第21話「おにもつになったルル」
第21話「おにもつになったルル」
「ぶらりまちゆくバスのたびウィズルルってかんじ!」
無事ボディガードに捕まる前に自宅の塀からトラックに乗り継ぐことに成功したルルは今自分が置かれている状況ととある旅番組を重ね合わせてご機嫌に笑う。毎度怒らせてしまっている両親への罪悪感など時速60kmで吹き飛んだようだ。
彼女は追い詰められた末の咄嗟の判断で荷物の中に飛び込んだあと、元々荷台に階段状に積まれていた木箱の位置を少し弄って楽しい冒険の旅に相応しいように調整していた。
最初は何も考えず乗車しひたすら固いじゃがいもたちの上に座りお尻を痛めていたが今は違う。着地の際にも役立った何かの動物の白い毛が四分割で袋にパンパンに詰まっている一つをクッション代わりに尻に敷き、何故か箱の周りにつぶつぶの緩衝材が何重にも巻き付けてある荷物を背もたれにすることで当初の座り心地の悪さをだいぶ改善したのだ。
そうしてトラックの狭い荷台でも快適に過ごすために手を尽くした結果少女が得たのはバス顔負けの極上のオープンテラス席であった。
「うわあー…すごいすごいっこんな高いせきほかの車にはぜったいないよねっ」
屋根のない一人分だけの特等席に座ったルルを待っていたのは後ろから前へと流れて移り変わっていく街の景色と色んな音と匂い。チャイン料理屋の前を通ると唐辛子たっぷりの香ばしいチキンの香り、パン屋の前では焼きたてのパンとバターがじゅわりと染み込む匂いがする。
交差点を抜ける時には赤信号で鉢合わせた大型犬同士の地を揺らすような喧嘩の唸り声がするし、トラックの横を更に速い車が追い越していくたびにヒュンヒュンと風を切る音が耳をくすぐった。
荷台の端の冷たい手すりを掴んで頭をリズムよく左右に揺らすルルは純粋に親の付き添いなしでの初めてのクルマの旅を楽しんでいた。
荷物と一緒にガタゴトガタゴト揺られながら、今までの人生で見たことのないお店や看板を見つけてはあれはなんだこれはテレビで見たあれかと新たな発見を繰り返してはきゃーきゃー手足をばたつかせてはしゃいでいる。
【それではお聴きください、パルミラで『貴方なんて知らない』…ハッピーな夢はここで終わり~♪】
運転席の後部窓は一番高い木箱の段により塞がれており荷台の中身が完全に見えなくなっているためルルがどんなに騒いでも笑っても、ドライブ中殆どの時間をラジオから流れる音楽に夢中でいたトラックの運転手には気付かれることはなかった。
行き先不明のトラック旅。
まず一行はサルファの住宅地が山を切り開いて作られたのがよくわかる曲がりくねった坂道を進んであっという間に市の境目である橋を超え。豪邸や一軒家の少ない代わりに若者向けの洗濯機外付けのアパートやお洒落すぎて住みにくそうな、階段が外壁に蛇のように巻き付いたデザイナーズマンション等が建ち並ぶ隣町へと移動した。
そこは昼は学生の街、夜は大人の街と呼ばれており時間帯による街の雰囲気や人々の空気の差が激しいミッドタウン。
街の中心部を下に下にと坂を下った先の盆地に歴史の古い中小企業やネジ工場や建設会社がいくつもあるからか、あまり金稼ぎのよくない仕事に就いた人が働き疲れた夜に上に登ってきてはそのストレスを様々な娯楽で発散することが多いようだ。
広めの駅前のロータリーをぐるりと回ったあと入った脇道では周囲が何のお店かよくわからないネオンで光る看板だらけになった。
「いいなーわたしもあのくらいおっぱいがあれば丸い顔でも大人に見えるのに」
その中でも特に人目を引く水着の女性の写真だけが大量に貼られているピンク色の看板を見つけるたびにルルはその数を数え、写真の中のお姉さんたちの胸が不自然なほど丸く張りがあり大きいので自分の平らな胸と比べて落ち込んだりもして。
人の名前を冠したスナックの看板が縦一列に並んでいるビルを見ると、ここは集合住宅なのに表札が随分と派手で大きいなこれなら宅配しやすいだろうななんて文化の違いに驚く少女はトラックの行くままに先へと進むのだが実は既に二度も車が踏切前で止まっている。
どうやらこの辺りの駅周辺は線路と線路が縦横無尽に張り巡らされ街の血管として機能しているらしくどこもかしこも開かずの踏切が多かった。
「はぁ…はぁ…ムリひますぎ……」
しかしそんな列車通行中の信号で止まるたびに発生する遮断棒が上がるまでの長い待ち時間を、まだ幼く体感時間が非常に遅いルルが何もしないで耐えられるはずもなく。
とりあえず自分と一緒に踏切が開くのを待っている横の歩行者と話して過ごすことにしたのだった。
「そこのメガネのお兄さんこんにちはー」
「こんにちは…?。……え、え?」
まず一つ目の踏切では気弱そうな青年Aをターゲットを絞ったルル。
彼女が頭上から声をかけるとその青年はさっきまで猫背の姿勢で食い入るように見ていたスマホから顔を上げ、不思議そうに辺りを見渡して声の出所を探し始めた。
おーいおーいと荷台から手を振ってアピールするも彼はさっぱり気付くことなく誰に呼ばれているかがわからずにいる。次第に焦りが出始めたのか青年はかけている自分のメガネを持ち上げては何度も背後を振り返り、振り返り過ぎてその場をくるくる回転しているその姿を見て悪いなとは思いつつも面白過ぎてルルはケラケラ笑ってしまった。
「きゃははすっごいキョロキョロしてるぅちがうよぉ上だよトラックのうえー」
「…っは?!」
「こんにちは!お兄さんそんなおしゃれしてどこ行くの?」
言われた通りに一台の車を見上げてようやく自分と目が合った青年にふりふり手を振り雑談開始。彼は自然と下がってしまうネジの緩んだ丸メガネをクイクイ人差し指で押して鼻の上に乗せ直し、レンズの位置がきちんと目線と合うようにしつつ動揺している。
「あっえ、えーと、一応その…授業の2時限目から参加するために大学まで1本で行ける鉄道駅に徒歩で向かっている途中…っていうか凄いところにいるねキミ」
「大学……!ということはメガネのお兄さんとっても頭いいんだねぇ」
「いやいやそんな。僕が通っているのはそんな、子供がイメージするような賢くてお堅い立派な大学じゃないよ。少し受験勉強すれば誰でも受かるような私立のマンモス校だし親に言われて決めただけの経済学部だしさ」
自虐的に笑う青年に対し、どうして大学まで進学しているのに不満そうな顔をするのかと首を傾げるルル。家出の際に帽子を忘れた彼女は荷台にあった雨の日用の青いビニールシートを頭からすっぽりと被っており、アルビノ特有の白い髪は隠れている。
トラックの後ろに座る少女のことを運転手の子供か何かだと思っている青年は彼女のいる場所を気にもせず身の上話を愚痴り話し続け、とにかくお互い待ち時間中ずっと暇なので交流していた。
「けいざいってことはお兄さんは社長さんになるのね」
「あはは無理無理僕はそんな偉くなれないよ。よくて普通の会社に就職して普通のサラリーマンになるくらいだよ。自主性を捨て社会の歯車の一部になってぐるぐる回るのさ」
「でもわたしのママは大学のけいざいなんちゃらから社長さんになってたよ。売れるものを見つけたときにだれよりも先に動くだけのかんたんなお仕事だってママ言ってた」
「そんなものなの?!まー確かにそれくらいなら日夜ネットの情報漁ってるだけの僕でも出来そうだけどw」
錆だらけのトラックなんかに乗っているしこの子の母親は社長ではなく子供に見栄を張っただけだろう。内容自体が近くあったとしてもバイヤー辺りの職だろうなと思いつつ、まあそういう自分の体を動かして売れるものを探す忙しい人生も案外楽しいかもなと青年は思った。
ただ流れで単位だけ取っていた経済学部の授業をもう少し真面目に受けてみようと思い表情が明るくなった彼とルルが話している間、一人のおじさんが道路脇に車を停めトラックのナンバーを車間から覗き見てきた。
そして何かに気付いた素振りを見せたあとしきりに少女とトラックの写真を交互に撮ってはスマホをいじる男性の露骨に不自然な動きに、会話しながらずっと横目で見ていたルルは密かに怖がっていた。
――が、タイミングよく踏切が開き。その変な人とはその場限りでおさらばなのだった。
「ぬーん…。また止まっちゃった」
トラックはしばらく細い私道を走って開かずの踏切二つ目に到着。大きな商店街の途中を通っている線路のため少女以外にもたくさんの人がまだかまだかと遮断機が上がるのを待っている。
忙しない人混みの中を見回して誰に話しかけようか迷うルルが、会話を断らなそうな優しい人を探しているとなんと先に彼女に声をかけてくる者が現れた。
「おいてめぇんなところに乗ってたら危ないんじゃねーの」
「え?。だいじょうぶだよわたしのせきはトラックの四角いお顔より低いもんぶつからないよ」
「いやぶつからねぇけど落ちそうじゃんかバカかよ」
バカという言葉に反射的に噛みつきそうになったがその少年は口こそ悪いがトラックの荷台は危険じゃないかと自分の身の安全を心配してくれているようだったので不満は飲み込み。
己を優しくて可愛い女の子だと自負しているルルはその生意気な少年の人を思いやる気持ちを邪険にはせず、一時の話し相手になってあげることにした。
「アニメのテトロでは姉妹で乗っておひっこしまでしてたしふつうだよ。それにここから見えるけしきはすごくキレイなんだよ」
「ふーん。たとえば何が見えんの」
「美味しそうなパンやさんとか」
すぐ近くにあるパン屋を指差したルルを見て少年が怪訝そうな表情で腕を組む。
「……。いやそれ下にいても普通に見えてるけど」
「あっじゃあ向こうのお店の前にクッキー缶がならんでるケーキやさんとか。やねがショートケーキ色で、お空から町にふってきた大きいケーキみたいでかわいい!」
「それも見える。なんならここからは店のメニュー看板も読めるけど上からじゃ分からないだろ」
「むー!ホットスナックやさんとアイスクリームやさんとレストランが二つとはいしゃさんも見えるしッとにかくすごいの!!」
「さっきからてめぇの視界に入るのほとんど飯屋ばっかじゃねーかなんだよ腹減ってんの?!」
ルルは決して思いつきで適当に言っているわけではなく、色んな色と形をしたお店の屋根がずらりと並ぶ景色は無秩序ではあっても個性がそれぞれに感じられて本当にすごくいい眺めだと思っていたのだ。
だからそれを下にいる少年にも言葉で伝えたかったのにうまくいかず肝心の相手からはなんてことなさげな薄い反応で返されてムキになったルルは、とにかく今目に入った景色を羅列していきふんすふんすと鼻息を荒くする。
すると道にいる少年はそんなバカな子供のことを荷台に乗るほど貧しくてひもじい子だと思ったようで、背負っていたバックパックを地面におろして中身を漁り何かを引っ張り出した。
それは、少年が今日のおやつに食べようと思っていた小さな板チョコだった。
彼は包装紙に爪で線をつけてからパキンと半分に折ると余ったアルミホイルでむき出しの切断面を包み、綺麗な投球フォームで足を上げてルルのいる荷台へと正確にチョコを投げ入れる。
「…やるよ。腹減ってんだろ」
「!。わ、わわっありがとうお兄ちゃん!」
「いきなりお兄ちゃん呼びとか馴れ馴れしいんだよ現金なやつっ」
目の前に突然ぽとりと降ってきたお菓子に驚いたルルは、優しい少年からの施しに感動で震えながらチョコを大切そうに抱きしめたあと満開の笑顔を見せた。女の子の素直なありがとうを受け取るのが恥ずかしいお年頃の少年が照れ隠しで顔を背けたそのとき。
ぱさり――
ルルは日傘代わりにしていたブルーシートを頭から脱いでサングラスも外し顔をきちんと相手に見せて誠心誠意のお辞儀をした。
「えっ…アルビノ?」「本物?」「ねえ待って私あの子新聞で見たことある…!」
ざわつく他の歩行者と後続車の運転手たち。
最後まで振り向いてくれない少年に必死に手を振り続けるルルにはトラックのドアを叩いて叫んでいる大人たちの姿は見えずその必死さも聞こえていない。
その後踏み切りが開くとトラックは即発進。いきなり歩行者からバンバン車体を叩かれて怯えた運転手はアクセル全開で線路を跨いで逃げていった――
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