第29話「ライブをやるのって大変だ」
第29話「ライブをやるのって大変だ」
「カイチョーさんこんにちはっどうぞこれがルルの曲です!これがあればライブに役立つでしょーあ、かすだけだからねかえしてね」
「すみません会長…出掛ける直前に色々あってその…、娘まで連れてきてしまいました……。どうしても自分で楽譜を渡したいと泣かれて暴れられてほんと時間もないしどうしようもなくてですね」
「別に構わない。むしろ都合がいいとも言えるからな」
サッカー協会の社員に案内されつつオフィスビル内の堅苦しい空気にあてられ緊張している父親と、仲良く手を繋いで会長室に入ったルルは聞き覚えのある声の男性にニコニコと笑顔を向けて駆け寄ると真っ先に自分の五線譜ノートを手渡した。無事におつかいを完了した彼女の表情は既に達成感に溢れている。
少女の挨拶には席を立たず視線を流すだけで応えたサッカー協会会長マネリアルは受け取った楽譜にざっと目を通して、興味深そうにいくつか羊さんの歌とは関係のないページを読み返し目を見開いたあと秘書に渡すと全てコピーしてくるように言いつけた。
慌てた様子で部屋を出ていく女性の背中を見送った彼はゆっくりとレザーチェアから立ち上がり、対談用の長テーブルの前まで移動するとお洒落な黒色のトレーの上に積まれた紙を一枚ずつ読んではテーブルの上に並べ始めた。
契約相手であるダンパーロたちが読みやすい向きで置くその小さな心配りにルルは感動しパチパチと手を叩いている。
「……あの、会長怒ってます?」
「何がだ」
「うちの子を勝手にこの部屋に入れたことをですね…その」
「だから都合がいいと言っているだろう。別に気を遣って言ったわけじゃない。そもそも何故私がお前に下手に出る必要があるというんだ」
「で、ですよねー…」
マネリアルは契約相手が会う予定にない娘をいきなり連れてきたのにも関わらず扉を開けてアルビノの少女の姿が視界に入ったとき眉一つ動かさなかった。人を見る目に自信がある彼にとってルルの暴走自体が想定の範囲内であり全くもって突然な訪問ではなかったからだ。
だがそれが怒っているように見えたダンパーロに反応を窺うような情けない上目遣いで尋ねられた時、なんだその無礼な質問はと少しイラッとした模様。
お前が勝手に会長室に持ち込んだのではなく受付の時点で情報は回ってきていて最終的に私が入室許可を出したから親子一緒に案内されたのだ。しかしそう口に出すと恩着せがましいため言えない彼は靴のかかとをトントン鳴らした。
「もーダディったらそんなビクビクしなくてもカイチョーさんがおこるわけないよ!だってルルに歌ってほしいんだから。今日だってわたしが話を聞かなくちゃでしょ"ルル"のお仕事だもんね」
拳を腰に当てふんすと胸を反るルル。母親のオンライン会議をよく見る機会がある彼女はこういったオトナな話し合いに憧れており自分がその場に立っているのをとても誇らしく思っているようだ。
けれどそれを見た父親のダンパーロは不安そうに眉を下げる。本来法定代理人であり保護者の自分が許可を出さないと子供は働けないという大前提を理解していなさそうなのが気になった。
「あのなルル、そういう自立心は大人同士の仕事の場合に必要になるのであって。お前はまだ子供なんだし難しいお金の話はパパがやるからそこで張り切らなくてもいいんだぞ。もっとパパを頼ってくれ」
「いや。こういった契約関係の話し合いには早い時期から子役自身も同席させるべきだ。彼女はイベントに出演する当事者だしな」
「ほらぁーカイチョーさんもこう言ってる!」
子供すら仕事相手としか見れない会長を味方につけたルルはふふんと得意げに笑う。
余計な口出ししないか心配して大人しくしてるんだぞと娘を注意する父親の前では、用意した書類に不備がないかの最終確認を本人たちの居る場で行う癖がついているマネリアルがテーブルに置かれた紙を黙々とめくる。
そこには先程ルルから渡された楽譜のコピーも追加で置かれ、これから渡す契約書類を全て読み終わった彼は返却された五線譜ノートを大切そうに抱く少女の方に顔を上げた。
「ふぅ……では今からライブ出演についての真面目な話を始めようか」
「は、はい…っ」
権力者の一声で張り詰める空気にピシッと背筋を伸ばして座り直す法定代理人ダンパーロ。
対する娘のルルは一切の緊張を見せず笑顔で会長の緑色の目をじーっと見つめている。一体今からお仕事の依頼相手とどんな話をするのだろうと想像しながら、少し早めに社会人になった気分を味わいドキドキワクワクな彼女はやる気に満ち満ちていた。
「初めにルルちゃんに聞きたいことがある。こちらの方で予め既存曲とメロディや歌詞が似通っていないことは調査済みだが…この歌は、羊さんの歌は本当に君が作ったのかな?」
「そうだよっ。…うーん?どうしてそんなこと聞くの」
オッドアイの眼圧に屈することなくより顔を近づけてきた会長が楽譜をトントンと指でつついてプレッシャーをかけると少女は不思議そうに首を傾げた。手書きの楽譜も見せたのに今更何を疑っているのかと意味が分からない様子だ。
ただ、見栄を張ろうと他人のモノを自分のオリジナル作品だと偽る事例はこの業界ではよく発生するので警戒しておく必要があった。初手厳しめの態度で接したものの動じない子供のブレない瞳を見て嘘はついていなさそうだと確信した男は褒美としてその純粋な疑問に答えてやる。
「曲が誰のものか判明しないとこちらも財布を開けないからだ。そうすれば製作者を間違えずに済むし作った本人に正しくお金を渡せるだろう」
「…って、ことは…わたしお金もらえるのね!わぁー10ギルくらいかなぁ?!」
「ルルちゃんがそれでいいなら私は」
「ダメダメ絶対!安すぎる!」
「フッ…流石に冗談だ。まずこの契約書にも書かれている通り曲単体の使用料はこうなっている。読んでくれ」
激安の床屋でヘアカットしかできないようなたった10ギルで前のめりになりふんすふんすと鼻息を荒くする5歳児の提案にわざと乗って揶揄ったマネリアル。焦った顔で冷や汗を垂らし素早い動きで間に挟まってきた保護者を余裕でいなした彼は、テーブルに並べられた紙のうちの三枚をピックアップし取引相手の目の前に滑らせた。
そこにはルルの出演契約書と曲の使用許可書、歌詞の使用許可書がそれぞれ別で用意されておりその中の一枚の一文を彼は指差す。
が、当の法定代理人は何やら慌てた様子で屈んで手持ちのビジネスバッグの中身を漁っていた。
「えーとどこに仕舞ったかな……」
「どうした?まあそれなりに妥当な値段だと思うぞ」
「ダディわたしの歌何ギル?見せて見せてー…わはー文字まみれ」
探し物に必死になる父親の膝の上によじ登り座ったルル。顎を小さな手に乗せてふむふむと自身の契約書を一枚ずつ手に取り読み始めた子供を見た会長は、分かるわけがないと思いつつそのおままごとを見守る。
「ぜんがくしはらいの上めいわくりょうを~…あばばばば」
「……ほう?そこに書いてあるように当日ライブ機材は壊すなよ。マイク一つとっても高級品だからな」
「こわさないよう」
なお彼女の方はというと決して単なる遊びや大人の真似をしているわけではなかった。
日々外国産のアニメや映画を字幕付きで鑑賞している成果もあって書面でしか使わないような難しい単語も読めるルルは大人が読む新聞も既にある程度は理解できるし、なんなら今は契約書にある特に物騒な文章…出演者が機材を損壊させた際の賠償責任に関する項目に目を通して震え上がっている。
「…あった!えーっと…うちの子は事務所に入っていない一般人だから~…ブツブツ」
「おいなんだその紙は」
てっきり証拠として書類の写真でも撮るのかと思いテーブルの上に顔を出すのを待っていたらいきなりダンパーロがカバンから取り出した紙束と契約書を交互に見比べ始めたため、男の行動を不審に思ったサッカー協会会長は渋い表情を見せ眉をひそめる。
「ふっふっふ…これは妻がくれた契約用の参考資料です!契約書と一緒に見て金額が適正かだとか判断するようにと口を酸っぱく言われていまして」
「ははぁそれはそれはまた警戒心のお強いことで……」
それを用意されるほど不安視されている証拠なのにドヤ顔で愛妻資料を掲げて自慢してきたサッカー馬鹿には無反応で返し、マネリアルはあいつの差し金か…と意味深な流し目で女狐の娘を見つめた。
だがしかしそんなネットリとした生温い視線には一切気付かず瞳の中にコインを光らせたルルは、契約書に書かれた使用料と出演料の部分を読んでこのお金で何を買おうかなぁと働く前から皮算用して踊りながらはしゃいでいる。
警戒心の塊のような女社長との落差に呆れた男は子供なんだから貯金しろとツッコミを入れた。
「あ、そうだ。あのねあのねカイチョーさん知ってる?」
「……。なんだ」
バシバシとテーブルを叩いてアピールしてきた子供に面倒くさそうに目線を向ける会長。
「わたしねお仕事するのにひつようだからって自分のぎんこうこうざを作ってもらったの。いいでしょールルの!ぎんこうだよとくべつなの」
「暗証番号は誰にも漏らすんじゃないぞ今この場で言うのもやめろ絶対にだ」
「なんでそんな早口?じつはね、わたしママにパスワード教えてもらえなかったんだ……でもルルがもっと大きくなってけっこんするってなったら教えてくれるんだって!」
「そうか。まあ若い頃に一番大金が飛ぶタイミングはそこだからなちょうどいいだろう。それまではどれだけ働いて稼いでも金は貯めておくといい」
話すうちに少しずつ仲良くなっている他の二人がお金の使い方について議論している間、ダンパーロは法定代理人としての役割を果たす為一人真剣な表情で契約書類をしっかりと読み込んでいた。
曲使用料150ギル、歌詞使用料20ギル、出演料4000ギル全て合わせて4170ギル。
出演料の内訳はサッカースタジアムのステージへの出演とネット配信サービスへの出演で分けられておりその他細かく書いてはあるものまでは正直よく分からないが、妻の契約攻略メモによれば報酬は高額な部類であることは確かで。ちゃんとリハーサルまでを含んだ仕事中の事故についての補償もある……
緊張で手汗をかく彼は一つ一つ指で文章をなぞりながら読み間違えのないように確認していった。
しかしダンパーロはその途中で"しかし例外として本人以外が作詞または作曲していたことが後で発覚した場合使用料の支払い義務はなくなり再度法定代理人との話し合いを行う"と書かれている不穏な一文を発見し。
ここにツッコミを入れなくてはと恐る恐る前を向くとタイミングよく会長の方から口を開いた。
「まあ値段に文句に言いたいなら後からでも聞いてやる。で、追加で聞くが羊さんの歌の作詞は誰がしたのかな」
「それもルルだよ?」
「レッスンの先生ではないのだね?」
「あっ…待ってください!そういえば今電話で確認できます」
初めの方は頭が回らないほどの緊張状態だったダンパーロが思い出したように手を上げた。
なら最初からそうしろと会長からチクチク背中を刺されながらギター講師の番号に電話をかけ、証拠にするために録音してくれと頼まれてボタンを押して画面上に赤いランプが点灯したのを確認してから会話を開始する。
『はい、もしもしテオです。ダンパーロさんどうかしましたかレッスン日の変更でしょうか』
「いやそうではなくてですね。あの…先生はうちの娘が作った羊さんの歌という歌をご存知でしょうか」
『あははそりゃもちろん知ってますよ!最近また作曲技術が上がってきて教え甲斐がありますよー』
「それで。あの曲はどこまでルルが作ったものでしょうか」
もしここでルルが嘘をついていたと発覚した場合どうなるんだと悪い方向に考えてしまいダンパーロはごくりと唾を飲む。疑われているとなんとなく察した娘は憤怒で牙を剥き父親の分厚い肩に噛み付いた。
『はい…っ?!一体それはどういう…全部ですよ?あれは私のレッスンがない6日間に毎週一曲ずつ何かしら書き上げるように言ってあってですね。宿題としてルルちゃんが作っているものなので全部まるっとルルちゃん作です』
「ほらもー当たり前でしょダディッ!おバカサイテー!」
いまいち状況が飲み込めていない家庭教師の嘘偽りのない言葉にホッとするダンパーロ。その横では娘が怒りで白髪を振り乱しながらバシバシと彼の腹筋を太鼓のごとく勢いで叩いている。
「あとついでに言うと俺、娘が作曲してること知らなかったんですけど」
『エッ?!あ、あーっ!すみません授業内容は毎回ルーニャさんにメールで伝えているんですが。すみませんあーだから電話を…、あー』
すみませんすみませんという謝罪の連打とともに受話器の向こうで高速でお辞儀している素振りの音がする。
『あ、ちなみに最近の報告としてはですね、ルルちゃんは強弱記号をきちんと雰囲気に合った場所に置けるようになってきました。以前はサビを強く他を弱くとか雑でしたがだいぶ良くなってきましたよ!』
「そ、そうですかそれは良かったです」
『また何かルルちゃんのレッスンで進歩があれば母親のルーニャさんに送ったメールをご一緒に読んでいただけると幸いです』
「はーい。ありがとうございます」
不機嫌になった娘に腰に巻きつかれながら電話を切り、その後念のため連絡したピアノの講師からもアメリ語ではあるが言質が取れたダンパーロは手で大きく丸を作って笑った。
「じゃあそのボイスデータを二つとも私に送ってくれ」
「はい」
言われた通りに先程の通話音声をメールに添付して送信するダンパーロ。会長曰く後でサッカー協会が再度確認を取りたい場合があるとのことで、彼は現在家庭教師2人の連絡先を専用の書類に書き留めている。
そんな彼に作業を頼んだマネリアルの方も、すぐノートパソコンを開いて社用スマートフォンとデータ連携させると受け取った音声を出演者ルルと書かれたファイルに入れて会社内で情報共有したりと席を何度も立ち上がった。
カタカタ――
更なる裏取りを任せるスタッフへの仕事依頼文を今書き上げるサッカー協会会長。片手間に全く関係のない別件の仕事を秘書から受け取り並行して処理している。
カリカリ――
黙々と音楽家二人の勤務先や電話番号等の基本的な情報を調べつつペンを走らせる法定代理人。そしてそれを書き終えると今度は読み終わった娘の契約書にも手を伸ばす。
まるで時計の針が動き出したかのように一瞬で室内は"職場"に変貌を遂げていて、一人置いてけぼりな子供のルルは目をぱちくりと瞬きしたまま椅子に座って彼らの仕事風景を眺めていた。
「なんか…なんか、歌うだけなのにたいへんそう……」
「…ん?」
作詞作曲の証拠を手に入れた辺りから本格的に慌ただしく歩き回り始めた大人たちを見た彼女は率直な感想を呟く。そんな小さな囁きに対して反応したのは絶賛勤務中の会長ただ一人だった。
「そうだ、これはお遊びじゃない。権利だったり金だったり準備で本当に大変なんだ」
「でもたいへんって言ってるけどカイチョーさん楽しそうだよ?なんで?」
大変と言った割に苦しそうではない男の様子に違和感を持った少女の質問に、ニィと歯を見せ笑顔で答えるマネリアル。
その顔はおもちゃを見つけた無邪気な少年のようでもありとても若々しく見えて。名前の通りにお金が大好きな彼は、金に繋がる道を整備して開通させるこの瞬間のために生きていると言っても過言ではないほどで今を全力で楽しんでいるのだった。
「ハッお嬢さんそりゃ当然、金を生み出すのは楽しいからさ」
「カイチョーさんは体からお金を出せるの?!すごいそんなまほうがつかえるんだ…!」
「そう魔法魔法」
瞳を輝かせて詰め寄ったのに相手にオウム返しの返事で軽く流されて。あ、これ絶対魔法じゃないなと察したルルは黙ったが代わりに頬を膨らませた。
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