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第14話「がっきやさんへ」


第14話「がっきやさんへ」


「こんにちはーここがっきやさんですか?」

「そうですよーっと、ほいいらっしゃい。ん?…おっとぉお前さん親はどこ行ったのかね」

「えーと…えっと。バスが来るまでちょっとトイレ行ってくるって言ってた」

「本当に?」

「…うん。今日は車じゃなくてバスでお出かけなんだー」


この前父親に連れられてドライブに出かけた時、道すがらに窓から見つけたバス停そばに佇む古ぼけた楽器屋Joy Music。

他のバス停に貼られたマップを頼りに何とかそこにたどり着いたルルはここに至るまでの数々の試練を思い出しつつ、今ここで警察を呼ばれるわけにはいかないと思い店内の天井で回っているシーリングファンを見上げながら目を泳がせ嘘をつく。

本日二度目の嘘に冷や汗で背中を濡らす彼女だったが相手が鈍くて気付くことなくその嘘を受け入れてくれた。


「そうかいそうかいダンパーロ一家は仲良しじゃのう。じゃあ親御さんが戻ってくるまでお店の中で待ってなさい。そこのバス停はガードレールもないし歩道が狭くて危ないんじゃよ」

「ありがと……あのね!おじさんがっきやさんでしょ?ダディのトイレまってる間にね、ルルのこのギターの音がへんだからちゃんとドレミにしてほしいの。直してほしいの」

「んんー?なんじゃあそのギターは。ツギハギだらけじゃないか折れたネック無理やりくっ付けたんか」

「でもいちおう音はなるんだよっそれなりに。音ずれてるけど」


ギー…コギーコギギギ……

ギターの音とは言い難い金属を力任せに擦り合わせるような汚い音色に店主は顔を顰める。明らかに音がずれているというレベルではないし持っている少女の方もギターの弾き方自体知らない様子だった。

最初馬鹿にしているのかと思い彼女を見やるがその顔はいたって真剣で、まるで我が子の手術の成功を祈るかのようにギターをこちらに差し出していた。ここはあまりとやかく言わずに楽器初心者に優しくしようと、ギター歴60年の男はレジを立つ。


「なんつー音かこりゃ弦が錆びてる。そいつは調律だけじゃ駄目だから少しその椅子に座って待ってなさい。私がなんとかしてやろう」

「うんっ」


ギターを修理台の上に置くと腰を曲げた男性は杖をつき足を引きずりながらゆったりと店の奥へと消えていく。無事に直してもらえそうで安心したルルは壁に掛けられた時計の針が一秒動くごとに確認してそわそわと靴を鳴らした。


「まだかな…まだかな」


手術台に横たわる相棒を撫でて待っていると1〜6の弦が丸まって入っている透明な袋を持って店主が戻ってきた。

彼が手に持つ弦のパッケージには海兵隊の格好をしたアヒルがギターを片手に歌っているイラストが描かれており、ギターを演奏する層のイメージには合わないが随分と可愛らしかった。どうもこのアヒルの絵のせいで仕入れた当時から殆ど売れずにずっと店の奥で眠っていたらしい。


「ちんまいのが使うなら柔らかい弦の方がいい。このエキストラライトなら指も痛みにくいじゃろうしこれに変えてあげような」

「えっ、そのげんいくらかかる?わたし今5ギルしかもってなくて、ねだんでえらぼうと思ってたの。おこづかいへらされちゃったの」

「そりゃ全然足りないけども。元々この子供用の弦があんまりにも売れなくて処分に困ってたしちんまいのの可愛さに免じて特別に無料でサービスしてあげよう」

「えへールルかわいい?!じゃあじゃあわたし5ギルで買えるお店のもの買うよ!」


こちらが暇だからこその張り替えサービスだったのだが、恩を少しでも返そうとサイフから出した5ギルを握りしめてお店の中を探索しはじめた少女に笑う男性。

そしてふいにある商品があったことを思い出しレジ横の雑多なピック入れの中を探して発掘すると、未だ5ギルピッタリを見つけられずにキョロキョロしているルルを手招きして呼んだ。


「じゃあせっかくだしこのピックでも買ってもらおうかの」

「あ、ダディだ」

「そそ、お前さんのパパのピック。何かの試合で最優秀賞になった時のやつだったか…まあ値段も5ギルでちょうど良いじゃろ」

「買います!」


ルルは即決でお金を払った。

会計を先に済ませた店主はそのまま椅子に座りギターのペグとピンを弄りはじめた。ニッパーを使い慣れた手つきで鉄臭い茶色い弦をカットし引き抜いては新品の銀色の弦に張り替えていく。


「で、最後にギターの音程を合わせて完成」

「えっえっ今なにをどうやったの?!まほう?!おじさんまほうつかいだ!」

「はっはっはっ私は長年の経験から耳で音を覚えているだけじゃよ。一発聴いただけで音が合ったと分かるちんまいのもすぐ出来るようになる」


張り替えた後の弦をつまんでも違和感があり不安定だった音があっという間に聞き慣れたドレミになっていく調律を見て瞳を輝かせるルルに、気を良くした店主は音の合わせ方を教えてあげることにした。


「いいかいここのペグっていうのを回して音を整えるんじゃ。5弦は押さえないから指はひとまずここに添えて。少し音が低くなっているこれをA、ラにする。これを基準としていこう」

「ここがラ」

「そう。で、次は6弦をAになるこの5番目の場所で押さえながら同じようにペグを回して~…こうして~…」

「あれれぇ3げんは音がすこし高いよ」

「そういうときはどうすれば良いと思う?」

「んーぎゃくに回せば下がるかな……」

「そう!それも下がり気味だとパっと聞いて分かるくらいまで一旦下げる。ほれ自分でやってみい握力が足りないなら私が押してやるから」


わざともう一度ペグを緩めて音を再度ずらすとルルにネックを掴ませて押さえるべき位置に小さな子供の指を置き、上から自分の大きな手のひらで包んで離れないようにして。1~6弦の特定の場所を指で押さえた状態で全て同じ音になるように指導する店主。

彼のおかげで音程を変える仕組みを理解したルルはもう一回自分一人でもやってみて納得した様子で相棒を胸の前に抱える。調律できたギターの全ての弦にピックを滑らせると、ジャラーンとそれだけで綺麗な和音を奏でたのだった。


「わーっおじさんありがとうギターいきかえったみたい!」

「ほいほいまいどあり」


元気になったギターを大切そうに抱きしめてボディに頬ずりしたルルはとても幸せそうで。そんな少女の姿を見てギターと出会ったばかりの昔の自分を思い出した年寄りは皴を深めて微笑んだ。無事にミッションコンプリートした彼女はボディガードがお留守番している家に帰るため、男性の方を何度も振り向きお礼を言って手を振りながら去っていった。


「おーいルルちゃんあれ親は……。…まぁた脱走か?!警察警察……っ!」


レジの椅子に座ったままルルに手を振り返していた店主は、親がまだ戻ってきていないのにバス停を通り越して走っていくルルの迷いのない行動を見て最初の会話が嘘だったことに気付き。慌てて店の黒電話を回した……



着々と周囲に脱走中の身であることがバレていっているが、街を歩く人々からの目線が自身に向いているとはつゆも思わずご自慢のギターを天に掲げて歩くアルビノの少女。

彼女はただ純粋に相棒が歌えるようになったことが嬉しくて今すぐ誰かに見せびらかしたい気持ちでいっぱいだった。


自慢するだけであれば自宅にいるマドルク相手で済むしルル専属である彼は恐らくたくさんギターの音を褒めてくれるだろう。しかしせっかく外出しているのだからやはりここは世間の声が聞きたい。賛否両論あるはずなのだ、本来は。テレビ番組の街角マイクみたいに見せられた商品に対してあれが良いここは駄目と話してみたい。そう思った少女はもう一つ先のバス停前にあるドラッグストアの前で出入りする客を待ち構えることにした。


「こんにちは!見てギターいいでしょー」

「こんにちは…んっ?ん?……?」


三度見まではするが通り過ぎていく無関心気味な近所の大学生や、


「お姉さんこんにちはっ」

「あらぁどうしたの」

「じゃかじゃーんルルのギター直ったの!」

「あらあら良かったわねぇルルちゃん」


子供が一人でいても気にせず微笑み返し、ふんわりとした甘い香りで身をまとった買い物終わりのマダム。

その他にも買い物袋を三つも腕にかけたまとめ買いの男性や何も持たずに出てきた不思議なお婆ちゃんにと次々に自慢のツギハギギターを見せびらかしてはそれっぽくギターをかき鳴らすルル。そうしているうちに次第に増えてくる客だったが彼らは何故かドラッグストアには入らず、入り口の正面を陣取る少女を見て驚くと引き返すか携帯を向けるのだった。


「ようよう君のパパってさぁあのダンパーロだろ?サッカー選手のーっさ!記念撮影させてよ」

「わたしはルルだよ」

「うん知ってるってば。だーから写真撮らせてっつってんのよ」

「んーでもルルはダディじゃないしサッカーせんしゅでもないしボールももってないし……あ、ギターだけならいいよ」

「えぇーギターだけ?」

「うん!ギターだけねとくべつだよみんなにはナイショ」


耳に大量のピアスをつけた金髪のチャラい男と対峙しても一切物怖じせず、ニコニコ笑顔で会話をして最終的に謎のギター写真を撮らせる幼女。

その様子を見て危険と判断した周りの大人たちが静観を止め警察に通報し、男の方は約束を守らずにルルだと分かる写真を撮ってそのままツブヤイターに投稿する。そんな目立つことをしていれば当然ネットにも情報が流れるわけで。車を走らせながらツブヤイターをリアルタイムで監視していたボディガードはもうすぐ側まで迫っていた。


警察が来る前に写真だけ撮ろうと集まった野生のパパラッチたちによりドラッグストア前の駐車場は酷い混雑となり、人だかりに迷惑した店員から今すぐ出て行くようにと言われたルルがその場から離れようとした時だった。

不意に民衆の一人が腕を伸ばして彼女の白い髪を強く引っ張ったのだ。


「イタッ!!」

「ルルちゃん?!」「大丈夫ッ?!」「おいお前だよ止まれ何してんだてめぇ!」


引かれた方向に斜めった体勢を持ち直そうとした際にぷつりと髪の毛が抜けて少女は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込み、それを見ていた周囲はどよめき逃げようとした犯人を取り囲んで逃走路を塞いだ。


「警察だ!確保ーッ」「お嬢様っ!」


多数の通報により駆けつけてきた警察官によって髪の毛を未だ手に握る不審者は取り押さえられ、同時に到着したボディガードが駐車して車から降りてくる。そして、頭を両手で守って丸まっているアルビノの少女を人混みの中心に見つけた彼は退け!と大声を張り上げると人をかき分けて進み大切な大切なルルを抱き上げた。


一気に騒然とし始めた現場から、自分は関係ないと逃げていく人が大量に発生しみるみる人混みは解消していく。そんな冷たい観衆を鋭い眼光で睨みつけながらボディガードは少女の艶やかな髪を優しく撫でた。


「お嬢様、ご無事ですか。一体あの男に何をされたのですかどこか触られたりしましたか」

「かみの毛をぬかれたの、ぶちぃっていたかったー」

「っ…!ああ何という…怖かったでしょう早く家に帰りましょう」

「ねぇねぇマドルクなんでぬいたのかなぁ。あの人もかみの毛はえてるのにね。もしかして……お金になるのかな」


抱っこしたまま車に乗り込む際にぽつりとルルが呟く。彼女はパスタ1束分の髪で1ギル割引きという言葉を思い出していた。

人間社会や他の国でのアルビノの扱いについてあまり知らないと思っていたマドルクはその発言を聞いて目を見開く。そして、そんなこと一体どこで知ったのかだろうとどっと不安になった。


「…そうですね。売れるほど珍しいあなたの白い髪が欲しかったのでしょう。しかし何故高く売れること知って」

「そんな珍しい?じぃじもばぁばもかみの毛白いしあっちにもあそこにも白い人いるよけいさつも白いじゃん」

「お嬢様の髪は他の白髪とは少し性質が違うんです。あの人たちはただ年老いただけですから」

「ルルからすると同じに見えるけどなー」


未だに少しヒリヒリする頭皮をさすりながら文句を言うルル。白い髪が欲しいならいつか自分からも取れるのだから待てばいいのにという、禿げる人のことを一切考えていない発想で頬を膨らませた。


「というか日焼け!やけどは平気ですかあと転んで怪我とかしてませんかあとやっぱりあの男に体触られたりしてませんか」

「平気。クリームはママにぬってもらってたしころんでないしかみぬかれたけどさわってない」

「とにかく急いで帰りましょう」


心配性のボディガードから質問攻めに遭いながら大人しくチャイルドシートに乗って帰路につくルルは、回答の一つとして脱走の経緯を説明したところ"感動"の表情をみせたマドルクが両親には秘密にしてくれると約束してくれたのですっかり安心していた。

しかし、帰宅した頃には双子の送迎を済ませて自宅にいた母ルーニャにこっぴどく叱られ。泣きながら彼に嘘つきと噛みつくと、それはお互い様ですよこれでイーブンですねと真っ黒な眩い笑顔で返されてしまいその後のルルは泣くことしかできなかった。



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