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番外編「とある男のワールドカップその1」

番外編は少し長めの閑話なので読み飛ばしても大丈夫ですが物語の登場人物は微妙に本編にも関わってきます。


番外編「とある男のワールドカップその1」


『プロサッカー界激震!ダンパーロの娘は希少なアルビノ?!』

赤文字でデカデカと表紙に書かれたスポーツ雑誌を手に取り数ページずつ飛ばしながら読む。海外クラブ所属時代のかつての仲間のゴシップを、ペリドスはただの読み物として消化して床屋で髪を染める間の暇を潰した。

今ならそんな行動とてもじゃないができない。だがその時のオレは頭のどこかで他人事だと思っていたんだ。


「残念ですがお子さんは足に異常があります」「え……?」


家族の立ち合いが出来ない産婦人科病院の駐車場にて。車内で妻と娘の無事を太陽に祈っていたオレは、医者から伝えられた子供の姿に思わず言葉を失った。


幼い頃に実の両親を事故で失い親の愛を知らずに孤児院で育ち。そんな人生の中で見つけた真実の愛……クラブチーム移籍を機に始まったドリンク売りの女性との恋愛を成就させ、結婚してもう10年。苦節10年。避妊していないのになかなか子供ができずに苦しんできた10年だった。

だというのに、神はまるで試練はまだ終わっていないと言わんばかりにその子を夫婦の元に寄越してきたのだ。


――産まれてきた我が子には足がなかった。


正確に言うと左足の太ももから下がない。本来膝がある辺りの先には指だけがちょこんと生えており先天的な欠損ではなく奇形だと医者からは説明を受けた。本来のふくらはぎは骨を含めて太ももの肉の中に埋まっておりつま先だけが外に出ている状態なのだと。

手術でなんとか普通の足にしてあげられないかとオレは必死に医者に縋り付いたが肉が足りないから不可能だと首を振られ。自分がプロサッカー選手として今まで稼いできた大金でも、娘に普通の体すら与えてやれないという辛い現実を前にただ膝をつくしかなかった。


「ごめんね……ごめんなさい……」

「そんなに謝らないで。ミリシカは悪くないさこれからのことを考えていこう、な?」

「これ…から……?」


きちんと五体満足で産んであげられなかったのは自分のせいだと悩み失意の底に沈んでいった妻ミリシカはどんなに励ましても抱きしめても夫の声は届かなくて、最終的には気を病み実家に娘を連れて帰ってしまった。何の予兆も連絡もなく最愛の女性に子供ごと逃げられた男は呆然としつつも自分ができる精一杯をしようとした。


うつ病を患った妻の心を休ませるためには長い時間と静かな環境を必要とする。

憎き宿敵であるマスコミから愛する妻と我が子を守るためになんとか今は叩かれるような情報を隠さなければ。さらに言うとただ隠すだけじゃ駄目だ、愚かで攻撃的な悪魔たちが罵りたくなるような格好のネタが必要だ。

そう考えていた矢先義父からの入れ知恵によりペリドスはわざと離婚し、10年連れ添った女と縁を切った酷い男として目立つことで周囲のヘイトを一身に受けてカカシになった。


そうやって隠し続けて早一年。ある日の朝、日課のモーニングコールに何故か妻が出なかった。そして時間を置いて折り返してきた義父母から聞かされたのは、とある理由で子供をもうこちらでは育てられないから迎えに来てくれという残酷な言葉だった。

毎日電話で励まし続けていた妻が、変装して実家を訪れてはプレゼントや遊びに誘って元気を復活させようとしていたオレの愛する人は……自らその命を絶ったのだ。


「お前を娘の葬式に呼ぶつもりもないしその子供に使う金もない。老後の生活には乳飲み子は邪魔過ぎる。さっさと引き取りに来てくれ。出ないと孤児院に入れるぞ」

「なっ……」


受話器越しに伝わる、普段の丁寧なやり取りとは180度違う義父母の態度にまず驚き、妻の両親は妻にも孫にも冷たいヤツだったことを今さら知ることとなり。その時、逃げた彼女を実家から無理矢理連れ戻さなかったことを酷く後悔した。

オレ自身が小さい頃に両親を失っていたせいで、血の繋がりのある家族というものをある種神格化し過ぎたせいで発覚が遅れてしまった。


そうして我が子を急いで悪魔の下から自宅に連れ帰った現在、普段は義足を履かせているし常に抱っこして移動しているからか周りに娘の足事情はバレていない。そしてこれからもそうだろう。馬鹿なオレはそうやって甘く考えていて。

今年は念願のワールドカップの招集メンバーにも選ばれたことだし、金が入れば娘にもっといい義足や車椅子を買ってあげれるななんて皮算用をしていた矢先のことだった――


チームテモルザクロス3番ペリドスは、試合中の相手選手からのラフプレーにより左膝外側半月板損傷という全治四ヶ月の重い怪我を負った。



「オレは大会出れないから頑張れよー!」


膝の手術後他の招集メンバーに対し気丈に振る舞う彼だったがそこで、今まで鳴りを潜めていた明確な悪意が動き出す。

彼の子供の生まれつきの奇形はマスコミに最初からバレていた。なのに奴らは敢えて情報を隠していた……左足キッカーのペリドスが怪我をするのを虎視眈々とずっと待っていたのだ。


『奇しくも父親は奇形の娘と同じ左足を負傷し出場辞退!』

『母をも殺した呪われた子!?義足で先天異常を隠していた父ペリドスの想いを探る~』

あっという間にそういった記事で世間は溢れかえった。


「どうだペリドス今日暇ならどこかバーにでも飲みに行かないか。他のチームテモルザクロスのメンバーも集めるからさったまにはパーッと飲んで歌って踊ったりしようぜ」

「悪いな。リハビリと娘の世話で忙しいんだ。どうせもうお前たちもオレの子供の足のことは知ってるんだろ。普通の子より大変なんだよ色々と」


ある時はチームテモルザクロスで最も親しい友人からきた飲み会の誘いを断った。子育てで忙しいなんて嘘だ。心療内科の先生に今育児ができる状態にないと診断されたペリドスは無理をせずにベビーシッターを雇い、彼女に幼い娘の世話を全面的に任せていた。


「明日のチームバイブスの試合を見に来ないか。今日のオープニングパフォーマンスはお前が好きな歌手のパルミラなんだ。今なら入場券なしのなんとタダだよ?プレミア価格なチケットがだよすっごくお得!」

「あー、あの歌手なあ。最近歌とか聞いてないしいいわ。パスで」


今パルミラが歌うような明るく激しい歌を聞いても楽しくない。それどころか歌を聞く気力すらない彼はルチルゼ代表メンバーのキャプテンからのライブの誘いも断った。でも普段の自分なら飛び付くであろう豪華なキャストとライブ内容を後でネットニュースで読んだときほんの少しだけ後悔して。その後悔が、まだ自分の心は動いているのだと自覚させてくれた。


「録音は一件です。ピーッ…ペリドスさんリハビリの調子はどうですか?トレーナーの派遣は必要でしょうか。メールでもいいので返信してもらえると嬉しいです」

「……。」


なおチームテモルザクロスのマネージャーからの鬼電は問答無用で全て無視した。

その後も毎日のように心配した同僚やキャプテン、マネージャーから電話やメールがきて、飲みに誘われたり時には無理やり社内に拉致され遊びに連れ出されたりしたときに彼はようやく、ああ…オレが今まで妻にしてきた励ましの数々はこんなにも辛かったんだなと知った。


それでも、どんなに心が地獄の底に沈んでいようと自分の唯一の取り柄であるサッカーを続けるために最早プライドだけでリハビリを頑張っていたとき。医者からうつ病の回復期までを予測されて事前に決めたベビーシッターの期間が終了するも未だ気持ちに余裕がなく、泣きっぱなしの娘をベッドに放置しがちだったときのことだ。


「…もしもし」

「なあペリドス今からお前んちに行くが構わないか?ちなみに既に車を走らせてるんで断られると凄く困る」

「こまるぅー!」

「はあ?!」


同じく子供のことでマスコミに騒がれて苦しめられた経験を持つチームバイブス11番ダンパーロから、突然家に遊びに行きたい(既に行っている途中)と連絡がきたのだった。


二人は海外で活躍していた時期に同じクラブチームに所属していたのもあり親交はそれなりにあったが、あまりわざわざ会って遊ぶといった感じではなくたまに電話で話すくらいの仲だ。自宅の住所をダンパーロが知っていたことに彼が驚くくらいには顔を合わせることがない。


近くで聞こえた子供の声と、こっそりアルビノの娘も一緒に連れて行くからと囁いてきたそんな彼のよく分からない提案に、何の気まぐれか乗ったペリドスは二人を自宅に向かい入れた。


「ぶーぶー」

「車だよくるま」

「ぶるあああ!」

「ブルルンブルルーン!車がとおります車がとおりますほこうしゃの方は左右にお気をつけください。キキーップップー」

「きゃはっきゃはっ!」


――結論から言うと、会ってみて大大正解だった。


現にこうして、気難しいうちの1歳児はアルビノの子と仲良く車のおもちゃのタイヤだけを指で空回しさせて遊んでいる。

車椅子から下ろしてやると匍匐前進でひたすらルルちゃんの後を追うくらいには気に入ったようで、その日はずっと彼女の傍にいた。


「ひゃー!きゃははっ」


車のタイヤの何が面白いのかは理解できないが大口を開けて笑いながら床を転がるペリカはとにかく楽しそうだ。

あんな無邪気に笑う娘は久しぶりに見た気がする。遊べる同年代の友達もなく、あまり構ってやれない父親以外の家族親族と会う機会もないので言葉を話せなくとも内心寂しかったのだろうか。

いつもおしゃぶりを咥えていじけているか何かを求めて泣き叫んでいるかだった我が子の笑顔に少しだけ育児疲れが和らいだ。


「で、だ。良かったらうちの娘と義父母の面倒をワールドカップ中見て欲しいんだが。ボディガードもいるぞほら!」


ベシベシ背中を叩かれた金髪のボディガードは苦笑い。そしてこちらにぺこりとお辞儀をするとルルの傍へと歩いて行く。彼はあくまでもあの子専用の護衛役なのでは……?ペリドスは訝しんだ。


「お前ー!それ頼むために来たろ!オレはベビーシッターでも介護士でもないんですがっ」

「あはは!別にそれだけじゃないさ」


対面のお客に対しては男の意地から元気に話して笑って返すペリドス。だが上手く作ったつもりのその笑顔は引き攣っていた。

彼のぐらついた表情を見てから視線を落とし、お土産のワインをグラスに注いで揺れる波を見つめたダンパーロは本題を切り出した。


「お前って自宅でのリハビリが忙しくてあまり外に出られないんだろ?このまま父娘二人で見るワールドカップは静か過ぎるんじゃないかと思ってな」

「……っ。まあ、な…」

「その点うちのルルは五月蝿いぐらいだからサッカー観戦のお供には最適だぞ」

「売り込むとこそこか?!うちのペリカも癇癪起こした時はなかなかの五月蝿さなんだがっ」

「妻の両親は二人とも料理が上手いぞ。義母が作るアップルチーズケーキは店で売ってるどのケーキより絶品だし義父が焼くピザはなんか……もの凄く薄い!」

「アハハ何だそりゃ!」


大袈裟に身振り手振りで娘と義父母を家に泊めるメリットを長々とアピールしてくる元同僚。それを聞いている自分が何故笑っているのかも分からないまま顔を皺くちゃにする男がいた。


その日は酒を飲みながら色んなことを話した。どうせアルコールが抜けるまで車に乗れないし車を置いては帰れないという悪どい手を使われてはいたが、今のペリドスにはそれがとても嬉しかった。


「でさ、ペリカがいっつもいっつもそれをやるんだよ。文句一つ言わず働いてるベビーシッターは凄いよな」

「そうだな」

「ルルちゃんはおむつまだ付けてるのか?」

「いや3歳だし流石に卒業したさ。ただまだおねしょがなぁ」

「そうかおむつが終わると次は布団に地図を書くようになるのか。やっぱり育児は大変だな……」

「だがそれだけでもないぞ?見ろこの、うちの子供たちの芸術的なおねしょの跡の数々を。これなんかアメリ大陸にそっくりだろ」

「ハハハ確かに!似てるなー」


スマホ画面をこちらに向けて見せられた写真に噴き出す。そこには綺麗なアメリ大陸があった。ちゃんと離島のハノイ島まであるのがクオリティが高い。


「そうだなこんなものが見れるんだとしたら少し……楽しみだな」

「ああ、そしたらおねしょ写真をシェアしようぜ」

「やだよ汚い」

「なんだよさっきまで乗ってきてくれてたのにいきなり梯子外してさ」

「わかったわかった交換しような」


うんちでおしめを変えるとすぐ今度はおしっこをする娘の話や。


「マスコミに困ってた俺に離婚を使う作戦を囁いてきたアイツらを俺は絶対許さない」

「うん」

「許せないんだ分からないんだ何故実の娘にそんな冷たくなれるのかっ」

「俺も分からないよ。分かってやる必要なんてないさ」

「悔しくて、悔しくて…」

「うん」

「ただただ色んなことが同時に悔しくて…!」


妻の両親に連絡しても返事すら来ない見捨てられたという愚痴。


「新しい女なんか一生見つかるはずがないんだよ。俺が好きになったのはミリシカだけなんだ、一生…」

「愛してるんだな」

「そうだ!愛してるんだ誰よりもっなのに周りは愛して"いた"だなんて過去形で語りやがって…違うのに」


そして、亡くした妻を未だ愛しているという……強い未練。たくさん話して話して話して喉が枯れて酒が抜けるまで話して。

久しぶりにたくさん笑って泣いたペリドスは、次からリハビリを一度もサボることなく行いワールドカップ閉幕後すぐサッカー選手に復帰することとなるのだがそれはまた別のお話。


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