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第27話「お仕事もらえました」


第27話「お仕事もらえました」


「…もしもし。夜分遅くにすみませんダンパーロです」

『ベンチの件ならもう監督に伝えてあるが何か用事でも?』

「いえあの」

「うああぁぁぁああ!」

『何事……』


ようやく昼間の無礼を謝りにきたかと思ったサッカー協会会長が電話に出ると突如彼の脳を突き刺したのはけたたましく叫ぶ少女の泣き声であった。


受話器越しでも相手の困惑している姿が想像できてダンパーロはどうだ参ったかとしたり顔を浮かべる。

しかしスマホを耳から遠ざけて声が小さくなった会長の方はというと、泣き虫だったジュニアサッカー時代の男のことを思い出していた。

彼は昔、田舎でサッカーボールしか遊べるものがなかった少年をタバコ農家の過酷な仕事から離してチームバイブスのジュニアクラブに入れてやった。少年の天性のスポーツセンスが金を産むことを見越してサッカー協会はさまざまな援助を行い、住む場所も食べるものも不自由ない寮に入れて実質無料で選手になるまで育て上げたのだ。

そんな多大な恩があるにも関わらず、マネリアルが協会の上層部を連れて公開練習を見に行った日に自分のシュートがゴールポストに当たる度に悔しくて泣き叫び八つ当たりでこちらに頭突きをかましてきたガキがいたなぁと思い出していた。

私をなんだと思っているんだお前の父親じゃないんだぞと頭を痛めるのと同時に、普通にシクシクと泣くのではなく叫び暴れるのは血筋なのだろうかと過去を振り返り苛立ちを覚えた。


「ほらこの人だよ。この人がルルの歌を聴きたいんだそうだ」

「うあぁ…あ…ぁ」

「どうしても聞きたいんだって!今ナウでっ!ねぇ会長!」

『私は忙し「ね!聞きたいってルル!!」


次の予定に向けて車移動中のマネリアルに対して勢いだけで押し切るダンパーロ。昼間の出来事があったばかりなのに全く騒がしい奴だと会長は半ば呆れながらも、長時間車内に一人で過ごすのは退屈だったのでこのくだらない茶番に時間いっぱいは付き合ってあげることにした。


「うぅうー…う?ほんと?」

「ほんとほんと」

「じゃあじゃあルルに歌わせないはウソ?リコンしない?」

「うん嘘!あっ…会長違います今のはそういうのではなくてですね」

『言質取ったぞ』

「だから違くて!」


短い会話の中でさりげなくツッコミどころを作ってしまい案の定それは口頭契約かと突っ込まれたダンパーロは相手には見えないのに手をクロスしてしまう。身振り手振りを交えてアワアワしている子供のような彼の姿を妻のルーニャは可愛いなあと思いながら見つめていた。

彼女は今もなんとか娘のイベント参加を回避しようとしている夫とは違い、どう足掻いてもうちの子はサッカー場で歌うことになるだろうと考えており手元のスマホではルチルゼサッカーの1部リーグ戦の開始日を調べている。それはサッカー協会の権力のデカさを知っているからこその行動であった。


「じゃあ!わたし歌いますのでダディのおともだちのカイチョーさんも画面の向こうで聞いててねっ!」

「う、うん!会長は名前じゃないけど頑張れっ」

『そもそも友達ではないが』

「羊さんの歌ー!」


仲良く否定するマネリアルとダンパーロを置き去りにして曲名を叫んだルルはリビングのソファの上によじ登ってかっこよく天を指差すポーズを決めて華麗なドヤ顔を披露する。彼女の瞳は強い光を纏い輝き先程までの涙は見られない。

そして会長からは見えないのにスカートをつまんで丁寧にお辞儀をしたあとでギターを横に構えてしゃがみ。じっくり弦と指の位置を確認して息を吸うと、ジャンジャカジャンジャカと爪先ではじき始めた。


【梅雨ももう終わり 青々と芝が茂る頃 草玉転がし想うは蜃気楼~♪】


「おっ…?」


曲のタイトルといいてっきり以前市場で披露したスクランブルエッグの歌のようないかにも子供が作りましたみたいな可愛らしい曲だと思って軽い気持ちで見ていたら、想像の百倍まともな作品が飛んできて家族全員驚く。

ルル劇場の幕が上がるまで椅子の背もたれに寄りかかりリラックスしていた父親はよれたシャツを伸ばし身なりと姿勢を整えて座り直し、兄ディアロは既に感極まった様子で涙を流していた。


【きっと キミとの揺らぎは 夏の雷雨に流されなくなってしまうだろう~♪】

【忘れていたんだあの熱狂を 寝れない熱い夜をもう一度~♪】


歌詞にのめり込みながら喉を震わせるルルは感情的にギターを奏で過ぎて曲本来のリズムが崩れないよう、自身の足踏みをメトロノーム代わりにして補完する。

そのまるでジャズのような曲調は子供が歌うにしては随分と背伸びしているように感じられるほどお洒落で、どこかのバーの店内BGMとしてサックスとともに演奏されていそうだった。

たまにギターから完全に手を離しハンドクラップを挟みながら歌う少女はこの歌はリズムが命と言わんばかりにノリに乗って体全体を揺らしながら弦を弾きつまみ鳴らす。その進行には殆どコードが使われていなかった。


【愛するキミと行こう 同じ歩幅のはずさそうボクたち二人は~♪奪われる辛さと奪いたいジレンマに挟まれて まるでサッカーしてるみたいだ 蹴ってしまえ~♪】


『……。』


ジャンジャカッジャン――

フッというブレス音とともにサビに入り、分かりやすく音が増えて盛り上がるメロディに吐息に揺れるソプラノを乗せたルルは囁くようにけれど芯の通った声で歌い上げる。

繋がりっぱなしの携帯からは耳を澄ませて少女の歌を品定めする呼吸音だけが聞こえていた。


【冬になると恋しくて 食める草木も雪に埋もれ 恋敵に刈り取られて冷める想い~♪きっと キミとの揺らぎを求める愛する想いは毛の重み~♪】

【忘れているんだあの熱狂を 眠るためあの夜をもう一度~♪】


「ちょっと、ちょっと歌詞が怪しくなってきたな……」

「でもちゃんと歌になってるわ!ルル凄いわねー!」


本能の赴くまま書き殴った楽譜が二番に入ると恐らく書き始めた当初のテーマだったのだろう、タイトルの羊を思い出し混ぜ込んだ結果揉みくちゃになった歌詞のまま二番のサビへと一直線に向かうルル。それを聴いた父親はあまりの分かりやすさに曲を作った本人より照れて顔を赤く染めている。

羞恥に身をよじる男の横では子供の才能は褒めて伸ばすが信条の母親がとにかく褒めて褒めまくり。まだ演奏は終わっていないのも気にせず立ち上がり娘のハンドクラップに合わせて手拍子を打っていた。


【他人の毛を被って 着飾った偽りの愛でも温かければいいのさ~♪温もりを求め続けてベルを鳴らそう リンゴンリンゴン誰かここへ来て~♪】


「な、何か重たくないかしら…気のせいかしら」

「ルーニャが家にいるとき変な恋愛ドラマばかり見せるからルルが影響受けちゃってるじゃないか」

「そんなこと言われても私あの主演男優が好きなんだもの」


羊が別の羊の毛皮を被り恋人になりすまして男に愛されに行くという歌詞に冷や汗をかくルーニャ。夫に指摘されても否定できない程度には、毎週彼女が楽しみにしている昼ドラのドロドロの略奪婚やら三又の彼氏奪い合いバトルのストーリーが歌から漏れ出ている。

その後ビターな二番のサビがもう一度繰り返されている間母親は手拍子を止めて気まずそうに目を逸らしていた。


【毛は愛の想み~♪】


タカタンッ――

リズミカルな足踏みで曲が終わり。わっと両手を上げて母親の胸に飛び込んで甘えに行こうとしたルルは外にも観客が一人いることを思い出して駈け寄る足を止め、携帯に向かって大声で叫ぶ。


「ごせいちょうありがとうございました!」

『うるっさ…』


パチパチパチ。

家族の割れんばかりの拍手で鼓膜を痛めた男のぼやきはかき消される。大好きな人たちからの歓声を浴びながらお辞儀をするルルは途中での兄の声援もあってご機嫌だ。その場でギターを抱いたままクルクルと回りシャッターチャンスだよーと笑う彼女は全方位へのファンサービスまで完備しているのだった。


「ボクの妹はかんぺきだっパーフェクトヒューマンビューティフル!」

「良かったぞールル!」

「上手かったわよーまたママにサイン書いてちょうだいね!日付付きでアルバムに入れましょう」

「さいごいみ分かんねー」

「こらポアロ水差さない」

「いいよいいよルルはやさしいからね。アンチにもかわいく投げキッスしてあげる」

「いらねーーーっ!」

『ふむ』


ハッ――

地に響くような渋い男性の声が受話器から漏れてダンパーロが息を呑む。

ここでようやくサッカー協会会長も聞いていたことを思い出した家族全員シンとする。流れで一緒に黙ったルルは不思議そうに足を揺らして、石像みたいに固まっている父親の引き攣った笑顔を見上げていた。


『ルルちゃんはアンチにも投げキッスができると来た。面白い子だ』

「は、はぁ…でもそれはあくまでもただの虚勢でですねその」

『お前には聞いていないし話しかけてもいない』


バッサリ切り捨てられたダンパーロが生涯ベンチが頭をよぎり震えている。そんな彼の心配は一切しない会長は、先程こちらの想定を超える歌を披露してくれた小さなミュージシャンに向かって優しい声音で話しかけた。


『ルルちゃんそこにまだいるかい』

「なぁにカイチョーさん」

『今度、サッカー場でライブがあるんだ。そこのステージの上でさっきの歌を歌ってみないか』

「!。うんっ歌う!ルル歌うよやったー!」


父親の職場で自分は初めてちゃんとした舞台に立つのだと素直に喜んだルルは相棒のギターを抱っこしながらぴょんぴょん飛び跳ねているが、その後ろでは最後の悪あがきと称して会長がセリフを言い切る前に電話を切ろうとしたダンパーロが、こめかみに青筋を浮かべる妻に関節技を決められて身動きが取れなくなっていた。


『そうかそうかじゃあよろしく頼むよ』

「ライブのお仕事ってがくふいる?ルルの手作り見せてあげよーか?」

『ほぉちゃんとあるのかい』

「うんっじゅぎょうのしゅくだいで作曲してるから全部書かないといけないの。ちょっと待っててね……」


オファーを受けていつものハイテンションに戻った少女はドタドタと慌ただしい足音を轟かせて自分の部屋に走っていき、


「これが羊さんの歌です!」


バサリ。

可愛らしい丸文字で歌詞と音符と強弱記号が書かれている五線譜ノートをスマートフォンの真っ暗な画面に被せる形に広げて見せた。


「ルル、それだと楽譜は見えないぞ」

「え?そうなの?スマホはカメラついてるのに」

「バカだなールルは!でんわは声だけ届けるんだぞ」

「いやパパのスマホはテレビ通話できるぞ。ちょっと待って今テレビ通話に切り替えて…あれ、会長なんでオフにしてるんですか」


トンネル通過中の車内で薄暗い自分の顔をむやみに晒したくない会長は電波が悪いと言う。彼は悪そうに見える表情を少しでも電波に乗せて利用されたくない慎重派の男だった。


「ルルはかわいいから知らない人に見せたくないからダメダメっ」

「えへーそーお?にぃにはやさしい。おにぃはやなやつ!」

「んだとー」


スマホのカメラに大事な妹が映らないように抱きしめて隠すディアロにくっついたままもう一人の兄に舌を出すルル。煽られたポアロは拳を振り上げ兄の後ろに隠れる妹をぐるぐると追いかけ回してと受話器を隔てた家族の場で子供たちがわちゃわちゃし始める。

その声で自分の息子たちが幼かった頃を少し思い出した会長が笑い大人たちを大いに驚かせた。


『はっはっはっ!じゃあライブの具体的なスケジュール等は追ってダンパーロともう一度話し合うとしよう。その時楽譜も持ってきてくれ』

「ラジャー」

『ん?それアメリ語……』

「ああ娘はピアノの講師が外国人でして。了解しましたそれでは後日に。今日はありがとうございました」


娘の本気の歌を聴き妻に説得されて邪魔する気持ちが吹っ切れたのか。あっさりイベント参加にゴーサインを出したダンパーロは携帯電話を肩と耳で挟みつつ敬礼する娘の手を直す。急にくぐもった相手の音声から片手間に感謝されているのを感じた会長は鼻で笑った。


「敬礼の手は逆」

「ラジャー。ルル、ライブすいこうする」

『ああ。私も君のその実力を数字で見れることを楽しみにしているよ……では』


こうして今ここにルルのライブ初出演が決定した。

場所はチームバイブス本拠地のメインスタジアム。ルチルゼ国内のなかでもランキング上位の一部のサッカーチームしか戦いの舞台に上がれない1部リーグの今期シーズン初戦が始まる前のオープニングイベントの中でも彼女の持ち時間はたったの一曲分だが、事の大きさとヤバさが分かっている両親はもう今から期待と不安で胸がいっぱいになるだった。


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