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第28話「楽譜を届けに」


第28話「楽譜を届けに」


「いーいハニー?私が書いたこの攻略メモをお守り代わりに持っていってちょうだい。ルルのライブ出演にあたって会長と契約の話になったらそれを見て、ちゃんと出演費と曲使用料が別に分けられているかとか出演料が相応の額か確認するのよ大体2000~5000ギルが適正だと思っててちょうだい。その内訳、支払い方法、支払い予定日も」

「わ、分かったからちょ近っ」

「それとライブ本番やリハーサルで何らかの事故が起きた場合の補償があるかと、撮影したルルの動画と歌の再利用の際に親に再度許可をしてくれるのか聞き出すの。これも絶対だからね。転載時に許可は取りませんって言ってきたら全力で反対しなさい私は子供の著作権や肖像権を重んじますとか言って。サッカー協会が外に転売するのを防ぎなさい」

「はひ…」


あっという間にサッカー協会会長のマネリアルとの面談が行われる当日になり。娘のライブ出演の契約について本人の代理で話してくる予定のダンパーロはパリッとしたスーツに身を包みぱっと見凄く仕事のできそうなダンディな男性に見える。

しかしそんな彼は現在、社会において契約という名の冷戦の怖さを痛いほど理解しているが故に真顔になっている妻ルーニャに怒涛の勢いで語られ迫られ、自宅の廊下の壁際まで追い詰められていた。


前日までの夫婦二人きりの会話中もずっとこの調子だったルーニャは、夫が契約で騙されてこないかが本当に心配なようで暇さえあれば真面目なお金の話ばかり口を酸っぱくして言ってきた。

出演スケジュールを順守してくださいとは絶対約束させられるだろうからライブの日にルルがぐずっても親がなんとかして連れて行かないといけないわねだとか、それでも楽しみすぎて熱とか出すかもしれないしキャンセルでサッカー協会に損害を生じさせた場合のこちらが払う賠償に関する項目はしっかり読んできてねだとか。ネット配信するサービスでの動画提供期間は何年かとネットタトゥーにならないかをよく質問してねなどなど……


イベント出演を娘の仕事と捉えている経営者目線な妻により日常会話の内容がたいへん重たくなっていたダンパーロは正直だいぶ食傷気味だ。

なおだからこそ余計に、今日の会長との話し合いさえ終われば普段の甘い愛を囁き合う夫婦仲良しな毎日に戻るのだと思うと気合も入るというもので。彼はネクタイを再度締め直すのだった。


「ルルの出演契約書にはしっかり端から端まで三度読み込んでからサインをするのよ。読み飛ばしや勘違いのないように。文章の中でも不自然に○○の場合例外とするとか書かれていたら意味がよく分からなくてもいいからまずそこにツッコミを入れて、相手の反応が後ろめたいものじゃないか確認してちょうだい」

「は、はいっ」


ピシッと背筋を伸ばして返事をする男性。その顔つきだけは一丁前。

自分で頼んでおいてなんだが夫に会長に向かって喧嘩になりかねない吹っ掛けをする度胸があるとも思えなかったルーニャはやはりまだまだ心配なようで。

玄関前の廊下をうろうろと歩き回っては着ているカジュアルな通勤用のブラウスの袖をまくったり下ろしたりと落ち着かない素振りを繰り返している。


「あああー心配だわ心配だわ!トレーニングマシンメーカーとジムとアイドルを交えたコラボ企画の重要な会議さえなければ私も絶対同席するのにどうしてよりによって今日!今日が会長が唯一ハニーと会える日だなんてぇー!」

「だ、大丈夫だルーニャ俺だって一応社会人だしサッカー関連でテレビ出演する時とかの契約は自分でやっているから契約書も読めるし書けるから」

「だって絶対マネリアルさん裏があるもの~!ルルをライブ出演させてハイ終わりなわけないわーっ」


サッカー協会はともかく会長本人の方に別の目的があると踏んでいるルーニャはどれだけ言っても言い足りなくてやるせなくなりその場で地団駄を踏む。

日頃はおっとりとしているお淑やかな女性がこんな荒々しい行動を取るのにはもちろん理由がある。彼女はサッカー協会会長が一対一で面会してまでわざわざアルビノである我が子に出演依頼を出してきたその裏に本目標とする"何か"を感じて疑っているのだ。

長年会長を務めるマネリアルとは一応子供の頃からの仲であるダンパーロにそんなわけないと何度否定されても懐疑的なまま。どうも彼女は金や契約に詳しい社長業を営む自分がピンポイントで外せない用事がある日に面会の予定が決まったのが気になるようだ。


それに対してダンパーロは、強面な会長はなにかと脅してくるし権力を行使してくる時は多少強引な手も使うのだろうが、裏がどうとかそんな悪どい手は使わないで正面切ってくるタイプだろうと思っているため楽観的な様子が見てとれる。

これで試合のベンチを温める係も回避できるなぁと内心喜んでいることも知っている妻は更に不安を募らせるのだった。


「じゃあがくふとどけてくるねー」

「ああ行ってくる」

「行ってきます!」

「うん?」

「?」


そろそろ出ないと30分前にサッカー協会本部に着けないので、気ぶる妻の止まない助言に相槌を打ちながら支度を全て済ませたダンパーロはビジネスバッグに愛妻お手製の攻略メモを入れてよしと足を叩く。

だがそんな彼が玄関で靴を履いている最中、すぐそばで可愛らしい声がした。

その声の主が娘のルルだということはすぐ分かったが彼女のセリフがお見送りとは違った気がして嫌な予感がしたダンパーロが横を向くと、そこには深く帽子をかぶった少女が視界の悪いなか一生懸命一人で靴を履こうとしている姿があった。


「「……。」」


何故お前まで履こうとしているんだと両親が凝視すると少女の方も目を合わせてきて、不思議そうにこっくりと首を傾げる。サングラスから覗く澄んだ瞳にはなんの迷いもなく、さも当然のように父親とともに外に出る気満々の様子を見てまさかと思った母親のルーニャが肩を叩いて声をかけた。


「えーっと、ルルはあとちょっとで来るお爺ちゃんお婆ちゃんと一緒におうちでお留守番よ?会長さんと話しに行くのはハニーだけ」

「えっ……?」


母の言葉に口をポカンと開いた後、慌てた様子でこちらに向けてリュックや水筒を見せつけてくるルル。長袖長ズボンとお出かけ用のセットにと全身武装済みの彼女はこんなに準備できてます行きますと言わんばかりにアピールしてくる。


「あれお嬢様ダンパーロさんと出掛けるんじゃ…あれ、アレレ」

「どうしてマドルクまで着替えているんだ……」


それだけではなく背後に立つ専属ボディガードまで出掛ける用意を済ませており防弾バッグを片手に持つ男の背中には彼女のギターケースまで確認できる。

どうやらボディガードは護衛対象から明日は父親と一緒にカイチョーさんに会いに行くという旨の話を聞かされていたらしく、この場の空気で子と親の間に思い違いが発生していたことに気が付いた男はやらかした自分の頭を掻き苦笑いを零した。


「でもこの前カイチョーさんにがくふ持ってきてってたのまれたじゃんひつようでしょ」

「うん。だからパパ今から行ってくるよ。ちゃんとルルの楽譜のコピーはほらカバンに入ってるから大丈夫」

「わたしがたのまれた…っ!はず!」

「ええッ?!いつどのタイミングでそうなったんだルルの頭の中は…!?」


両腕を体にピッタリ沿わせて目をぎゅっと閉じ叫んだルルの謎の主張に父親は狼狽える。そして明らかに面倒臭い事態に陥っていると察した母親はふらりとよろめいて壁にもたれかかった。


「だってせいさくしゃですしけんり持ってますし、なんたって歌うのはわたしだもん。お仕事のことを知るひつようがあります!だから、ねっ…?…もちろんいらいぬしに会うのもいっしょじゃなきゃダメだよねぇ?」

「いやそんなことはないというか」

「あるよねッ!!」


食い気味に否定に肯定を被せてきて、瞳をたっぷりの涙で潤ませながらコピーではない直筆の五線譜ノートを広げて見せて自身の必要性を力説してくる娘に出入り口を塞がれて。困ってしまったダンパーロは素早く左右に動いて隙が生まれないか様子を窺う。


「右か、左か。どちらから抜けばいいものか……」

「ハニー普通に抱っこすればいいから。そこでトリックドリブルの技術使わなくていいのよ」

「ハッ…そうだった」


呆れた妻に指摘されて気付いたダンパーロは、短い両手を精一杯広げて進路を妨害してくる娘を軽々と抱き上げて退けるとそのまま玄関の扉を開けようとしたが少女は今度は足にしがみ付いてきて、連れて行くって言うまで離さないと騒いでごね始めた。


足の拘束をなんとか剥がして持ち上げボディガードに渡したところ今度はダディの分からず屋嫌いと禁断のセリフを吐いた上で泣き出して親バカに甚大な精神ダメージを与えてきたルル。

彼女は挙げ句の果てにはとんでもない危険を犯し、車庫に停められている父親の赤いスポーツカーの前にゴロンゴロンと寝転がって連れてけ連れてけと泣き喚いて粘る。


――その結果、心と出発の時間が削られ参ってしまった父親と、連れて行かないとまた車の前に飛び出したり祖父母に任せる留守番中に脱走をやらかすかもと不安に襲われた母親側が先に折れ。

ダンパーロは要求が通ってご機嫌に戻ったワガママ娘を車に乗せて、サッカー協会本部まで一緒に向かう羽目になったのだった。


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