番外編「ルルと楽しくないかんせん1」
番外編「ルルと楽しくないかんせん1」
「あれー珍しくルルがキッチンに来ないわねあと少しで朝ご飯できちゃうわよ」
「それが今日のルルはなんだかおかしいんだ。今向こうでテレビ見てるんだけど変なんだよディアロに誘われても遊ばないし全然喋らないし」
白を基調としたお洒落なアイランドキッチンに立つルーニャとその夫が話しているのは娘のルルのこと。
仕事に幼稚園にと忙しい家族が丸一日揃う今日は国の建国記念日で。目一杯遊べる祝日にも関わらず子供の笑い声が外に漏れてこないダンパーロ家の中では確かな異変が起きていた。
その異変とは……一家の騒音問題の発生原因のおよそ6割を占めるルルが朝からずっと大人しいという、割と深刻なものだった。
常日頃その目覚めの良さから家族の誰かが部屋の扉をノックすればベッドから出てくるとまで言われている彼女が、本来であれば五月蝿いくらいにはしゃいでいるはずの時間になっても静かなのだ。
いつもは起床から30分もすると寝起きのテンション↑から完全に意識が覚醒したテンション↑↑にレベルアップを遂げて兄二人と一緒に家の廊下を元気に走り回っているルルは、今日は妹に素早くイタズラを仕掛けて逃げた兄のポアロを追いかけなかった。
さらには朝食の準備を始めた母親の足元をうろちょろしては火やナイフが危ないから離れなさいと毎日怒られている彼女がキッチンにも来なかった。
「ルルー母さんがキウイのはじっこ食べてもいいって!お兄ちゃんといっしょに食べに行こう!」
「いかなーい」
「?!?!。父さんルルぜったいおかしいよーっ」
一歳分の年の功があり聞き分けがいい双子が口頭注意で大人しく調理スペースから出ていくのは普通なのだが、ルルの方はそれでも限界まで粘りに粘って朝ご飯の支度中に出るおこぼれを狙ってキッチンに居座り続けるのが通常なのだ。これには兄のディアロも異常を察知し半泣きになる。
「えぐっ~…譁?ュ怜喧縺!ルルがぁ~…譁?ュ怜喧縺托シ?!!」
パンケーキの日はフライパンに零したカリカリの小さなカケラを欲しがるしシリアルの日はフルーツの切れ端を母親にねだるのに。それくらいルルは朝食前のキッチンが大好きなはずなのに動かない、きっと病気なんだボク一人を置いて天国に帰っちゃうんだルルは天使だから。
ぼたぼた涙を落として痰を絡ませながら父親に報告するシスコンの拙い言葉を翻訳するとこうなる。
「お嬢様、お嬢様大丈夫ですかどこか痛いとか苦しいとかありませんか」
「うー?まだねむーいだけー」
「マドルクちょっとどけルルに熱測らせるから」
「はい」
そんなルルは今朝起きてからずっとぼーっとした様子で、大好きな方の兄のディアロに誘われても横を素通りし。
現在はリビングのソファに座ってテレビのニュースを見ている。それもキッズチャンネルにも変えずにただ政治のニュースを眺めているだけという不自然っぷりだ。
朝日が差してもベッドに潜りっぱなしだったルルを起こしに行った時からずっと眉が下がりっぱなしで不安そうなボディガードに肩を優しく揺さぶられても、ルルはぼんやりとだるそうにソファの背にもたれかかっている。
明らかに様子がおかしいので父ダンパーロは救急箱から体温計を持ってきて体温を測ったのだがそのとき我が子には熱はなく。大人から見ると少し高めではあるもののまだ平熱の範囲内である37.1度だった。
その後も怠そうにソファに横になる娘の状態をボディガードやディアロから報告される度におでこに手を当てて確かめるが、それでも体温には変化がなく咳やくしゃみなどの風邪の症状も何もない。ひたすらダラダラしたい日なのか体内で何かが起きているのか。
ご飯を食べてもこのままだったら貧血でもなさそうだしちゃんと医者に診せようと夫婦は決めた。
おかしいなーおかしいなーと思いながらも食事をとった父親のダンパーロが、そろそろ車を出して娘と病院に出かけようかと話していた時だった――
「ダディだっこ……」
「はいはい抱っこ…アツぅう゛?!」
ソファに寝転がったまま両手を天井に伸ばして抱っこを求めたルルを父親が抱き上げると、触れた少女の身体は湯たんぽのようにぽかぽかに熱くなっていた。
しかしさっきまで熱はなかったはずで…どうやらご飯を食べてエネルギーをチャージした結果子供の体は悪いものをやっつけようと熱を出したようだ。
ダンパーロが外出着に着替えているその間もルーニャが慌てて動き回り、夫婦の寝室のタンスから娘の保険証や診察券を取り出すと搬送係の夫に渡していった。
「病院病院っ!今のところ熱しか症状がないしいつもの小児科でいいわよね」
「あそこ祝日もやってはいるけど今日主治医の先生いたっけか」
「もうこの際関係ないわ。常に何人かお医者様はいるそこそこ大きな病院だしとにかく早く診てもらいましょう」
「そうだな今は贅沢は言ってられないな。よーしルル病院行くぞー」
「いやいやなの」
「嫌かぁーーでも行こうなパパとドライブしよう」
起床時からずっと感じているこの体の嫌な感じは親に伝えたら速攻病院に連れて行かれて注射の流れになるんだろうなと何となく察していたルルは、言わずに我慢していれば明日には治るだろうと思っていたからこそ黙っていたのだ。
結局病院に行く羽目になってしまったため大急ぎでその場から逃げ出す。
しかし彼女の足取りは重くいつものような地面を削るパワーのある逃げ足と、相手に予測された道の逆をつき不意打ちですり抜けを決める瞬発力がなかった。
とろとろと走り簡単に捕まったルルのことを本気で心配したボディガードは彼女のおでこに熱冷ジェルシートをぺたりと貼ると、抱っこしたままそわそわと玄関までの廊下を歩き回る。
普段は猿みたいに服をガッチリ掴んでしがみ付いてくるルルが腕をだらんと力なく垂らしている。いつも見開いているくらいまんまるな瞳がしょぼしょぼと半目になりまぶたが重いのか今にも閉じそう。見れば見るほど上がっていくマドルクの不安ゲージ。
ルルを見て苦しそうな顔をするボディガードの肩を叩いて宥めた父親は、念のため子供が横になれる妻のボックスカーに二人を乗せてサルファ市内にあるルルのかかりつけのこぐまさんこどもクリニックへと向かった。
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