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第18話「レッスン追加」


第18話「レッスン追加」


それから週に一度、元プロギタリストの家庭教師から本格的なギターレッスンを受けるようになったルルは読む楽譜書く楽譜をすぐ覚えては練習と演奏を繰り返し色んなキッズソングを歌いながら弾けるようになっていった。


「それでラベッタちゃんがお父さんといっしょにダディのしあい見に行ったんだってー負けちゃったけどたくさんかわすドリブルがすごくかっこ良かったって!であとはーあとは……あ、そうだ今ねわたしね先生にコード?っていうのを教わってるの」

「そうかそうかFコードは弾けたのか?」

「キャハハむりだよぉわたしゆびとどかないもんー」


今までリビングに家族が全員集まる晩御飯の時間になると保育所のお友達のお話で盛り上がるのが日常だったルルの話題の中に、新たにギターのレッスンでどんな歌を弾いたか今何を学んでいるかという話題が加わるようになり。毎日すくすく育っていく娘の姿を微笑ましく見守っている彼女の両親は、ルルが口を開くたびに料理を食べる手をその度止めて相槌を打っては耳を傾けていた。


そんな愛され少女は歳の割によく喋る子なのもあり言葉の発達が早く、舌足らずではあるものの音楽の専門用語まで日常会話内で使うようになり始めていた。そのため元々の育ちの都合上そちらの分野に素養がない父親のダンパーロまで娘の教科書を盗み見て単語を一から覚える羽目になったが、しかしこうして意味を知った上で聞き手に回るとルルは本当に嬉しそうでご機嫌に饒舌に話すので覚えること自体は全然苦ではないのだった。


「コードってさーあそこにニョロニョロしてる黒いヒモのこと?」

「ちっちがうよぉ!」


自宅の庭で父親にサッカーやバスケを教わっていてもまだ習い事を何もしていない双子は当然ルルの専門的な話についていけていない。今は妹が言った"コード"を除湿器の電源コードのことかと勘違いし、床を這っているコードを持ち上げてはこれがギターとなんの関係があるんだと観察して首を傾げている。


「ギターのげん…言いかえると音のなる線ね。それを何本か同時におさえてきめられた組み合わせでひくことをコードってよぶの。コードをマスターしたらどんな曲にもギターがとちゅうさんかできるようになるんだって先生言ってたよ」

「ふーん……でもそれってさーよくライブとかで後ろに立ってる人になれるって話だろ?ルル主役じゃないじゃん。オレらゆーめーじんがめざすならやっぱ10番じゃなきゃカッコわるいよ」

「ふぇっ…」

「こらポアロ妹に向かって何てこと言うの。最近また口が悪くなっているわ気を付けなさい」


正面の壁にかかっている大型テレビの中で人気曲のカバーソングを踊りながら歌っているアイドルたちの更に後ろ、常に見切れている前髪の長いギタリストを指差した兄ポアロは全力で妹の話に水を差しにかかる。

少しでも放っておくと幼稚園で他の子の口から勝手に学んできてはぐんぐんクソガキ度が上がってしまう男の子の情操教育に苦戦しつつも叱るところはしっかり叱る母ルーニャ。その隣では音楽は全員主役だもんなと泣く娘の頭を撫でる父親の姿があった。

そんな、後から生まれてきた妹が大好きな両親の愛を独り占めして甘やかされているのを見たポアロの機嫌は余計に悪くなり、彼はぶつぶつ文句を言いながらルルの白いほっぺにわざと自分のスプーンをぶつけてケチャップを付けた。


「なぁー?!」

「やーい引っかかった引っかかった!」

「助けてにぃにーおにぃがわたしのこといじめてくるの」

「え?ケチャップでよごれてるルルもかわいいね!」

「「……。」」


齢5歳にして既に頭のネジが数個ぶっ飛んでいるシスコン魔王の一言でリビングが一瞬で静まり返った。

しかし発言した本人に悪気は一切なく勿論汚れを馬鹿にしたわけでもなく普通に褒めたつもりだったようで、頬のケチャップを拭き取ってあげもせずに妹の真っ白な髪を撫でている。

治らない頭の病気が順調に進行しディナータイムをひたすら妹を愛でる時間に充てるディアロ。片手は妹を撫で回すのに夢中で片手はオムライスを食べることに夢中な兄2を見て、真面目に兄1から助けて欲しかったルルの目が座り、今シスコンレーダーに引っ掛かると本気で手元にある積み木の角で殴ってきそうなので大人しくならざるを得ないポアロの方も静かになる。どちらも平静を取り戻しスンッと真顔になっていた。


「……。そういえばさオレ、ようちえんの先生にドリブル上手いねってほめられた」

「そっ…そうか!それは良かったじゃないかポアロ!!流石は俺の息子だぞ」

「ああ、たしか幼稚園の裏手に小さめのサッカーコートがあるのよね。体をたくさん動かせるのは元気が有り余るうちの子にとっても良いみたいだし園庭が広いひまわり幼稚園を選んでよかったわ」


場が白けたその後は自然と兄たちの話すターンに移り、彼らはシュートの精度を女の子に褒められキスされた自慢話や妹と一緒に中庭で日陰ぼっこした自慢話などを矢継ぎ早に両親に話し始めた。双子だからか二人が話す時の息はぴったりで交互に口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返している。

木登りなどのやんちゃ遊びをした話を聞いては適宜叱り、将来予定している結婚式のセトリとかいうシスコンのやばい妄想には現実に戻すためにツッコミを入れ両親はとても忙しそうだ。


その間一人で静かに音楽番組を見ながらご飯を食べていたルルはふとあることを思いつきフォークに刺した添え物のブロッコリーをほぼ噛まずに飲み込むと、その言葉をそのまま口に出していた。


「そうだ…わたし、がっきをひけて歌えるミュージシャンになろうかな」


ぽつりと夢を囁いた少女の瞳はキラキラと力強く煌めいて、画面の向こうに広がる観客たちのカラフルなペンライトの波をそのまま反射させていた。


彼女の妙に心のこもった一言にさっきまで血縁者は結婚出来ない談義で盛り上がっていた食卓が突然シーンとなりルル一人に視線が集まる。その間もテレビからはずっと、今国内で一番売れているシンガーソングライターのレディジャンジャンのミーアンドミーが流れていた。


【ふらつく貴方とウイスキーの香り キスをする時 お酒と貴方どちらの味がするか試してみない~♪】


【私の口紅をハイヒールに塗って ここに足跡を残していくわ 二度と取れないべっとりとした愛を~♪】


「うん?な、なに…どうしてきゅうにみんなだまるの……」

「い、いいんじゃないかっ!?ミュージシャン!なんてったってかっこいいしな、なあ皆!!」


自分は何かおかしなことでも言っただろうかと不安になったルルはまともに曲も耳に入らずキョロキョロと家族の顔色を窺っている。発言するタイミングを全員が逃し絶妙に気まずい空気が流れるなかで、大黒柱のダンパーロがまず最初に口を開き娘の将来の夢を肯定した。

それに続く形で母親のルーニャも頷き。しかし彼女の女社長としての悪い癖が出て脳内でルルをマネジメントし芸能界で成功する確率などを計算してしまい、アルビノレア物扱い自然消滅する一発屋…という結果が出るたびに無駄に賢い自分の頭を叩いて誤魔化した。それでもついつい気ぶり心配そうに眉を下げて零す。


「芸能界…音楽業界…どちらもそれ一本で食べていくとなると狭き門だけど大丈夫かしら」

「母さん。多分サッカーせんしゅよりはおんがくを仕事にしてる人の方が多いしそれに"ルル"だから。こんな、世界でいちばんかわいいんだからぜったい人気になるよ」

「まあ確かに演奏を披露する場ひとつとっても色々あるものね!ならもう少しギターの先生に来てもらう回数を増やしましょうか」

「そうだな。よし善は急げだ今からテオさんに電話しよう」

「…う?なんで。別にレッスンは今のままでいいと思うけど……」


ただ漠然と自分の夢を語っただけなのにどうしていきなり家庭教師の来る曜日を増やす方向に話が進んでいるのだろうか、そう思いながらルルはテレビのリモコンを持ち音量を上げる。家族が会話を再開したからこれでようやく自分一人落ち着いて音楽番組に集中できると思っていた彼女は画面を見つつ横で騒いでいる両親をチラ見した。

しかしルルのその何気ない発言が音楽やレッスンに本気ではないように父親目線では感じられたようだ。

彼はこれまでの人生をやりたいことはとことんやり切ると決めて過ごし、意味があるか分からない練習にも真摯に取り組み目標を達成できるように頑張ってきた人間だ。そんな、自分の欠点とも誠心誠意向き合い改善する努力をし日夜己の身を磨いてきた熱血サッカー野郎ダンパーロの目がゴオと燃え上がる。

熱くなってきた彼は目を丸くしているルルの両肩を掴んで親と言うよりもコーチに見える眼差しを娘にぶつけて言い聞かせた。


「いいか、ルル。何事も本気でやると決めたんだったら練習から本気でやらないといけないぞ。パパだって、もう既にプロサッカー選手になれたのに今でもトレーニングを欠かさず朝晩やっているだろう?こういう技術が物を言う仕事は練習した分だけ上手くなれる。だからやればやるだけいいんだ」

「ハニーの体壊しそうな脳筋理論は無視していいけど、基本的にレッスンって増やした方が上手くなる速度が上がるから週に二回くらいにするのがおすすめよ、ルル」

「うぐっ……」


シュート練習のやりすぎで過去に二度疲労骨折した男にチクチクトゲを刺すルーニャ。


「てかさオレだって毎日サッカーのれんしゅう父さんとしてるんだけどッ」

「うんうんポアロも偉いぞー」

「ふん」


不意に妻に刺された心のトゲを癒そうと息子の頭を撫でるダンパーロと親に褒められる自分を妹に見せびらかすポアロ。どうだ羨ましいだろうと現状で一人追い詰められている相手を鼻で笑うもルルの方はとにかく困惑した様子で首を捻っていた。

そもそもギターのレッスンは家庭教師から数曲教わったあとの6日を反復練習と写譜練習と作曲に使っているのだ。週にさらにもう一度先生に来られても今週分の復習している最中のルルに対して彼の知識が一体何の役に立つのだろうか。ここで無駄に宿題を増やすようなタイプの講師ならチェンジして欲しいくらいなんだが。うーんうーんと唸る彼女は今そんな気持ちだった。


じゃあひとまず一日レッスン増やそうかとそう勝手に結論を出して携帯を充電器から抜く父親の腕を掴んだルルは、教育熱心すぎて勇み足で事を進めようとする両親を慌てて手で制した。


「ちっがーうのもうっ!えーっとね…あのね。わたしもレッスンはふやしたいとは思ってたけどギターじゃなくてべつのがいいの。ちょっとまっててちゃんと人の話を聞いてダディ、ママ」

「ええ分かったわハニーも着席!」

「別の…?サッカーとか…ではないよなハハ」


これだけ声を張ってようやく話を聞いてくれる体勢になった耳が遠い両親に対しあからさまにぷんぷんと怒りながら一度リビングから退室したルルは自分の部屋から相棒のギターを抱きかかえて戻ってきて、ジャーンとAmコードを鳴らした。


「じつはギターだとどうしてもできないことがあるの。わたしの手がとどかないのもあるけどギターはこう…ジャーン!でしょう。この音がひびいてる間はポロンポロンはできてもべつのジャーンを出せなくなっちゃうのがこの子のこまったとこ」


弾いていない間は上から包帯を巻いてあげている相棒のかつて怪我した箇所を撫でるルル。その瞳は我が子を慈しむがごとく母性に溢れていた。


「テオ先生が言うには全ての音楽はピアノにはじまりピアノにおわるんだって。だから、ピアノもべんきょうしてみたいなーとは思ってたんだ。だからどうせふやすならギターじゃなくてピアノがいい。この子じゃできないことをしてみたいの」


自分の言葉で自分の意思を精一杯伝えようとする娘の演説を最後まで座ったまま聞いた両親はお互いに見つめ合った後大きく頷いた。


「ごめんね、お母さんルルの声に気付いてあげられてなかったわね。でも今のはしっかり聞こえたわ!良いじゃないピアノ!お母さんやお祖母ちゃんも昔習っていたし……流石にもう覚えてないけど」

「おおピアノかー!もちろん良いぞっ凄く可愛らしい習い事じゃないか」


今まで庭の木に登ったり家から脱走して手に入れた壊れたギターを真顔で修理したりと行動がいちいちロックだったルルの口から出たピアノという実に女の子らしいチョイスに喜ぶダンパーロ。ひとときの反省ののちまた調子よく先走りはじめた彼は早速グランドピアノでも買うかーと笑いながら言ったため娘にぽかぽかと筋肉質な胸を叩かれ怒られている。

無駄にギターレッスンが増えずに済んでホッとしたのと同時にあることを思い出したルルはソフトに殴る手を一旦止めて要望を付け足す。


「あーーそうだあとね!わたしなぐらない先生がいい!」


「アイツに殴られているのか?!」「なぐっな、殴られッ?!」

動揺した様子で父親が椅子を倒しながら立ち上がり、突然の報告に眩暈がした母ルーニャはふらふらと机に突っ伏し。こちらはまだ一言もギター講師に暴行されたと言っていないのにそんな反応をされた少女は自身の唇をもにょもにょと噛む。口は禍の元なのかと思いながらも可哀想な先生の疑いを晴らすために話し続ける。


「もーちがくて。ギターの先生が小さかった時にピアノならってて、その人がすごくきびしい先生でバシンバシンたたかれたって言ってたの。それではんこうき?になってピアノやめちゃったんだって」

「あんな穏やかそうな青年にそんな悲しい過去が……」

「でね、先生はピアノやめるかわりにピアスとギターをはじめたんだって。ルルはピアス耳いたいいたいだからやりたくないしだからなぐらない先生がいいなーって話」


最後の方のピアスで一気に話がよく分からなくなったが取り敢えず家庭教師の暴行はなかったとのことで胸を撫で下ろす両親。それでも未だバクバクと心臓の音が漏れているルーニャが苦笑いしながらルルはピアス似合うと思うわよと娘にワンランク上のお洒落を勧めたが穴開けるのイヤ、と一蹴されていた。


「よーしパパがまた優しい先生を探してきてやるからなーキャプテンに頼んで」

「うん!ピアノ楽しみーいつがっきやさん見に行く?!」

「明日行っちゃうかーパパと二人で!」


ピアノ購入のための外出の予定を相談し合いきゃっきゃと騒ぐ父娘。そしてさりげなく暴かれた家庭教師の反抗期の理由。母は自分のピアスをいじりながら拗ねており息子たちに頭を撫でられ慰められている。

かくして無事に家族会議の幕を閉じたダンパーロ家。そうしてルルの自室の壁に貼られている一週間の予定表は新たにピアノのレッスンが追加されるのだった。


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