第25話「サッカー協会会長」
このお話から暫く長編?みたいな感じです。ルルにとあるイベントに出て欲しいとオファーが来て…なお話。
第25話「サッカー協会会長」
都心一等地にあるオフィス街の中心部に位置し、国内では電波塔の次に高いといわれている超高層オフィスビルLFAハウス。いくつもの企業の本社が入っているそのビルの最上階に男が一人座っていた。
彼の座る椅子は革張りの高級そうなもので、よく見ると部屋の中に置かれた机や本棚などあらゆる家具が同程度の質で揃えられている。優雅に椅子の背にもたれかかる彼の顔は国内チームに所属するサッカー選手であれば誰もが知っていることだろう。
「会長次はこの資料に目を通してもらえますか」
「ああそれも今日済ませてしまうから右横の紙の山に積んでおいてくれ」
「かしこまりました」
秘書から尊敬の眼差しと書類を受けるその男の名はマネリアル。ルチルゼサッカー協会の会長と南アメリ大陸サッカー連盟理事を同時に務めるサッカー界の権利者でありその力は国外にも及ぶほど強大だ。
サッカー協会トップの仕事として国代表選手やルチルゼのサッカー1部リーグを組織する際の最終判断を担っているため彼に逆らった選手やクラブは、サッカーが国民の娯楽の半数を占めるルチルゼでは生きられないという過激な噂まで流れるほどだった。
なお噂が流れる一番の原因はその見た目であり高身長でガタイのいい黒人系でスキンヘッド、太い首に盛り上がる筋肉はそれはそれはよく目立つのだ。
【朝は毎日スクランブルエッグ~♪】
「……ふむ」
そんな彼は現在、期限の近い提出書類を何枚か処理する横でノートパソコンを開き厳かな会長室に似つかわしくない子供の歌声を垂れ流しながらとある情報を読み漁っていた。
それは国内サッカー1部リーグにいる中でも一二を争う強さを持つサッカー選手ダンパーロ…の娘ルルのもので。正直サッカーとはあまり関係のないものに見えた。
が、一応あるとするならばこの前少女が自宅を脱走しトラックに無断乗車した際にその父親であるダンパーロが練習試合を途中で抜け出して娘を助けに行くという大事件が発生したことが挙げられる。
戻ってこなければそれは試合の放棄に他ならず、戻ってきたとはいえそれでもサッカー協会の一部はかなりお怒りで。彼らの怒りは何のコネも金も持たない選手がサッカーをやれるだけの場所や観客を確保して試合スケジュールやトーナメントを組んで管理しているのは自分たちだというプライドによるものだったがそれは会長のドスの効いた一声で鎮まり。
その後ペナルティの裁定としてどの程度ダンパーロの途中退出に緊急性や必要性があったかを確認するために協会の上層部とルルが盗撮されている動画を一通り見た結果、選手の罰金は他への見せしめとして高めに設定する厳しい判決を出しつつもそれとは別で娘の方に興味が湧いた会長のマネリアルは個人的に動画をまとめさせ提出させたのだった。
『ルルちゃーん可愛いー』
『ふふーん』
会長は生まれつき体の色が欠けたアルビノであるルルが街に出ては周囲の関心や好意を集めている姿を市民が盗撮しネットに投稿した動画やそのコメントから読み取り、サッカー広告のサンプル資料片手に何やら思案を巡らせている。
何故か筋骨隆々な男女に囲まれているルルが、彼らに抱っこされながらルチルゼごおぼえうたというキッズチャンネルの曲を歌って踊って筋肉と筋肉の間を受け渡されている意味不明の動画が一週間前投稿にも関わらず既に50万再生。
そして動画サイトトューバーに投稿された、アルビノ少女がギター一本で自作の曲スクランブルエッグの歌を路上で熱唱し拍手喝采を浴びている動画の再生数はあっという間に100万回を超えていた。
ダンパーロの娘に関連した動画たちに共通しているのはその脅威の数字の伸び率だ。ちょうどリアルタイムで情報を追っていた会長は彼女のパフォーマンス力に一定の価値を見出したが如何せん良くも悪くも目立つのでずっとどう使おうか考えていた。
現在のルルはひとたびショーケースの前に姿を現せばそれだけで人を呼ぶ動物園のパンダのようなもので当然使わない手はなかったが、サッカー業界に利益を落とす形でかつ炎上せず損失が出ないしっくりくる使い方が思いつかず。なおそこにルルに仕事を断られるという予測が存在しないのは会長自身の持つ全てをねじ伏せる権力によるものに他ならない。
彼本来の協会の仕事を終えた頃、ようやくアルビノの使い道についての方針が定まったルチルゼサッカー協会会長マネリアルはまず父親のダンパーロをLFAハウスに呼び出すのだった――
「失礼します。それで俺に用事とは一体……」
「そんな深刻そうな顔をするな。まあ椅子に座ってお茶でも飲もう」
「はぁ」
自分が練習試合でやらかした件のペナルティは全額一括で支払ったはずなのに、他の誰でもないルチルゼサッカー界の最高権力者にいきなり呼び出されたダンパーロは不安そうに愛想笑いを浮かべる。それも相手が指定してきた場所がサッカー協会本部ビル最上階の会長室ともなればなおさら緊張は迸るというもの。
会長の秘書に椅子を引かれて座らざるを得なくなった彼は逃げ場のない豪華な室内をキョロキョロと落ち着かない様子で見渡していた。
重要な面会時にのみ使用する長テーブルに置かれた二つの小洒落たティーカップ。目の前で注がれる温かいお茶には一切手を付けず揃えた膝をガクガクと震わせる一介のサッカー選手に対してまるで自宅にいるようにくつろぎながら足をゆったりと組んで対面したサッカー協会会長。
彼はお茶を飲んで見せては真っ直ぐ視線を合わせてにこやかに笑ってはいるがその瞳は常に相手を値踏みしランク付けしており、圧倒的なパワー差のある両者の間に無駄な雑談など不要だろうと判断したのか即座に本題を叩きつけた。
「今度バイブスの拠点のスタジアムで1部リーグ戦開幕記念の試合があるだろう。その試合の前のお祭りイベントの一つとしてお前の娘に一曲歌って貰いたい」
「は?!」
一瞬己の耳を疑った後全身の毛を逆立てたダンパーロはガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がる。
今までも挑戦的なサッカーイベントの企画を幾度となく出して国内外からルチルゼサッカーを盛り上げてきた会長の言葉や考えをなんとなく察した彼の表情は険しく先程までの緊張は見られない。その代わり確かな反旗の意志をその身に纏わせていた。
「……。うちの娘をサーカスの見せ物にでもするおつもりですか」
「そんなこと一言も言っていないじゃないか人聞きの悪い。私はただ彼女の集客力にはそれなりの価値があると見ているんだ。そう、未だ低いネットの同時視聴率を上げるのに非常にいい人材だとね」
更に続けて、せっかくいくつも視点カメラを用意できるネット配信なのだから通常の有名どころの歌手だけではなく何か一つくらいファンの予想を裏切る面白いことをしたいじゃないかと言われたダンパーロは大事な娘を面白いもの扱いされた怒りで拳をきつく握り締め肩を震わせる。
ようは娘を差し出せ、普段サッカーを見ない人をサッカー協会の息がかかった動画配信サイトに集めるための生贄になれと言っているのだ。父親の憤りは収まるはずもなく余計に膨れ上がりキッとマネリアルを睨み付けた。
そんな男の横をわざとゆっくり歩いて通り過ぎた会長はカップを持ったまま窓の外を眺める。
澄んだガラスの向こうに広がる景色は整然と建ち並ぶ真っ白なオフィスビル群。その隙間から差す日差しに照らされた背中は輪郭が広がり余裕を感じさせ相対するサッカー選手に威圧感を与えていた。
「別におかしな提案じゃないだろう。お前の双子の息子も娘の今の歳…5歳だったか?の頃にサッカーコートの芝の上に立ちお前と手を繋いでエスコートキッズとして堂々と歩いていたじゃないか。あれもなかなか前半戦開始までの微妙な時間を繋ぐ役割を果たしてくれたし今回も頼むよというそれだけの話だ」
「なら娘とも同様に入場だけでお願いします」
なるほどまあそう来るかと紅茶を一口だけ飲んだ会長は振り向き様にアルビノ、とだけ呟く。ぴくりと反応する父親に向けて特設ステージの屋根もなしに立つにはサッカースタジアムの日差しは強すぎるのではと尋ねると彼は黙る。沈黙はイエスということだろう。
「…そうだっ!そうですよルルは太陽の下に晒されると危険なのでステージも無理です!」
「嘘をつくな日陰であればサングラスと日焼け止めだけで活動可能なことくらい知っている。屋根はつけると言っているだろう」
「うぐっ……」
黙ったと思えば今度は饒舌になり珍しく嘘をついてきた彼にそんなに嫌なのかと問うと嫌ですと間髪入れずに返ってきて、カップの持ち手をいじりながらマネリアルはため息をついた。そして彼はああ困ったなぁ助けてほしいのになぁとでも言いたげな悩ましい表情を瞬時に作ってみせるのだった。
「ふーむ…しかしね。もったいないとは思わないか今バズってるネタを今使わないというのも」
経営者目線の純粋なアドバイスとして旬は逃すと一生後悔するよと会長が声をかけると、娘の旬が5歳なものかと反発してきた父親に意見を突き返されて冷ややかな目線を送るマネリアル。彼の表情の変化には気付かなかったダンパーロはそのまま声を荒げてテーブルを叩いた。
「娘はまだ子供です。言葉も覚えたての小さな小さな…っ!それをたくさんの人の目に晒してもし娘が傷付くようなことがあったら!一生心の傷になるかもしれないっ!」
「将来の夢はミュージシャンなんだろう。今から舞台に立つのも良い経験になるだろう」
「俺は!俺は……娘が本当にミュージシャンになるとは考えていません」
この場にいない家族に対して後ろめたさを感じているのか声が小さくなった父親の、自分の娘の夢を否定するような発言に会長はおやと首を傾げる。
特に何も考えていないただの子煩悩な男の子だと思っていたダンパーロの表情は彼が今まで見せたことのない真剣な親の顔をしていた。
「ほぉ?応援していないのか」
「応援はしてます。ですが娘はああ見えてかなりの飽き性なんです。この手で子育てしているからこそ知っているというか……絵本を一冊読み終わるとすぐ積み木を始めて積み木を全部積み上げたらギターを弾き始めて、30分も演奏したらまた別の絵本に手を伸ばす。そんな子なんですよルルは」
ルル本人に自我が芽生えた頃からずっと気になってはいた動きの違和感に言及したダンパーロは苦々しい面持ちで語る。
ギターにピアノにと楽器を学び始めてからは一時間だとか長時間でも同じことを続けられるようにはなりつつあるがやはり少々多動気味なのだと言う。
家からの脱走もまさにその一つで、同じような問題行動をサッカースタジアムのステージで起こさない保証はどこにもないのだ。心配性な父親は自身の心のように波打つティーカップの中を見下ろし底に影を落とす。
周りには娘の多動癖を明かしていない彼は今ここで会長にルルがステージをドタキャンするかもしれない危険性を説明することでこの理由で誘いを断りきれると思ったらしく、真っ向からマネリアルの相談事を断ち切らんとしにきた。
「悪いですがルルの出演はお断りします」
「……そうか。残念だよ」
タイミングよくカップに入ったお茶を飲み終わった会長はカチャとカップをテーブルの上に置くと、頭を下げてきた男のうなじを見下ろしながらこう言い放つ。
「ならダンパーロは今後ベンチまでの起用になるだろうとバイブスの監督には伝えておこう」
「な…ッ!?」
サッカー協会会長から出たまさかの言葉にただのサッカー選手は己の立場を思い出しつつ口をはくはくとし目を見開いた。驚愕のあまり声は出ず身は震える。試合内容に関係のないベンチとはそれすなわち他の会社でいうところの窓際族にしてやるぞという、思いきりの脅しである。
録音さえしていれば裁判所に駆け込める程度には語気が強いがダンパーロは残念ながら何の用意もなく協会を訪れてしまった。
「あくまでスポーツはビジネスだ。それを理解できない選手に仕事をやるほどルチルゼサッカーは甘くないよ」
「そんな!俺はただ娘が大切でっ!」
「そうかそれはとても素晴らしいな。だが私はこの国の金を回すパイプの役割をしているサッカー業界の方が大切なんだ」
広告にコネに周辺事業の拡大にと発展を重ねるスポーツ業界の金回りも分からない生意気なガキのままサッカー選手になったやつはいらない。それではサッカー大国の社会は回らない。まるでそう言っているような冷たい目が選手の体を貫いた。
しかし鍛え抜かれたその体は今は何の役にも立たなかった。ここに来るにはあまりにも無策過ぎたのだ。
「三日待つ。もし娘にリーグのオープニングパフォーマンスをやらせる気になったらいつでも連絡してきてくれたまえ」
「……。」
最後の希望くらいは残してやろうと思ったマネリアルは自身の社用スマートフォンの電話番号を手元のメモに走り書きしてテーブルの上に置く。
唖然とし固まっているダンパーロ一人を謁見の間に置き去りにして、男は秘書とともに部屋を出ていきバタンと扉が閉まる音だけが広い室内に響き渡った。
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一章二章とか区切るのどうやってやるのかちょっとよく分からないので取り敢えず普通に投稿し続けます。




