番外編「ルルと楽しくないかんせん2」
番外編「ルルと楽しくないかんせん2」
「熱は38.7で~…嘔吐はありませんそれと~…」
「はい熱は38.7。はい下痢と嘔吐なし。頭痛なし」
すらりとした立ち姿の看護師が、先に待合室でダンパーロが記入しておいた娘の問診票を淡々と読み上げる。それらの情報を聞きながら口に出してカルテに書き写していく白衣の男性。床には雲の形をしたふわふわのカーペット、壁には電車がしゅぽしゅぽと汽笛を鳴らしながらぐるりと一周走っている可愛らしい内装の診察室にカリカリと無機質な筆記音だけが響く。
そしてカルテに患者の病状の事前情報を書き終えた医者はキィと椅子を回し、退屈そうに足を揺らす患者の方を振り向いた。
「それじゃあ診察の方始めていきますねー」
「はいよろしくお願いします」
「ほーいルルちゃんアーンしてー」
「あぁーー…あがが」
言われたままにぱかーと口を開けたルル。舌圧子で舌を押されて喉奥の腫れを見られ、喉痛いですかーと男性から聞かれると首を横に振ったが彼女はそんなことより口に棒を入れられること自体が不快だったらしく金属に噛みついて器具を抜きたい医者を困らせている。
日頃から遺伝子疾患であるアルビノとして何か体に異常がないかこまめに診てくれている主治医の先生は祝日でも無事病院にいた。病院に着いた後のルルはずっと父親に抱っこされて震えていたが、軽く診察室から顔を覗かせた彼の姿を発見すると少し彼女の緊張が解れたのをみるに一応信頼はされている先生だ。
だが0歳の赤ちゃんの頃から彼に各種予防接種として注射を打たれるたびにルルから見た医者に対する好感度が下がるため好かれてはいないのだった。今もこうして顔をしわくちゃにした渋い表情で問診に応じている彼女はこの病院内では全然笑わない子だと思われている。患者本来の笑顔を医者たちは見たことがないのだ。
「少し赤くなってはいるけど斑点や炎症はなく痛みもない、か。じゃあ次は心肺の音に異常がないか確認するので服を軽くまくってください」
「んー」
「そんな持ち上げなくて大丈夫だからルルちゃんお腹冷えちゃうでしょ」
がばぁと服の裾を上に持ち上げて顔を覆うように被った馬鹿な娘の奇行を慌てて止めに入るダンパーロ。しかしあられもない少女の姿を目撃した医者と看護師は子供がそういった謎の行動をすることに見慣れているのか次に使う器具の準備をしている。
胸と背中に当てられた聴診器の金属部分が冷たかったのかくすぐったかったのか毎回くねくねと体を捩ってしまう娘を自分の膝の上に乗せた父親は、しっかりとその細い腰を持ち離さないように気を付けた。
「じゃあ最後にいつもの血液検査しますねー」
「いやいや」
「少しチックンするだけだからね。アルビノは遺伝子に異常があるわけだから毎回血を調べないと。何か数値に異変があっても参照できる対象の数が少なくて病気に気付けないかもしれないからルルちゃんにはとーっても大事だよ」
「やーやー!」
数値でしか発見できない病気のこととなると真面目になり過ぎる医者が必死に血液検査の有用性を訴えかけているがそんなの患者は知ったこっちゃないわけで。さっきより少し力を出してジタバタ手足を振り回し暴れるルルを看護師と父の二人で押さえる。
さらにもう一人の看護師が、注射針が刺さっている場所が見えないように少女の頭を掴んで固定すると幼女はぷるぷると震え涙目になる。
「こんな…こんなてきにイスにしばられたスパイマンみたいなくつじょく……イヤーッ!!」
泣き叫ぶ内容がなんだか物騒である。
「屈辱って……ルルちゃんはたまに難しい言葉を知ってるよねぇ」
「あ、そういえばこの前見たマーブルヒーローの映画で似たような構図見たかも。黒幕の根城に侵入してスパイマンだってバレたときのやつ」
「でもしっかり押さえてないとお前火事場の馬鹿力出して暴れるから針が刺さってるときやられるとほんと危ないんだよ。我慢しなさい」
「ああー!あー!スパイマンみたいにカブトムシからクワガタににくたいかいぞうしゅじゅつされるーー!!」
「されないから。ルルお前カブトムシじゃないだろー?」
まるでこの世の終わりのようなルルの悲鳴が待合室まで響き渡り現在診察の順番待ちをしている他の子供たちの不安を増幅させる。このままでは血を採れないし他の子が釣られて泣き出してしまうので看護師は患者の頭を持つのをやめてパペット人形で気を逸らす作戦に出た。
彼女がカラスのパペット人形を左右に躍らせ口をパクパクと動かしカーカー鳴くと単純なルルの目はそちらに釘付けになり、さっきまで決死の抵抗で全身の筋肉に力を込めていた腕がだらりと下がった。
―今だ!と医者が太めの血管を手早く探り注射針を刺す。血を抜いている間もひたすら踊りカーカー歌うパペット人形。
「カアカアか~♪カアカアく~♪カアカアけ、き、か、こ、く~♪」
「……。あは、は、ペンギンだっ」
「そうだよボクペンギンのティッキー!」
「ティッキーも今日はおねつでつらいからびょういんに来たのー?」
「そうなんだっルルちゃんとボク一緒だねぇ」
即ルルの話に乗っかりカラスからペンギンにキャラ設定を変更。一緒にカアカアと歌い。甲高い裏声を使いこなす看護師とパペット越しにお話している間に採血が無事終了した。
「なんかいたい気がする……」
「ティッキーがつついちゃったぞーテヘ」
「え」
微妙にズクズクする腕の絆創膏を剥がそうとした時にいきなり自分のこの痛みの理由を自己申告してきたペンギンをびっくりしたまんまるな目で見たルル。彼女はキュッと唇をへの字に結ぶ。そして、真顔のまま看護師の手にはめられたパペット人形をガッと掴んでぺしと床に投げ捨てた。
一瞬その光景がスローモーションで周囲の瞳に映り、カーペットから外れた冷たいタイルに人形が叩き付けられバウンドする様を見て唖然とする大人たち。
「わるいペンギンやっつけたー!」「その倒し方酷くないかルルー!?」「わ…、わーヤラレター…!」
腕の痛みを堪えてルルは渾身のガッツポーズをした。
間髪入れずに採血箇所を激しく動かさないでと注意する医者。家での主な遊び相手が二人とも男の子なせいで暴力で敵をやっつける=かっこいいになってしまっている娘の成長を憂う父と、最後までパペットの声を出し役を演じきった看護師など診察室内にはカオスな空間が広がっている。
そんなこんなでみんなで騒いでいるうちに院内の機械で調べられる範囲の血液検査の結果が出た。
肝臓や腎臓等の内臓には異常はなく赤血球に比べ白血球は少し少ないものの誤差の範囲内。今回のルルの熱の原因は水ぼうそうを引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルスによるものだということが分かった。
チームバイブスに所属する選手の子供や双子が通う幼稚園など周りにそれに感染して休んでいる子も増えてきており、とうとううちにも来たかとダンパーロはある程度覚悟ができていたようで驚きはしなかったがひたすらその後の医者の話に真剣に耳を傾けていた。
「このあと本格的な症状として全身に赤い発疹が出ますから、他の子供に触らせないマスクなしで近付けさせないように気を付けてください。空気感染もしますからねー保育所は取り敢えず一週間は休んで様子を見ましょう。保育所に出す用の書類書きますね」
「はい」
「まあルルちゃんは以前ワクチン打ってますしそんな症状が重くなるとは思いませんが念のためよく見ていてあげてください。娘さんの様子が何か変だなと思ったら気軽に来てくださいね」
「はい」
「もらった書類によるとダンパーロ夫妻はどちらも水ぼうそうの感染歴がおありのようなのでもう大人はうつらな…あ、そこのボディガードさんは水ぼうそうになったことあります?」
いきなり話を振られたマドルクがピシッと背筋を伸ばして答える。
「はいっ。小さいときに一回だけなりました」
「なら大人はルルちゃんと一緒に過ごしても大丈夫ですよー寂しがるでしょうからお兄ちゃんたちと遊べない分も構ってあげてくださいねー」
「わかりました」
机に向かって話しながらカリカリとカルテを書く医者。その横でくるくると椅子を回してもらって遊ぶルルは、ロビーで受付をしている看護師さんの胸が意外と大きかったことに気が付くと首を長くして壁の向こうを覗き見ておっぱい!と指差して叫び父親とボディガードの男二人から怒られていた。
「現在の発熱のための解熱剤と、水ぼうそう用の抗ウイルス薬、水ぶくれに塗る軟膏を出しておきますね。それぞれ別の袋に詰めて薬を使用するタイミングを書いておきますのでそれを読んで必要そうだと感じたら適宜お使いください」
「はいありがとうございます」
「あーあと、どうしても赤くなった場所を痒がるとは思いますが掻くのはなるべく止めてあげてください。自然にカサブタになった方が治りが早いので。水ぶくれ全てがカサブタになったらもう一度診察に来てください。登園許可書類をお出ししますので」
「わかりました」
「もう帰るー帰りたいー」
「ルルちゃんもう診察は終わったからあと少しで帰れるよ」
「アイス!」
そう看護師に言われてぴょんと父親の膝の上から雲のカーペットに飛び降りるルル。生まれつき遺伝子疾患を持つ彼女はどうしても病院に行くたびに採血検査を行わなくてはいけないため、大嫌いな注射を我慢した日は帰りに頑張ったご褒美として特別にアイスを買ってもらえるのだ。
しかもよくあるカップアイスではなく外のお店でしか売っていないコーンに乗った二段のアイスだ。
アイス~♪と歌いながら腕をぐるぐる胸の前で回して踊るルルの姿を見た主治医の男性は自分のメガネをクイと上げ、左腕は動かさないっと微弱に強めに注意したが父親の方を振り向くとすぐ営業スマイルに戻りまあ多分大丈夫でしょうと笑いかけた。
*




