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第5話「ほうそうせき」


第5話「ほうそうせき」


父親を見送るのに飽きたルルは、実況解説が座るマイク正面ではなく側に置かれた空のパイプ椅子に当然のような顔で着席した。


「あ、そこディレクターの椅子……」

「え?。ルルここすわっちゃダメなの」

「いやまあ椅子をもう一つ出せばいっか。座ってていいよ」

「でもそこからだと角度的に見にくいんじゃないかな。前半チームバイブスは西側のゴールを目指すからパパが前に攻め出したら見えなくなってしまうよ」

「だいじょぶ」

「そっかそっか。じゃあそこで大人しくしてt」

「このボタンなぁに?でんきがぴかぴか光るヤツかなぁ」

「わーッ触っちゃダメ!どの場所も触っちゃダメだからね?!冗談じゃなくて本当にダメッ!!」

「え、そんなにダメ?おふろ上がりにドライヤーからにげるくらいダメ?」


放送席の側にあるたくさんの機械と謎のボタン。日頃遊ぶ電話のおもちゃにも似たそれらは子供の目には魅力的過ぎた。


その中のひとつ、指先が付くかつかないかの距離にあるマイクONの赤いボタンに全員の視線が集まる。

もしあれが押されたら現在ラジオで放送中のCMにルルの声が乗っかってしまう。視聴者はともかくスポンサーに怒られてしまう。


下手に詳しく理由を説明して余計に押したくならないよう、子供の興味を刺激しないように言葉少なめにコクコク頷く大人たち。

ただならぬ空気を肌で感じたルルは固まり、まん丸な瞳をパチクリさせている。


「おもちゃを片付けずにしかも手も洗わないでおやつを食べることくらいダメよルル。ほらママのところにおいで」

「すごくダメなのねー」

「そうよ。分かってくれてありがとう」


言うことを聞いてちゃんと腕の中に戻ってきてくれたルルをルーニャはホッとした様子で抱きしめる。

それでもまだ椅子の方には執着があるようで先程まで座っていた椅子と横の解説者のナーバスの顔を交互に見てくる。座りたい、そう緑色の瞳で訴えている。


「座る場所だけ変えよっかルルちゃん」

「もっとお父さん見やすい位置があるからねほら!こことかおすすめだよ」


原稿を読み込んで集中しているナーバスに代わって気を利かせたフランクが機材から離れた位置にパイプ椅子を新しく開いて薦めると、ルルは大人しく男性と手を繋ぎエスコートされてちょこんと座る。

他のスタッフにいい子いい子と褒められおだてられて上機嫌になったルルは今日だけの特別セールだと言い一般の人にも自分の頭を撫でることを許可した。



普段静かな放送席で本日限定でルルの頭なでなで大会という謎の大会がひっそりと開催され。加点基準もルールもジャッジの判断基準すらよく分からないまま子持ちのスタッフたちがルルを各々の技でルルを愛でて。

そんなこんなで子供と遊んでいるうちに時間は過ぎ――


チームバイブスとチームテモルザクロスの試合が始まった。


ラジオの放送も同時に始まり仕事モードに切り替わった実況解説の二人の表情が引き締まる。

裏ではスタッフも動き回り、逐一試合の状況を記したカンペを出す者、リプレイ映像をスローモーションで切り抜き解説者手元のタッチパネルに写す者、音響が応援歌や熱狂するサポーターたちの声を足すなどしてラジオ内での臨場感を作り出していた。


「ここまで0-0のまま試合はこう着状態。お互いの守りが固いがどこかで崩していきたいですね」

「おっとおここで11番ダンパーロに6番サモールがパス!凄いドリブルだぁ凄いドリブルだっ!サモールに再びパスーからのダンパーロに戻して、ゴーーーーールッ!相手選手を惑わす圧倒的な連携プレーだああぁ!」


――試合開始から30分。6番サモールのナイスアシストからいっきに試合が動いた。

ガッとマイクを掴み立ち上がったフランクが拳を突き上げて魂のこもった実況を叫ぶ。


「良かったわねルル。約束通りパパゴールしたわよ」

「ゴール?かった?」

「試合はまだだけど1点入ったのよ。このまま相手に点を入れられなければパパの勝ち」

「ほぇー」


その後ろで放送の邪魔をしないようにボソボソ話す母と娘。

サッカーのルールをいまいち把握していない娘はあまり喜んでおらず母の方がテンションが上がっている。


「ではここでリプレイを見てみましょう!まずコート端サモールのロングパスからコート中央にいたダンパーロにボールが渡り~…」

「これダディ!!」

「こらールルっ」


ディスプレイの中に父親の姿を見つけ後ろから走り寄ってリプレイ映像を指差した娘を慌てて抱き上げる母。

放送事故に頭を掻く音響。苦笑いしたナーバスは視聴者第一で話し続けた。


「そう!パパにパス!そして怒涛のトリックを繰り返し、なんと相手選手の足の間にボールを通して三人のディフェンスを掻い潜るぅ」

「足のうごき気持ちわるいね」

「娘さんからも異次元だと高評のドリブルで相手選手をなんと五人抜きっ!」

「そしてゴールの右端に正確なシュート!あまりの速さにキーパーは反応できずに真ん中で棒立ちだっこれぞダンパーロ!これこそがダンパーロッ!!」


口パクですみませんすみませんとお辞儀するルーニャに気にしないでと手を振る実況と解説。


謝る母を不思議そうに見つめるルルを見て、面白いことを思いついたぞとニヤリと笑ったフランクはそんな彼女を手招きして抱き自分の膝の上に乗せた。

そこはマイクの目の前だった。


「では……。選手が抱き合って喜んでいる間に娘のルルちゃんから一言貰っちゃおうかな!」

「ひとこと?」

「パパがゴールを決めて嬉しい?」

「んぅー…うれ……?でもダディはいつもゴールしてるし……ふつう」

「普通かー!」

「おーっと流石は黄金の右足の娘だ言うねぇ!」

「わたしね、わんちゃんの乱入が見たかったの。だから来たの」

「それはサッカーではなくハプニング映像では」

「娘さんは少し天然さんなようだ」

「てんねんってほめてる?」

「褒めてる褒めてる」

「ほんとかな……わたしが知らないことばだからほんとか分からないな……」

「では一旦現在のスタジアムの観客の声を現場からお届けします!」

「あ、はぐらかした」

「はぐらかしてないよ。というか難しい言葉知ってるねー」


スタジアム内への取材に切り替わるためマイクをオフにする。

真面目なナーバスはこの隙間時間を使い両チームのボール保持率などの数字を頭に入れながら、隣に座る幼女の真っ白な髪を興味深そうに撫でた。


「ドラマで見たの。はぐらかさないでよバチーンってなぐるやつ」

「恋愛ドラマかな……?修羅場はルルちゃんには少し早いかもね」

「早くない。ルルはレディだから」

「そっかそっか!」


相方がなでなでを許されているのをみたフランクが自宅で飼っている犬を撫でる感覚でルルの頭をわしゃわしゃと撫で回すと、なでるの下手ーマイナス1点と文句を言って膝から降りて一目散に母親の元に逃げていき。減点もあったのかとスタッフたちからは温かな笑い声が上がった



結局1-0のまま試合は動かず。

長い長いCMのあとで後半戦が始まった頃にはサッカー自体に飽きたのか、ルルは実況解説者の足元でアザラシのようにごろごろと転がっていた。


「ルル、眠いならお母さんのとこおいで」

「やだやだ」

「もーイヤイヤ期~」

「お兄さんのおくつピカピカだねカッコいい」

「ありがとう。レディの靴も可愛いね」

「でしょお。ばぁばのお店で売ってるやつだよ。ブランドだよブランド」

「そりゃ凄い!でもパンツが見えちゃうからあんまりそこで寝ちゃダメだよレディ」

「えーやだぁ」


スタジアムの声を放送している隙に水分補給する実況解説と、その間だけ存分に語り手足をバタつかせるルル。

モコモコパンツを履いた丸いお尻がディレクター側から丸見えで必死に目を逸らすスタッフたちと、周囲に謝りながらなんとか机の下から娘を引きずり出す母。


生まれて初めての外出で本人が思っていたより体力を使っていたようで、母親の腕の中に収まるとそのままルルは眠りにつき。

ダンパーロ側のチームバイブスが1-0で試合に勝利しても窓を貫通するほどの歓声が聞こえても起きることはなかった。



「マドルクさん今日は一日ルルの護衛ありがとうございました。これからもよろしくお願いしますね」

「いえ。ボディガードとしてはまだまだなのでお嬢様を守れるようこれからも頑張ります」

「あ、そうだルルを起こさないと」

「いや寝ててくれるならその方がありがたいから。このまま帰っちゃおう」

「今日ばばぁうち泊まる?!泊まってけ!」

「アタシらは駅で下ろしてもらって電車で帰るよ」

「なんでー」

「なんでなんで」


早めに帰りたいとマネージャーに事前に相談していたダンパーロは試合終了後インタビューに短めに答えて即ロッカールームへ。

放送席からは妻と眠る娘を回収し、一般席まで足を運んで元気が有り余る息子たちと疲れ切った祖父母と合流したのち車を走らせていた。アルビノに対する周囲の目や偏見、差別。身の安全を過剰に心配していた行きの張り詰めた空気とは異なり帰りの車内は和気藹々としている。


しかしそんな平和は長くは続かなかった。次の日にはマスコミの手によりダンパーロの娘がアルビノで更にはオッドアイであったと分かる盗撮写真が無断で新聞に掲載されてネットニュースも拡散され、再びあのひりついた空気がやってきたのだ。


その希少性から娘が目立つ。

アルビノについてのデマや血の繋がりを疑う悪意のある記事が増える。そして愛する妻が悲しむ。


せっかく外の世界を知れたというのにまた暫くは家の中だけで過ごしてもらわなければならなくなってしまった。


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