大好きな人と結婚したと思ったら、気づいたら二年後でした。
「ど、どういうことなの!?」
私の名前は、ヒャミーレ・ワゾン。
ワゾン公爵家に嫁いで、これから幸せに暮らすはず……だったのだけど、結婚式が終わって眠ったと思ったら――二年後という訳の分からない状況に陥っている。
私の中では私はまだ十七歳なの。なのに、今の私は十九歳らしい。
しかも部屋の雰囲気も、私が好きな感じでもない。ドレスやアクセサリーだって私は大好きなのに、それらも売り払われている……。こういう落ち着いた雰囲気のドレス、私にあんまり似合わないじゃない。そもそも私はもっと派手なドレスの方が好きなのよ!
それにコスターレからもらったものまで、ない。
二年間の記憶がなかった私でない私が……無駄だって売り払っちゃったんだって。
思い出は心に残るからなんていって、それで孤児院への寄付とかのお金にしちゃったんだとか。あと何だかよく分からないけど商売をしていたみたい。私、商売なんて出来ないのに。よくわからない。
……しかも私は、そんなこと言わないし。
仲良しの侍女のジラフィーもいないし……。
私が、コスターレからもらった大事な思い出のアクセサリーがないの。しかも部屋もシックな感じで、私、こういうのよりもっと明るい色の方が好きだし。
元々、前公爵夫妻のお義母様たちが「ヒャミーレの気に入るものにするからね」って言ってくれてて、明るくて素敵な部屋に仕上げてくれてたはずなのに。
周りにいる侍女や執事たちも正直良く分からない。
いつもの奥様に戻ってくださいって、意味が分からない。
それに何より、コスターレと夫婦になれたのに仮面夫婦になっていて、閨も共にしていないとか……。私が記憶にない私はコスターレに何をしたの!?
「うわぁああああん」
公爵家夫人という立場だけど、流石に目が覚めたら二年後の事実に私は心が折れてしまった。
周りの声など聴きもせずに、「公爵様を連れて来てよぉお」って大泣きして部屋にこもった。
ちなみに私、二人きりだと呼び捨てにしているけど、他の人の前ではコスターレのことを「公爵様」呼びしていた。
これから結婚したから人前では旦那様呼びか、人前でもコスターレ呼びに切り替えていかなければなみたいな話してたのに。
というか、コスターレに嫌われちゃったのかな。
私は至らないところもあるけれど、お義母様から教わってちゃんと立派な公爵夫人になろうとしていたのに。
コスターレのこと、ずっとずっと、大好きで。
好きだって、結婚してって、ずっと言い続けてようやく頷いてくれたのに!
コスターレのことが好きだった。
漆黒の夜のようなさらさらの髪。結婚式の前に一度だけ触れたことがあるけれど、とてもさらさらで、触り心地が良い髪だった。
そのキリッとした黒い瞳に見つめられるといつだってドキドキしていた。
少しぶっきらぼうで、冷たい印象を与える人だけど――そういう性格も好きだった。何だかんだ私が近づいて行ったら、何だかんだ相手をしてくれた。二つほど年上のコスターレは、綺麗な顔立ちをしていることや公爵家の子息であることから女性から好かれていた。
私はその勝負に勝って、コスターレの結婚相手の地位を手に入れた。
なのに……本当に、どうして?
私はコスターレと夫婦になって、これから幸せな結婚生活を送るはずだったのに。
目が覚めたら二年後だし、私がやらないようなことをやっているし。
「ぐすっ……うぅ……コスターレに会いたい」
グスグスと泣いていたら、気づけば眠気がやってきて、私はそのまま掛布団を被って、そのまま眠っていた。
*
「ヒャミーレ」
「ん……」
声が聞こえてきた。
優しい声だ。
「ヒャミーレ」
この声はコスターレの声だ!
そう気づいた私はばちっと目を開ける。
布団から顔を出して、声のしたほうを見ればコスターレがいた。
私の記憶にあるよりも、少しだけ大人になっている。
「おはよう、ヒャミーレ」
「コスターレ!!」
コスターレだ! 少し大人になっているけれども、私の大好きなコスターレが此処にいてくれている。それを実感すると、私は混乱しているのもあり、布団を放り出すとそのままコスターレに抱き着いてしまった。
抱き着いた後にはっとなる。
混乱している頭で聞いた限り、コスターレと私(といっても記憶はない)は仮面夫婦状態で、コスターレは私の事を嫌っているのでは? だったら抱き着いてしまったら益々嫌われるのではないか……って思ったのだけど、予想外にコスターレは私を抱きしめ返してくれた。
というか、抱き着いちゃったけれど、コスターレとこんなに密着するの初めてかも……今更ながら凄いことやってるんじゃない? って私は顔がぼっと赤くなる。
「コ、ココココスターレ」
「なに?」
「ご、ごめん。抱き着いちゃった。は、恥ずかしいから離して」
そう言ったらコスターレは私を離してくれたと思ったら、そのまま抱きかかえられて、膝の上に座らされる。
「コ、コスターレ?」
そしてじっと、私を見つめるコスターレ。
ドキドキするわ。やっぱり私、コスターレの綺麗な瞳が好きだわ。
そしてそのまま、コスターレの右手が私の頬に触れる。
ひゃーっ! コスターレが私の頬に触れてる!
「ちゃんとヒャミーレだな。俺のひよこ」
「……ひゃっ!」
色気満載の声と言葉に思わず変な声が出た。
私って、金色の髪なの。この国では珍しくもない髪の色。その髪の色を見て、コスターレは私のことをひよこって呼んでいた。二人っきりの時にそう呼ばれることが好きだった。
だって、コスターレが少なからず私のことを可愛いって思ってくれてるって証だもの。
思わず顔を背けていれば、コスターレがくすくすと笑ってる。
「ヒャミーレ。どれだけ理解出来ている?」
「り、理解って? それより離してほしいかも。恥ずかしい」
「この二年間の記憶あるか? あと離さないよ」
「な、ないよ! そうだよ。私、コスターレと結婚して、これから幸せないちゃいちゃな結婚生活を送る予定だった……のに、気づいたら二年経ってるし……。それに……、コスターレがくれたアクセサリーとか……ないって……」
散々泣いたのに、またぐすぐすと泣いてしまう。だってコスターレがくれた大事なものなのに。
勝手に、知らないうちに売られちゃってるなんて……。
溢れた涙をぺろりっとコスターレになめられた。
「ひゃっ、コ、コスターレ。何してるの!」
「泣いてたから。安心していいよ。アクセサリーとかはちゃんと買い戻してあるから。アレは気づいていなかったみたいだけど」
「そうなの……? アレって……?」
「ヒャミーレの身体を使ってたよくわからない女」
「……その人って、なんなの? ちょっと聞いた限り、質素な暮らしを好んでて、コスターレと仲よくしようとしたけど仲良くできなくて、商売に勤しんでいて一目置かれているみたいな人なんだよね?」
「なんなのかは分からないけれど、ヒャミーレのふりをしていた。でもヒャミーレと違うことは分かっていたから、仲良くはしなかった。ヒャミーレの記憶を見れるのか、昔を知っているような素振りはしてたけど、ヒャミーレなら俺があげたものや思い出深いものを何か理由があったとしても売らないだろ」
……私のふりをしていた誰か。よくわからないけれど、私の記憶がない二年間、私の身体を使っていた人。
そして私の記憶を覗き見出来たって……なんか怖い! そもそも私の身体を勝手に使ってるってだけでも怖いのに。
思わず身体がぶるりっと震える。
私じゃない人が私の身体を使って、私として誰かと交流をしていたってだけでも恐ろしい。
「ヒャミーレ、大丈夫だ。そんな風に震えなくていい。……戻ってきてくれてよかった。俺のひよこ」
「……うん」
「元のヒャミーレが戻って来なくて、アレのままだったらどうしようかと思った。父上や母上たちも、義母たちも皆心配していた」
「……お義母様たちとも、距離が出来ているんだよね、私」
「ヒャミーレがじゃない。アレがだ。アレは普通とは違う考え方を持っていたから、合わなかったんだろう。それに母上はヒャミーレが義理の娘になるのを楽しみにしていた。アレがヒャミーレじゃないって分かっていたしな」
「その人、私じゃないのに私って言い張ってたんだよね……。違うって言わなかったの?」
「そうだな。違うって自分から言ったならまた違った対応をしたかもしれない。でもアレはあくまでヒャミーレのふりをしていた。それで俺と夫婦になりたがってた」
「コスターレ、かっこいいものね。だからちゃんと夫婦になりたがってたのかも……」
コスターレはとってもかっこいい。
二年間で益々かっこよくなっていると思う。
だってこうして話しているだけでドキドキして、仕方ないもの。
よくわからない状況になっていたけれど……、でもコスターレが私とその人が違うことを分かってくれててよかった。ただ変化しただけの私だって思われてたら……私の身体に入っていたその人がコスターレと仲よくしていたってことになるだろうし。
……私の身体でも私じゃない人が、私としてコスターレと仲よくしていたら嫉妬しちゃうもん。それにこうして私が自分の身体で目が覚めて、受け入れてくれなかった未来ももしかしたらあったのかもしれない。二年間の私が絶対にしない行動をしていたその人の方が良かったって言われたら――私は心が折れていたかもしれない。
だって、実際に執事や侍女たちの中には泣きわめいた私がおかしくなったって言っている人たちだっていたから。
そんな中でコスターレもそう言っていたら……って思っていたから、私はコスターレが私におかえりって、戻って来てくれてよかったってそう思って仕方がなかった。
訳の分からない状況でも、混乱ばかりでも――それでもコスターレが私に笑いかけてくれることが嬉しくて、安心して仕方がなかった。
「私、混乱ばっかりだけど、コスターレが私におかえりって言ってくれたから、何でも出来る気がする。……私のふりをしていた人、色々やっていたんだよね? また突然変わったら色々噂になってしまうかも……」
「別にいいよ。二年前もヒャミーレが変わったって噂になってたし、同じことになるだけだ」
「……噂になってたの?」
「ああ。でも気にしなくていい。前の方がよかったとかいうやつもいるかもしれないが、俺はヒャミーレが戻ってきて嬉しいから」
嬉しいと言って笑ってくれる。
それが、ただ嬉しかった。
コスターレの笑みを見ていると嬉しい。やっぱりコスターレのことが大好きだなってそういう気持ちでいっぱいになった。
「……うん。私も、コスターレがそう言ってくれて嬉しい。大好き、コスターレ」
大好きだって口にしたら、コスターレの顔が近づいてきた。
口づけされたと気づいて、顔が赤くなる。
何度も何度も口づけされる。コ、コスターレってこんなに口づけ好きだったかしら?
そもそも結婚前は私ばっかりコスターレのこと、大好きだって言ってて、コスターレはそれに絆されてくれたというか……そんな感じだったと思うんだけど。
「コ、コスターレ?」
「二年もお預けだったから」
そう言ったコスターレにそのまま、押し倒された。
そしてそのまま、二年越しの初夜だった。
*
「何だか色々面倒だわ……」
二年ぶりに目が覚めた私の元には沢山の手紙が来ている。
今までと違う私に落胆する人も沢山いる。とりあえず今の私は商売なんてまず無理なので、他の人に任せた。
だって私じゃ無理だもの。
私の身体を使っていた人は色々普通とは違う思想をしていたり知識を持っていたらしいけれど、私にはそんな知識ないもの!
そして離れていく人も多かった。
でもその二年の間で離れていた人たちもいた。お母様やお父様やお兄様に親戚たち。それに仲良くしていた友人達。
私の身体を使っていた人が、実家に帰らせていたジラフィーも呼び寄せた。ジラフィーには泣かれた。
今までの、私じゃない私の方がよかったって人も多くいるみたいだけど、大事な人たちが私におかえりって言ってくれているなら、それだけで十分だと思った。
あとコスターレは私が思っているより、私のことを好きでいてくれていたみたい。
というより、二年間、私じゃない私が私の身体を使っていたのを経験して、私への気持ちをより一層実感してくれたらしい。……それは嬉しい誤算だった。
もちろん、新婚生活二年間がよくわからない状態になっていたことはショックだし、悲しかったけれど、でも過ぎてしまったものは仕方がない。
私は、二年遅れの新婚生活を楽しむの!
ということで、なるべくコスターレに私はべったりしている。コスターレもお義母様たちもそれを許してくれている。
公爵夫妻は、不仲だとか、仮面夫婦だとか言われている噂は大分沈下している。
私がおかしくなったって噂だけど! まぁ、いいの!
「えへへ、コスターレ。大好き」
面倒な手紙の返信を終えた後、コスターレの執務室にいって膝の上にいる。
コスターレに抱きかかえられたのだ。コスターレ付きの文官が、気まずそうな顔をして部屋から出て行ったけれど。コスターレが気にしなくていいって言ってくれているからいいの。
コスターレが口づけをしてくれて、愛しているって言ってくれるだけで私はうれしくて仕方ないから。
大好きな人と結婚したと思ったら、気づいたら二年後だったけれど、私はコスターレと仲良く過ごせて幸せなの!
――大好きな人と結婚したと思ったら、気づいたら二年後でした。
(目が覚めたら気づけば二年経っていたけれど、私を待っててくれる人がいたから、私は二年遅れの新婚生活を満喫している)
憑依ものを読んでいて、思いついてこんな話を急に書きたくなりました。
憑依するのも突然なら、憑依が解けるのも突然かなと。
ヒャミーレ・ワゾン
金色の髪と赤い瞳の可愛い見た目。派手なものも好きだし、可愛いものも好き。
十七歳で結婚したはずが、結婚式の当日以降の記憶がなく、気づけば二年後で困惑。
大切なアクセサリーなども売られているし、好きな人と仮面夫婦っていう話を聞いて大泣き。
夫や家族が自分を待っててくれていたので、どうとでもなると二年ぶりの新婚生活を送っている。周りの言うことは知らないと思ってる。コスターレにひよこ呼ばわりされてる。
アクセサリーとかはちゃんとコスターレが全部買い戻してる。
ちなみに二年間の間でコスターレが「性格が突然変わった場合の事象」についてのことを調べまくっていて、それを今後それが起こる事が無いように色々お清めとかしてる。
コスターレ・ワゾン。
黒髪黒目の美形。二歳年下のヒャミーレに好き好き言われて何だかんだ満更でもなく、絆されたて結婚したら別人になっていて二年間お預け状態になっていた。
二年我慢していたから、ヒャミーレが戻ってきて浮かれてる。二年間離縁もしなかったのは、戻ってくるのでは? と期待していたため。基本的に冷たいけれど、二年ぶりにヒャミーレに会えて最近ヒャミーレの前ではにこにこしている。
ジラフィー
昔からヒャミーレの傍に居た侍女。
別人が身体を使っている間に小言を言い過ぎて実家に戻されていた。戻ってきたヒャミーレに嬉しくて仕方ない。
ワゾン家の使用人
別人ヒャミーレを好んでいる人たちと、コスターレから話を聞いていて元のヒャミーレに戻るのを望んでいる人と半々。
二年間身体を使ってた人。
憑依していた人。ヒャミーレの記憶を見れていたらしい。
ただ記憶が見れたとしても、元々から親しくしていた人たちからしてみれば別人でしかなかった。