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閑話「想う気持ち」


閑話「想う気持ち」


試合開始前からずっとスマホの画面とにらめっこしていた背番号11番ダンパーロは、突然すみませんと監督に謝ると試合の真っ最中にも関わらず会場を無理やり抜け出してしまい以降の連絡がつかなくなった。

主力選手が一人欠けたままチームバイブスVSチームテモルザクロスの試合の後半戦が始まってしばらくが経った頃のこと――


「その件はパパも謝ったんだからルルも俺に謝りなさい」

「うぅー…ダディがとちゅうで話にはさまってきただけでわたしそんなこと言ってないもん」

「なんでそこで強情になっちゃうんだよ……素直にお互いごめんなさいしよう、な?」

「……。ごめんなさ」

「いは?!」


カツカツという足音とともに廊下の方から親子の話し声が近付いてきて。

少し不貞腐れた様子で頬を膨らませている娘を抱いて、疲労に塗れた顔をしたダンパーロがスタジアム内の選手ベンチに帰還した。


「みんなすまん。テモル市場までひとっ走りして捕まえてきた」

「おーどうだった無事だったか」

「!。だいぼうけんだった!」


お疲れなチームメイトに聞いたつもりが、お騒がせした娘の方が手を上げて元気な返事をしてきて苦笑する背番号21番。彼はサングラス越しでも分かるほど瞳を輝かせているルルの脱走旅報告に、そっそっかあと引き気味で相槌を打った。


「こらルル!ちゃんと反省しないと今月はおやつ抜きだぞ」

「そんなっわたし毎回はんせいはしてるのに……」

「まあまあ。ちいちゃい子には間食させないと大きくならないんだからもっと別の反省方法をだな…トイレ掃除10回とか」

「うちの娘にそんな汚い仕事させられるか!」

「えーーー」


自分なりに考えて、育ち盛りの子の食事量を減らさないで反省を促せる清掃業務というイイ感じの案を出したつもりがまさかの親バカに絶対に有り得ないとまで言われてしまい21番は頭のアホ毛を垂れ下げる。

そんな彼の横から数人の選手が顔を覗かせダンパーロの帰宅を知ると、試合の方に集中しているチーム監督の背中を叩いた。


「「監督ーダンパーロ帰ってきましたーっ!」」


手に持ったタブレットに黙々と選手の今立つべきポジションとチームの動きを随時書き込み管理して、たまにサッカーコートに向かって檄を飛ばしてと自分の仕事に徹していた男性は叩かれた程度じゃ振り向かず。最終的にサッカー選手数人に耳元で叫ばれてようやくベンチの人数の変化に気が付いた。

スーツで全身を黒に染め上げた渋いおっさんが不機嫌そうに眉間に皺を寄せてダンパーロの方に近付いてくる。横に幅が広い体格のせいもあって独特の威圧感を持ったその男は、大きな一歩を踏みしめるたびドスドスと足音が聞こえてきそうだった。

そして彼は、ダンパーロが試合を途中で投げ出したのではなくちゃんと戻ってきたことに対して何も言わずにただうんうんと頷いて選手の肩を掴んで告げる。


「このままだとPKになる。なので11番を17番と交代して出す。ダンパーロ走れるな」

「はいッ」

「ぴーけぇ?」

「簡単に言うとパパがカッコいいシュートを決めてくるってこと」

「ふーん」


明らかに興味がないルルの返事にそばにいた選手の一人が飲んでいたスポーツ飲料を噴き出す。それに釣られて他の奴らも腹を抱えて笑い出し、サッカー選手の子供にしてはサッカーへの興味がなさすぎるとツッコミを入れた。


「ギャハハッふーんだって、ふーん」

「絶対何も分かってないふーんじゃん今の反応うっすぅ」

「くっ……。パパたちゴールビシッと入れて勝ってくるからな!」


今日はあまり活躍を期待してこない拗ねた娘に背を向けて、交代したあとの配置やパス回しの段取りを監督と相談している父。家族が見に来てるのに孤軍奮闘になってるじゃないかと同僚たちにからかわれた男は耳の裏まで真っ赤になっている。


「あ…っ、がんばれダディー!」

「ああチュッ頑張ってくるよ。それと、勝ったらその後もう一回ながーいお説教するからなッ!覚悟しておくように!」

「……。」


うっかり言い忘れていた頑張れを父親に言ったら頬へのキスと、試合後再度説教を行いますという宣言が返ってきてルルは固まる。

熱気のこもったフィールドにチームの青いユニフォームをたなびかせて走っていく背番号11番の後ろ姿に向かって、少女は囁く程度の音量でじゃあやっぱり頑張んないでいいよーと声を投げた。

…が、立っているルルと横のベンチに腰がける監督の顔がちょうど同じ高さにあったようでその逆声援は監督の耳にも入ってしまった。

じぬる…と舐めるように睨まれたあとガッと片手で頭を掴まれたルル。女の子に突然何してるんだとビビッて飛び上がる選手たち。頭部にかかる握力が怖すぎて目線やら全てが動かせない少女と、サッカーに対しては本気と書いてマジな男はしばらくどちらも口を開かずに見つめ合った。


「ちょーいちょい監督なにしてんの相手まだガキじゃん」

「ふぇぇ……」

「…嬢ちゃんそりゃ良くないな。選手に向かってフラフラとした応援をするんじゃない。頑張れと一回言ったら一生同じことを言え途中でアンチになるな。それが正しいサポーターの在り方というものだ」


ヘビのように鋭い眼光でガンをつけられた少女はぷるぷると体を震わせている。だが彼女を怖い人から守ってくれるボディガードは今いない、だって自分から逃げてしまったから。

せめてボディガードを脱走の時から一緒に連れ歩いていたら今も横にいるはずなのにと見当違いな後悔に襲われながら、言ってはいけない言葉について監督から延々と諭されてルルは少し涙目になる。


男が語った、暴言は選手生命に関わってくるという話はちゃんと最後まで聞いていたしその話の内容から彼が選手思いの優しくて真面目な人なのだと理解はできたがそれでも怖いものは怖いので彼女は未だ微振動している。


「嬢ちゃん、返事は」

「は…、はぃ」

「声が小さい」

「はいっ!」

「そうだ」


わがまま娘にはいと言わせて満足したのか監督は笑顔を作ったつもりの口角が引き下がったコワイ顔でルルの頭を撫でると、サッカーコートの方に向き直って試合を管理する仕事に戻った。


「こわいこわい」

「おーこっちに来るのか」


最後まで恐怖に満ちていた全身真っ黒な大人に叱られて腰が抜けたルルはベンチの上を四つ足で移動し、控えにいる選手のなかで見覚えのある人物にぎゅうと抱きつく。

その選手の名はサモール。趣味のバス釣りの帰りにダンパーロ家で釣具を洗わせてもらっているため少女とは顔馴染みであり、彼は慣れた手つきでルルの体を持ち上げると自分の膝の上に乗せてくれた。


「そういえば、すごかったねートラック旅」

「うんっすっ…ごぉーく楽しかったのっ!」

「でもね。ルルちゃん聞いてくれるかな」

「?」


その後しばらく当たり障りのない会話をしていた二人だったが、サモールの方がふと気になって脱走の件の話を振ったときにルルがあまりにもニコニコと笑って旅の思い出を嬉しそうに話すので彼は真顔に近い大人の顔つきに変わり。先ほどまでの糸目の柔らかい笑顔から両目を開いた真剣な表情に仮面を付け替えた。


「ダンパーロのやつはルルちゃんが死んじゃったんじゃないか、もう二度と会えないんじゃないかってことまで考えて心配していたよ。ルルちゃんが旅を楽しんでた間ずっとお父さんたちは楽しくなかったんじゃないかなぁ?」

「わたし元気だよ。びょうきもないしぜんぜん死なないし、ダディが楽しくないならおうちに帰ったあといっぱい笑わせるし」

「お外に出ちゃったルルちゃんが今元気かどうかなんて本人目線でしかわからないだろ。お父さんたちは娘が居なくなった間ずーっと悪い未来しか見られないんだよ。そんな状態で帰ってこられてもすぐに笑顔になんてなれないんだ」


笑顔になれないからいつも怖い顔で叱られてるだろ?と彼に言われて返す言葉に詰まるルル。


アルビノは希少で金銭目的で誘拐されることがある。幸いルルはまだ被害に遭っていないが国内でも未遂はかなり報告が上がってくるし行方不明者も昔の話だが一人出ているのだ。

田舎育ちでスラムに詳しいダンパーロは何よりもルルが誘拐されることを一番恐れていて、それ故に脱走時は毎回酷く錯乱するのだとありのままの情報を伝えるサモール。

スラムについて長く語った割に肝心なところはぼかした父親とは違い彼はもっと直接的に、アルビノの体毛や内臓や皮膚が海外の一部の国では薬や呪術の素材として高価に取り引きされているからルルの体が生きたまま切り刻まれて売られる可能性まできっちり説明した。


想像力を働かせたルルは初めは怯えたものの少し考えて、ん?と首を傾げる。誘拐を怖がるのはわかるが大人なんだから悪いやつはやっつければいいのにとまず単純な感想を抱き。

それに加えて普段自分の目で見ている父親はまだ起きていない物事に対してあれこれ悩んだりなんてしないとても前向きで明るい性格で、ルルを叱る時も彼はいつも声を張り上げていて落ち込んでいるようには見えない。本当にサモールの言うようにジトジトと悩むのかなと疑問に思うのだった。


「ねぇねぇなんでルルがころされちゃう未来を見ちゃうの?未来はぜったいにそうなるんじゃないのにどうしてダディはわるい方で考えちゃうの」

「そんなの決まってる!ダンパーロはルルちゃんのことが大好きだからさ」


当然のように言い切った親バカ男の同僚は、その後しっかり愛娘と目を合わせて大好きだからこそ家から脱走された時には外で危険な目に遭っていないか不安でいっぱいになるし心配なのだと伝えた。

だがそれを聞いたルルはそこまで悪い方向に物事を考える意味が分からず困惑している。


大好きだから姿が見えないだけでも不安になると言う男と、大好きな人の姿が見えないとそわそわして会いたくなるよねと思う少女。マイナスとプラス相容れない思考回路。

なんなら後者は"心配"を気になるだとか顔を見たくなることなどの意味で脳内変換している節があったためこの部分は完全に考え方が異なりすれ違った。


「ルルちゃんはお父さんが死んじゃったら嫌?」

「ダディ生きてるよ」

「もしもの話だよ想像してみて」

「……。」


何故そんな辛い仮定の話を自ら想像しないといけないのか。ルルにはさっぱり分からなかったがあまりにも先程の言葉を理解できなかったのもあって、少しでも思考を周りに近付けたくて言われた通りにしてみる。

しかし今父親が死ぬとしていつどこでどうして死ぬのだろうと一から設定を考え始めた彼女はどんどん頭がこんがらがってきてしまい、とりあえず最近見たドラマの死別シーンの登場人物に親子二人を当てはめてみることにした……


昨日の夜将来の夢について対立して喧嘩してルルはムキになって父親に向かってアンタなんかいなくなっちゃえと言って部屋にこもる。一晩眠って明日の朝には頭も冷えてきたルルは母親から頼まれて父親をいつものように起こしに行くのだが、いくら揺すっても彼が目を覚まさないのだ。

お父さん、お父さんとこちらがどんなに激しく揺さぶっても起きることはなく最期にはだらりと腕をベッドから垂らし……ルルは一生昨日の夜は言い過ぎちゃったごめんなさいを言えなくなってしまった。

頭の中では父の棺桶にへばりついて謝りながら現実の方でポロポロと涙を落とすルル。ドラマを見た当時はなんてことなく流し見て悲しいねなんて言いながらも笑って鑑賞していたはずなのに、ストーリー自体は変わっていないのにどうしてこんなに苦しいのだろうと少女は胸の辺りをぎゅっと掴んだ。


そしてルルは、そうか。親は後悔したくないのか。自分の手が届かないところで何かが起きてそれが悪い事だったとき後戻りができないからこそ思う"心配"はこれかとようやくマイナス側の存在に気が付くのだった。


「ね?悲しいでしょう。だから親は子供を見えるところで守りたいんだ。ルルちゃんもさ、ダンパーロのそばにいて彼に守らせてやってよ映画に登場するヒーローみたいに」

「うん……」


相手を想う心配はルルが想像しているものよりずっと深くてそして重い。だから最悪の事態が起こるところまで考えてしまうし未来がそうならないように怒るのだと、サモールの説得の甲斐もあって理解したルルは彼の腕にずっと引っ付いて反省している。


そして、ふと彼女の頭に浮かんだのはこの場にいないもう一人の大好きな女性の顔だった。

今思い返すとトラックの上から見えた、自分を走って見送ってくれた母親の本当の表情は笑顔ではなかったかもしれないと柄にもなく考え込み。ああこれが心配か、と落ち込む。

少女はいつも無意識のうちに避けてきた負の感情に目を向けていた。天真爛漫だとよく言われるが実のところ脳が勝手に情報を改変した上で保存してしまうため、記憶を掘り出すのを諦め多少の妄想も受け入れて笑顔ばかりで生きているだけなのだった。


「…ママも、ママもルルがわるい人におそわれてると思ってしんぱいしてるかも。それでプンプンおこってるかも」

「そりゃね!おうちに帰ったらちゃんとごめんなさいしなくちゃね」

「うん」


謝る決意を固めてキリリとした表情で頷くルルをサモールや周りの選手は寄ってたかって頭を撫でて偉い偉いと褒めた。

なお少女の頭は家から出る行動自体を辞めるつもりはなく、どれだけ周りにノーと言われても自分がそれを必要だと判断したらやる気である。ただ今までと違いなんとかボディガード同伴での外出許可をもぎ取れないかと首をひねり、今後は両親に怖い悲しい寂しいの三つの感情を味わわせない努力をしようとルル本人は決めるのだった。



『ダンパーロ選手、是非試合に勝利したお気持ちをお聞かせください!』

「そう、ですね…練習試合ですし俺ほとんどベンチだったんですが…敢えて言うとすればPKでミスなく狙ったコースに蹴れて良かったです。相手のキーパーが足の重心を傾けてからのシュートだったのでまあまず入りますが」


延長戦後のPK戦に4-3で勝ちをおさめたチームバイブス。PK初撃を鋭いシュートでゴール端に決めた背番号11番ダンパーロは、その鍛え上げられた腕の中に我が子を抱きしめながらマスコミに囲まれて勝利後インタビューに応じていた。彼の横には後からサッカー場にやって来たボディガードが立ち日傘を親子二人に向けて差している。

正直今日の試合は新人たちをメインでフル投入してみようという監督とオーナー二人の思いつきで回っていたためダンパーロは大して活躍していない。0-0でPK戦を迎えているのも彼的にはもっとやれただろうという感想以外持てなかった。


『ところで娘さんは大丈夫でしたか?うちの局のスタッフにも目撃者がいましたが、徒歩ではなくトラックの荷台に乗って脱走したそうですね』

「はい…。皆さんには何度も心配とご迷惑をおかけてして本当に申し訳ないと思っています」

『娘さん捕獲のための途中退出によるペナルティについては監督から何か言われましたか?』

「はい。おそらくはサッカー協会への罰金の支払いになるだろうと。こういったことにならないよう今後はより一層気を付けます。本当に申し訳ありませんでした」


ダンパーロは各テレビ局のカメラに囲まれながら深々と頭を下げフラッシュを浴びた後、自分の腕の中で眠っている娘の頭もチョイと手で押して下げさせた。


『いやぁーそれにしてもルルちゃんギター上手でしたね!』

「後からネットで動画を見ましたが俺も聞いたことない曲でびっくりしました。多分その場で思いつきで歌ったんだと思いますが…、いやにしてはだいぶ仕上がっていたような気も……」

『娘さんは寝ちゃったんですね』

「はい俺やチームメイトに叱られて泣いたら疲れたみたいで」


ほんとはこの場でごめんなさいくらい言わせたいんですけどね…とぼやいた父親はまったく起きる気配のないルルの白い髪をサラサラと指先で撫でる。彼女の顔にサングラスはなく、まぶたを閉じてよく見える真っ白なまつ毛は凍りついているように美しい。

アルビノが持つ幻想的な外見に見惚れたカメラマンたちがこぞって集まり撮影会を開いているのを横目に見たダンパーロは、早く取材を終わらせて立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。


『ルルちゃんとは息子さんたちのようにサッカーしていかれないのですか?』

「エッあっあーやぁー…娘はあまりサッカーはやらないのでーハイ」

『やはり音楽一筋と!』


記者の発言がまるでルルの将来はそれで確定だと決めつけているように聞こえたダンパーロは表情を変える。


「……。娘が将来何になるかは分からないですし、それが音楽でも音楽じゃなくても応援します。今はとにかく学ばせてやりたいんです。選択肢を増やしてあげたい」


彼は父親として真剣な表情をしてマイクを強く握る。


「なので見守ってやってもらえると嬉しいです」


それだけ言った親子は観客たちからのヤジと声援を受けながらロッカールームへとはけていった。



後日、ルチルゼサッカー協会からダンパーロに提示された試合途中退出に関するペナルティのお値段はなかなかにお高く彼は請求書を握り締め、本当に次はないようにしようと血涙を流しながら決意するのだった。


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