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閑話「保育所からも脱走するお騒がせアルビノっ子」


閑話「保育所からも脱走するお騒がせアルビノっ子」


ルチルゼ一のトレーニングマシンと有酸素運動マシンの種類数を誇り、日焼けサロンや屋内プールまで併設してある総合トレーニングテーマパーク……マッチョなら誰でも喜ぶその場所の名は、ホットシルバージム1号店。

サルファ自然公園前駅から徒歩5分の距離にある12階建てのビルがまるっとジム施設となっており、そこはランニングができる公園も近辺にあるためかなりの好立地だ。


ホットシルバーはワンコインで入れる公営ジムと比べ月額100~1000ギルまでの幅広いプランを取り揃える少々お高めな会員制スポーツジムではあるものの、最低でも100ギル払えば一か月間いつでもどの店舗でも鍛え放題焼き放題と総合的に見るとかなりお得だった。そんなマッチョの楽園にて、今日も屈強な漢男と漢女が切磋琢磨しその筋肉に磨きをかけていた――


「フーッフーッ」

「おいあとたったの3回だぞ!頑張れっ耐えるんだお前ならやれるユーキャンドゥイット!」


パーソナルトレーニング会員のみが予約できるプライベートルームでは一人、上半身裸の男がベンチプレス台の上に横になっている。そして彼は80kgのバーベルを反らせた胸の近くまで下げては、根性と筋肉のみで持ち上げていた。

担当するトレーナーは彼の骨と筋肉の動きを観察してはメモを取り、大事な生徒が怪我しないようすぐ助けられる位置で見張りながら更に筋肉を追い込むよう鼓舞する。


「フーッフーッ」

「腕は直角に!いいぞー筋肉が悲鳴を上げているか?!その筋肉の疲労が更なる筋肉を生み出すんだ!明日の気持ちいい筋肉痛がお前を待っている…っ」

「フーッ…フーッ!」

「よーしっ10回終了。ゆっくり慎重にバーベルを下ろして5分休憩!ほらプロテイン」

「はぁっ…はぁ……ふーーーっ」


今年こそbUWA主催の世界ボディビル選手権で優勝するため限界ギリギリまでベンチプレスをやり抜いて、ふらふらになりながら休憩スペースの椅子に腰を下ろした漢の耳にぱちぱちぱちと拍手が届く。ジムにいるような大人の拍手にしては随分と可愛らしい音だ。


「……あわわわどうしてここに社長の娘さんが」

「すごいねぇ重たそうなのにねぇ」


不思議に思った男性二人が振り返るとそこには真っ白な幼女が立っていた。

園児が着るピンク色のスモックで身を包み、見るからにやんちゃそうに歯を見せて笑った彼女は白磁器のように滑らかな肌をほんのりと赤く染めると、サングラスで隠れていないエメラルドグリーンの瞳を輝かせてすごいすごいと興奮気味に飛び跳ねていた。


「トレーナー……目の前に天使が見えます。もしかして俺さっき力んだ時に脳の血管切れて死んだんすかね」

「いや現実だよちゃんと水分取って。前も言ったけど、見栄えが悪いから腹を膨らませたくないなんて理由で日頃から水分補給を控えるのは良くない。プロテインもバータイプじゃなくてドリンクでしっかり取ること。喉の渇きを感じる前に水は飲むように意識するんだ」

「はぁっ…はい……」


トレーニングの負荷により腕が痙攣している生徒がちゃんとプロテインドリンクを飲み始めたか確認したあと、ジム社員であるトレーナーは社長の娘に駆け寄った。ドアの窓から室内を覗いてきた他マッチョ数人もルルのことを気にしている様子で、廊下でなにやら話している。


「ほらルルちゃん、お兄ちゃんとおてて繋いで保育所に戻ろうか」

「あのねあのね聞いて!」

「うん?どうしたのそんなニコニコして」

「あのねールルねー、かべをのぼって上の方のひもが付いたドアのかぎを開けられるようにぃ~…」


腕をぐるぐると胸の前で回し何かしらのパワーを溜めてから、少女は大の字になりその手を天高く上げた。


「なりましたー!」


ぱちぱちぱち――

保育所の扉のロックを二つとも開けたことを誇らしく思っているのか、自分で自分に向けて拍手するルル。対する男たちはまさに絶句。そりゃそうだ。目の前で子供が己の脱走技術の進歩について発表しているのだから。

こいつ脱出魔だ…!と、飲み終えたドリンクのシェイカーを握り締めて呟くガタイのいい男性。

驚きの脱走発表に一瞬呆けたトレーナーだったがすぐ意識を取り戻し、ご機嫌に踊る少女が再びどこかへ逃げ出す前に急いで抱き上げた。そんな心配をよそにルルは男の腕の中で未だ腕をぐるぐる回してダンシング中だ。


「とにかく早く保育所に戻さないとっ帰ろうねぇ早くねー」

「ふんふん~♪ねぇねぇもう一回さっきの見せてー重たいやつをこう、ふーって言いながら持ち上げるの」


さっさと一階上にある社員用保育所に向かいたいトレーナーと、大迫力の筋トレを観たいが故にバーベルのバーを掴んでその場に居座ろうとするルル。このまま無理に引っ張ると抜けそうな子供の肩と落ちそうな80kgの鈍器の危険性を考え、男はゆさゆさと小さな体を揺らして諭す程度に抑える。


「あのさそんな場合じゃないんだよルルちゃん。きっと先生もルルちゃんがいなくなって凄く心配してるよ。もしかしたら泣いちゃってるかも、いいの?」

「お兄ちゃんのきんにくすごいねカッコいい!」

「えーそうかぁ?」


優しい大人からの注意を無視して少女はマッチョに話し掛けた。


「えいがに出てくるスーパーヒーローみたいにムキムキ!強そう!わるいはかせもパンチでやっつけられるんでしょー」

「いやいやへへ、そんな。俺の筋肉ちゃんはあくまで観賞用でぶん殴る用じゃないんだぜ」

「へーっ何かすごい!ドラマで見たオレは女はなぐらねぇ…ってヤツだカッコいい!だから見せてぇー重いの動かすとこ見たいいぃぃ」

「だから……とは一体。ほらおててを離して」


能天気に迷子と話す自分の生徒に頭が痛くなったトレーナーは、黙々とバーを掴んでいる少女の手を剥がす作業に移る。あと少しで剥がせるというところでぎゅっと別の位置を掴み直す子供のめんどくささにやられた男の表情筋は死んでいる。しかしそんな彼の真顔を見たルルはやり過ぎたかもと思い、自主的にバーからその手を離した。


ちゃんと離せていい子だねと撫でて褒めるとそれだけで目を輝かせる悪童に大人がため息をついていると、


「トレーナー……もうワンセットいきましょうよ!」

「あ、こらッベンチプレスは一人でやらない!危険だから」


それと入れ替わりで想像以上に褒められるのに弱かったマッチョが調子に乗り、トレーナーの制止も聞かずにトレーニングを再開。

慌てて生徒の補助に回ったトレーナーはベンチプレスで起こり得る事故と迷子の保護の優先度を咄嗟に脳内で比べ、最終的に社長の娘を送り届けるどころではなくなってしまった。


「フーッフーッ」

「すごーいすごーいきんにくもこもこー」

「上げるときは吐いてー下げるときに吸ってー、そう!じゃあ、残りの5回は息を止めて腹圧を高めようか。1回ずつ休んでじっくりと!」

「きゃははっきゃー!」


どうしても見たかったベンチプレスを前に大喜びで手を叩くルルと、生徒の二度目の疲労を考慮してバーベルを支えるトレーナー。そして、顔を歪め歯を食いしばりながら無心で筋肉を傷めつける脳筋の男。

そんな彼らのいるプライベートルームでは特に少女の笑い声が目立ち、その高音は廊下まで響き渡っていた。


暫くすると冷や汗を垂らした保育士が駆け込んできて、爆速で園児を抱っこし回収していったという。


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