第10話「だっそう再び」
第10話「だっそう再び」
パパラッチの朝は早い――。
携帯のアラームを設定した午前5時に起床しまずは全身のストレッチをベッドの上で行う。昨日までの疲れが今日に響かないよう念入りに筋肉を解さなければ、いつ出会えるか分からないスクープの瞬間なんて狙えないのだ。
食事はもちろん朝からしっかりと。食パン2枚にたっぷりとバターを塗り上には目玉焼きを乗せる。自家製ヨーグルトにはキウイとはちみつを混ぜて、よく蒸らしたマテ茶とともにいただく。
「うん、美味い」
健康的な食事を取りつつテレビやパソコンを見て、ニュースやトレンドを満遍なくおさえて人々の喜びそうなネタと炎上しそうな芸能人をチェック。
俺たちパパラッチの中には群れを組んで情報共有してる者もいるが、そういう奴らほど仲間を嘘で出し抜き一人でいいネタを抱え込んでいるというものだ。だから俺はそういったグループには属さない。自分で餌を探し己が爪で狩る……そう、俺は群れない一匹狼なのだから。
シャコシャコシャコ――ぺっ。
炭入り歯磨き粉で自慢の白い歯を磨き、パジャマから服を着替えるのだがここで選ぶ洋服の種類も重要だ。張り込む地域や建物にいても可笑しくなく浮かないコーデにしなければ周りに怪しまれ、最悪警察を呼ばれてしまう。
今日の狩りの対象はチームバイブスに所属するサッカー選手ダンパーロ、の娘の方。彼の家があるサルファは都心部から少し離れた高級住宅地だ。やはりある程度の清潔感のある服装の方がいいだろう。俺はシワのない白シャツと黒のスラックス、動きやすい見た目が革靴のスニーカーを履き。仕事道具が詰まったトランクケースを持って家を出た。
「いいな、俺もいつかはこんな街に住みたいものだ」
目的地のサルファは交通の便が良く車を走らせれば楽に着く。高速道路を途中で降りればそこはサルファ。汗水垂らして働いた者たちが夜眠るために帰るベッドタウンだ。
駅前を通過し長い坂道を登った先の細い脇道をいくつも曲がり、ダンパーロの家まで着いた。既に何人か同業者がいるがそのなかで一人、露骨に目立つはしごを登り上アングルで塀の中を撮ろうとしている奴がいた。
これはまずいな、警察が来る。一度離れて見張っていると案の定彼らはパトカーに追われ、はしごもカメラも現場に置いて車を走らせ逃げていった。逃げられない彼らを警官らはウキウキで押収している。パパラッチが残した証拠品は指紋を取られたのち返却されるか、悪質な盗撮だと判断された場合そのまま没収となる。その場合は毎年開催されるチャリティーオークションの商品となり回り回って自分たちのお給料になるからか、有名人の自宅周辺を走るパトカーの巡回は盛んだ。
「まったく、面倒なことになったな。また警察が来たときのサブプランも考えないといけなくなったじゃねぇか」
蜘蛛の子を散らすように消えたパパラッチを横目に俺は近くに車を止めた。――さあ、今から張り込み開始だ。定期的に車の場所をずらして路上駐車切符を切られないようにしつつカメラを構える。
カメラはお手製の長いセルカ棒に取り付けてあり、手元のスマホ画面から今どこを撮っているかをリアルタイムで確認できる優れものだ。
これを使っている間はそこまで通報は気にしなくていいのもいい。もし警察が来ても棒を即座に折り畳み事情聴取にも逃げずに応じればいいのだから。私はカメラマンです、今から出勤する予定でしたってね。案外それで気に抜けられるものだ。警察は肉食動物のようなもので、逃げる奴ほど追いたくなる生態を持っている。
「行ってくるよーっ!!」「ダディいてらー」「ハニー怪我だけはしないでねー」
まずは車庫のシャッターが開き一台の車が出てきた。お高い真っ赤なスポーツカーに乗るはダンパーロだ。今からサッカーの練習に向かう彼はこちらを一瞥しそのまま走り去っていった。カメラのレンズを心底嫌そうに見るその顔を一応撮るが大した使い道はないだろう。何かスキャンダルがあったときに代用できそうなくらいしか出版社への売り文句が思いつかない。
次に、丸みを帯びて可愛らしいオレンジと白色のストライプ柄のボックスカー。あれはホットシルバージムの社長ルーニャのものか。今日は日曜日であり運転する彼女の服装もラフなパーカーのため恐らく出勤ではない。来週分の食材の買い出しに出かけたようだ。と、いうことは現在家には子供たちとボディガードだけ……。
『すみませーん。宅配便でーす』
「…チッ」
同業者が宅配を偽って玄関のベルを押しやがった。
花や蔦のデザインが彫り込まれた木製の扉が開き、中から出てきたのは子供…ではもちろんなくボディガードの男だった。2メートルはありそうな身長に着ている服がはち切れそうな手足の筋肉と胸筋。パパラッチを遠目で確認したのち室内に戻り、日光を取り込んでいた一階のカーテンが全て閉まる。
くっそー何してくれてんだアイツ!これから何時間もカーテンを撮れってか?!と馬鹿な同業者に内心苛立ちながらも俺はただひたすらにその時を待つのだ。家からの大脱走で新聞に載り話題となったアルビノの少女ルルちゃんを。
しかし俺は別に脱走を撮りに来たのではない。もっと金が稼げる奇跡の一枚を激写するためにここにいる。
実は、彼女のオッドアイを綺麗に撮れたカメラマンは未だいないのだ。家族とサッカー観戦に出掛けて一瞬サングラスを外しその瞳の存在がマスコミにバレたときも、写真は斜めからのアングルと半目のものしかない。光が眩しくて常にサングラスをつけている彼女のオッドアイは撮影が非常に難しかった。
だが俺は撮る。撮ってみせるぞこのパパラッチ魂にかけて……っ!
「ん……?」
拳を突き上げ車の天井にぶつけたあと、ガラララと住宅の中から音がしてカメラを二階に向けるとルルちゃんが外を眺めている。噂をすればなんとやら、だ。ひとまずその姿を連写する……が。
彼女の姿は正直変だ。スポーツブランドbUWAの野球帽を被り真っ黒なサングラスをかけて、窓枠に被せている手から見るに長袖だと分かる。そこまではまあ理解できる。アルビノは俺たち一般人が想像するよりもずっと肌が弱く日光が痛いらしいから。だが彼女が背負っているものはなんだ?太い麻紐的な何かに木でできた大きな物を括りつけリュックのように背負っているな……。
「はっ?!」
目を凝らしていると突然彼女は望遠レンズの範囲から消えた。家の中に戻っただけか、いや俺の見間違えじゃなければそうじゃない…!
慌てて車のドアを蹴り飛ばし外に出る。塀の中をカメラで覗くと、アルビノの少女は庭に生えた立派な木の上にいた。
「ちょ、ちょっと危ないんじゃないかあれは!」
「シャッターチャンスだ撮れ撮れ!」
「ルルちゅわぁーんこっち向いてくれるかなぁー」
パパラッチたちがフラッシュを焚きながら騒ぐ。
そんな彼らの興奮など知らずに子供はするすると木の枝を這って移動していく。君は軍隊にでも入りたいのか?と思いながらも周りに遅れて俺もカメラを構えた。
そして、塀に一番近い枝までくるともはやセリカ棒なしで肉眼で視界に入るほどの距離にアルビノの少女はいた。この距離になりようやく見えたがどうやら後ろに背負っているのはギターのようだ。にしては変…ネックが折れてるような。
まさか、昨日のテレビ局の取材は本当だったのか。アルビノにギターを売りましたと答えている浮浪者のインタビューは。チップ欲しさの虚言じゃなかった!俺はギターと少女がバランスよく一緒におさまるように写真を撮りまくる。
「んんー?んーどうしよー」
ぶつぶつ呟く彼女は先程からなにやらしきりに塀の方を見ている。だが我らパパラッチは一切見ておらず塀のてっぺんを頭を揺らしながら見て、サングラスを持ち上げるもウインクした状態で舐め回すように塀を見て、そして最後に指で四角を作って標準を定めた。嫌な予感に周囲がざわつく。
「おいまさか……」「いや無理だろ」「距離が遠すぎる流石に危ないって!」「ルルちゃんそこでじっとしててー今おうちの人呼ぶからぁー」
「とーうっ!」
「「飛んだーー!?!?」」
下が騒然としているのも気にせず、木の上に立ち上がった少女は乗っている枝を上下に揺らして反動をつけるとバネのように飛び跳ねて宙を舞い、自宅の敷地を囲う高い塀の上へ。そして、着地の瞬間ガッと塀の上部に刺さっている槍のような柵を掴んだ。
「ひぃ刺さるぅ」「グロは売れないからやめろって!」「腰抜け共め。撮ってこそパパラッチだろうに」
空中で少しバランスを崩したルルの顔面スレスレに矢印の形をした槍柵の先っぽが来たとき、突き刺さる…!と何処からか悲鳴が上がりパパラッチのうち何人かはカメラを下げて目を瞑った。二人のゲス野郎は満面の笑みを浮かべて連写していたが。
ちなみに俺は塀を経由せずにこっちに落ちてくると思い撮影に使う背景シートを広げて落下に備えていた。
「行けたー!あ、お兄さんこんにちは」
「こんっ……?」
よっこらせと柵を跨いで乗り越えると塀のフチに掴まりぶら下がり、地面までの距離をできるだけ近付けてからストンとこちら側の歩道に着地したルル。隣で目を丸くする直立不動の男性に向けて挨拶をすると、混乱している相手もつい挨拶し返した。それが嬉しかったのかにっこりと笑みをこぼした少女は、捕まえようと自分の目の前に立つ他のパパラッチの足の隙間を抜けて脱兎のごとく走り出す。
その素早い動きに翻弄されつつも、周りも逃げる子供に合わせて各々の行動を開始した。
「ルルちゃんがまた脱走したぞー前回の脱走方法もあれか!相棒撮れたかっ」
「動画でバッチリです」
「よし。おい相棒はよ車に乗れ、行方くらます前に追いかけるぞっ」
逃げ出したルルを後ろから車で追う者たちや。
ピンポンピンポンピンポン――
「すいませんパパラッチなんですがお宅のルルちゃんがちょうど今、脱走しました!ちょっとボディガードさん早く出て!これ迷惑なイタズラとかじゃないからぁ!」
ダンパーロ宅のチャイムを鬼のように連打する者。
「さてと。まずは警察に連絡をしましょうか」
「ですね」
更には冷静に警察に通報する者たちと分かれて。俺は賢いので冷静に警察を待つ人間の一人となった。恐らく泣きながら帰宅するであろう少女が、涙に濡れたサングラスを外しそのオッドアイを晒していることを願いつつ張り込みに戻るのだ。
騒ぎに気付いたボディガードが家に鍵をかけたのち駆け出し、町の至る所から目撃証言とともに通報がきた警察も出動し、サルファ某所にて有名人の子供の大捜索イベントは再び開催されるのだった――
*




