第19話「俺はお母さんじゃない…」
第19話「俺はお母さんじゃない…」
「今回も本当に助かった。おすすめの先生の紹介だけじゃなくて俺たちと一緒にピアノまで見に行ってくれて、ありがとうな」
「そんないいよ頭なんて下げなくても。俺だって一回ちゃんとお前の娘と話してみたかったしさ。歳の割にハキハキと喋るいい子じゃないか」
開幕頭を下げてきたチームメイトに慌てて両手を振り顔を上げるよう苦笑いするキャプテン。感謝されるのは嬉しいが彼が周りの人に音楽家の家庭教師を紹介するのは、自分の母親の会社と契約させて間接的な親孝行をする目的もあるので本当に大したことではないのだ。
それともう一つ理由はあるがこちらも大概押し付けがましいもので、ルチルゼにいるサッカー選手の半数以上が身体能力だけで上り詰めてきたタイプなため、生まれてきた我が子にはせめて自分より良い教育をと張り切った結果詐欺にあう被害が多かったからというのがある。元々裕福な家の出である彼はそういった搾取を心配して自分から首を突っ込んでもいるのだった。
「だろう?!勝手にギターレッスンを増やそうとした俺たち親を口だけで黙らせて説得するくらい口は達者なんだからな」
「なあその件だけどルルちゃんさ、俺に向かって飲んだくれたおっさんみたいに愚痴るほど怒ってたんだけどなんでお前はそんな自慢げなの……?」
――二人が今話しているのは先週行われたチームバイブスの個人練習終了後のこと。
その日朝から異様にテンションが高かったダンパーロが、これから保育所に娘を迎えに行って一緒にピアノを買いに行くんだと他の選手やコーチに言い回っていたのが少し引っかかったキャプテンは自分もその買い物について行きたいと頼み込んだのだ。
そうして彼は、毎日解散後即時帰宅理想とスマホのロック画面に書かれているのに自分の予定を変更して父娘二人のドライブに同行し、サルファ駅前ビルの2階フロア全てを占める大きな楽器屋まで一緒にピアノを見に行った。
キャプテンはルルがどういった人物なのかを全く知らないわけではなく、客観的でないダンパーロは除くとしても趣味の釣りの帰りに毎回ダンパーロ家に立ち寄る6番サモールや、スタジアムの放送席で父親を見ながらアナウンサーたちと実況している姿を廊下から見かけたことがあるチームマネージャーなどから話だけは聞いたことがあった。
しかし、アルビノであるルルは日に当たるところには日傘がないと出られないのだが彼女はスタジアムでのサッカー観戦時に室内で過ごす気満々でやって来るためその傘がなく。基本ベンチかフィールドにいる彼は今まで直接会ったことがなかったのだ。
前々からダンパーロの度重なる噓か真かわからない娘自慢によってその存在が気になっていたのもありピアノ選びを手伝いながらルルとの親睦を深めようと思った彼は、まず移動中の車内でサッカーではなく今やっている刑事ドラマの話でルルと盛り上がり。その主題歌が凄く良い曲だからピアノを買ったら最初に弾いてみたいと言う少女に、あれはエレクトロポップだから独特のリズムに慣れないと難しいかもねと軽い音楽談義も交わし。
そうして到着した楽器屋では今朝から続いていたキャプテンの特技"嫌な予感"が的中し、いきなり値段だけで良いモノだと決めつけ購入しようとした脳筋バカを怒れる娘ルルと一緒に協力して止めたりもしたのだった。
「オースおはようさーん」
「てかお前ら早くねぇ?今何時だと思ってんだよーまだ7時前だぞなんでこれでオレ一番乗りじゃないの」
「おはようございまーす。途中から話聞いちゃってたんだけどルルちゃんはまた家庭教師増やしたんだって?今度はピアノかーイイネ!」
本来の集合時間より二時間早めに練習場に来ていた朝練ガチ勢の二人に続いて何人かの選手がまだ少し眠そうな足取りでサッカーコート入りしてきた。
あくびをうつし合っている彼らがチームユニフォームではなく私物のスポーツウェア姿なのを見てキャプテンは眉をひそめる。隣でうーん?と唸っている男の異変には気付かないダンパーロは娘の話をしたくてたまらなかったようですぐ盗み聞きしていた選手の質問に答えた。
「いやキャプテンんとこの会社に紹介された先生ではあるんだが今回は家庭教師じゃないんだ。オンラインで教えてもらう形でさ、ルルに俺のノートパソコンを貸して海外在住のアメリ人講師から教わってるんだ」
「あれ…あの子アメリ語喋れたっけ?ルチルゼはスペノン語だろ公用語」
「まあドレミとかの音楽の基本知識は問題なく通じてるし、先生が簡単なアメリ単語使って鍵盤と楽譜を交互に指差すだけでもうちの子は何となく分かってそうだから大丈夫じゃないか。最悪クークル音声翻訳という手段もあるしな」
「あのクソ雑直訳サイトでいけるかね」
ピアノのように体で覚える技術を学ぶならプロの技を実際に目の前で見れた方が良いんじゃないか等、結構批判的な意見を言うチームメイトもいるが、それでも言語が違うかつオンラインでしか話せない相手を講師に選んだ理由は一応あるにはあるのだ。
紹介した音楽家の選択が最善だったとは今でも思っていないキャプテンがこめかみを指で押しながらワケを話し始めた。
「いやぁ実はさ……ルルちゃんが教師選びの前提として提示してきた"厳しくない先生"という条件がピアノだとなかなか難しかったんだよ。なんて言えばいいのか…ほら、スパルタ教師から学んだ生徒がそのまま大人になると自分の生徒にまでスパルタ指導してその教育方法が代々伝わっていく…あの感じ?」
「げぇーっ最悪じゃんオレ絶対ピアノとか習いたくねーー」
「どのみちお前左右の手バラバラに動かせないだろ」
「あぁー…俺も高校サッカー時代はその典型的なダメ監督だったな…まぁルルちゃんも殴られるよりはオンライン授業の方がいっか」
会話の内容には納得したがまだ来たばかりのためまずはウォーミングアップのストレッチから始める選手たち。
既に済んでいるダンパーロたちは雑談を続けながら、甲やかかとなど色んな足の部位を使ってサッカーボールを蹴り正確なパスをし合っている。
足のどこで蹴っても面白いように彼らの足元に吸い込まれていくボールを見て一人の選手はおーと感嘆の声を漏らしていた。
「どんなピアノ買ったんだ?やっぱりグランドピアノか。ほら体育館のステージとかに置かれてるでっかいやつ」
「ふっふっふ……ルルはなーまだ手が小さいからって言って折りたためるピアノを買ったんだよ、な!キャプテン」
「ああ。安かったけど最近の電子ピアノは結構性能もいいし買えてよかったよ。ルルちゃんあの水色のピアノと目が合ってからその場から梃子でも動かなかったからな。楽器選びで一番大切なのはあだ名を付けれるほど好きになれるかだから、今はまだそんなに高音低音は使わないし61鍵のあの子で良いと思うよ」
あの時必死にグランドピアノが販売されているコーナーまで娘を連れて行こうと引っ張っていたダンパーロと、水色の折りたたみピアノの前にあった四角い柱に猿のようにしがみついて決して離れなかったルルのちょっと間抜けな攻防を思い出してクスクス笑うキャプテン。
対するダンパーロはあんなに安いピアノを欲しがるうちの娘はなんて謙虚なんだと見当違いの感動をしている様子。
彼の方はまだまだ話足りないようで柔軟をしている選手たちにこんな提案をしてきた。
「そうだ、お前たちもルルのピアノ見るか?昨日の夜妻から送られてきた演奏動画があるんだ。ルーニャからの報告によるとお昼寝タイム前に睡魔と戦って寝落ちするまで楽器を離さないくらいかなり精力的に頑張ってるんだってさ」
「おー!そういうの待ってました!」
「見たい見たいマジ見たいぜってー可愛いヤツじゃん!」
「おはよう。お、ダンパーロ何やってんの」
雑談しながら練習しているうちにいつの間にか集合時間になっていたらしい。続々とチームバイブスのトップ選手たちが芝の上に足を踏み入れるなかで、未だ見たい見たいとピヨピヨ鳴いている男たちのためにベンチからスマホを取ってきたダンパーロは携帯画面をみんなの方に向けて愛娘のピアノを自慢するのだった。
【こんやはかんぱい~♪えへーできたひけたママわたしすごいでしょーっ!】
スマホいっぱいにサングラスをかけずにオッドアイを輝かせるルルがまず映り、ドヤ顔で着席した彼女はテレビのCMソングとして有名なビールのワルツをギターとピアノでそれぞれ一回ずつ弾き始めた。
少女は習い始めたばかりのピアノの方の指運びが多少たどたどしいながらも、どちらもきちんと最後まで演奏し切っている。
その動画は両方とも撮影者である母親に向けた満面の笑みと抱っこを求めて両手を上げ突進してくる幼女の顔面がぶつかるところで終わっており、それを見た選手たちは男にはないはずの母性を働かせてきゃあきゃあと喜んでいた。
「おぅ可愛いな…ちっちゃくて白くてもちもちで……」
「だろ?!」
「なんでビールのやつなのかよく分からんが4歳でこれは才能ありじゃないか」
「だろうっ?!?!」
「ルルさんピアノ本当にはじめたのか。彼女は音楽方面に順調にスキルアップしていくな」
「そうだろうそうだろうそう見えるだろうまぁ実際そうなんだがな!!」
仲間から口々に我が子のことを褒められテンションがぶち上がる父親。こめかみに血管が浮くほど興奮してきて、一人完全にルルの演奏ではなく外見しか見てないロリコンがいることにもツッコミを入れられないほど判断力が鈍っていた彼はついうっかり口を滑らせてしまい……
「「娘はサッカー選手じゃなくてミュージシャンになりたいんだってさ!!!」」
親バカがそう叫んだところでたくさん外部のスタッフたちがサッカーコートにどかどかと入ってきたのだった。
撮影許可の腕章を腕につけた雑誌記者やフリーアナウンサー、中には地方のテレビ局のマークを身に着けたテレビクルーの一団もいて当然そこにはカメラマンやマイク係もいる。
彼らは突然のサッカー選手の家族に関するニュースの新ネタ入荷に驚きながらも、ちゃっかり機材を回しており去年のバロンキング受賞者が叫ぶ姿を撮影していた。
ギギギ…とマスコミの方を振り返るダンパーロの目は無事死んでいる。
「あっ……」
「記事化おつー」
「てか今日試合でもないのに何この人たち多くない?」
一人ずつダンパーロの下がりきった肩をぽんぽん叩いて軽く慰めてからコーチの元へと駆けていく選手たち。しかし集合先のはずの相手からなんだお前らまだ練習始めないぞと言われたことで彼らは一斉に首を傾げるのだった。
そんなサッカー馬鹿の群れを見て、また嫌な予感が当たってしまったと頭を抱えたキャプテンはチームメンバーの中で唯一撮影隊の横に立ったままでいた。彼はその場は動かないで手を大きく振り、人の話を聞かずにコーチに向かって爆走した男たちを呼ぶ。
「おーい!今日は練習前にスポーツ雑誌の表紙に掲載される写真をここで!ユニフォームを着て全員で撮るってメールしたよなしかもマネージャーと俺とで二通も!ちゃんと連絡したはずだぞ!」
「ああ、だから今日スポーツウェアじゃダメだったのか。クセでこっち持ってきちゃったわ」
「おい」
「やっべキャプテンのメールは読んだけど寝る前だったし内容忘れてた……」
「おい!」
「仕方がないな。今から表のお土産屋さんで俺のユニフォーム買ってくるか」
「いいいい買ってくるなそもそもあれ正規品じゃないから!公式のユニフォームとは微妙に文字の配置を変えてあるしスポンサー様の名前も入ってないだろうが」
なかでも一人ひと際ヤバい発言をしている男の腕を慌てて掴んだキャプテン。彼は、本拠地近くの道路に溢れるほどある出店の偽物を買いに行こうとした真面目馬鹿なミッドフィルダーの分厚い腕をガッチリと掴んで離さずに高速で首を左右に振り回す。
よっぽど肝が冷えたのか彼の額には脂ぎった嫌な汗がにじみ出ていた。
「じゃあどうすんだよキャプテンーオレっち流石にこの首元でろでろの黄ばんだシャツで表紙になりたくないよー」
「……。はぁ…、なんか、なんか今日の朝起きたら急にそんな気がしてマネージャーに電話して全員分の予備ユニフォーム用意してもらってあるから、忘れた人たちは彼女から受け取ってきてください」
「「うおおおおおおお!!」」
「なんで試合の時より盛り上がるのお前たちは……」
もしかしてと思って今朝全員分のユニフォームをマネージャーに手配するよう要請していたキャプテン。そのことに感動し雄叫びで練習場を揺らす男たち。まさか本当に必要になるとはとぼやきながら裏からダンボールを運んできたマネージャーは、ユニフォームを忘れた選手と背番号がちゃんと合っているか購入用紙にチェックを入れて確認してから渡していく。お金は後で払ってもらいますからねと付け加えながら。
これで恥ずかしくない姿で雑誌の表紙に載れると安心したからか、よっ背番号10番!やらオレたちの母!などと言いながら調子よく横を通り過ぎるチームメイトたちに彼は今日も頭を悩ませるのだった。
「なんだーじゃあわざわざオレが持って来なくてもよか……」
「あ゛?」
黄ばんだシャツを脱いだキーパーのマルセンがへらへら笑いながらそう言いそうになるが、声が低くなったキャプテンに鋭い眼光で睨まれて言葉をごくんと飲み込み。その後は撮影が終了するまでなるべく視線を合わせないように彼から目を逸らしていた。
チーム一のお調子者には睨みを利かせつつはぁとため息をついた男は彼らが最も嫌う説教にならない程度に注意する。
「まったく。ちゃんとしてくれ~サッカーはスポンサーも大切なんだからな」
「ふふん俺はノリでみんなと一緒に走りはしたが覚えていたぞ」
ドヤ顔が娘そっくりのダンパーロに着ているユニフォームを見せびらかされてなんだか頭が痛くなるキャプテン。そんな子供じゃないんだから出来て当たり前のことを自慢されても困るのだ。なので少しだけ毒を吐く。
「で、そんなダンパーロは記者の目の前で記事のネタを叫んだんだよな」
「それは仕方がないだろうあの時俺はルルに夢中で大変だったんだから」
「すみませんこちらも気付かずカメラを回してしまっていて……」
「いえそんな。取り敢えずさっきの部分消してもらえますか」
「すみませんほんと…」
「いやすみませんじゃなくて消してって話…」
謝罪しかしないカメラマンと動画の消去を要求して詰め寄るサッカー選手。そんなマスコミ魂の塊とむやみに家族情報を晒したくない有名人の意地の張り合いに割って入ったキャプテンは、あくまで非はこちら側にあるということで決着をつけた。
「いえいえ今日のこの時間の撮影で大丈夫だと言ったのはこちらなのでお気になさらず~!ほら、お前たち裸でうろつかないでチャッチャかユニフォームに着替える!ダンパーロはお高いカメラに触らない!上から撮影許可は下りちゃってるんだからいくらゴネても無駄だぞ」
「うぐぐぐ」
チームのリーダーである彼がパンパンと手を叩くと他の選手の着替える速度が上昇し、心底悔しいようで歯を食いしばりながらではあるがダンパーロもメモリーカードの挿入口を探す手を止めカメラマンから離れた。
そうして無事に全員自分の番号のユニフォームを身に纏い本拠地のサッカーフィールドに立つことができたチームバイブス。
撮影の様子を撮影するテレビ取材を同時に行いながら、大手スポーツ雑誌三社のオーダーに合わせて横一列で肩を組んでみたりカメラを地面に置いて真上で円陣を組んだりと次々にポーズをとる選手たちはだいぶカメラ慣れしていた。
「……あれ。そういえば監督は一緒に映らなくていいのか?」
「そもそも選手を紹介するための写真撮影だし監督は別の場所で取材受けてるよ。次期シーズン直前のいつものやつ」
「じゃー長引くな今日の練習の指導はコーチだけか」
「ゆうて練習内容に対してはそんな指示しないしあの人試合始まる前が一番喋るからな」
「試合が終わった後はこちらが勝とうが負けようが頑張った、だもんなぁ。考えてくる作戦とかはほんと優秀なんだからもう少し口で説明すべきだろうに人に任せるんだから…ぶつぶつ」
テレビカメラに向けて今自分達が何の仕事をしているのかダンパーロが話している間、選手の一部がチームの根っこである監督の不在に今更気付いてぼそぼそと話し出した。
少しずつその寡黙な指揮者の話題で盛り上がり始めて次の撮影のポーズに変更になり選手同士の距離が縮まったとき、その輪の中に監督の口数の少なさのせいで翻訳機をたまにやらされ苦労しているキャプテンも加わり。
最終的に、練習場近くのカフェでインタビューを受けていた監督が謎のくしゃみをしたのだった――
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