第26話「リコンのききかも?!」
第26話「リコンのききかも?!」
「はぁ…、ただいまー…」
「おかえりなさい…キャッ?!いきなり抱きついてどうしたのハニー」
「うああルーニャぁサッカー協会怖かったよー俺今日凄く頑張ったんだよ慰めてくれぇえ!」
「あらあらお疲れ様」
サッカー協会会長との交渉決裂が思いの外ショックだったダンパーロはあの後いつ席を立ちLFAハウスを出たのか記憶がぼんやりとしていたが、どうやら帰路の途中で事故に遭うこともなく自力で車を運転し大好きな家族の待つ我が家まで無事帰って来られたようだ。
自宅の扉を開けるのと同時に愛する妻の顔を視界に入れてホッとした彼はぎゅーっとルーニャを抱きしめて離さない。そんないつもと違う行動に驚いた妻だったがすぐその力強い抱擁を受け入れると、慈愛の目を向け彼のぐしゃぐしゃになった髪を撫でて整えていた。
年上の妻にひとしきり甘え終わったダンパーロはいい加減家の中に入りなさいと諭されて口惜しそうに一歩引き。
例の呼び出しが通常のサッカー練習後だったのもあって文字通り心身共に疲れ果てている彼はよろよろとおぼつかない足取りで履き慣れない革靴を脱ぎ始めた。
先に外仕事用のカッコつけたビジネスバッグだけ受け取って玄関先に立つ妻は、普段真顔でも雰囲気が柔らかい彼の表情筋が死んでいるのを見て一体サッカー協会で何があったのだろうと思いつつひたすら相手が言い出してくれるのを待っていた。
「ダディおかえりっ」
「今日もルルがかわいかったんだよ聞いて」
「なーなー父ちゃんお土産は?!」
一家の大黒柱が上がり框を一歩踏むと、待ってましたと言わんばかりに自分の体に張り付いてきてよじよじと登ってくる我が子を大きなハグで抱きしめ返すダンパーロ。子供たちのぽかぽか温かい体温に癒されてはいるが彼は現在頭の中では全く関係のないことを考えていた。
どうせ一生ベンチで干されるくらいなら今のサッカーチーム移籍しようかなとか、国外クラブチームに逃げても会長の手は届くから意味ないかいっそサッカー教室でも開くかだとか人生のサブプランを脳内で構築しつつも、それでもその中に自身のサッカーキャリアのためにルルを会長の計画に差し出す選択肢が一切ないのは彼が本当に娘のことを愛しているからだった。
「あれれぇダディどしたの今日は元気ないね」
「エッいやそんなことは…いや言い訳してもお前たちにはバレバレか。うーんうーん…しかしなんて言えばいいのか……。あっそうだ!実はパパね、少しママと二人きりでお話がしたいんだ。だからちょぴっとだけ自分の部屋に居てくれないか」
「なんでなんでぇーやだー」
体に巻き付くひっつき虫をなんとか剥がしたダンパーロは大人しく自分に持ち上げられている娘に向かって部屋にしばらく戻ってもらえないかと頼んだが、当然寂しがり屋のルルは文句を言って拒否した上で更にぎゅうと強くしがみついてくる。そこにルルを抱きしめたい兄ディアロまで重なってきて彼は身動きが取れなくなる。
このままでは大事な今回の家族会議を開けないと感じた妻ルーニャはある破格の条件を子供たちに出したのだった。
「ディアロ、ルルとポアロを連れてあなたのお部屋で遊んでてくれないかしら。その代わり今日だけはお菓子貯蔵庫にあるものどれでも好きなの持っていっていいわよ」
「はーい」
「おかし…っ!にぃにどれにするー?わたしはねーチョコ味のクッキーと…~…にしようかなっ」
「父ちゃんどしたー?」
両親が大事な話をする間実質お菓子食べ放題と言われて真っ先にキッチンの食料棚を漁りに走り出した現金なルルとその後ろを手を繋いで追いかける双子の兄弟。三人の中で一番ファザコン気質があるポアロは最後まで父親の異変を気にした様子で、自分と同じ日に生まれたシスコンに廊下を引き摺られ運ばれながらも何度もリビングの方を振り返っていた。
「ねぇどうしたのさっきからため息ばっかり!おにぃまで元気なくなってるのなんでなの」
その後しばらくお菓子にゲームにと遊びに夢中になっていた兄妹だったが、その間ずっとポアロがそわそわと落ち着かない素振りを見せて心ここに在らずな暗い面持ちなのが気になったルルはカードゲームをする手を止めて理由を聞き出すことにした。
すると彼から、悪い幽霊に聞かれると叶えられてしまうような悲しい未来を考えていると打ち明けられたため兄妹三人は小さな円を作って集まりコソコソ囁き声で話し合う。
どうやらポアロの脳内ではさっき見た父親の深刻そうな顔と夫婦二人だけでしたい真剣な話という部分が点と点で繋がり線になってしまったらしく、彼はある一つの可能性に言及した。
「父ちゃんがオレたちに会話を聞かれたくないりゆうってさ。まさかリコンなんじゃないかって思っちまってもーつらいじゃん」
「りこんって何ー」
「父ちゃんと母ちゃんがかぞくじゃなくなるってことだよ」
はははまさかとボディガードが笑う横で本気の気迫で語る次男。持っていたトランプやお菓子を一度テーブルの上に置いたルルとディアロは真剣にリコンの話に耳を傾ける。
幼稚園の友達が経験者なのもあって離婚についてやたら詳しいポアロはよく知らない二人に向けて説明を開始した。
リコンという現象が起こると父親と母親の仲が急激に悪くなって喧嘩するようになり最終的には両親どちらかの家に子供が一人ずつ引き取られていくのだという少々オカルトチックな噂や、そうなった場合家族はバラバラの場所で暮らさなくてはならなくなり兄妹同士で毎日朝おはようを言い合えなくなる悲しい未来が待っていると、彼は大真面目な表情で語るのだ。
もし親に新しい恋人ができてもう一回結婚することになったら知らない男の人や女の人と同じ屋根の下で暮らさなくてはならなくなることなど、話していくうちにどんどん悪い方向に想像が膨らんでいくポアロは苦しげな表情を見せ。そうして一つずつリコンに関する情報が増える度に他の二人にも恐怖と悲しみが積もり積もって深まっていく……
そんな重苦しい空気に耐えられなくなったルルは椅子にしていたカモメンのぬいぐるみから勢いよく立ち上がり、丸いこぶしを天に突き上げて叫んだ。
「リコンぜったいダメでしょ!おにぃ何でもっと早く言わないのダディたちのとこまで走ろうよまだ間に合うはずッ」
「そうだよみんなで止めに行こう!ボクだってやだやだルルのそばにいれなくなるなんてナシだもの。リコンそししよう」
両親の離婚そのものより愛する妹との縁が切れることを何よりも恐れた兄ディアロが話が終わった瞬間に部屋を飛び出していったので今度はルルとポアロが追いかけて。ひんやりとして長い廊下を裸足で駆け抜けた子供たちはドタバタと慌ただしくリビングに駆け込んだ。
そこにはソファにまったりと腰がけてお茶を飲む夫婦の姿があり、それほど深刻そうでもなくテレビを見ながら肩を寄せ合いお喋りをしていた。
「あららそれでマネリアルさんと喧嘩別れしちゃったのね」
「だって、あそこまで俺が露骨に断ろうとしているのにそれでもまだ会長はルルに歌わせたいと言うんだ…。会長には昔拾われた恩があるがあれはいくらなんでもないだろう……わぁッ?!」
ボフンッ――
ダンパーロたちの座るソファに突然三つの小さな影が降ってきて体が大きく沈む。子供三人分の体重が加わった衝撃に驚いた彼は思わず妻を抱きしめ守ろうとした。
「……歌?」
「リコンしないでよ父ちゃん母ちゃんッ!」
「あれっ、何かちがうかんじ?」
咄嗟にソファに飛び込んで両親の会話に割り込んだがどうも話の内容的に離婚ではなさそうで不思議そうに首を傾げる子供たち。だからそんなわけないと言ったでしょうとボディガードはため息をつきながら後ろで立っている。
「こらどうして来ちゃったんだ。まだパパたちの会議は終わってないから部屋にいなさい」
「ポアロ、ママたち離婚なんてしないからそんな悲しそうな顔しなくても大丈夫よ。んー…っ剥がれないわね」
全員でソファにダイブという子供の予想外の行動を目にして危ないからやめなさいと叱りつつまだ心臓が早鐘を打っているダンパーロは、離婚じゃなかったのでやることがなくなり棒立ちしている長男を抱き上げてリビングの入り口まで運び、親が呼びに行くまで戻ってこないように再度説得を試みる。
そうして出て行きなさい出て行かないの押し問答でわちゃわちゃする男二人の後ろでは、ルーニャがちょっとへこんだソファに座ったまま息子の頭を撫でていた。離婚じゃないと知り安堵したのかポアロは母の膝の上から全く動かず、重くて動けないわと困ったように顔に手を当てる彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
「ねーえーよくわかんないけどルル歌うよっ!羊さんの歌~♪」
「いいんだいいんだルルは歌わなくて。今ルルが歌わないで済む方法を考えているんだから」
両親の会話の内容から自分の歌が必要なのかと勘違いしたルルはリコンの発動を防がなくてはと大急ぎで部屋からギターを持ってきた。
少女の相棒はこの前の脱走を経て新たな対策として両親からプレゼントされたGPS入りの黄色いギターケースの中に入っており、そんな細工付きとは知らない彼女はいそいそとケースのロックを解除してギターを取り出す。
しかし間の悪いことに返ってきた言葉はまさかの"歌わなくていい"でありルルは大きなショックを受けることとなる。
「うっうたわ…ルル歌…うたいた…でも…」
「んっ?どうしたルルなんで泣いてるんだ」
常日頃から娘が楽器を構えるとすぐ拍手をして演奏を楽しみにしてくれる世界で一番目のファンであり優しい父親のダンパーロ。そんな彼の口から飛び出したのはよっ世界最速デビュー!やCD発売まだですかー!でもない。ルルが歌わない方法を探しているんだ…歌わないように…歌わないで……。少々実際の発言とは異なる文章が彼女の頭の中でエコーで響きぐるぐるとリピート再生されて止まらなくなった。
ルルは父親に自分の歌や夢を否定されたような気がした。
「ううぅうぅぅ~…」
――それでも。
自分が歌わないだけでリコンを回避できるのならと腹をくくった彼女は瞳にたっぷりと涙を溜め口をへの字にすると抱いていたギターをゆっくりと手放しカーペットの上に寝かせた。一人では歌えない相棒の木目に涙を落とすその姿には圧倒的な悲壮感が漂い、周りは彼女が何をしているのか理解できず戸惑っている。
家族のためなら仕方ない。でもまだまだ全然納得のいかない感情が溢れ出して止まらなかったルルは括ったはずの腹の底から力の限り叫んだ。
「ダディ…ミュージシャンいいねって…おうえんするって言った!」
「うんうんだから今」
「なのに歌っちゃダメだって言う!ひどい!ひどい!!」
「ダメとは言ってないだろうパパはルルのために」
「うああぁあぁああぁ!」
「あらあら泣かないの何が悲しかったのかしら」
「うああぁあああ゛!!」
大事なギターを床に置いて胸にポッカリと穴が空いたような寂しさがルルを襲い涙腺は決壊し泣き叫ぶ。母親が抱っこしても泣き止む気配はなくリビングを振動させるほどの声量が周囲の人間を襲うのだった。
「ほらカモメンだぞウィンウィンウィングス~♪」
「ぎゃあぁああぁ!」
「ほ、ほらギターだぞぉパパに一曲聴かせてほしいなぁって」
「今そういうんじゃないじゃん!ないっ!あぅあぅあぅあう」
家族のために歌を諦めなくてはならないと思い現在やるせない感情から泣いているルルには普段子守りで頼みの綱にしている大好きなカモメンや、相棒のギターすら差し出しても拒絶されてしまい効果がなく困ってしまった両親は顔を見合わせる。
「困ったわねぇ……」
おもちゃもダメだしピアノもダメ。絵本を見せても目を閉じて見てくれないし手足をばたつかせて腕の中から落ちる勢いでギャン泣きし続けるルルをよしよしと撫でる母親のルーニャも見るからに疲れている。
このままではいけないとダンパーロが抱っこを交代し娘が気に入っている変顔を披露するがそれでも笑わず途方に暮れて。家の外まで届く泣き声で耳が壊れそうな彼はふとある作戦を閃いた。泣いている状態のルルの歌を聞かせれば、流石のサッカー協会会長もただの子供に大事な試合前のライブを任せるのを諦めてくれるんじゃないか…と。
そう思い付いた彼は物は試しだと早速スマートフォンを充電器から抜き取り会長がくれたメモに書かれている番号に電話をかけるのだった。
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