第35話「羊さんの歌」
第35話「羊さんの歌」
『今日のオープニングステージの一番手はまさかのゲスト!今を輝くスター、チームバイブス背番号11番ダンパーロの末の子ルルちゃんによる歌唱パフォーマンスです!』
ワーワー!……
サッカーサポーターたちの歓声がスタジアムを揺らす。
『ルルちゃんはこの前5歳になりました。アルビノと呼ばれる真っ白なその姿は以前から話題でしたが、先に父親とサッカーコート入りを果たしていた兄たちに続き満を辞しての登場です』
「わわー人がいっぱいねー」
司会者の軽快なトークに耳を傾けながら母親と手を繋ぎ、ステージに上がってきたルルはリハーサル通りにバックバンドの二人とカメラ前で握手をしたあと四方に広がる観客席に向けて満遍なく手を振る。
本番前まで彼女が気にしていた白けた空気はどこにもなく熱気に満ちたその空間はどこか酔っ払っているようで。サポーターたちは、よく分からんがとにかく騒げの精神で温かくサッカー選手の子供のことを迎え入れてくれた。
それを見て目を輝かせるルルとそんな我が子を見て安心した様子で袖にハケていく母親。
ピーーーッ……!!
しかし、さあ歌い始めようとルルが抱いていたギターの紐を肩に掛けたところで予想外の事態が発生。
高々に笛の音が鳴り響いたと思えば、ダンパーロのことを良く思わない相手チームの一部のファンがその娘に対して罵声にも近い野次を飛ばし始めたのだ。
「ママのおっぱいでも吸ってろクソガキー!」
「さっさとダンパーロが負けるところ見せやがれ!」
「ダンパーロの(放送禁止用語)ー!!」
彼らは父の所属するクラブの対戦相手であるチームトラベラーのサポーターのなかでも、厄介ファンと呼ばれる類いの有名な半グレ集団だった。
試合のたんびに後ろの席の邪魔になる大旗を振り回す。近くにいる人を脅して服を脱がせて、無理やりチームトラベラーのユニフォームを着せるなどの迷惑行為が相次ぐことからすぐ出禁にされるが不死鳥のごとく蘇ってくる。
偽名に変装に転売チケット購入にと、Lリーグを運営しているサッカー協会側も困らされている厄介もの。そんな彼らを今ここで捕まえるため、司会者が上手く雑談で罵倒を掻き消し場を盛り上げている間に観客席を警備員と警察が走る。
気付いて逃げ出す覆面集団。ルチルゼのサッカー観戦時の治安レベル的にはよくあることだと周りの人たちは知らんぷり。逃げろ逃げろと叫んで煽る者すらいるほどの他人事具合だった。
『そんなルルちゃんは最近もとある動画が大バズり!皆さんご覧になりましたか~?』
ステージ下にあるスタッフブースに座る舞台監督も、スケッチブックに気にしないで3分だけ待ってねと優しい丸文字書いて掲げてきた。
しかしルルは他の人たちとは正反対な男たちの反応を前に目を丸くして驚いた様子で固まっている。自分にカンペが出ていることにすら気付いていない。
「あの客を摘み出せ!」
「落ち着けダンパーロ!」
「クソが(放送禁止用語)ー!!退けー!俺は客席に行くぞ行かなきゃなんねぇんだあぁぁあ!」
「あんなんとはいえ一応金払ってくれてる客と乱闘でもする気か馬鹿」
「してやる!」
「すんなっつってんだわアホ!」
その様子を選手待機場所であるロッカールームのテレビから見ていたダンパーロは叫んでいた。愛する娘の晴れ舞台を汚されて怒り心頭ようで、さっきまでハラハラしながら神に祈っていた弱気な己の姿など忘れ牙を剥き出す。
親として黙っていられなくなった彼が、選手入場前にも関わらずサッカーコートへ飛び出そうとする素振りを見せたのでチームメンバーたちは慌てて複数人でのしかかって止める。
チームの監督が爆竹投げられるよりはマシじゃないかと余計なフォローを言ってしまったことで親バカは更に暴れ狂っていた。
「……。あっ!」
観客席にて警備員と揉み合いの掴み合いになっている男たちを壇上からじーっと見つめ、何かを理解したルルは突然舞台袖に駆け出して。まさか今逃げる気かとスタッフ一同が肝を冷やすなか彼女は袖に立つ母親にあるものをねだる。
「それ着るからちょーだいなっ」
「なんでどうしたのルル」
「どうしてもー!どうしてもなのッはよ!」
腕を回してごねる娘に困惑しながらも今歌わないと言われるよりはと思い母ルーニャは素直にソレを渡す。
そうしてルルはユニフォームの上に、来る時一緒に持ってきてしまった誰かのSTAFFジャケットを羽織って戻ってきた。
――服の真ん中に描かれたチームバイブスのロゴが見えないように。
チームを大切にするスポーツ好きに、その意味が分からない者はいなかった。
『えーーっとルルちゃん(あんな厄介ファンに気を遣わなくてもいいんだけど)』
『しかいしゃさんマイクかしてっ!』
『ん?少しだけね』
『ありがとう!』
とてとてとステージの真ん中を横切ったルルは今度は司会者にマイクをねだる。これまた司会者がリクエストに応じて渡したことで舞台監督のプランは崩壊。
ディレクターチェアに沈んだ彼が項垂れ頭を抱えている目の前では少女が謎のピースサインを披露して。そして彼女はそのまま1カメの前に立ち大衆の一人一人の目を見ながら堂々と話し始めた。
『えっとね。わたしね…ほんとはダディとそのファンのために歌おうと思って今日ママとここにきたの』
いきなり少女が話し始めて会場全体がしんとする。
真っ白な頭髪と片目しかないサングラスという異質な風貌は人の目を惹いた。まるで政治家の演説のように手を広げて話すルルには、つい気になって見てしまう不思議な力があるみたいだった。
『でもでも。ここにはダディと戦う人たちがいて、その人たちをおうえんする人もいるんだよね!なのにルル…羊さんの歌しか用意してきてなくて……』
「羊の歌…」「なんだそれ」「スクランブルエッグの歌じゃないのか」
ざわつくスタジアム。スタッフたちや少女の家族は何を言い出すつもりだとヒヤヒヤ見守る。
『なんで羊さんかって言うとね。あっこれはダディにはナイショなんだけど……ニュースとかでダディの名前の後ろによく羊さんのマークが付いてるからなんだー』
父親が聞いていないか周囲を見回してからマイクに口を近付けこしょこしょと囁いたルル。彼女の予想外の発言にドッと観客席からは笑い声が上がった。
その羊は…とテレビ越しに見ていた父親が目を覆う。
昔アフロヘアーだったダンパーロが相手からのファールを受けた際に、なんとかボールをもぎ取ろうと芝を転がって審判の気を引いていた姿をからかうために生まれたネットスラングである羊。
現在は元ネタから派生して彼がナイスアシストやゴールを決めた時に羊が草を吐き出している絵文字がよく使われていた。
『ダディのあだ名なんだって(違う)。だから…ダディのチームの人しか分からないかもだから……』
曲変える?とベーシストの人の方を向いて尋ねるも、男性は高速で首を横に振っている。
リハーサルとは全く違う展開になりバックバンドの二人は一体今から何が起こるんだと内心ヒヤヒヤで。太い首筋を垂れる冷や汗がライブ配信の方のカメラには映っていた。
『ダメみたいなので今日は羊さんの歌を歌います。えっと、ルルのファンの人もそうじゃない人も、聞いてくれると嬉しいです!』
宣言し終えたルルはマイクを司会者に返すとステージ中央まで走り、ザッと両足を開いてギターを横に構えた。
そしてバックバンドのベースとドラムを一人ずつ見てうんうんと頷くと、タンタンと規則正しい足踏みをし始める。
最初が合わなきゃ台無しになる。この時ばかりはPAスタッフや照明係も緊張の一瞬だ。
「フッ」
ルルが息を吸った音に合わせてステージの波長はピッタリ合った。
【梅雨ももう終わり 青々と芝が茂る頃 草玉転がし想うは蜃気楼~♪】
無事に演奏が始まり舞台監督はホッと一息。他のスタッフに指示を出しながらノートパソコンに映るカメラ映像を逐一確認。生配信でのアングルと会場で流すアングルにはこだわりを見せた。
スタジアムの大型モニターにアルビノの女の子がアップで映りそれはそれは目立っていた。
観客席で携帯のカメラを回す者も多いなか、ステージ上の煌びやかなライトに照らされたルルの白い髪はライトの色をそのまま吸って様々な色に変わりながら光る。
上から照り付ける照明の暑さになめらかな頬を赤らめて、額には汗で前髪を貼り付ける女の子の全力な表情が眩しい。
本当に眩しい……。
この世界はアルビノの目には眩しくて眩しくて。たまに目を細めてしまうもリハーサル時に監督から言われたできるだけ目を開いてを守りながら歌うルルは、心の底から歌を楽しんでいた。
ジャカジャカッティロロ――
アコースティックギターの爽やかな音色が響く。半音が削ぎ落とされたメロディは、蹄で芝を散らしながら走る羊の姿が幻視えるようだ。
この子普通にギターが上手い。誰もが思った。単なる父親のコネとも違う全くジャンル違いの舞台で輝く少女。ロマンに溢れたその光景。
ジャズのように複雑なのに狂わないリズムは客をノリノリにさせるには充分すぎた。
【忘れていたんだあの熱狂を~♪?!】
観客たちが腕を突き上げ盛り上がるなか、サビ前で無意識に子供の指が強張り。ここでルルは弦を押し間違える。
ギターの方を見ていないが指の感触だけで弾く前に弦の太さが違うと気付いた彼女は全てがスローモーションに見える世界に入り、音を濁すよりはマシだと弾いたふりでその一小節を乗り越えようと考えた。
……しかしそれだと一瞬メインの旋律が消えてしまう。
はてさて困ったぞとルルがネックを振ってアピールしながら隣のベーシストを見上げると…彼はニィと歯を見せて笑ってみせた。
ジャンジャカッジャン――
機転を効かせたベーシストがルルが担当するメロディを奏でてフォローして。その姿がカッコよくてルルはぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。
その行動に対してネット配信は色んな国の可愛いのコメントで埋め尽くされていて。彼女のミスに気付いた者はほんの一握りしかいなかった。
【まるでサッカーしてるみたいだ 蹴ってしまえ~♪】
その後すぐ無事にバックバンドと合流して再び弾き始めたルルは安心した表情で伸び伸びと歌う。
こうなればもう残りは目を閉じても弾けるだなんて余裕の笑みを浮かべながら弦を揺らす少女は火事場を乗り越え緊張なんて消し飛んでいた。
ずっとしていなかった瞬きをして白いまつ毛がキラキラ光る。髪も緑色の瞳もキラキラで幻想的だ。その容姿や愛らしいソプラノボイスにギター演奏にと圧倒されて会場の雰囲気はルルに支配されていた。
【毛は愛の想み~♪】
ジャカジャンッ――
弾き終わりと同時に父親と同じゴールポーズをした。終わりが分かりやすいだろうと思ってアドリブで。
ワーーッと盛大な拍手や歓声に包まれるルル。想定外の大盛り上がりに舞台監督も大満足だったようで親指をグッと少女に立てる。そのハンドサインを見てああ成功だったんだと分かったルルは、バックバンドの二人と手を繋いで一礼し笑った。
『ありがとうございました!チームバイブスも、チームトラベラーもおうえんするので!みんなでサッカーして、サッカーを見ましょう!!』
ワーワー……!
鳴り止まない拍手とともに母親のルーニャが舞台袖から駆け寄ってきて娘をぎゅうと抱きしめる。
大好きな母親に抱っこされて頭を撫でられ自分の歌も好評で超絶ご機嫌マックスなルルは、今まで見せたことのない素晴らしい笑顔でステージから降りる。
彼女は最後の最後まで観客席に向けて手を振り続けていた――
だが舞台から降りると一歩先では変わらずスタッフたちが慌ただしく動き回っている。一気に現実に引き戻されたルルはぺたんとその場にへたり込んだ。
「あらら腰抜けちゃったかな?にしてもいやぁ良かったよールルちゃんマジで!」
「う、うん…でもちょっとミスしちゃった……。お兄ちゃん代わりに弾いてくれてありがとう」
「おーよ」
「太鼓のお兄ちゃんもありがとうもうちょいルルのサインいる?」
「もう何枚も書いてもらったから気持ちだけもらっとくぜ」
少し冷静になりベーシストにお礼を言うルル。感極まるあまり娘のミスには気が付かなかった母親も一緒に頭を下げる。
このあともスタジアム内で別の仕事がある彼らとはそこで別れて。その後しばらく、うっかり持って帰ってきてしまったSTAFFジャケットの持ち主探しに追われたのだった。
「あっ!そういえば日焼け止めのタイムリミットがそろそろだわ塗り直しましょうか」
「うん。ねぇママ、ルル上手だった?」
「とぉーっても上手だったわよ!もーママ途中から涙が出てきちゃったもの。おうち帰ったらまたライブ見直さないとね」
「えー?!泣かないでぇ悲しかったの?」
「違う違う嬉しくって泣いちゃった」
「嬉しいのに?」
「そう。嬉し泣き」
「そんな泣きがこの世にそんざいするとは……」
無事ジャケットを返すことに成功し、楽屋で撮影用の当日のみのスポンサー名入りユニフォームから普通のユニフォームに着替える二人。
その時聞いた嬉しすぎて泣いたという母の言葉に、両手を上げて日焼け止めを塗ってもらうルルは目を見開くほど驚いていた。
嬉し泣き。不思議な響きだ。
彼女は今知ったばかりの知識を使おうと思いボディガードにも泣いたか尋ねるも、上の服を脱いでいる幼女に話しかけられた男性は背中を向けながら困惑するだけだった。
何やら凄く名誉なことらしい嬉し泣きをしたと言ってもらえなかったルルは、その後ずっとボディガードに絡み続けた。
「マドルク泣いた?泣いたの?」
「ちゃんと泣かずに最後まで見てましたよ」
「なんでー嬉しくなかった?」
「お嬢様が輝いていて俺も嬉しかったですよ」
「じゃあ泣いてよー」
「泣きませんよ」
そうしてルルひっつき虫にロックオンされてしまったボディガードはというと。
アルビノでも日に当たらずサッカー観戦できる室内にある放送席を今回もまた予約してあるので母子が向かおうとしている間、ボディガードはひたすら構え褒めろ抱きつき攻撃してくるルルを剥がしてすぐルルが再び抱きつき返してというやり取りを延々と繰り返して疲弊。護衛の仕事じゃないからと母ルーニャに助けてもらい一命を取り留めていた。
「あ、ルルちゃんだ」
「うあ?!」
泣いてよーもっと喜んでよーと騒ぐルルを母親が抱いてあやしながら廊下を歩いていると――入場前の移動中のチームバイブスと偶然鉢合わせる。
「おおルルっ!るるるるるるルルーーっッ!!歌もギターもすっごぉくカッコよかったぞー!」
「……!」
「お嬢様が泣いた?!」
全く予想していなかったタイミングで父親の顔を見た途端、それまでずっと元気に見栄を張っていたルルはその張っていた気が抜けてドバーッと涙を滝のように流した。
泣けと言ってきていた本人が泣き、ボディガードがびっくりしている。どうしたどうしたと選手たちが駆け寄るとルルはボソボソ何か言っているようだ。
「どうしたのルルー」
「~…ボソボソ」
「え?!なんて?!」
抱っこしたままワタワタする母親。ダンパーロがしゃがんで娘の口元に耳を寄せる。ルルはプルプル震え服の裾をキュッと掴んだ。
「ひぐっ…弦おすとこちがって、でもえんそう止まったら見ている人ガッカリしちゃうと思って…うぐっ弾いたふりしちゃったの忘れていたんだあの熱狂を~のとこ」
「えっそうだったのか」
「全然わかんなかったけど」
「てか普通にギターの音したけどなー録音?」
まるで罪の告白のようなルルの懺悔を聞いて不思議そうに首を傾げる選手を見て少女は涙を拭う。
「なまえんそう!でも…ベースの人がそこだけかわりにルルのとこひいてくれたの…アドリブで」
「マジか!プロってすげー!」
「……。ルルアマチュア…」
「てめぇ!うちの子になんてことを!」
「ちゃうちゃうそういうつもりで言ったんじゃな~いぃ~」
傷を抉られたルルはしょんぼりと俯き指をいじり。
悪意なき失言をした選手が親バカに揺さぶられる。
そんな彼らのしょうもない喧嘩を仲裁したキャプテンは、落ち込む少女の顔を覗き込んで頭を撫でつつフォローを入れた。
「まあまあ、終わり良ければ全て良しって言うし観客もすごく喜んでいたじゃないか」
「それは良かったけどちがうんだもん。お兄さんたちだって、ぐうぜん足に当たって入ったゴールとねらって入れたゴールはちがうでしょ。気持ちが」
「おお確かに」
「なんという説得力」
「次はちゃんと百点のゴールする……!」
「よっ期待の新星!」
「さすが俺の娘!その調子で次頑張ろうな!」
「ぐすっ…ん゛!」
父に抱っこされながら天へ拳を突き上げるルル。温かい拍手を送る選手たち。
次はもっと完成度を上げるぞと涙目で気合いを入れた娘を前に、ついダンパーロは"次"を約束してしまっていた。
その日――
最高にブーストが掛かっていたダンパーロはハットトリックを決めてチームの勝利に貢献した。
シーズン初戦を白星で終えた彼は勝利インタビューで日傘を差した娘を抱っこしたままご機嫌に語り、兄二人含めた家族全員で一緒にゴール時のポーズを決めるなどしてノリノリだったという。
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