第22話「カーチェイス」
第22話「カーチェイス」
ドアを開けろと唸って扉を叩く生きたゾンビ集団からトラック一台命からがら逃げ出して少し時間が経ち、今日は朝から変な出来事が多すぎて若干イライラしてきている運転手の荒い運転によりガタゴトガタゴト激しく揺られたルル。荷台から振り落とされないように木箱の中に埋まった彼女が途中襲ってきた車酔いをじゃかいもたちと一緒にやり過ごしているうちに、またガラリと街の雰囲気が変わる場所までやってきた。
「わーがくえんとしみたいー近未来ー」
少女の住むサルファからだいぶ離れ再び別の人口密集地に辿り着いたようだ。
シャッターばかりの古めかしい商店街を通り一つ挟んでその先は、全身をガラスで着飾った高層ビルが幾つも建ち並ぶオフィス街になっていた。
「がくてん…この会社ダディのサッカーのおようふくに書かれてるやつだ!ヤッホー、これもわたし知ってる!となりのめがさいばーじぇねらる……?はちょっとよくわからないけど」
後ろから前へ流れていく景色の中でルルが目に入った会社名を次々と口に出して読み上げてみたところその半数以上がテレビのCMで見たことがある有名企業で驚く。
自由経済区を目指しているこの町独自の条例により新たな仕事を作りやすく海外資金を呼び込みやすい環境が整っているからか、若手経営者が国の支援を受けて作ったベンチャー企業や海外のIT大手企業の支店など多くの企業がここに城を構えているようだ。
軽く周囲を見渡しただけでもルチルゼの大手製薬会社や大手芸能事務所のタワービルが目に入るほどの企業密集率。周りはとにかく高い建造物ばかりで、小さなルルは見上げても頂上が見えない人工的な景色に圧倒される。
海外ではよくあるという地震という災害が今ここで起きたらあのビルがドミノのように横に倒れてきてすごく怖いななんて無駄な想像力を働かせてしまったりもしたが恐怖心を維持するのがあまり得意じゃない彼女はすぐ自分が何を怖がっていたかも忘れ、とある企業の巨大なマスコットがビル前に鎮座しているのを見て喜んでいた。
「でもお店も道もガラガラだーテレビの外だとあんまり人気ないのかなぁ」
オフィスというものが何なのかよくわかっていないルルは企業名を冠したビルを全て誰でも入れるお店だと思っており、建物に客が誰も入らず並んでもいない光景を見て寂しそうに呟いたがそれもそのはず現在時刻は昼前。この街を利用する多くの社会人は皆あの高いビルの中でお仕事の真っ最中だった。
街自体の人通りは今非常に少なく高速道路がもうしばらく進んだ先にあるせいでわざわざ一般道を走る車もまばらで。誰かいないのかと人探しをするルルを乗せ、トラックは歩道に通行人が誰もいない交差点の赤信号で止まった。
渡ってる人がいないのに信号無視しないなんて偉いなぁと不真面目な少女が感心していると、ふと荷台に乗るルルの目線の方角から一台のバイクが速度も気にせず迫ってくるのが彼女の片目に映った。一瞬見間違いかなと思ってサングラスを服で拭いてかけ直すもまだまだ距離は遠いが確かに"いる"。
「わわっ?!あれは……」
ゥゥ…ブロブロンッ――
トラックの車内では陽気なラジオの音楽が流れているが、背後でいかれた排気音を街に響かせながら迫ってくるそれは圧倒的な負のオーラを身に纏って近付いてきた。
公道のカーブでドリフトを決めてくるやばそうな黒い鉄の塊は信号でトラックが足止めされるたびに距離を縮めてきては、青信号でトラックが急加速しみるみる離されての一進一退の攻防を何度も何度も繰り返しつつ着実にこちらとの距離を詰めてくる。
パーーーーーッ!
そして一度完全にトラックの真後ろについたその時、バイクは左右に横揺れしながらパーッとクラクションを激しく鳴らしてきたのだった。
「マズイもう来ちゃった……まだわたし歌えてないのにっ」
反射の少ない真っ黒なボディに黄色い蛍光カラーで夜中にも目立つ稲妻のラインが両サイドに走っている特徴的な車体……ルルはよく知っているしなんなら毎日庭に置かれて雑にホース一本で洗われている姿を見ている。
――あれは、日々の筋力トレーニングと格闘技の鍛錬以外になんの趣味を持たない男が親への仕送り以外ひたすら貯まっていく一方の預金通帳を毎月給料日に見るのが悲しいと食卓でこぼしたことで、雇用主である女社長の助言を得て貯金の一部を使い購入したバイクだ。
ジム経営者の母ルーニャ曰く大手海外メーカーの自動車は壊れにくいため資産としての価値が下がりにくくむしろプレミア価格になったりもする株のようなもので、資産として手放す時の減額のリスクが少ない投資でもあるのだそうだが幼いルルには難しかった。
当時彼はアヂアの方にある小さな島国ニッポノの4大バイクメーカーの販売を仲介している輸入会社の製品カタログをじっくりと読んでどれにしようかと悩んでおり、最終的にはいつか自分もマドルクの後ろに乗りたいとルルが発言したことが決め手となって二人乗り可能な大型バイクを選んでいた。
「バイクで走ってるとこはじめて見た…やっぱりかっこいいっ」
ブロンブロロンッ――
いかつい車体は揺れるたびに排気ガスを爆音で撒き散らす。見た目は最高にイカしているが、ド派手なふかし音を鳴らし軸がブレつつ走る彼は前のトラック以外何も視界に入れてないように思えて見ていて不安になる走りをしている。
「マドルクーッ危ないからもっとそくど下げてーッ!」
思わず心配になり叫ぶルル。
微かだがその声は彼の耳まで届いたようで前傾姿勢で風を切っていたボディガードはバッと勢いよく声の元へと顔を上げる。フルフェイスヘルメットが日の光を反射しており表情は分からない。
……が、彼は護衛対象の指示に従って速度を緩めるどころか、逆にハンドルを強くひねって更に加速した。
「なんで?!それが危ないって言ってるのに!」
―A.生きているのか本気で心配していた相手を無事元気な姿のまま発見し、安心したさなかに彼女の方から遅くなってなどと頼まれブチギレてるから。
そんな、リアルタイムで激しく上下するボディガードの心の移り変わりがただでさえ他より鈍いといわれている幼女に理解できるはずもなく。
ルルは荒ぶるバイクの無茶な運転を見ては落ちませんようにコケませんようにと祈りながら見守ることしかできず、荷台の上で神頼みをしようと合わせた両手を天に掲げて慌てている。
「ヒーッこわいぃ勘弁してくれよー」
再び受難に見舞われたトラック運転手も別の意味で大慌てだ。ドリフトで運転席側の横につこうとしてくる謎のバイクを激ヤバ煽り運転野郎だと思っている彼は必死にアクセルを踏み込み、抜けれそうな車と車の間をぐいぐい進み道を走り抜けていく。
街中で突如始まったカーチェイス。
混雑していない時間帯の一般道とはいえ事故のリスクはもちろん高く、周りの車は怯えきった様子で左右にはけて二台のヤバイやつらを躱していく。
実質速度制限がない田舎育ちで無茶な運転慣れしているトラックも全力で逃げているが、しかし怒りで覚醒しているバイクもピッタリ後ろについてくる。お嬢様帰ったらおしりぺんぺんですよ!と怒るボディガードの声は排気音でかき消され。とにかく右へ左へ走る走る。
交差点の優先順位なんて知らないとにかく逃げるトラック。必死にクラクションで周囲に自分の存在をアピールしながらアスファルトにはブレーキ痕一つ残さないバイク。
カーブで多少不利なトラックが減速しその隙を突いてバイクが加速。閉められた窓にいくら叫んでも相手はイヤホンをしていて意味がなくいっそ該当車両の前に出て運転手に身振り手振りでアピールしようかとマドルクが思案していた時だった。
『そこのバイク止まりなさーい!』
「っ?!チックソがよぉ……」
通り過ぎた車に備え付けられたドライブレコーダーの自動通報かまたは交番前にある一時停止ラインを二人とも無視したからかもしくはその両方か。
あと少しでルルに手が届くといういいところで今度はパトカーまでそのカーチェイスに参戦してきて、ボディガードはヘルメットの下で悪態をつき舌打ちする。
『そこのバイクー今すぐ減速し脇に車両を止めなさーい』
『さもないとお前を逮捕する!』
「たたたたいほ?!マドルクにげてぇーッ!」
「逃げたら罪が重くなるだけだろうがうちのお嬢様はバカなのかなバカなんだよなあ゛ぁ!」
事情を知らない周りから見ると後ろで車間距離を詰め続けるバイクの方が煽っているようにしか見えないため、逃げるという選択しかとれない被害者トラックよりも先に名指しで呼ばれたバイクが憤りも隠さず愚痴りながら警察の警告に従って速度を落とす。するとトラック側も速度超過で切符を切られるのは回避したいのか同じタイミングでアクセルを緩めた。
目の前で露骨に遅くなったトラックを、今なら簡単に捕まえられるのにと睨みつつ車道脇に車を止めたマドルクは急いで降りるとヘルメットを外し素顔を見せた。その後パトカーから出てきた丸々太った男性に叱られぺこぺこ頭を下げている。
早く謝って速攻で罰金払って地区を跨いだ厄介な移動をする迷子保護の協力を警察に願う。ちゃんと謝罪しているように見えて今の彼の頭の中はそれだけだった。
「あわわマドルクがおりの中に……じゃない!たいほじゃないよかったぁ」
国家権力には歯向かわずに頭を下げ続けるボディガードが黄色い紙だけ手渡される姿を見たルルははぁーと安堵の息を吐く。
あれは俳優好きの母が今ハマっている警察のドラマで何度も登場したことがある罰金を示す紙だった。他にも色があり白が厳重注意で赤だと逮捕なのだとルチルゼの法をテレビでかじる程度に学んだ彼女は、大好きなマドルクが逮捕されなくて良かったなんて呑気に喜んでいる。
その一方で行われていた一連のやり取りは聞こえずに。
「おい何キロオーバーだと思ってやがるんだテメー!」
「運転の件は本当にすみません!ですがあの荷台にダンパーロの娘が乗ってます!脱走したんです!」
「嘘つくな!いいかよく見ろあのトラックにそんな子いるわけ…っ、…ねえ待ってめっちゃ白い女の子見えるんだけどお!?」
「なんだってぇ?!またかよあんのお騒がせヤロウめぇえ取っ捕まえて一回手錠かけておじさんがガッツリ叱りつけてやる」
走行中のルル視点では既にマドルクたちが小指サイズに見えるくらい距離が開いているためぼんやりとしか見えないが、バイク横に立っている棒人間がトラックの荷台の上を指差す動きだけはわかった。
そして動作を見たすぐ後再びパトカーは動き出し、けたたましくサイレンを鳴らして今度はこちらに向かって走ってきたではないか。
追跡の理由を察したルルは慌ててマドルクとの会話の間外していたブルーシートを拾い上げるとそれで全身をすっぽりと覆い、小さな体を荷物の木箱と段ボールの隙間にできた死角に挟んだ。だがその行動は遅すぎた。今更隠れたところで意味はないのだだってもうバレているのだから。
悪質な煽り運転の検挙から悪質な脱走犯の逮捕へと目標を変更した警察はブルーシートをかぶる直前の白髪をなびかせる少女の姿を目視で確認できていたので全く減速する気配がない。
通常、警察は追いかけても止まらない車両に対して拳銃でタイヤを撃って強引にパンクさせるかタイヤの回転を止める専用のチェーンを逃走経路に事前に敷いて絡ませて無理やり車を止めるのだが今回の事例でそれらをやると危険だと判断した彼らは、パトカーが壊れるからあまりやらないでと上司から言われ最終手段になっている前後ろからの挟み撃ちを目指して周囲の警官に無線を入れつつひたすら見失わないように追いかけ続ける。
パンクによりトラックが操縦不可能な状態になってもチェーンを目にした運転手に急ブレーキをかけられてもそのどちらの場合も、その後荷台から子供が落ちる可能性があるため挟んでゆっくり減速させるしかない。しかも前者の場合最悪交通事故からの子供死亡まであり得る。
マニュアル通りの手段が使えない警察は応援が到着するまでの間メガホンで全力で叫ぶ以外やれることがなかった。
『そこのトラック止まりなさーい』
聞いたトラックは加速。
『荷物を下ろしてくださいー!下ろせー!』
警察がいきなり命令口調になったことにビビった運転手はこの地域の道をナビにないところまで知り尽くしており相棒の車がギリギリ通れる脇道や階段をぐいぐい進んだ。
もうどうにでもなれと頭のネジが数個飛んだ運転手は麻薬なんて乗せてねーよ!と悪態をついてハンドルを勢いよく回す。ルルが木箱の中で必死に耐えるなか右へ右へと曲がり続けた彼はパトカーの背後をとると、立体交差点で警察がすぐ追いかけられない地下のトンネルを通る別の道へと走り出し。逃げ慣れた手つきで柵のない場所から舗装されていない道ですらない空き地まで使い更に別の道へと移り。
応援要請を受けたパトカーの数が現場に増えるよりも早くその場からさっさとトンズラするのだった。
「すごいすごいえいがみたい!」
もうダメかもと半分諦めモードだったルルは荷台の上で跳ねて喜ぶ。最後の最後でまさかのパトカーを撒くことに成功した今回の最大の功労者であるトラック運転手に彼女は盛大な拍手を送り、そこからはそんな勇敢な彼と一緒に色んな街を超えた。
漢字とも呼ばれるチャイン語の看板や赤い屋根に緑色の装飾が施された建物が多くみられる海外の国を模した外観でまとまった雑多な歓楽街では赤信号で止まったタイミングで観光客のカップルの自撮りに映り込み。
ホテル街や別荘が周りをぐるりと囲んでおり水平線が見えるほど広大な湖を横断できる大橋を超えながら、背後を走る旅行番組の撮影をしに来ていたら偶然居合わせたテレビ中継車にピースをしたルル。
その後も彼女はいくつもトンネルを抜けた先に見えた絶景の海とともに横に近寄ってきた車の助手席にいる人がカメラを構えていたのでご機嫌で手を振ったりもしてみたり。
それまでに何度かパトカーに見つかるも頼れるトラックがスイスイと撒いてくれるので安心しきった様子で笑っている。
そしてトラックが配達先に辿り着くまでのあと少しの間、潮の香りがする心地いい海風を頬に受けながらルルは脱走ドライブを楽しむのだった。
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