホントにパリパリだね。これでグミなの?不思議だなぁ」
「高いな…、なのに売り切れなのか」
――放送席内でのニッポノのお菓子の知名度が少しだけアップした。
*
≪兄ポアロのジュニアクラブの話。≫
「そういえばおにぃがね。ダディがサッカーをぶわあって教えてぶかつのコーチもおんなじ感じだったから今度小学校の方をやめてお外のジュニアクラブに行くんだって」
「ぶわぁ……?」
せっかく少女の方から話題を出してきてくれたのに。
手振りのジェスチャーで精一杯伝えている"ぶわぁ"とは一体なんなのか分からず首を傾げるナーバス。だというのに隣に座る相棒は余裕でこの会話についていけている姿を見て彼は自身のこめかみを押した。
「えっ!そうなんだ!どのチーム?」
「どこだっけ…ママ」
「ペリドスさんと同じチームテモルザクロスのジュニアユースよ」
「だって!」
「へー!」
ダンパーロの息子が現在所属している校内ジュニアサッカークラブから移籍するというホットな話題にスポーツラジオ番組のスタッフは全員聞き耳を立てている。
そのことに気付きながらも母親のルーニャは敢えて教えた。彼らがこの情報を漏らすかどうか確かめるために。
「あれ、でも確かルルちゃんのお兄さんが行った私立小学校ってサッカー部が強いって有名なところだよね。だから受験もしたんだろうに……」
テレビでとある小学校のサッカー部がクラブチームもいる全国大会で2度優勝する番組を見たポアロが、あそこに行きたいもっと強い子供とサッカーしたいと騒いでしまい受験勉強のために塾に通わせたりと当時は大変だった。
合格したらしたらで普通の区立小学校に通うもう一人のディアロと比較されたりもして結局ポアロの方も肝心の部活やめてしまうし、ルチルゼではマイナーとも言える私立入学のためのあの苦労は一体なんだったのか……。
その後もったいないと続く実況者の発言に母ルーニャは苦笑い。
彼女は、私立小学校は学習カリキュラムの自由度が公立とは段違いだし筆記授業だけでも無駄にはならないから…と頭の中で自分に言い聞かせていた。
「うーん…トラベル大学体育学部附属小の今のコーチ微妙なのかな」
「そんなことないよ?おにぃに会いに学校見学に行った時ルル、コーチとお話して遊んでもらったし。つるつるのおじさんに教えてもらっただけでそこそこいいボールけれるようになったもん」
一スタッフの邪推を即否定したルル。なお彼女の言うそこそこ蹴れるとはランダムでもなくボールに足が当たることである。それでも極度のスポーツオンチにとっては凄い成長だった。少なくとも父親は成し遂げられなかったものだ。
そんなルルの下手くそ具合を知らないスタッフと実況解説は文字通り受け取って、なら何故わざわざ外のクラブにと疑問を深める。
「ただおにぃとはちがうからなー…」
「違う??」
「あのね、おにぃはぜんぶノートに書くの。やることとかやるりゆうとか書いてから走るの。でもコーチは走らせてからなんでやるのかせつめいしたりにっきに書いてって言うのね」
「まさかの息子さん頭脳派なのか。お母さんの血が強いね」
「あちゃ~そこ逆だったかー…」
昔サッカーをしていた頃自分も似たようなことをやらかした記憶があるフランクががくんと肩を落とす。なお彼の場合はコーチが指示を出す前に動いて怒られていたのだが。
男は説明を聞く前にとにかく一度やってみたいタイプで、真逆なコーチとよく揉めていた。コーチは分からないことはとことんやらせず試させずで選手が怪我をしないことに重点を置いていた。
だからなんとなくルルの兄の気持ちが分かるのだ。やりたいことをやらせてもらえないのは凄く苦しい。
「それがいやだーっておにぃないてた。コーチになんでって聞くとすごくおこるのも。おにぃは知りたいだけなんだけどコーチから見るとやらない言いわけさがしに見えちゃったみたい」
なんだか二人ともギクシャクなのと首を振るルル。部屋の隅に足を抱えて泣いていた兄の姿を思い出しているのか心なしか悲しそうだ。
確かに、子供のなんでなんで口撃は大人から見たら印象が悪いかもしれない。大人からすれば言ったことをやってくれないだけに見えてもおかしくはない。ルル曰く実際に教えてくれなきゃ蹴らない等の反抗的なセリフは言ってしまったらしいし。
どちらが悪いとも言えない思想のぶつかり合いに、ナーバスはやり場のない気持ちを込めて少女の頭を撫で回していた。
「まあ指導者が合わないと感じたらすぐ移籍するのはいい判断かもしれないな。子供の成長は早いから。頭が柔らかいうちに色々試すべきだよ」
「ナバルト選手も子供の頃、ジュニアクラブで一回パスしてもらえなかっただけで海外ユースに飛んでったし」
「いやあれは……wやり過ぎだ」
コーチと両親に中指を立てて飛行機に乗った反抗期ナバルトを引き合いに出されて解説者はつい笑う。そして笑ったあといや笑えないなと真顔に戻り相方の頭を軽くはたいた。
そんなこんなで話していくうちに時間は過ぎて、ハーフタイムの息抜きタイム中ずっと放送席内のメンバーで仲良く過ごした。
その後、後半戦が開始し――
『おっきい人のドリブルカッコいい!』
『そうだねーシュートも決まればよかったんだけど』
ルルは少しだけ収録のお仕事に混ぜてもらっていた。
『今のボール足の間を通ったよー!すごいねぇ』
『いやーー今のはパスじゃなくてシュートいってほしかった!』
『ですね』
『え…パスはダメだった?足の間だよ、またぬきってやつなのに』
浮ついた声を上げた少女が指差した一人の選手を見て腕を組むフランク。どうも納得がいかないご様子だ。
『ううーん…チームトラベラーのサラッサは技術はあっても度胸が足りないのがもったいなくてせっかくのチャンスを逃しがちというか~…』
『でもすごかったよ。せんしゅのことはほめておうえんしてあげてって、ダディのとこのかんとく言ってたもん』
『確かに…、選手のメンタリティ維持には大事だね』
『めんたらて……?』
『あはは頑張る気持ちってこと』
『それなら分かる!大事よねー!』
普段なら叩かれて終わりな選手のプレーにも少女のフォローが入り柔らかくなる。
チームは気にせずとにかくカッコいいドリブルやシュート未遂に反応するルル。彼女は見ていて楽しいプレーが見たくてサッカーを見るエンジョイ勢で、それに対して勝ちを最優先とし真面目に試合運びを考察する実況解説。
双方の視点が広がりラジオ番組は面白い化学反応を起こしていた。
『ダディ、今日の朝はいつもよりいっこ多めにゆでたまご食べたから元気なのかもなー』
が、しかしそんな番組の試合終了間際、しかもダンパーロがハットトリックを達成したタイミングでラジオでは突然選手の朝食情報が流れたという。(後日都市伝説化した)
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