番外編「とある男のワールドカップその2」
番外編「とある男のワールドカップその2」
「おじゃましまーす」
「はいはいいらっしゃいルルちゃん」
「るんるん!」
「やっほーペリカちゃん。今日からルルこっちに住むんだー」
「あったああぁぁ!」
「ね!わたしもうれしー!!」
今年のワールドカップ開催国はアワリカ大陸にありアルビノにとっては呪術の生贄に万病の薬として食肉にと通常では考えられないほど危険な地域だったため、サッカー選手ダンパーロの娘はルチルゼ国内に留まることとなる。
出国前にルルと義父母を車でペリドスの自宅に送ったダンパーロ一行はそのまま世界へ羽ばたいていった。
これから約一ヶ月。時折り帰国する母親と兄二人と会いつつも大半の時間をこちらで過ごすことになるのだが、残された女の子は寂しがって泣くでもなくさっそくうちの子と家の中を駆け回りはじめた。
ゆっくりとしか動かない子供用の電動車椅子に座る一歳児に合わせ、後ろを見ながら速度を合わせて走るルル。そんな小さい子の持つ、体よりも遥かに大きな優しさに見ていた大人たちは感動した。
「どうもダンパーロくんの妻ルーニャの父ドラントと言います。はは、君とは少々縁が遠すぎる自己紹介をしてしまったが今日から暫くお世話になります」
「すまないねぇペリドスさん。ルルはうちで面倒見るはずだったんだがアイツ、アタシらとボディガードじゃ心配だなんて言いやがったんだよ。失礼なヤツさ」
ワールドカップの開催期間中ずっと宿泊するため最早一時的なルームシェアのようなものであり、大荷物となった幾つものトランクを家の中に運びながらぼやくダンパーロの義母。小洒落た花柄のワンピースに身を包んだ妙齢の女性の愚痴に、ペリドスは首を振って答える。
「いや……多分そうじゃなくて、一番はオレのためだと思います。選抜されて唯一ワールドカップに行けなかったオレが寂しいと思ってのことだと。うちの娘のペリカにはどちらの祖父母ももういませんから」
「……。」
「はは、ほら僕が言った通りじゃないかミーニャ。彼はルルに似て優しい子だって」
「ふん!キッチンを借りるよ食材は粗方買ってきたし今から昼飯を作るさね。もちろん何が出てくるかは選べないしお前ら男共二人には食べない権利なんてないよ」
「はい。ありがとうございます」
「ルルハンバーグ食べたい」
「はいよハンバーグね作ってやろう」
「あれ選んで「子供は別。」
どもる夫にきっぱりと線引きをする肝っ玉母さんタイプのミーニャに笑い、子供たちはハンバーグの歌を歌いながら走り回る賑やかなリビングでまったりと椅子に座りながら過ごすペリドス。
男一人ではいつも同じ料理になってしまうためダンパーロの義母が作る多種多様なルチルゼ料理はとても美味しくて、家庭の味が昔まだ妻が元気だった頃を思い出してとても暖かかった。
そうして毎日娘のペリカと元同僚の娘のルルちゃんが遊ぶ姿を眺めるペリドス。ロッキングチェアに揺られながら見ていると、日々の辛いリハビリの疲れが癒えると同時にリ明日のハビリを頑張る気力が湧くのだった。
~ルルちゃんと過ごした日々①~
「るんるんあーうー」
「わたしねーおうちから色々おもちゃ持ってきたの。じゃじゃーんこれはルルがたんじょうびにもらった大事な大事なカモメンです!」
ある日突然忘れてたと言って寝室まで荷物を取りに走り、娘のペリカと一緒にリビングのフローリングの上に座って何やら見せようとするルルちゃん。
彼女の可愛らしいピンクのキャリーバッグから引っ張り出されたのはカモメンというチームウィングスのマスコットキャラクターの大きなぬいぐるみだった。それも、そのサイズがバッグ一つにぎりぎり収まったのかと疑問に思えるようなデカさである。ぱっと見でも抱きかかえている三歳児より身長も幅も上だと分かるほどに。
「え゛っ。ルルちゃんそれチームウィングスのマスコットじゃないか。お父さんチームバイブスなのにライバルチーム推しなんだ?」
「うん!カモメンがいちばんすきカッコいいもん」
「どちらかというと可愛いじゃないかなそれ」
「は?!おじさんまでダディと同じこと言うっ!どこからどー見てもカッコいいでしょっこのもふもふのまゆげとかおヒゲとかぁ」
「そ、そうなのか。うん。そうかもなぁ」
何日か過ごしてみて分かったことだがルルちゃんは感性が独特だ。彼女的にはくちばし周りに髭を蓄え太眉で二立歩行のカモメがカッコいいらしい。
ルチルゼのLリーグ内に数いるマスコットの中でもカモメンは割と不人気に位置するキャラクターなんだが。毎年キャラクター変更の願いが選手側(主にナバルト)から出されているし、どこかしらのチームが試合で負けると何故か関係ないカモメンが蹴られるという謎文化まである。ここまでくると逆に愛されている嫌われキャラというやつなのかもしれない。
「ほらペリカちゃん見てカモメンのスライディングずさーっ!」
「はぐはぐ」
「ちょ、カモメンは食べものじゃないよ!おどるの!」
つるりとした羽を口に含んだ一歳児を慌ててぬいぐるみから引き剝がし。ルルちゃんがカモメンのお腹をへこむまで押し込むと、そいつは少々不気味なキュイキュイというモーター音とともに動き出した。
【オレオレオレ~オレオレオ~レ~ウィン、ウィン、ウィングス羽ばたくトリ~♪】
「おーおおーおーうー」
「オレオレオ~レ~ウィンウィンウィングス羽ばたくルル~♪」
チームウィングスの応援歌に合わせてくねくねと踊るぬいぐるみに、子供たちははしゃいで一緒にくねくねしている。その様子が何とも面白おかしく可愛くて。
「……。(無言でカメラを構えるドラント)」
「ふん、ダンパーロは勿体ない奴だ。こんなに可愛いルルとペリカを肉眼で見られないんだからね」
「ですね」
―ルル祖父母とともに可愛い可愛いと動画を撮りまくり明日試合を控えているダンパーロに送り付けた。
そんなカモメンは数日存在を忘れられていたもののルルちゃんの大のお気に入りらしく、引っ張り出してからは寝る時いつも一緒に寝るようになった。そしてそこにうちのペリカが加わりベッドで三人仲良く眠る姿の写真もたくさん撮影した。ペリドスのスマホには今まで無かった娘の写真がみるみる増えていく。そのうち容量を圧迫して一度PCにデータを送るのだった。
~ルルちゃんと過ごした日々②~
「ふふん。ルルはかしこいから自分でおべんきょうできちゃうんだなー」
「そりゃ偉い!だがここ"み"と"め"が間違ってるよ」
「え……。ごさのはんいでしょ?!」
「何言ってんだい全然違うさね。米と混みだと意味が違っちまうだろ?」
「うぅー…!ばぁばはイジワルだ!」
もう慣れてきたダンパーロ家と過ごすリビングでの日々。
基本的な文字を覚えるための電池式絵本。ペンで書けてペンで押すとその文字を喋る知育絵本で文字を書く練習をするルルちゃんは、"み"と"め"の違いに不服を申し立てたのち祖母と殴り合い(イージー)の喧嘩をし始めた。しかし身長による戦力差は絶対で、頭を掴まれ簡単に腕を振り回す攻撃を防がれていた。
「うぎゃああいぃ!」
「いきなりどうしたんだペリカ」
「あばばばばばいぃ!!」
その横でペリドス親子が触れ合い。机の上でおむつを替えてから車椅子に乗せると、座わらせた途端娘のペリカが泣き出してしまった。手足をジタバタさせて暴れ椅子からずり落ちそうになるのを慌てて両手で支えるも必死に何かもがいている。
普段であればおむつなのだがもう一度剥がしてみても特に粗相はしておらず本当に何が嫌なのか分からずペリドスは困ってしまう。すると、そんな泣き声を聞いたルルちゃんが太いペンを振り回すのをピタリと止めて近付いてきた。
「ねーねー、ペリカちゃんくるまに乗りたいんだって!」
「車?いや泣いただけでいちいち車を出すわけにもいかないよ外に出る用事も特にないのに」
「出すもなにもあるよ?」
不思議そうに首を傾げた彼女が我が子のおもちゃ箱から引きずり出したのは子供が乗れるサイズのおもちゃの車。有名な高級車ビンツによく似た黒塗りの手押し車だ。
試しに言われた通りにそのおもちゃの運転席に娘を乗せてみると、さっきまでの暴れようは何だったんだと言いたくなるほどスンッと静かになり泣き止んだ。
「ぶぅぶーぶろう」
「いやぁ子供は不思議だね」
片方しかない足を上手に使って床を蹴り、何もない廊下の先にひたすら進んでいくペリカをルル祖父が新聞を読みながら見守っていた。
「凄いねルルちゃん、どうして分かったんだい?」
「んーなんでかなぁ?ルルもまだ赤ちゃんだから?」
「はははなるほど!そりゃ目から鱗だわ」
泣き叫ぶ娘の通訳をしてくれたルルちゃんに駈け寄り頭を撫でると彼女はこう言った。ちょっとなら聞こえるよと。
まさかの一歳児と三歳児はある程度の意思疎通が可能だということが発覚した。本人に自覚はなくとも脳みその方がまだ赤ちゃん語を使っていた頃のことを覚えているのかもしれない。いやはや本当に、子供は不思議だ。
「そーだっルルおねえちゃんだからねーおしてあげなくちゃ」
「おいルルやーべんきょうはどうするんだい」
「あとで!」
「うーうー、ぶぶぶるあー!」
絵本とペンをそこら辺に捨ててペリカの乗る車の手すりを押してガラガラとどこかへ運ぶルルちゃん。その後ろで落ちたおもちゃたちを回収しておもちゃ箱に戻していく甘いルル祖父。
二人の幼女は一階のリビングやトレーニングルームを繋ぐ長い廊下を結構な速度で走り回る。もし万が一壁にでもぶつかったら怪我をしそうだ。彼女たちのスピード違反を現行犯逮捕しようとペリドスは足を引きずりながら後を追う。
叱ろうとしたタイミングで走行速度が落ちたため傍に立っていつやめさせようか窺っていると、ぶるるぅと呟いたうちの娘は窓から見える庭の方角を指差した。どういう意思表示かはオレでも分かるがそれを見たルルちゃんはあからさまに困った顔をしている。
「わたしたいよういたいからムリだー」
「ぎゃああぁあぁ!」
「たいようムリだもん」
「いやいやいやいやいぃ!」
庭へのドライブデートを断られたペリカ、発狂。そして家中に響き渡る高音の絶叫。近隣にも届きそうな勢いで声量が増していくので娘に歩み寄り抱き上げてあやす。
庭に行こうと片手に手押し車を持つとルル祖母に、怪我人が無理するんじゃないよと言われ代わられた。
「ルルちゃん。ペリカはオレが代わりに外をぐるっと走らせてくるよ」
「うんよろしくーばぁば日焼け止めはぁ?」
「はいはい今塗るからこっち来な。そこで脱ぎ始めるんじゃないよ変態かいアンタは!」
過去に日焼けで痛い思いをしたことがあるのか、あまり日に当たりたがらないアルビノのルルちゃん。でも外で遊びたい気持ちはしっかり持っている普通の子供だ。
「ぶうぶぶあぶぶ」
「ブロロンブロローンッ!」
「きゃっきゃっ!」
日傘とサングラスをかけた真っ白な少女がビンツを追って庭を駆ける姿を見ると、肉体に先天的なハンデを抱えても笑顔ではいられるのだとこちらまで励まされるのだった。
~ルルちゃんと過ごした日々③~
ペリドス家への長期宿泊もといルームシェアを始めて半月が過ぎた頃、流石のルルちゃんも父親のダンパーロのことが恋しくなったようで毎日のように父親へのテレビ通話を祖父におねだりして電話している。何度か帰国してきた母と兄には会っているし彼らもこちらに泊まっていくがそれでは物足りないらしい。
「ペリドスおじさんあたまなでなでして!」
「どうしたルルちゃん。お兄さん今ちょっとリハビリやめられなi」
「そんなの知らないしルルはなでなでをようきゅうする!そく日はいたつで!」
「はいはいでもあと5回だけ足動かさせてね」
「はよ、はやくううぅぅ!!」
待ち切れずに飛びついてきたルルちゃんは、寝転びながら足を回すリハビリ中のオレの腹筋の上に陣取り甘えてきた。そしてそんな状況に嫉妬した娘のペリカに耳を思い切り噛まれた。血が出るくらいには痛かったが、他人の子に甘えられ実の子に敵視されたことが何だか可笑しくてペリドスは笑った。
その後ルルちゃんは専属ボディガードにも甘えまくり。ソファの上で足を組み成人男性二人から頭を撫でられながら、これがイケメンハーレムかぁと呟いてその将来を大いに心配させるのだった。
――なお、当初ダンパーロに家族をここに居候させるメリットとして交渉材料にされていた肝心のワールドカップ観戦はというと。
「ルルちゃん今日はお父さんが戦うよ。予選だけど一緒に見ようか」
「わたしいま絵本でいそがしい……手がふさがってる」
「ぶあーんちゃあ」
「ねーペリカちゃんもいっしょによも!」
ソファの横に山ほど積まれた絵本に負ける父のサッカーワールドカップ初戦。結果はルチルゼが2-0で勝利を収めた。
「ルルちゃん今からルチルゼの予選二回戦が……」
「わたしはもうねむたいので。ねますので」
「すーすー」
まだ夜8時にも関わらずペリカとともにオレの足の上で就寝。負傷している膝からずらすことには成功するも、試合中酒を取りにもトイレにも行けずペリドスを困らせた。試合結果も1-1の末PKで負け苦いものとなった。
「ルルちゃんッこれに勝てばお父さんたち準々決勝進出だよ!」
「え?パチパチパチ」
ぱちぱち。
一応二人とも拍手だけしてくれたが、顔はずっともう一台ある小さなテレビを向いており別チャンネルの恋愛ドラマを見ているようだ。そのドラマの内容が結構大人向けだったため祖父に消されて、怒ったルルちゃんは暫く抗議デモをソファの上で行った後リビングでそのまま床に伏せてふて寝。釣られたペリカも寝て。試合は無事1-0で勝利しルチルゼの準々決勝進出が決定した。
そんなこんなで娘にもルルちゃんにもサッカー観戦の同席を振られまくり……
「アタシは見るよ。娘の馬鹿旦那がシュートを外したら笑ってやるんだ」
「いい性格してますね……」
「だろ?よく言われるよ」
「ミーニャそれ褒められてないと思うよ」
謎に毎回、ダンパーロの妻の両親という絶妙に関係ない人たちとルチルゼを応援するのだった。
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