第1話「アルビノの娘」
あらすじにある主人公とギターと出会うお話は第9話からです。それまではただの幼女。
第1話「アルビノの娘」
「おっ、奥さん生まれましたよ!元気な女の子です!」
「嘘でしょ?!何この子……?!」
ルチルゼ国内のとある産婦人科病院にて――
病室前のベンチに座り妻と子供の無事を固唾を飲んで神に祈るなか、おぎゃあと元気な産声を上げた赤子は真っ白な髪の毛を持ち少々変わった容姿をしていた。
産まれたばかりで柔らかいおでこにぺっしょりと張り付いた白髪を指先で優しく払い、穴が開くほどその子を見つめたが、何度見直してみても妻の茶髪でも自分の黒髪でもない透き通った色をしていて。
薄皮しかないような艶やかな肌は血管を目視できるほどの透明感を持ち白人より白く陶器のようだった。自分の焼け焦げた肌色とは似ても似つかない。
出産直後で心身ともに疲労している妻に向かって一体誰の子だと大声で詰め寄ろうとした自分の両親を両脇に抑えながら、この子はどうしたのか何故ここまで白いのか病気だとしたら病名は何なのか治るのかと質問を連続で医師にぶつけ続けた。
一度にそんなにたくさん質問しても答えられないとよく考えれば分かるはずなのにまくし立ててしまったのは、やはり自分も焦っていたのだと思う。
「恐らく何らかの遺伝子疾患、先天性色素欠乏…アルビノだと思われます。確証はありませんが」
「アルビノ……?」
「そんなの小説やアニメでしか登場しないじゃないの」
「実在するのか怪しいものだな。お前ヤブ医者じゃないのかおい!おい!!」
「あーもうっ父さんと母さんは出て行ってくれッ!」
学がなく五月蝿い両親を警備員と一丸になって何とか病院から追い出し、妻の担当医師に再度尋ねた。
「それで先生っアルビノとはどんな病気なんでしょうか。うちの子はどれぐらい生きられるのですか」
「少々お待ちください。ちゃんとした医学書を持ってきますから。私自身アルビノの子を見るのは初めてですから奥さんと私とあなた。三人で勉強しましょう」
「……はい」
「……。」
産後ずっと泣きじゃくっている妻を抱きしめ、不安で丸まるその背中をさすりながらダンパーロは力強く頷く。
しばらくの間医師が分厚い医学書をパラパラとめくる音だけが病室内に響き、情報が見つかるまでの時間は永遠のように感じられた。
「ああっありました!ここの一文ですね。眼皮膚白皮症とも呼ばれる先天性の疾患で白い髪に白い肌、赤い瞳が特徴、だそうです」
「目が赤……?」
まだ閉じている赤子のまぶたを軽くつまんで開いてみるとその瞳は赤かった。本来黒いはずの瞳孔まで真っ赤に染まった目だなんて今まで見たことがない。
「ヒッ?!」
それを見て怯え震える最愛の肩を抱く。
悪魔を産んでしまったと乾いた唇を動かす妻に対し医者は少し困った表情を浮かべたあと、そんなことはありませんよあなたの子供は天使ですと優しく諭した。
「それでこの病気の治し方は」
「ありません。この子は生まれつき色を持ってないんです。他の人が持つ黒や茶、瞳の青…そういったものがないんです」
「じゃあ娘は一生このままなんですか」
「はい」
色がない。
それが一体どのような病気で人生においてハンデなのか。この子は大人になれるのか。
先生の持つ医学書のアルビノの説明文は非常に短く詳しいことまでは分からなかった。
「もしよろしければ娘さんの体を細かく検査させて貰えませんか。血液採取に遺伝子検査や内臓の欠落がないか等、医学的にも貴重ですし海外の大学にデータを送ればもう少し詳しい情報が得られるかもしれません」
「はいっ是非よろしくお願いします!」
「ほらほら奥さん、もう泣かないで。アルビノはたとえ黒人だろうが白人だろうが人間以外の全ての動物でさえも一定確率で生まれてくるのですよ」
「……はい」
「ルチルゼにも砂漠で迷った旅人を導いて救う白蛇のお話があるでしょう。あの蛇もアルビノなのですよ。旅人に無償の愛を教えたあの蛇は悪魔ですか?怖いですか?」
「そんなことは……ないです」
「じゃあ娘さんも大丈夫、ね?」
「はい……うっ、ぐすっ」
両手で顔を覆って子供のように泣きじゃくる妻をひたすら抱きしめる。想定外の早期入院から始まり予定より長時間となった出産の疲れもあってかその手はひんやりと氷のように冷たくなっていた。
「ルーニャ、きっと大丈夫だ。だから今はお医者さんに任せて休もう」
「うん…分かったわマイハニー……」
交際前も後もいつもこちらに変わらぬ眩しい笑顔をプレゼントしてきてくれた最愛の女性が今まで見たことがない落ち込みようをみせていて。その様子に後ろ髪を引かれつつも病院の立ち会い終了時間の方が先にやって来た。
未知への不安に震える唇に大好きだよとキスをしてダンパーロは一度病院を後にした。
――それから数日が経ち。赤子の体を大きな病院で詳しく検査してもらった結果アルビノ以外に問題はなく健康そのもの、遺伝子検査の方では間違いなく自分の娘だということが分かった。それが何よりも嬉しかった。
そしてそれは妻も同じだったようで、赤子を産んでからというもの毎日受話器越しに私は浮気をしてないわエッチだって貴方としかしていないのよ信じてとずっと泣きながら話していたからホッとしていた。
海外の医学大学にアルビノに詳しい大学教授がおり、娘の定期健診のデータを提供する代わりにアルビノに関する論文や本を送って貰えることも決まり。
おぎゃあおぎゃあと元気に泣く我が子を困惑気味に抱く妻を抱きしめて自宅に戻ったダンパーロは生涯どちらも守ってみせると決めたのだった。
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