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第13話「オペレーションパラソル」


第13話「オペレーションパラソル」


いい加減起きたらどうですかという男の声とともに開け放たれた窓と風で揺らめく遮光カーテン。眩しさはあれど痛くはない日の光がまぶたの隙間に差し込んできて、アルビノの少女は優雅な二度寝から目を覚ました。


「お嬢様、普段は二度寝なんてしないのに夜更かしでもして疲れてたんですか?」

「う?うん、じつはそうなんだよねーよふかししてないけどつかれてた」

「……。」


天井に描かれた雲を見上げながらオウム返しのような返事を返したルル。

彼女が動揺したときに無意識に行うサインを見て、夜更かししていない発言が嘘だとすぐ気が付いたボディガードは警戒した様子で室内を見渡しいつもと違う物が置かれてないか確認する。しかしびっくり箱も紐付きのクラッカーもなさそうなのを確認すると、なんなんですか…とぼやきながら一人で先にリビングへ降りていった。


なお本当は、事前にこれだけ寝ておけば変な時間に眠たいと思わないはずだなんて4歳の浅い考えのもと寝だめをしていた。今日は今から集中力と体力が必要なイベントが待っているため心も体も休ませておきたかったのだ。

体を丸めた体勢でベッドに寝転んでいたルルは、よっこらせと起き上がり布団をめくると先ほどまで自身の胴体に偽装していたその中身を見てにやついた。


――本日〇月◇日は絶好を超え絶叫のお出掛け日和だった。

はじめに、平日毎日通っている保育所で他の子に移りやすい風邪をひいてしまった園児が発生したので園内の消毒のために午前中だけ休園になった。

その間だけ出勤から在宅に切り替えた母親のルーニャは、大人しくお留守番してるのよすぐ戻るからとルルに言い残して兄二人を連れて出て行ったが、いつもであれば幼稚園への送迎なのに今日は園の芋掘りイベントがあるだとかで最初から畑に向かうらしい。

そしてなんという偶然か、畑は遠い田舎にあるものだと父親のダンパーロが以前言っていたのをルルはよく覚えていた。お酒を飲んで酔っ払う度に、最寄りのコンビニまで車で2時間も掛かるんだという話をしていたから。

幼い子供一人を置いて家に人がいない(ボディガード除く)時間がこれだけ長いのはまさに奇跡としか言いようがなく、だから今日は絶叫のお出掛け日和なのだ。


行くしかないのだ常識的に考えて。

今行かないと時間がもったいないしだから今回の脱走は仕方がないもので両親もきっと分かってくれるはずと子供はひたすら自分に都合のいい甘い考えを巡らす。タイムリミットは畑と自宅の往復にかかるであろう4時間……双子を送った母が戻ってくるまでに買い物に出掛けてそしてボディガードに脱走していたことがバレないように家に帰る。そうすればそもそも怒られることもない。

なんて完璧な計画だろうか…と、技術に使う知能はあれど他に回せるだけのキャパが頭にないルルは瞳を輝かせた。


「オペレーションパラソルかいし!」


拳を突き上げそう宣言した彼女は、落書き帳にクレヨンで書かれたカラフルなスケジュール通りに動き始めた。


まずは現在のボディガードの位置をチェック。

30分おきに一周家の中と庭を見回る普段の警備をし終わったようでマドルクはリビングのソファに座ってテレビを見ていた。片手間に筋トレをする彼の両手はダンベルで塞がっている。脱走への足がかりとして庭に出るためにまず考えられるのが、玄関の扉を開けるかキッチンにある裏口を開けるかの二択だがどちらの扉にも子供の力では堅くて開けられない鍵がかけられている。

そうなると残されたルートは一つだけ。リビングにある窓を開けて庭のウッドデッキに出る道だ。つまりあそこを通らなければいけない。


次に持っていくギターを点検。

ボディにあるギターストラップに頑丈な麻紐を括りつけてある相棒を、何度も何度も背負って飛んだり揺さぶったりしてみて紐が緩まないかネックが本当に固定されているかを確認し、洗面所にある父親用の洗濯かごの中に隠す。そして脱走時にあるかないかでは身の安全に大きな差が出る毛布を上から被せた。


日焼け対策は長袖長ズボンとサングラス。帽子は今日の作戦では危ないので被らない。最後に外に出る日は必ず首から下げているクマさんサイフの中身を覗いてお金があることを確認した。これでルル本人の準備はできた。あとは――


「おおーいマドルクーちょっと2かいに来てー!」

「どうしましたかお嬢様」

「今あそこにネズミいたいたほら走ってる」

「うっわまたですか昨日殺り損ねた残等か……子供がいると殺鼠剤も使えませんし一度業者を呼ぶべきかもしれませんね」

「ルルねーしっぽはさわれたよ。つかまえられなかったけど」

「いや触らないでくださいよ!?もー、俺がやっつけている間に手を洗ってきてください。ネズミはばい菌まみれで見た目より百倍汚いんですよ」

「うん」


サルファ周辺で最近目撃情報が増えているネズミ。そんな害獣を昨日の夜トイレで偶然見つけた少女は怖がるでもなくこれだ!と喜んで追い回し、ダンゴムシ用の虫かごを被せてあらかじめ捕まえておいたのだ。そしてそれを今自分の部屋に解き放った。


『ちゅーちゅー』

「くっ…こいつよくもお嬢様の部屋にッ!」


しかし自分じゃ可愛いネズミを殺しづらいし本当にタイミングがバッチリだったなぁなんて子供特有の残酷さを見せつつ、部屋中を走り回るネズミをスリッパで倒そうとしているボディガードの横をすり抜けたルルは洗面所にさっき置いておいたギターを背負い毛布も回収。手を石鹼で洗った後もあえて水を流しっぱなしにすることでまだ自分が手を洗っているように装う。


「いける!」


庭遊び用に置かれている運動靴を履いて外に出たルルはさらにここから塀に設置された防犯センサーに引っかからないように門か塀の上を大きく飛び越えなくてはならない。

しかしそれは想定済みな彼女は冷静にウッドデッキに刺さっているパラソルを抜いてハンドルをくるくると回して傘をたたんだ。さらに落下の衝撃に耐えるため体とギターに毛布を巻いたルルはパラソルの棒の端を腕を広めに開いて強く握ると正面に広がる外までの道を睨んだ。

ふんっと一息吐いて気合いを入れる……いざ脱走の時来たり。


トトトトトタッ――

広い庭の端から玄関の門の近くまで助走をつけて、テレビで見た棒高跳びというスポーツの物真似をしようとパラソルの先端を庭の芝に突き刺し――


「飛んだー?!」


反動をつけ飛び上がるのと同時に家の外から叫び声が聞こえた。脱走の瞬間を路上駐車した車の中から撮影していたパパラッチが叫んだようだ。

だがそんな誰かの悲鳴もお構いなしに宙を舞ったルルは無事に毛布でダメージなく歩道に着地しドヤ顔をみせ、反応するとピーピー五月蝿い防犯センサーも鳴っていない、ギターも壊れてない。大成功だと喜んだ。


「こらー!おうちに帰らないと!警察…いや、追いかけてみるか!」

「な、なになににげるっ」


轢かれると危ないと知っている自動車が背後から迫ってきたことに驚き慌てつつも毛布を家の庭に投げ入れたルルの逃げ足は速く、街角でパパラッチを秒で撒くとあっという間に姿を消した。



「お嬢様いつまで手を洗ってるんですか水で遊んじゃダ…メ……。…おい。おいおいおいてmお嬢様あぁあ゛!」


キュッ――

一方その頃、ネズミを仕留めて戻って来たマドルクは流れ続ける手洗い場の水と開けっぱなしのリビングの窓で全てを理解しキレ気味に蛇口を閉める。

ひとまず警察に迷子の通報をした彼は焦って家から飛び出すようなことはしない。前回それで無駄に走り回った上に彼女の居場所を特定するに至ったのはネットの目撃情報だったので、今回は効率よく素早く捕まえたかったのだ。

見た目通り単純思考で生きているルルが、一緒に無くなっているギターを外に持ち出して何をしたいか考えているとふとあのギィコギィ…という酷い音色を思い出す。となるとまあ十中八九汚い音色をどうにかしたいだろうとおおよその目星をつけたボディガードは近所の楽器屋の位置を検索してカーナビの目的地に設定し車を発進させた。


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