第24話「はじめてのライブ」
第24話「はじめてのライブ」
「じゃあ店の準備をしている間に一曲お願いしようかね。どっちでもいいからルルちゃんのおすすめでよ」
「うん!じゃあスクランブルエッグの歌ね!」
初めてできたお客さん第一号からのリクエストに勇み足でギターを構えたルルは、まずは万全の態勢で歌を披露するための準備を始めた。
【ル、ル、ルララ~♪ルラ、ド、レ、ミ~♪】
少女がギターのチューニングをしながら喉の調子を合わせているのを聞いた運転手は何事かと振り返る。それがさっき言っていた自分で作った歌なのかと思えば当然違い、一呼吸深く吸い込んだあとルルは本番の幕を開くのだった。
【朝はスクランブルエッグ 焼きたてではないけど ほっぺた落ちるほど美味しいの~♪】
「すみません警察ですか迷子ですダンパーロの娘が。はいいつもの。今はテモル市場にいまして場所は~…」
【いつも朝は毎日スクランブルエッグ~♪】
「聞こえる通り歌ってます。…はい。はい早めにお願いします」
【食べれるキャパが小さくて ダディは卵3つで羨ましいな~♪】
子供が歌っている隙にバレないように通報する方法をとることにした屋台のオヤジは、店の荷物を運ぶフリをしながら死角に隠れてこそこそと警察に電話している。
まだまだ周囲を見るほどの余裕がなく演奏と歌唱に集中しているルルはお客さんに通報されているとは夢にも思わず、ギターのネックの上に置かれた自分の指を睨んでは正しいコードを奏でて音を繋いでいく。
【ママはケチャップかけないの 会話に夢中になって よくスカートに落としちゃうから~♪】
ジャンジャカジャカッジャン――
テモル市場のなかでも人が少ない脇道の一つに可愛らしい鈴を転がすような高音とギターのリズミカルな音が響き渡った。
一時だけそこだけドラマの舞台にでもなったかのように周りの雑草は色づいて見え、出窓からはみ出すただの破れたカーテンが一斉に歌のメロディと同じ間隔で揺れる姿は幻想的で。トラックを直し終えた運転手は地べたに屈んだままの体勢でルルの歌声に目を見開く。
アルビノのはずなのに少女はまるで太陽に愛されているかのような輝きを放ち、その白髪に光を全て受け止めてキラキラと煌めいていた。
「なんだこの歌」「路上ライブかな」「行ってみよう!」
彼女の歌声に釣られて屋台の奥の家から顔を出した他の店主やその子供、テモル市場のメインストリートから一本道を逸れてやってきた海外の観光客も集まってきてこのステージには少しずつ人が増えてきた。
多くの観衆の奇異の視線に晒されながら携帯のカメラを向けられていることも気にせずに自由に歌うルル。緊張という感覚を知らないのだろうかと見る人が思うほど、彼女は歌いながら楽しそうに笑うのだ。
一緒に手を叩いて笑ってくれる同じくらいの歳の女の子と目を合わせながらウインクするほど余裕がでてきた小さなミュージシャンはここで予定にないギターの難しい指の入れ替え技を三連続で挟み、その難易度が音色で察せられた周囲からのどよめきを拍手代わりに受け取った。
【空になったお皿にミルク シリアル乗っけてお皿洗いは短めに~♪】
路上パフォーマー見物くらいのノリで来た観光客や単に音の出所が気になっただけの屋台の主でさえもこの現場ではただ立ち尽くしており、ギターが上手いなと誰もが思っているのは見ればわかる光景になっていた。
歌はひたすらスクランブルエッグについて語るだけでしょぼいのだが複数の音を同時に弾いても一切濁らず、押さえる指が遠く離れたときの繋ぎの伸ばし音も一度も途切れないその指さばきはとてもギター初心者には見えないし聞こえない。
小さな小さな真っ白な手が少女の背丈と大して変わらないギターの上下に迷いなく滑らかに動く。時には腕まで使って全ての弦を一気に押さえ音を紡ぐその姿は絵本に出てくる小人のようで大変そうだが愛らしい。
アルビノが持つ神聖さも相まってルルの歌声以外の音が消えた市場の一角はまるで鏡映しの異世界に連れ去られたような不思議な空気に包まれていた。
【ダディの筋肉の七割は卵でできているんだって~♪】
【残り三割は鶏肉で~♪】
【結局全部鶏なのね~♪】
曲終盤を怒涛のコード進行でラストスパートをかけ駆け抜けると一気に視界が開け、クスクスと笑う女性の顔が目の前に見えたルルの表情がパァッと花が咲くように明るくなった。
「ありがとうございましたっ!」
パチパチという音がどこかから聞こえてきてお辞儀をしたルル。内心もらえるか不安だった拍手を無事にもらえた彼女は白い頬を朱色に染めて喜んでいた。
それも彼女の妄想でのソロライブでは無かったルルちゃんコールというおまけつきともなれば演奏中抑えていた喜楽の感情がどばっと溢れて止まらなくなるというもので。背が低い人にも自分が見えるように何度もバッタのように飛び上がってお客さんのカメラに映るファンサービスを行う少女の耳にはルールッルールッルッと振動のような歓声が響く。
しかしその中に一人大好きな父親の声が混じっているのが聞こえたルルはその場をくるくる回り首を左右に傾げて呼ぶ声の方向を絞ると、あるタイミングで確信を持てたようで道の一点を指差した。
「あっいた、ダディだー!」
「……ルルッ!」
そんなまさかとざわつく観衆。
だが彼女がそう言った数秒後には、すみません退いてくださいと人の山をかき分け2メートル近い巨漢が幼女の目の前に飛び出してきた。少女が耳がいいことを知らない人から見ると予言した通りに父親が現れたように見えるため周りは驚きの色を見せている。
「「何をしているんだこんなところでっ!」」
ルルの脱走当時サッカーの試合中だったダンパーロだが、対戦相手のサッカーチームテモルザクロスが所有する運動場が今回の試合の開催会場で娘の現在の居場所であるテモル市場に一番近いかつ今日はベンチスタートだったため誰よりも早く現場に駆けつけた。
試合を抜け出した自分に科されるペナルティなど後のことは全て無視して観衆に囲まれた娘に叫んで抱きしめた彼は、その温かさに心底安心して地面に膝をつく。
……まだダンパーロがサッカー場のベンチに座りボディガードからの電話や事実かどうか怪しいネットの噂の情報を常に追いかけていたとき。最初は心配過ぎて気が狂いそうだったが次々ネットの海に落ちてくる写真の内容を見ていくうちに少しずつ認識が変わっていった。
投稿された画像は荷台の上のルルが下にいる通行人と談笑する写真やのほほんとした笑顔で謎のお菓子を幸せそうに頬張る写真、カップルの自撮りの間に背後霊のように映る写真等。死ぬ気で心配している身からするとどれも本当に腹立たしくなるものばかり。
ルルちゃん旅すごく楽しそうだね…と隣で一緒にスマホを見ていたチームメイトから言われたとき彼は苦々しい表情でそうだなとしか返せず。
その後何人かのパパラッチのツブヤイターがルルを捕捉し逐一位置情報を流しているのを発見し、あるアカウントが子供を乗せたトラックが市場で止まったと呟いた瞬間彼はすぐ運動場から飛び出して。誘拐犯に目をつけられるより素早く動いて警察が出動するより速く車を走らせてきた。
ハグするよりも先にそれはもうガッツリと厳しめに叱ろうと決意を固めてハンドルを握り締めやって来た。
それでもやはりこうして実際に会うと思わず抱きしめてしまい、抱きしめると色んな気持ちでいっぱいになり道中頭に思い浮かべていた長文の説教が吹き飛んでしまうのが父親の性なのだった。
「馬鹿野郎!心配したっ!心配したんだぞ!」
「何が?あのね、ルル歌を歌いにきただけだよ家を出たからおこられるのはわかるけどしんぱいなことは何もなかったの」
ほら見て元気元気と言って両腕で筋肉コブを作るポーズをして笑う何も分かってない娘の肩をガッと強めに掴んだダンパーロは顔と顔を鼻先が触れる距離まで近付けた。彼のこめかみには血管の筋が浮かんでおりどれだけ怒りを溜め込んでいるかが目に見えてわかる。
「大前提としての、まず勝手に家から出るなという単純な話を何度言ったら聞いてくれるんだ」
「す、少しだけだもん…今日も一曲だけ歌ったら帰ろうかなーって思ってて」
「どうやって帰るつもりだったんだ」
「あ、歩いて……?」
「家とテモルがどれだけ離れているか分かっているのか。40キロだぞ40キロ!」
あまりにも楽観的なモノの見方をするお花畑な娘に沈んだはずの怒りがぶり返した父親は大きな声で叱りつけ、反射的にキュッと目を瞑ったルルは耳を塞いで今度は耳を塞ぐという行動の方を叱られて涙がこぼれた。
相手が肉親とはいえ小さい子が身を固める様子は見ていて決して気持ちのいいものではなく、事情を知らない外国人観光客からはブーイングまで飛んでくる。しかしダンパーロは今叱らないと絶対忘れるという嫌な確信を持っていたため名声に傷がつくのも恐れず口を閉じることはなかった。
「40kmはとても長いんだ。子供の足じゃ歩ける距離もたかが知れてるしそれに、子供一人で歩くには家の外は危険なことでいっぱいなんだよ」
「うっぐっ…そんなことない゛っみんなルルの歌きいてくれだっ。しかも拍手だってしてくれたしこわくなんてなかったもん」
涙を拭い平らな胸に手を当てて今日の経験を胸に刻むルル。彼女は自分で作った歌がバカにされずにこんなにたくさんの人に受け入れられて本当に嬉しかったのだ。
だが娘の作曲活動自体を知らない父にはそんな気持ちはわからない。まだまだ怒っている途中だ。
「それはこの辺りが海外からくる観光客ばかりだからであってだな……。ルチルゼにはスラムもあるし場所によっては本当に危ないんだよお願いだから分かってくれ」
「ぐすっ…スラムってなに」
「わけはあれど息を吸うより簡単に人を殴れるようになってしまった危ない人たちがたくさん住んでる街だよ」
ダンパーロがわざわざ"なってしまった"と言い足すように実はこの国のスラムは少々特殊な事情を抱えている。
昔国内で行われたワールドカップの会場となったサッカードームの周りに、大会開催前に求人のビラが撒かれた建築事業を狙って国境を越えやってきた大量の出稼ぎ移民たちが出て行かずに居着いたスラム街があるのだ。
賃金が高額だと誘われた彼らに実際にその給料が払われることはなく政府はそんな広告自体を国は配っていないとの一点張りで何の保証も帰国補助もしなかった結果、現在ドームの目の前に広がる雑多な掘建小屋の群では麻薬やピストル等違法なものがゴロゴロ出回るようになっていき今では立派な闇の市場と化している。
ルチルゼきっての負の遺産として確かに存在し度々警察が入っては銃撃戦が繰り広げられているその場所では一日の死者数も多く周辺では人攫いや車強盗も多い。
そしてそんな、人の命すら金に換える地獄に住む民にとっては希少価値の高いアルビノなんてまさに格好の獲物だ。悪い奴らに攫われてスラムに連れて行かれでもしたらルルは本当に殺されてしまうかもしれないのだ。
父親の長い説明を聞いてうんうん頷くルルは理解はしつつも別の案を提示する。
「じゃあ、そのスラムってところじゃないなら出かけてもいい?」
「ダメ!」
「なんでなんでっ」
今日だって安全にここまで来れたのに。ルルがそう言うとどこが!と声量を上げて間髪入れずに怒鳴ったダンパーロ。
日の光が眩しいだろうにサングラスも忘れて見開いたオッドアイから塩水を垂れ流している娘がその小さな体を更に縮めて本気で怯えて怖がっている姿を見て、やり過ぎたかもと思った彼は少し声のトーンを落とした。
「いいかルル、うちの国では子供は大人と一緒じゃないと本来街を出歩いちゃいけないんだ。お前が一人で街を散歩するたびにパパもママも警察からすっごく怒られてるんだぞ」
「えぐっえぐっ…えっ…なんで?ダディたちは何もわるいことしてないのに」
「ルルを一人にした責任は脱走を見逃したパパたちにあるからだよ。たとえルルが勝手に外に行ったとしても結果悪いのはパパたちなんだ」
「うーんうーん…うぅー…ルルがわるくてなのにダディがおこられちゃうのはイヤだなぁ」
「っ!。そ、そうか!ならもう一人でお外に出るのは金輪際本当にやめような!」
「んぅー……」
昼時を迎えたテモル市場の人の多さが一段と増し目線が気になり早口になったダンパーロが一気に説教をまくしたてた後、彼は唸り続ける娘の手を引っ張ってメイン通りに停めていた赤いスポーツカーに乗り込んだ。
返事がんーだけで終わり納得できていない様子なのが不安になった父親はキッズシートに一人で座った娘の方を振り向いて、目を見つめて再度確認する。
「さっきパパが言ったことちゃんと分かった?ルルは一人でお外に出かけてはいけません」
「ほかにほうほうはないのかな。わたしがまちへ歌いに行ってもダディがけいさつにおこられないほうほう」
「ないよ」
「やっぱりボディガードといっしょのお出かけはオーケーにしてほしいなって」
「マドルク一人じゃまだまだパパ心配だからダメ」
ボディガードを信頼してはいるがまだ一度も不審者からルルを守った実績がないため折衷案は切り捨てられる。マドルクならいざという時絶対自分を助けてくれるという絶対の信頼を寄せているルルはその評価が不満で頬を膨らませた。
「えーしんぱいしすぎだよ」
「誰のせいで俺がこんなに心配性になったと思ってるんだ……!」
流石に今の発言はまずかったようで頭の血管が数本切れたダンパーロがガンッとハンドルを殴り、パーーとクラクションが周囲に鳴り響く。
心配し過ぎだよマドルクなら強いから大丈夫だよと言おうとしたら途中で怒鳴られた上に自分が父親の心配を軽視したような言葉を吐いたことになってしまったルルが言いそびれたまま泣き。ハンドルを殴るのは間接的に暴力で脅したようなものだとやってから後悔するも謝るタイミングを逃しずっとルームミラーで娘の様子を窺っているダンパーロ。
静かになった車内でお互い目を合わせることなく気まずい空気を漂わせながら、車はゆっくりと人通りの多い市場を抜けて現在まだ試合中のサッカー場まで走っていった。
脱走犯ルルはその後サッカーの試合会場でチームバイブス側のベンチに一時的に保護されたのち家へ帰ることになるのだがそこでもう一度反省することとなる。
帰宅していざ謝ろうと玄関の扉を開けた彼女がごめんなさいを言い終わるよりも早く、心配で目を真っ赤に腫らした母ルーニャに飛びかかられて強く抱きしめられたルルはそのまま床に倒された。
普段は父親よりもたくさん怒る母親がただただ泣いているという姿を目撃することとなり動揺するルル。心配だから怒っていると思っていたのに心配だから泣いていて想定と違う相手の行動に脳がついて行けずアワアワしていた。
体はどこも欠けていないわよね、本当に無事で良かったもうそれだけでいいからと泣きすぎて掠れたガラガラ声で言ったルーニャは、自分の名を何度も呼んで子供のように泣きじゃくっているのだ。一向に止まらないその涙は温かくてでも悲しい。
怒られなかったその時、自分がやらかしたことの大きさを真に実感したルルはママ、ママごめんなさいと謝りながら母親の身体に顔をすり寄せて泣いたのだった。
*




