番外編「ペリドス親子と遊びに行こう2」
番外編「ペリドス親子と遊びに行こう2」
チケットの期限を確認してすぐ出掛ける準備を始めた父娘二組は昼過ぎにはアイススケート場に着いていた。
そこは最近できた新しいアミューズメント施設の割には人が少なかった。恐らく平日なのと、冬をテーマに作られたスケート場の隣には同時に建てられた夏がテーマの屋外プールがあったので客がそちらに流れたのだろう。
「ふふっかんぺきなへんそーだれにもバレてないわたし、ルルなのに……」
「いや多分気付いた上で話しかけないでくれてるだけだと思うぞ」
「なんだと…?!というかお前は少しくらい顔隠す努力をしろよ」
「車椅子にペリカ乗せてる時点でみんな察するし無理だって。テモルはオレがいるチームのホームだし」
有名人らしくつば付き帽子と真っ黒なサングラスで変装しているダンパーロ親子だったが、横に普段と変わらぬ姿のペリドス親子がいてはただの仮装と化し意味がない。
なんならルルの日傘長袖長ズボンサングラススタイルは、自分は日に当たれないアルビノですと自己紹介しているようなもので逆に目立っていた。
「あのーすみませんこのチケット使えますかね、ちょっとぐちゃぐちゃなんですが」
「あー…はいっ。期限とコードは読めるので大丈夫ですよー」
一応変装はしたままダンパーロは入り口の女性スタッフに入場無料券を渡す。しわくちゃの紙を受け取り一瞬困った表情をみせた女性だったが、数字コードを手元の機械で読み取ってそれが正規のチケットだと確認すると笑顔で入場ゲートを開けてくれた。
「それと、ここの施設の中で一番人が少ない場所ってありますかね」
「!。分かりました。少々そばのベンチでお待ちください上に聞いてみますね」
見るからにお忍びな格好のサッカー選手にこそこそと囁かれた女性は何かを察した様子で頷くとスタッフルームへ駆け込む。しばらくロビーで人目に晒されたのち、大丈夫そうですと両手で丸を作って戻ってきたスタッフに案内されて、一行は比較的人が少ない場所へと移動するのだった――
「おーっ!なんだか氷の公園って感じだな」
「当たり前だが遊具は全部子供向けか。オレたちがあの子供用の通路とか入ったら腰あたりで詰まりそうだ」
そこは、親子連れ限定で入場できるアイススケート場内の小さなテーマパークで。入ってすぐ氷のトンネルや狭いスケートリンクがあり、その横には子供向けに氷や人工雪に触れて遊べる体験コーナーがこじんまりと作られていた。
平日で親子連れが自分たちしかいないからこその貸し切り状態。ロビーにいた野次馬は子なしカップルか大学生とかだったので入れない。これはとてもありがたいなと父親二人は喜び、スタッフにチップを弾んで感謝の気持ちを伝えた。
せっかくのスケート場だしやはりまずは滑ろうということで早速各々ブレード靴に履き替える。だがペリカは車椅子のままだ。
「…あれ、そういえば今日はペリカちゃん義足じゃないんだな」
「ああ。ペリカが持ってるやつはあくまでオレが抱っこした時の足の偽装用でさ。実際に歩けるヤツじゃないんだ」
興味津々な様子で氷でできたペンギンのオブジェに手を伸ばし、その冷たさに目を丸くする娘の頬を愛おしそうに撫でるペリドス。過去に娘の本当の姿を隠すためだけに作った無意味な義足について何か思うところがあるのか伏し目がちに苦笑した。
「うちの子の足は奇形で、確かに太ももまでしかないけど左足にも指はあるんだ。ちゃんと握れもするんだぜ?まあそのおかげで普通の義足を履かせても指が痛くなっちゃうから歩けないんだけど……」
「歩ける義足は作らないのか」
「……作れるよ。…ペリカの体にメスを入れればな」
「っ!」
これは不味いことを聞いてしまったかもと焦るダンパーロに手を振り、いいよいいよと軽く流すと彼は話し続けた。
「医者からもずっと指を切り落として義足を履けるようにしませんかって提案はされてて言われ慣れたよ。主治医の言いたいことは分かるしそれが一番良いのかもしれないけどさ…それは、ちゃんと大きくなって自分で手術するか選べるようになったペリカ自身に決めさせてあげたいんだ。だから今はまだ歩ける義足は保留中」
「そうだったのか……」
「まーオレ自身膝をやった時意外と足の指が役に立ったし、本人にとっては便利なものなのかもしれないじゃん?」
あれだけ後ろ暗そうにしていた娘の身体について自分から話題にする程度には回復しつつある旧友に優しく微笑むダンパーロ。
サッカーというスポーツに国民の多くが熱狂し試合を見に行くために家を売る人まで出るルチルゼでは、選手の間で肉体的な怪我ではなくゴシップ記事やファンの過剰な叩きで心が傷付きボールを蹴れなくなる人が稀に発生する。
彼は海外クラブ時代からの友人がそうならなくて良かったと心の底から思うのだった。
「いいなその考え方。俺がもし同じ立場だったら知識もないし全部医者に従ってしまうかもしれない」
「いやいや別にそれも正しいだろ。子育てに完璧な答えなんてないって!」
ベビーシッターに頼る回数も必要最低限で済むようになり、親子二人三脚で試行錯誤しながら暮らしていくうちにそのことに気が付いたペリドスはいい意味で吹っ切れたのか気楽に育児に挑めるようになっていた。案外何とかなるもんさと笑った男は、スケートリンクにあるレンタル品コーナーから可愛い花柄のソリを引っ張り出す。
「ほーらペリカ、ソリに乗ろうかお父さんが後ろから押してやるからさ」
「こえ、くうま?」
「そうだこれはお前の大好きな車だ。しかも今回のは氷の上を滑れる特別なヤツだぞ」
「ぶっぶー!ぶるあ」
常日頃から車椅子ユーザーなのもあり乗り物好きになった幼女は"特別"という言葉に心躍らせ、興奮気味に右足だけで飛び跳ねて父親に抱き上げられた。さて乗り心地はいかほどかとウキウキな様子で氷上ソリに乗り換える。
「ふーん……。わたしは一人ですべれるけど!」
「なに対抗心燃やしてるんだ、お前だってスケート初めてなんだから無茶するんじゃない。ほらパパのとこおいで」
ぬいぐるみを抱っこしたままソリに座り、父親の力を使って悠々と氷の上を滑っていく友達を横目に見て妙にやる気を出している少女がいた。自分はそんな生ぬるく滑らないぞと決意を固めたその瞳には微かだが炎が燃えている。
つるつるとして上手く踏ん張れない不安定な足場を怖がりその場でただ足を震わせていた彼女は、まず手始めにリンクの端に掴まっている現状を変えるべくひと思いに手を離す。しかし頭が重い子供の体は徐々にバランスを崩して仰け反っていき……このままでは後ろに転倒しようというところで、ルルの背後に立っていたボディガードがクッションになり体を支えた。
「危ないですよお嬢様、やはり最初はお父様と一緒の方がよろしいかと」
「むぅー」
流石にいきなり一人では無理かと諦めたルルはしぶしぶ父親と手を繋ぐと、ゆっくり手前に引いてもらって滑りはじめた。滑り慣れてるダンパーロのバック運転に牽引されながらそのまま暫く氷の上を滑る感覚を体に覚えさせるためにスケートリンクをぐるぐる巡った。
「よーし少し速度を上げてみるか」
「やだ。もう一人でやれる」
リンクを三周もした頃にはダンパーロが教える前にスケート靴の刃をTの字にして止まれるようになり。まだもう少しだけ娘と手を繋いでいたい父の希望と手を振り払って離れていく。
ついーーっ――
両手を前に出して屈みながら上下左右にバランスを取りルルは真っ直ぐ前へと滑っていく。そして壁まで辿り着くと今度は反対側を向き、何度も何度もスケートリンクの壁を後ろ手で押して勢いをつけて滑って行き来を繰り返す。
地道に経験値をためてある程度余裕が出てくると、滑っている最中に軽く足を動かせるようになりそこから一気に上達するスピードが跳ね上がり。加速を覚えたルルが急にテンションを上げて無謀な速度にならないよう、父親とボディーガードは彼女の減速と走行妨害に専念することとなった。
スィースィーシャッ――
そうして練習に練習を重ねたルルは、20分もしないうちに氷の上を一人で走るように滑って止まれるレベルにまで成長したのだった。
「ぱっぱ、ちゅちゅめーるんるんにおいつかぁる!ぶろろんぶーん」
「きゃはーっペリカちゃん待ってぇー」
「わーうちのルルは素の運動神経はいいなー良すぎてパパ寂しいなー」
ソリで親子仲良く滑るペリカたちの後ろを、一人で滑って追いかけては楽しそうに笑うルルを見ながらダンパーロは呟いた。
せっかくのスケートを教えるチャンスもモノにできず、もっと娘と触れ合いたかった父親の後ろ姿には判然たる哀愁が漂っていた……
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