第12話「しゅうり」
第12話「しゅうり」
「チョキチョキっとな……よし!まあひとまずはこれで良いだろう」
娘のルルが起こした過去二度の脱走事件から学んだ父ダンパーロは高枝切りハサミを手に庭のモミジの前に立つと、自宅の方角に伸びる枝を全て伐採した。しかしそれだけではアンバランス過ぎて、強風の日に倒れられても怖いので反対側も少し剪定し調整する。結果完成した、片側にだけ葉を茂らせるモミジの姿は半分欠けたハートのようだった。
「ここに鍵を増やすんだがルルに開けるところを見せないでくれ。開け方すぐ覚えちゃうからな」
「了解です」
更に、木に飛び移る際に使われた二階の出窓にはまだルルが開ける方法を知らない、レールに置いて摩擦で閉めるタイプの二重ロックを足して。それに加えて娘の高い学習能力を警戒し、妻ルーニャやボディガードにはルルの目の前では鍵を開けないよう情報共有した。
最後に自宅周りをぐるりと囲む高い塀の上部に取り付けられた防犯用の槍柵を外し、代わりに生垣を高く植えることで少しでも触れたらガサガサと音が鳴るように改良。ついでに泥棒対策で防犯カメラも増やした。
これで少なくとも槍が娘に刺さる危険はなくなったはず。
この前ネットに投稿されたあの恐ろしい動画……木から飛び降りたルルの頬を槍柵が掠める瞬間を見たときは、思わず目を瞑ってしまったものだ。もし彼女の着地があと1ミリでもずれていたら柵に頭を貫かれていたかもしれない。
これであの動画のような事態はもう起きないはずだ。もちろん脱走からの無断外出はダメだが死ぬのはもっとダメだ。なのでここだけは脱走対策は名ばかりで緩和した。
「……。」
リフォーム会社と植木屋を呼んでの大規模工事となったがなんとか生垣たちを植え終わり、ふと道路を見ると業者のものと違う黒い車が一台停まっているのに気が付いたダンパーロはまたか…とため息をつく。
毎日毎日家の外を彷徨くゾンビのようなパパラッチ連中には、いい加減裁判で刈り取ろうかと考えるほど嫌気が差していたが今回の件で一番最初にボディガードに教え警察に通報してくれたのもパパラッチなので、今後は娘を見守る必要悪と考えることにした彼は車の前を素通りし。家へと帰った。
「ルル、ちゃんと日焼け止め塗ったかな」
「お嬢様には朝ルーニャ様が塗っておられました」
「そうか。ならいいんだ」
だがまだまだダンパーロは満足できない。単純に自宅側だけを安全にするだけじゃ安心できない。敵は家だけにあらずだ。
この前の総距離10kmの大脱走でがっつり日に焼けてしまった娘の手の甲には酷い水ぶくれができてしまった。真っ白な肌にやけど痕が残らないよう真っ先に主治医にも見せたし貰った軟膏も塗りたくっているが、医者からもそもそもやけどにならないように親が注意を払うことが最も大切だと念を押されている。
今後は朝起きたルルがまず最優先ですることをうがいから日焼け止めクリームを塗ることにして親子共々習慣づけていかなくては。娘を想うダンパーロはキリリとした表情で、面積の増えた庭の青空を見上げた。
「ルルほら家の中に入ろうか」
「え?じゃあ家の中でやって木のくずだらけにしてもいい?」
「それはダメなんだけどね……眩しくないかい」
「サングラスもぼうしもバッチリだしちょい白い世界なくらい。ぜんぜん平気」
なお、そんな心配で心配でたまらない父親の気持ちなどいざ知らず娘は今現在庭にいる。やけどで痛い思いをしたのをもう忘れたわけではない。ルルは朝からずっとギターを直したいと騒ぎ、家の中でやったら汚れるだろうと彼女なりに気を遣って外に出たようだ。
探検家のようなあご紐付きの日よけ帽子と両目タイプの真っ黒なサングラスを装備し全力で紫外線から身を守る防御態勢となったアルビノの少女は庭先に張り出したウッドデッキに座り、壊れたギターと木材とボルトナットを横一列に並べてそれぞれを見比べは腕を組み首を捻っている。
デッキの中央には日差しを防ぐためにパラソルが刺さっている。これが後日娘の次の脱走に使われるとは今の父親は知らない……。
「いけるかもーやれるかもっ」
「えー?本当かぁ?」
暫く考えこんでいたルルはなにやらうんうんと頷くと一旦室内に戻り、手に持っている印刷用紙に鉛筆で絵を描き始めた。それは設計図のようだった。
真ん中辺りで折れているネックを試しに手でくっ付けてみてボディとのバランスを見比べながら縦横比が近いギターのイラストをまず描く。
「えいっ」
「何故破く?!」
それを、実際のギターの状態と同じように千切った。二つに分かれた紙。何をしているのかいまいち理解できないダンパーロは娘がまた癇癪でも起こしたのかと思い慌てた。両手を浮かせてオロオロする父親の横でルルは設計図を描き続ける。
次にネックの断面図にまるで迷路のようなぐにゃぐにゃ曲がった線を書き足す。その線の形は折れた二つのパーツでリンクしているようにも見えるが、絵が下手でよく分からない。
最後に赤鉛筆でボルトを差し込みたい場所にボルトを、反対側のパーツにはナットを描いた。どうやら折れたネックにそれぞれボルトとナットを埋め込みそれをくるくる回してネックを接続し固定させたいようだ。
「できたー!」
「何が?!」
子供の落書きにしか見えない設計図が完成したルルはガッツポーズで立ち上がり、休日全てを脱走対策に費やして娘の心配もしてと疲れ果てリビングのソファで休憩している父親に頼む。工具箱を出して、と。当然ダンパーロはこの要求を拒否。だがルルは交渉を諦めない。
「あのねダディ。わたしどうしてもギター直さなきゃいけないの。おねがいっ家にあるのは知ってるよ。前にイスの足直してたもんね?ね?」
「そりゃあるけど工具はどれも4歳には危ないからダメ。うっかり手を滑らせて指が切れたり肉が抉れたらどうするんだ」
痛くて怖いことを言われ一瞬怯むが今回のルルはそれでも引き下がらなかった。
「やだやだ折れたこことここをこのボルトでつなぐの!ねーおねがいいぃぃ」
「ギターのどこをどうしたいかをもっと具体的に教えてくれたらパパが代わりにやるから。どれどれ設計図を見せてごらん、ああその紙が設計図だったのか…いやぐちゃぐちゃ過ぎる……」
赤ちゃんが描いた両親の似顔絵レベルなルルの設計図が読めず頭を悩ませるダンパーロ。断ろうにも娘のギターへの執着が凄いしで困っていた。彼女は妻に似て想像力が豊かだから少々スプラッタに怪我のリスクを語れば普段は諦めてくれるのだがその脅しが効かない。
「どうしても自分でやりたい!」
「ワガママ言わないの」
「はじめて自分で買ったギターだもん…自分で直すんだもん…」
「うーん参ったなぁ」
きつく両手の拳を握り締めてぽたぽたと涙をこぼす可哀想な娘の姿を前にすると工具を渡さないという父の決意が揺らぐ。時間を決めて少しだけならとか、大人である自分が見ているときならだとか甘い考えが頭の端から浮かび始めていた。
「どうしてもそのギターでないとダメなのかもっと普通のs「この子がいいのこの子じゃなきゃやなのおおぉぉお」
ギターを我が子のように抱きしめてうずくまるルル。……しかし、そもそもうちの娘は何故ギターを買ってきたのか。しかもボロボロで首の折れたアコースティックギターだ。
毎月あげているお小遣いは元々、お金の数え方を教えるためにと1歳年上の兄二人に渡したのを見て自分も欲しいとぐずったから、誰かに助けられた時のチップとして最適な10ギルを与えているのだが。決してボロボロの壊れたギターを買う用のお金ではない。
帰宅後本人に聞いたときは一目惚れしたと言っていたがこんな廃棄処分手前のギターの一体どこに惚れたのか。なんなら既に一度粗大ゴミに出された経験がありそうな見た目だ。音だって鳴らないし。
だからこそ、女の子らしく楽器を欲しがる娘に今こそ財布の紐を緩めようと思い、パパがちゃんとしたギターを新しく買ってあげるよと提案したのだがイヤイヤじたばた騒いで暴れ出してギャン泣きされた。どうも物凄く嫌だったようだ。
うっかり壊れているギターと新品のギターを比べる発言をしただけで会話に割り込んで叫ぶくらいなのだ。今ここでボロボロのギターを取り上げたら再びあの癇癪を起こすのは間違いない。思い付いたことをやりたいだけやらせてあげて満足させてから、ああ直せなかったねじゃあ普通のギターを買おうかと誘導するのがいいだろう。
そう考えたダンパーロは重い腰を上げて庭の倉庫の鍵を開けた。そしてDIY用の工具セットの中から切り傷と刺し傷の心配がないものだけを取り出す。
「じゃあ親が見ているとき限定でやっていいから、その代わり使う道具は危なくないのだけだからね。ほらこれはボルトとナットを締めるやつ」
レンチを渡す。横のネジを回して幅を変えられる万能な方ではなく、子供が指を挟む心配がない簡易的な作りのものを渡した。
「あとはねー木をけずれるやつはある?」
「ヤスリね。はいこれ」
尖っている方ではなく平たい長方形の、目に刺さらなそうな棒ヤスリを渡す。面接が広いそれをルルはギターのネックに試しに当ててみて顔を顰めると、細長いヤスリも欲しいとねだってきたがダンパーロは首を横に振る。
「じゃあじゃあっ木をくりぬくやつもほしい」
「それは危ないからダメ。指スパーンってなるよ良いの?」
父親の腕の隙間から顔を出して箱の中のノミに手を伸ばす娘の手を握り制す。
露骨な刃物はNGだと言い工具セットを倉庫にしまい鍵をかけた。収納場所までついてこようとするルルをボディガードに抱っこさせて鍵をどこにしまうかは見せないようにして、親の目がない間に起こる未来の盗難を防いだ。
「やだやだくりぬくやつもほしい」
「パパだってやだ。ルルに怪我されたらすっごくやだ」
「むぅー」
暫く床をゴロゴロ転がりノミが欲しいとごねて粘っていたが、諦めたのかルルは再び庭に出て行った。手にはレンチと棒ヤスリを双剣のように握りしめて。あの装備でギターの修理に挑むようだ。
まあ途中で挫折するだろう。おままごとと同じである程度やらせてあげて修理した気分だけ味わえば満足して飽きるだろう。双剣士と化した彼女の後ろ姿を見送る両親はそう考えていた……
次の日からルルは大人しくなった。
というかひたすら毎日庭の日陰で、ヤスリだけで折れたギターの中を掘っている。四角いヤスリの先端をネックの断面に叩きつけ少し凹んだ分を削り、という作業を繰り返している。まるでスプーンだけで床を掘り脱走を目指している囚人のようだ。
時には同じくヤスリで地道に正四角柱のメイプル角材を切断し、なんらかの形に切り出したりもしている。そこにボルトナットを嵌め込みたいようで何度も木材のパーツとボルトを合わせてフィット感を確認していた。
「凄い集中力ねぇ今日なんてまだおやつ食べてないのに欲しい欲しい騒がないのよ。でも幼児期は200kcalは食べさせなきゃいけないから何とかして口の中に放り込まなきゃ」
「にしても、うちのルルは根気が凄いな……」
父ダンパーロと母ルーニャは毎日毎日飽きもせずギターを削る娘の様子を不思議に思いつつも呑気に動画を撮影したりしている。しかしルルの最も近くで彼女を見てきたボディガードは既に彼女の異質さに気が付いていた。
だってこんなまだ幼い4歳の子がギターの修繕という明確な目標に向けて、木材を特定の角度からのみ組み合わさる形にしているのだ。木と木が噛み合い引っ張ってもズレなくなるように、立体パズルをネックの中に掘られた穴の中に構築している。
こんな4歳児は他にはいないし賢いなんてもんじゃない、はっきり言って異常だ。だがそこがいい。これから先ルルが周りの凡人からその才能を不気味に思われ煙たがれたときに一人で彼女を守り壁になる自分を想像し、マドルクは優越感に浸るのだった。
「本当にお嬢様は賢いですね」
「わたしかしこい?えらい?すごい?」
「凄い凄い」
「じゃあまたお外に行っていい?」
「大人と一緒なら良いと思いますよ」
「ということはボディガード付きならお外出ていいってことぉ?」
「やー…どうでしょう。ルーニャさんたちに確認を取らなければ」
もしかしてマドルクとだけでも外に行けるのではと思ったルルは一か八かで両親に頼んでみたが、保育所か親同伴で遊びに行く以外ではやはり外出の許可は下りなかった。
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