第23話「ライブ会場にとうちゃく!」
第23話「ライブ会場にとうちゃく!」
「ったく。何だったんだよ一体……」
波乱万丈過ぎた道中をなんとか乗り越え港近くの町テモルにある市場まで前科を増やさず生きたまま辿り着くことができたトラックの運転手は震える足で車から降りるとそばにあるフェンスに背中から寄りかかった。
シナモンやクミンなどの香辛料の強い香りに捌きたての魚の生臭い匂いが辺り一帯を漂う嗅ぎ慣れた街の空気を吸って、安心して気が抜けたのかそのままずりずりと脱力した彼はその背に鉄錆を付けながら地面に崩れ落ちため息をつく。
朝からよく分からないカルト連中に後ろから走って追いかけられて、謎のセリフを繰り返し吐かれながら手をトラックへと伸ばされるのをバックミラー越しから見たとき運転手は3年ほど寿命が縮んだ。まるでゾンビ映画か何かのようだったからだ。
その後発生さたバイクやパトカーとの謎のカーチェイスでも男の寿命は5年は縮み、逃げ切るよりも先に老衰で死ぬかと思ったほどの恐怖を感じた。
長年裏稼業でマフィアの運び屋を兼任している彼にとって、無駄にイキっている一般車両からの煽り運転も積んでる荷物によっては本当に検問に引っかかるとまずい場合があるパトカーも嫌な思い出しかなく、今日の一件でさらに過去のトラウマは現在のトラウマへと無事昇華されたのだった。
警察に見られた今の車体番号を早く剥がさなくてはと思いつつ、まず先に宅配を済ませてしまおうと考えた運転手は休みたいと叫んでいる己の足を叩き起こし奮い立たせてひんやりと冷たい地べたから離れる。
いきなりあの量の荷物を一人でトラックから下ろすのは流石にまだしんどいので、受け取り手にサインをもらうついでに作業を手伝ってもらおうと思ったのだ。
「おーいおっちゃん。頼まれてたじゃがいもとか諸々持ってきたぞ」
「おーすまないね坊ちゃま。今日は思ったよりも早い時間にじゃがいもの在庫がさばけてしまってね。流石に野菜屋を名乗っててじゃがいもがすっからかんじゃ見栄えが悪いからね助かったよ」
予約なしの団体客に押し寄せられた近所の宿屋に、売れるだけ売って欲しいと頼まれてつい手持ちのじゃがいもを全て売ってしまった屋台のオヤジ。
彼は一つだけ空になった露店の木箱がまるで仕入れ業者に卸してもらえなかったように見えるのが嫌で、無理やり知り合いの宅配業をしている男の予定に割り込み運ばせた。だがそれを悪びれる様子もなくあっけらかんと話している。
「つっても今更並べても誰も買わないんじゃねーの。このぐらいの時間は国内外の観光客しかいないだろこの辺」
「ルチルゼのテモル市場は観光地でもあるんだから籠にじゃがいもがちゃんと置いてあるだけで店の面子にとっちゃ大事なのさ」
「なんだそりゃ映えたい観光客がわざわざじゃがいもの写真なんて撮るかよw」
「案外撮るぞ?ま、夕方になれば晩御飯を作る奥様方やら人は来る。その時に売れば良いさ芋は日持ちもするからね」
まだ高級住宅街に自宅と勤務地があった頃からの仲の二人はゲラゲラと下品に笑い合い。運転手がズボンのポケットから出したくしゃくしゃの箱から取り出した潰れたタバコを1本ずつ分け合って吸いながら、しばらく疲れも忘れて屋台のオヤジと最近自分の身に起きた不幸の話で盛り上がった。
そうしてようやく本当にひと息つけたかなと思えたところで荷台に積んだ重たいじゃがいもたちを下ろそうとした運転手だったが……
「んんーうぅーおはようぅ」
「なん…っ」
荷物の中に"それ"を見つけた彼は思わずヒュッと息を呑む。
掴みかけた手を瞬時に引っ込め唖然とする男の前で呑気に寝起きの挨拶をしてきたそれは、手扇子で隠すことなくふわわと大口を開けてあくびをすると短い腕をピンと伸ばして柔軟運動を開始した。手を指先まで伸ばし肩を回したあとは背伸びをして、足を木箱から抜くと足首を回し同様に伸ばす。
「いっちにーいっちにー」
「……。」
掛け声とともに左右に腰をひねるそのストレッチを真顔で見守る男の脳はスペック本来の処理速度の限界を超えプスプスと煙を吐いている。
運転手が一番最初に持ち上げた、取扱注意の荷物を運ぶ際に衝撃吸収するために積んでいるクッション入りの木箱の中には真っ白な幼女がギターを抱えて潜り込んでいたわけだが彼にはまだその現実を受け入れられるような心の余裕はなくその場に立ち尽くして固まっていた。
少女は袋に詰まった羊毛の塊でぬくぬくと暖まっていたのもあってか少し眠そうにまぶたを擦るといーっと歯を食いしばったあくびをして非対称な色をした瞳に涙を貯める。長旅での揺れの影響か両目を隠すサングラスが鼻の下までずり落ちているその子供は、頭にかぶっていたブルーシートをお昼寝中の布団として利用していたためか真っ白そのままの素顔を余すことなく晒していた。
「どうした坊ちゃまやっぱり年寄りに遠慮なんかせずに私も荷下ろし手伝った方が早く……」
いつもテンポよく荷物を下ろして運ぶ運転手がトラックの荷台から離れず棒立ちでいる姿を遠目で見ていた屋台のオヤジが様子がおかしいと不審に思い近くまで歩き声をかける。それでも返事がないもんだから荷物に彼の苦手なネズミでもついていたのかと背後から荷台を覗き込んで確かめると、想像と違った訪問者を見て間髪入れずに叫んだのだった。
「おいおいおいどういうこっちゃこりゃあッおまっ攫ってきたのか?!流石にこんなん売れるルートうちゃ持ってねーぞ!」
「んなわけねーだろッ」
大切な仲間に人身売買を匂わせる発言をさせてしまい厄介な耳がないか周囲をしきりに見渡して警戒したあと、急いで振り向き否定した運転手の額の上にはじっとりと冷や汗が滲む。
あまりの衝撃に凍っていた体は再び動けるようになったが今度は心臓がバクバクと激しく暴れ回り、別の理由で動けぬ屍になりそうだった。
そもそも彼が危ない運び屋をする時は古くから関係を持つ間柄と会う日には絶対にしないと決めている。ルチルゼの警察は冤罪を作るのが得意だと噂では言われているので、しょっぴかれるタイミングによっては仲間まで巻き添えで捕まり自分と一緒に適当な罪をつけられて逮捕されてしまうかもしれないからだ。
「そもそも人なんか売るかバカ執事っ」
「そうは言ってもねぇ前にもよく分からん機材とか高そうなパソコンとか持ってきたじゃねぇか」
「あれは清掃のアルバイトで拾った廃棄されてたやつだよ!清掃員は汚い仕事をする代わりにそういうの自分のものにしていいのっ」
裏で転売屋もやっているオヤジに売ってもいいよと持ち込む綺麗なゴミたちは全て宅配とは違うもののちゃんと正規の手段で手に入れているのに、それをまるで盗品だったかのような反応をされ運転手はショックを受ける。
自分はこの件に関しては本当に犯罪者じゃない無罪だと、とにかく否定しまくるしかない彼は慌てた様子でどうしようどうしようとルル入りの木箱を持ち上げたまま右往左往と細い路地裏をうろついて。神輿のように揺られる少女は何故か降りずなんだか楽しそうでそれがまた彼の不安を増幅させるのだった。
「"わっしょいわっしょい"ー!」
「おーいそれ何語なんだぁ……?」
覚えたてのニッポノ語で手足をばたつかせてはしゃいでいるルルに呆れた屋台のオヤジはじろじろと少女の姿を近くで観察しはじめた。
運転手も釣られて同じようにルルを見る。その子が持っていたのは白と呼ぶには物足りないほど透き通って美しく風で揺れる髪に白人よりも白い肌。
本当にオッドアイなんだなとかぐるぐる感想が頭を巡って血も上る。大量の酸素が到着した脳が情報整理に終了したのかしばらく体を硬直させたのち彼は全てを理解した。
『そこの車止まれー!』お嬢様ー!うちの子を』荷物を下ろしてくださーい!……』
脳内に色んな声が流れ記憶が一気にフラッシュバックし。そしてあれは自分の車にいちゃもんをつけてくる危険な連中なんかではなく、荷物に紛れて脱走したダンパーロの娘を何とか助けようと走って叫んでいたのだと分かった男は白目をむく。
そう知ってから改めて思い返してみると踏切前でたくさんの人に囲まれて車体に手形をつけられたのは…彼らがずっと扉を開けてと怒鳴っていたのはつまりそういうことだったのだ。
当時、あまりにも立て続けに奇妙な人に遭遇したため外の音を聞くのが嫌になりイヤホンをつけてしまったトラック運転手は今更後悔でいっぱいになり頭を抱えた。
…しかしこのままではいけない。
本当に誘拐犯になってしまうことだけは避けなくてはと彼は残された気力だけで動き出した。
「……ルルちゃん」
「わ!わたしの名前知ってるんだね!そうだよ、わたしルルって言うのよろしくね」
うちに面倒事持ち込みやがってと心の内にふつふつ沸き上がる怒りを抑えつつも漏れ出る低い声で名前を呼んだ運転手。彼はふらふらとした足取りでひとまず木箱を屋台の裏にひっそりと置き中にいる脱走犯を見下ろした。
対するルルはギターを抱いたまま普通に自己紹介をしてきた上に男が知ってるよと言葉を返すとキャーわたしって人気者かなぁなんて無邪気に笑う。だが濁った瞳に映るその姿はどこにでもいるただの思い上がりの激しいガキでしかなかった。
「ルルちゃんはなんで俺の車に乗っているのかな?」
「おうちからジャンプしたらね。下に車があったから!」
「なんじゃそりゃ」
起承転結の揃わない最低限の説明しかしないルルの話に意味が分からないという顔で首をひねるオヤジと、あの時かと思い当たるフシがありより一層渋い表情をする運転手。彼はルルのつむじを人差し指でぐりぐり押して叱りつけた。
「危ないじゃないか!下手するとトラックにはねられて死んでたんだよ君。ぺちゃんこだよ肉も潰れて内臓が飛び出るぺっちゃんこ!わかる?!」
「?。ちゃんと周りの音聞いて見てねらいはさだめたもんだいじょぶだよ」
「何が大丈夫なんだどこがっ!!…ごほん、とにかく今から警察を呼ぶからお兄ちゃんたちと一緒に待ってようか」
謎に生存する自信に満ちあふれている少女はない胸をぽむと叩いてその安全性を保障しているがあの無謀な飛び込みの一体どこが大丈夫だったというのか男にはさっぱりわからない。
ちなみに先程の発言には"お兄ちゃんたちが罪人にならないために"が中に含まれている。自分から迷子になった馬鹿な子供への心配はなく自分たちの身の安全の方がずっと大切だった。
「え?やだよルルね、今日はお外に歌を歌いに来たの」
口に出して言われなきゃ他所の事情なんて知ったこっちゃない少女はアコースティックギターを天高く掲げてドヤ顔をした。若干イラッとした男二人を前にジャーンと弦を鳴らしたルルは椅子代わりにしていた木箱からストンと降りるとくるりくるりと髪をなびかせ回転しながら脇道にある唯一の日向へと自分から移動し、中央でピタリと止まると背筋を伸ばしてお辞儀をした。
その姿はまるで寂れたステージに差す一筋のスポットライトに照らされた本物の歌手のようで。男は一瞬見入ったあといやこいつはただの脱走犯だと考え直し険しい表情に戻る。
「ルルを送ってくれたやさしいお兄さんにも一曲歌ってあげるよ。何がいい?」
「はぁー…知ってるよどうせきらきら星だろう?」
市場に送り届けたつもりはないし優しいつもりもない運転手から、まるでルルがきらきら星しか歌えないかのような馬鹿にする返しをされて一瞬むっとするもお客さんには笑顔で対応するルル。彼女は靴のかかとを使い本日のラインナップを土に書いていく。
「ほかにも色々歌えるよ。スクランブルエッグの歌とか明日はくもりの歌とか」
「いやだからそんな創作の歌聞かされても困るんだよ。とにかくこの脱走常習犯は早く警察に……」
「まあ待て」
屋台のオヤジに肩を叩かれたと思えばトラックの下の方をクイッと親指一本で指差され、それに気付いた途端慌てふためいた運転手は車に駆け寄る。
まだ彼の車のナンバーは街でカーチェイスしてサツに目撃された時のままだったのだ。このまま迷子を通報して警察を呼ぶと自動的に自分も罰金刑に処されることになってしまう。
ナンバープレートのネジをガチャガチャと弄り既存のものを取り外し新しく挿げ替える作業に移った男の背中を不思議そうに眺めるルル。その後ろでは屋台のオヤジが逃げ出さないように目を光らせている。
どうせ今通報してもこの子供は大人の妨害をかいくぐって走って逃げ出すのだろうしもし警察に差し出して後から金持ちの両親に謝礼金をたんまりもらうにしても彼女の気を逸らして時間を稼ぐ策が別で必要だろう。
そう考えた男性は嘘くさいにこやかな笑みで少女にゆっくりと近付いた――
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