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第11話「お買いもの」


第11話「お買いもの」


「あれれぇ、すみませーんだれかいませんか」

「はいはいお客さん今行くからちょいと待っておくれー、は……?」


寂れた商店街の外れにある倉庫で業者向けに木材を卸している男は、運んでいた人工木の束材を一度コンクリート床に置いて入口に向かう。

随分と可愛らしい声だな、住宅地の金持ちマダムがまた気まぐれに洒落たDIYでもしに来たのかねと思いつつ表を覗くが誰もいない。質の悪いイタズラかと思い男性がすぐ店の中へ引き返そうとすると、ぎゅっと彼のズボンを何かが掴んだ。裾が突っ張った感覚に足の方を見下げるとなんとそこには子供が一人で立っているではないか。


「こんにちは」

「はぁ、こんにちは……」


ボーイッシュな帽子を持ち上げサングラスを外し、アルビノの少女がぺこりと深くお辞儀をしてきた。一瞬状況が理解できずああどうもこれはご丁寧に…とお辞儀し返し。すぐ冷静になって駆け寄る。


「あのねわたしねこのギターと同じ木が買いたいの、あるかなぁ」

「いやそんなことよりっ!おいおいおいダンパーロのとこのはまた脱走したのかよ?!早く警察に連絡しなきゃ」


逃がさないようルルの肩を掴みながら慌てる店主は片手でエプロンをまさぐり携帯を取り出すと、迷子がうちのとこにいますと通報した。


「もしもし警察ですかダンパーロの娘さんがまた一人で街に出ちまってて。はい、はい……いやオレが送り届けるとかじゃなくって…うん。そう危ないから保護してやってくれねぇか」

「ねーおじさん木を買いたいです!」

「待ってねそれは警察が来てからね」

「なんでー」

「なんでも。まったくダメだろう勝手に外出たら。この前もどれだけ探したと思ってるんだ。結局自分から戻ってきたって警察に聞かされた時はおっちゃんもーーどっと疲れたね」

「でもでも、周りの人たちはふつうに一人でも歩いてるもん。わたしも歩いただけだもん」


遠くを歩く街の住人を指差して自分が外に出ていい理由を主張し口を尖らせるルル。呆れた様子で頭を掻いた店主は、彼女の白い鼻をつっつき豚鼻にして注意する。


「そりゃ一人で出歩いてるヤツらはみんな大人で成人してるからさ。でもルルちゃんはまだ子供で未成年で、条例で決められてるように大人と一緒じゃなきゃ歩いちゃダメだ。街にはたまにおっかないヤツも出るし危ないんだぞ」

「ルル、危ない目にあってないよ、まだ」

「そりゃ良かった。しかしまあ万が一ってことがあるからな。警戒するに越したことはないだろ」


そうして互いの主張をぶつけていると通報から約3分、想像よりずいぶん早く警察が現場に到着した。サイレンも鳴らさない真っ黒な乗用車での登場に、覆面パトカーを知らないルルは不自然さを感じサングラスを装備し直す。車から降りてきたのは背の低い小柄な男で、薄手のベストに少し色落ちした警察官の制服を身に着けていた。きちんとpoliceと書かれたワッペンも右腕に付けている。


「ほらルルちゃん警察も来たし早く乗っておうちに帰りな」

「では保護しますね。おいでルルちゃん」

「木を!買いたいんですけどもっ!」


ゆっくりと手を伸ばしてきた警察官を躱すルル。グッと力強く宙を握ったその握力は子供の腕を掴むにしては優しさがなく、彼女はこの時点で男が警察ではないことを本能で理解した。しかし今は取り敢えず木を買いたいので店主に抱きつきごねてみる。体を横に何度もねじってルルをぶんぶん振り回す店主は、引っ付いてきたわがままな子供を落とそうと必死だ。


「ダメだってのに頑固だなこいつは。うちには親と今度買いに来な。ダンパーロなら幾らでも金出してくれるだろうし大歓迎だからよ」

「やだやだ今買うの今じゃなきゃやだ!ギター直すんだもんんぅ」


振り落とされないよう懸命にしがみつくルルの声は微震動し、帽子の中にしまわれていた真っ白な髪も乱れに乱れ。そんな子供の粘り強さに男の方が先に疲れて動きを止め、なんとか対話での説得を試みることにした。


「あんなぁ娘っこよ。そもそも楽器を直したいってんならこんな卸しで大量に売ってる安い木材じゃ無理だよ。ギターの修理は専門の楽器屋さんとこじゃなきゃあできん」

「もーそういうこと言って。じゃーとりあえずこの木とこのボルトとナット買うからっ売って!売って!」


店の入り口に乱雑に置かれた特価品ブースを指差す少女は脚力だけで男に未だ登っている。そこに置かれた商品は既に汚れていたり包装が少し破けていたりと正規の値段で売れなくなったものたちだった。他の客に中途半端に売ってしまった角材の余りやらも適当に積まれゴミ置きのよう。

店主としては買うのはいいけどその後の修理をやらさせられるのも自分だと思っているため返事を渋る。


「えーでもなぁオレじゃギターは直せないってば。諦めてくれ」

「わたし自分で直すもん!自力でどくがくでがんばるの。はいお金ー」


お店の中にあるレジまで走ったルルはクマさんサイフを逆さまにひっくり返し、少しだけ減らされてしまった今月のお小遣いを出す。

5ギル硬貨1枚、1ギル硬貨2枚、肩たたきでもらった50ネル硬貨が1枚で合計750ネルだ。


「7ギルちょっとじゃ足りないよ。このボルトナットセットはステンレス製だから傷ありでも見た目よりずっとお高いのさ」

「じゃあこっちのボルトナットにする」

「うーん12×200mmのね。メイプル角材の切り落としと合わせて730ネルだからひいふう…ギリ足りるな。てかルルちゃん、年俸やべーほどもらってるサッカー選手の娘にしちゃちょっとお小遣い少なくないかい。おっちゃんがガキだった頃でももうちょい貰えてたぞ」

「家出したらなんかすごくへった」


不服そうに頬を膨らませるルル。お小遣いが減らされた理由は誰でもわかる通り家から脱走した子供の方が悪いのに、さぞ私は被害者ですという顔をする自称可哀想な女の子は素直に可愛らしくて店主は大口を開けて笑った。


「ハハハじゃあまた減るのかハハハ!」

「むぅー笑わないで」

「はいはい。まあ、一応商売だから警察に引き渡す前に売っとくかぁ。1ネルを笑うものは1ネルに泣くってのは商売人の間じゃ有名なことわざだからな」

「やった!おじさんはやさしいねぇ。おひげももふもふだし手もゴツゴツでカッコいい、ね!」

「そうやっておっちゃんのこと煽ててもこれ以上安くはしねぇぞ?目一杯下げてこの値段なんだからな」

「ちぇー」


値切れなかったことに対しては口を尖らせたものの、折れたネックと同じ香りの角材とその木を繋げる物を運良く同じお店で手に入れられたルルはご機嫌な様子。るんるんで麻紐でぐるぐる巻きにしてギターと一緒に背負い直し。そしてそのまま、待ちぼうけで背後に立っていた警察官の横を巧みなトリックですり抜け街へと駆け出した。


「おじさんありがとうございましたあぁーー…」

「ちょっ?!お゛いガキッ」

「おいだから警察に助けて貰えって!早く追いかけてくださいお巡りさんっ」

「は、はいっ!こらぁルルちゃん待ちなさぁーい」


買い物終了と同時に脳内で鬼ごっこ開始のゴングが鳴り響き、口の悪い警察もどきの魔の手から逃げ出したルルはリードを外した犬がごとくスピードでルチルゼのサルファ市内を駆ける。

初手で走る方角を間違えた彼女はどんどん住宅地から離れ駅のある中心地へと進み、覆面パトカーが並走できないスーパーの中や公園の間を通り抜ける。時には人様のお宅の庭を勝手に走り時には子供しか気付かないような鳥よけフェンスのほつれを潜り、あっという間に黒塗りの車を撒いた。


「やったねーふぅー!」


知らない家のベランダに座り知らないわんこを撫でて休憩。危ない人もいなくなったしあとはまったり歩いておうちに帰ろう…そう思ったその瞬間、ルル臨時休憩所のすぐ近くでサイレンが鳴る。

もう既に市内では彼女が想定していなかった事態が起こり始めていた。どこかで帽子で落としたルルはひと際目立つ真っ白な髪をたなびかせながら移動していたため街ゆく人の目を非常によく引き、目撃者が次々に通報した結果本物の警察までやってきたのだ。


『そこの子止まりなさーい』

「わわっ!わー!どいてどいてっ」

「つーかまーえっうお逃げられたぁっおいどこいった」

「よーし俺がばっちりキャッチぃ?!あれ、いないっ!!」

「あははガキ一人捕まえるのなんてかんた、ん?!急に消えた……?!」

「服を掴まれる寸前咄嗟に姿勢を低くして相手の視界から外れた…だと?!まるでデビュー当時まだミッドフィルダーだった頃のダンパーロのような動きだ……!」


メガホンで叫ぶ警察にビビる子供。魚のつかみ取りのように迷子を捕獲しようとする歩行者たち。連日の迷惑騒動で割と本気でキレてる駅前交番勤務の警察官。入り乱れてお祭りのよう。


休憩所を出発したルルは、ひたすらサイレンの音に近付かないように移動していたらいつの間にかレストランやデパートが立ち並ぶサルファ駅前まで来てしまっていた。

迷子の迷子のアルビノ少女は捕まえようと向かってくる怖い大人たちを避けては躱して飛んで跳ねては逃げる、逃げる。

スライディングで大男の股下をくぐり、仕事帰りスーツ姿の女性が落としたリップを手渡し。

四つの道に繋がる広い歩道橋の手すりを上手に使い、迫ってくる警察官の真横を滑り降りて撒いた。その様子を見る観客たちはカメラを向けながらルルの一挙一動に歓声を上げる。まるで映画の撮影じゃないかと騒ぐ。

なお当の本人は自分がどこに行きたいのかももう分からなくなり警察から追いかけられただ捕まりたくない気持ちだけで足を動かし、パニック状態でひたすら走っているだけだ。


「頑張れルルちゃんー」

「あの子は一体どこに向かってるんだ?」

「さあ……」


キョロキョロと辺りを見回しながら、観衆からの注目を浴びているのも気にせずに折れたギターと木材と無骨なボルトナットを背負って走って、走って、走って……

最終的に疲れ果てて歩き出したところを、ネットのツブヤイターからルルの居場所を特定した専属ボディガードに捕まり御用となった。


「マドルクこわかったぁー」

「それはこっちのセリフなんですが?!」

「ひぐっこわかっ、うぐぅこわっこわ…わ……」

「……。お嬢様ったら……だから出ちゃダメなんでしょう。分かりましたよね?」

「すーすー」

「お嬢様!!」


見知った顔を見つけ反射的に抱きついてその体温に安心したルルは、ボディガードが叱る前に腕の中で泣きながら眠りにつき。走り疲れたお騒がせ迷子は明日の朝まで起きることはなかったという。


その日のアルビノ少女の推定走行距離は齢4歳にしてなんと10km。これぞまさに試合にフルで出場しずっとボールを追いかけられる狂気のスタミナモンスター、ダンパーロの血だと騒がれて各種新聞や週刊誌に載った。



とあるニュースサイトにパパラッチ撮影の写真とともに投稿された記事『ルルちゃん2度目の大脱走!そのまさかの方法とは』に寄せられたコメントの一部↓


~ギターや木材素材を背負って走る写真~

謎の黒塗りの車から逃げているルルちゃん。車のナンバーはサルファから遠い港町ウィシュイアのもの。車に乗り込んだ警官の制服に違和感があり調べたところどうもただのコスプレのようだ。撮影狙いのトューバーだろうか。

『なにこの子コロポックル?』

『妖精か、もしくは天使のどっちかだろうなこれは。人間っぽくない』

『可愛い』

『小さい』

『何歳?』

『確か4歳』

『これ生で見たけどこの子めっちゃ足が速い。大人より小回りも利くし警察数人余裕で振り切ってたわ』

『俺足の下スライディングされたぞ股間がヒュンッてなった』

『↑うらやま』

『マジかやっぱ遺伝ってスゲーんだなー将来有望じゃんお転婆過ぎるけど』

『ルルちゃん頼む。そのダンパーロの血でルチルゼ女子サッカー界の希望の光になってくれ』


~脱走の際、庭の木を大きなギターを背負いながら一生懸命登っている写真~

なんとルルちゃんは自宅の二階の窓から庭に生えた木に飛び移り脱走していたのだ!自分と変わらない背丈のギターを背負って木の枝を渡れるとは…父親譲りの異次元の身体能力と言わざるを得ない。

『猿かな?この子は登山家でも目指してるのかい』

『落ちたら軽く死ねる高さ』

『大人でも怪我しそう。うちの子がこんなヤンチャしたらと考えると怖すぎる』

『もうこれ脱走対策として庭の木倒すしかないだろ』

『4歳にしてはパワフルすぎる。こんなの予測不可能だろ、やっぱ親は悪くないわ叩いてごめんなダンパーロ』


~槍柵の先端が顔面スレスレの写真~

木から塀へと飛び移る際に危なかった一コマ。パパラッチの一部が目を覆いその瞬間を見ないようにするなど現場はかなり緊迫していた。

『こわいこわい』

『危な過ぎる』

『どうすればいいんだこの野生児』

『アルビノって体が弱いんじゃなかったのか?!』

『それはただのイメージ。アルビノは色素がなくて日光に弱いだけ』

『でも弱視だろ』

『ルルはオッドアイだから片目は普通に見えてる』

『てかなんでギターなんて持ってんのしかも壊れてるし』

『この前の脱走で買ったらしい。10ギルで売ったって言ってる露店の人が取材受けてた』

『あの臭そうなジジイ絶対スラムの奴らだろ危な過ぎる』

『スラム連中と普通に買い物だけして帰れる幼女何者だよ』

『うわようじょつよい』

『殺されなくてよかったな』


父親のダンパーロに同情する声が多数上がるとともに脱走防止についての議論が、関係ないコメントに枝付けされて開始した。


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