番外編「とある男のワールドカップその3」
番外編「とある男のワールドカップその3」
「ダディ負けちゃったねぇ」
「あーうー」
数日前、唯一ちゃんと起きて最後まで見ていた準決勝で父親が強豪フレンチェに1-2で敗北し。ワールドカップをもう過去の話としてしみじみと語るルル。今夜もテレビの前にはいるものの今後の試合なんて頭から抜けた様子でペリカと一緒に積み木での牧場建築に勤しんでいる。
だがそんな彼女の目の前のテレビには、今まさに3位決定戦に挑むためにコートに入場してくる背番号7番を背負った父親の姿があるのだった。
それをペリドスは画面を指差して指摘する。積み木に夢中な彼女の興味がサッカーに向くまで何度も何度も話しかけて、最終的には抱っこしてテレビをなんとか見せた。
「いやまだだからね?!今日の3位決定戦がまだあるから!ほらルルちゃんのお父さんちょうど今カメラに写ってるってば!!」
「あれれぇほんとだ。んーと、これにかつとゆうしょう?」
「優勝はもうできないけど世界3位にはなれるよ。カニャルワールドカップ銅メダルゲットだ」
「3位かー」
そう聞いたルルは一度立ち上がり動き回った後、何やら作り始めた。
まずはキッチンから持ってきた紙コップの束から一個抜き取り、硬い底の部分を祖母に代わりにはさみで切り取ってもらう。次にカモメンの首に巻かれていたお菓子の箱のおしゃれな青リボンを解いて切った紙コップの裏にテープで貼り付ける。
あっという間に紙製メダルの完成だ。とても三歳とは思えない工作力と発想力にペリドスは驚きルル祖父母は褒めちぎっていた。
「じゃかじゃーんどうメダルできた!」
「いやぁそれだと白いメダルかな。銅メダルは茶色だよ」
「ちゃうぅ、ちゃぃ」
「ちゃいろ」
「ちゃうぃ」
「惜しいっでもペリカは喋るのが上手だな」
「ちゃううぅ!」
この一か月の間に父性を取り戻した男が無邪気に笑う愛娘を抱っこして撫で褒めている横で、ルルは父親に見せるメダルを本物の銅メダルにするためのクレヨンの色を吟味する。
箱の中には色とりどりのクレヨン。銅メダルの色は単純な茶色ではないからこそ悩み。最初にオレンジ色を取り出すと表面にぐりぐりと塗り始めた。
「あっ……」
「ああーっ?!ご、ごめんねペリドスくんうちのルルがやらかしちゃったよ拭かないとっ」
「いえ大丈夫ですよそれ簡単に落ちるやつですから」
紙コップは片方の面が撥水加工でツルツルしておりそちら側を塗ろうと力を込めた結果、滑ったクレヨンがフローリングに大きくはみ出し線を描いた。
頭を下げて謝るルルの祖父と、何も言わずにはみ出たクレヨン汚れを拭く祖母。お絵描きする道具は全て子供が汚す想定で掃除しやすい物を買っているため気にもしていない家主。
描いても描いても拭いてもらえると気付いたルルがわざと床に花の落書きをして余計に怒られたりもした。
そんな風に騒ぎながらメダルや画用紙に絵を描いている間に試合は45分経過し後半へ。
『11番ナバルトと7番ダンパーロ素早いパスだ相手選手の足の間も利用して前に進む進んでいくッ!どっちがシュートするんだどっちだ……ダンパーロだああぁぁ!オフサイド?いや大丈夫だギリギリナバルトが前にいるッ!』
「すごい凄いぞダンパーロくん!」
「おおーー決めた!!」
「チッ最後の最後までカッコつけやがって。娘もああやって落としたのかね」
ルチルゼ国内で毎回どっちの方が強い論争が巻き起こるシューターのナバルトとダンパーロが、二人でパスを繋ぎ合い連携しながらシュートを決めるというドラマ性込みで大人組は大盛り上がり。
現地カメラに映るサポーターの応援席も、ナバルトの応援歌を歌う人とダンパーロの応援歌を歌う人の声援が混じり合いカオスと化している。
「あっナバルトだーダディもいるよほらー」
「ルルちゃん応援してたのそっち?!て、あそっかチームウィングスだもんね。でもダンパーロがシュート決めたよ。ゴールをしたのは君のお父さんだ」
「じゃあかったってこと?」
「いやまだまだ。サッカーはこれからが面白いぞ」
カモメンと一緒にルルもペリカもソファに座り直して固唾を飲んで見守る後半戦。
しかし子供たちの期待を裏切り、お互いこれまでの試合で疲れが蓄積していたのもあってか攻めより守りを優先する消極的な試合となり。一点リードのままルチルゼはフラチルに勝ち3位になった。
「勝ったよルルちゃん!」
「シュートあったっけ」
「いやあのままだけど勝ちは勝ち!やったぞーっルチルゼ3位!」
「ふーん」
試合終了後の熱にかなりの温度差がある。
あくまでサッカーは見るものという感覚のルルにとってはシュートも点数も少なく物足りない試合だった。だが実際にプレイする側として戦ってきたサッカー選手であるペリドスや元バスケ選手のドラントは、スポーツにおいて勝利は何よりも大切だという想いがあるため満足そうだ。
テレビのリプレイ映像を見て初見と同じ反応で喜びながらワインをおかわりし祝っていると、興奮冷めやらぬ祖父の元に電話がかかってきた。先程表彰式が終わったダンパーロからだ。
『勝ちました!勝ちましたよ最後!』
「ああおめでとうダンパーロ君、ルーニャも良かったね行った甲斐があったじゃないか」
『じじぃー!』『じぃじー!』
「ああポアロ、ディアロもおめでとう」
既にほろ酔いなドラントは頬を染めながら、現地で観戦していた娘と孫たちに笑顔を見せる。一方で孫に名前を呼ばれなかった祖母は不満げに携帯画面に詰め寄り双子にからかわれて笑われていた。
「ダディこれ見てー」
『あらぁーよく出来てる。私のとーっても可愛いルルは手先が器用ね。良かったわねマイハニー?』
『っ!!!』
ソファの上に立ち上がったルルはお手製の銅メダルを父ダンパーロに掲げて自慢した。
それを視界に入れたダンパーロはヒュッと息を飲んで一瞬目を限界まで見開き、ぷるぷると小刻みに唇を震わせた後涙をそのグリーンの瞳にたっぷりと溜める。テレビカメラがある手前耐えようとするも一秒後には即決壊し涙腺から塩水を滝のように滴らせた。
『ぐすっありがとう……ありがとなルル……』
「あげる」
「え、オレ?!お父さんじゃないの」
見せるだけ見せたルルはメダルを横に座るペリドスの首にかける。…本来画面の向こうにいるはずだったサッカー選手に。
『そうだなっ。ずずっ…ペリドスも一緒にお祝いしないとだもんなっ!ぐすっ…』
『噂通りルルちゃんは優しいなーガサツなダンパーロとは大違い……あ、カモメンじゃん』
「そうカモメン!いいでしょおーあげないよ」
泣きじゃくるダンパーロの背後からぴょこっと顔を覗かせたのは決勝の勝利に貢献したもう一人の男ナバルト。
試合の度に客席からサッカーコートに蹴られるカモメンを余るほど貰っているから要らないと言うナバルトと、たとえ選手でもカモメンファンなら買わないのはズルだと騒ぐルルが圧倒的なすれ違いを起こしつつ長電話をしていると、
『あ!ペリドスじゃーんイェーイ』
ファンサービスを済ませて戻ってきた他の選手たちがわらわらと集まってきた。子持ちの選手は自分の子供にかけてあげたのか首にはもうメダルをしていない。ワールドカップの最後を勝利で終えられた彼らの表情は晴れやかだった。
『やっぱお前要るわって感じたワールドカップだったわ』
『隙あらば全員シュート打ちたがるルチルゼマジ深刻なディフェンダー不足』
『俺がイエロー出されたとき後釜ないとボールカットすんのしんどくなるから次は来てくれ』
『ペリドス早く足治してくれよーお前が必要なんだよ』
「ハハハ!言われなくても治すっての!」
ワールドカップ前、ルチルゼ二度目の優勝を目指して共に切磋琢磨した仲間たちと砕けた口調で話すペリドスの瞳には既に強い光が宿っていた。
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