魔法少女になったら私とずっと一緒にいてね
不満気に膨らませた頬を指でつつくと、口から空気の抜ける音がした。「やめてよ」と不機嫌な声色で呟く彼女に笑いながら謝ると、何か言いたげな視線を寄越されたがすぐに逸らされてしまった。
「何でそんなに機嫌悪いの」
青空の下、海風に吹かれる髪を抑えながら尋ねる。まぁ、原因は手の中にある紙にあるんだろうなと察してはいるものの、中々口を開かない彼女を急かす事はしない。
待っている間にここに来る前に買ったレモンスカッシュのプルタブを開ける。小気味の良い音が辺りに響いた。私にとっては、正にこの音を聞く為に缶ジュースを買ったと言っても過言ではない。ペットボトルでは味わえない、缶だけの醍醐味だ。
「あのね」
喉を通る冷たさ、炭酸の強さに顔を顰めたのと、彼女が話し始めたのは同時だった。
「進路希望に魔法少女って書いたら怒られた」
「だろうね」
怒られるに決まってるじゃん、と言えば、彼女は心底心外だという様子で絶叫した。
「いいじゃん魔法少女!なんで駄目なの!?」
「だって不可能でしょ、普通に考えて」
「不可能じゃない!」
広い海に向かって声高らかに宣言し、CMのようにスポーツ飲料を勢い良く半分程飲み干す。汗をかいた缶から落ちた水滴が、彼女のスカートに染みを作った。
「捉え方によってはなれるでしょ?演劇でそういう役をやるとか、魔法少女キャラの声優をするとか、着ぐるみショーで中の人になるとか!完全に無理とは言いきれないじゃん!」
熱く語りながら結露で濡れた両手を所在なくさ迷わせる彼女にハンカチを差し出す。途端に普段の呑気な笑顔を浮かべお礼を言う彼女に無言で頷いた。
だが確かに彼女の言う事にも一理ある。物は言いようか、言い訳がましい後付けのような感じもするが、結果的には魔法少女になったと言えるだろう。間違ってはいない。しかしそれらはあくまで別の目的の派生として偶然魔法少女になれただけである。
そもそも彼女のなりたい魔法少女とはそういう魔法少女なのだろうか。可愛くてかっこいい、自分で魔法を使い敵を倒す少女に、彼女は自分自身がなりたいのではないのだろうか。
「てか、何で魔法少女になりたいの」
なれるなれない以前に、彼女のそんな夢初めて聞いたなと純粋な疑問を口にした。丸っこい字で魔法少女と書かれた進路希望調査表を折り、紙飛行機を作り出している彼女はやけにゆっくりとした口調でだってさぁと呟いた。
「魔法少女になったら可愛いフリフリの服着れるし、魔法使えるし、かっこよく敵を倒して皆の人気者になって、友達も沢山出来るかもしれないじゃん」
まさか、そんな私利私欲塗れの願望の為に純粋無垢なイメージのある魔法少女になりたいと思っていたとは予想しておらず、思わずなんとも言えない表情をしてしまった。そんな魔法少女、私は少し嫌だ。
「そしたらさ、私達のこの関係も認めてくれるかも」
続けられた言葉に声が漏れる。コンクリートの上の私の手に彼女の手が重なる。指の間をなぞりながら彼女の指が入り込み、恋人繋ぎのように握られた。横に座る彼女を伏せ目がちに恐る恐る見ると、先程までの子供っぽい姿とはかけ離れた熱の孕む瞳が私を射抜く。
あ、と意味の無い呟きが漏れ、それを合図に整った顔が近付いてくる。まつ毛に縁どられた大きな瞳、なのに小さい鼻と唇。ニキビや日焼けとは無縁の白い肌。どうして彼女はこんなに可愛いんだろう。
真剣な表情の彼女に比べ、情けない顔の私は急激に上昇した体温に汗を滲ませ、無意識に息を詰めていた。波打つ音、カモメの鳴き声、全て意識の外で、ここには二人だけの世界が広がっている。
ああ、あと少しで触れてしまう。まだこんなに明るい時間なのに、誰に見られているかも分からないのに。駄目だと言わないと。だって私達は。
何処からか聞こえた男の子の笑い声に、彼女の空気に飲まれていた私の意識が浮上する。それは彼女も同じだったのか、私が手で制するよりも早く距離をとっていた。触れていた手も離れ、膝の上で固く握られている。柔らかい手が、熱いくらいの体温が、彼女の全てがすぐ隣にいるのに触れられないのが寂しかった。
ふざけ合って自転車に乗る男の子達が微妙な雰囲気の私たちの背後を通り過ぎた後、彼女は海に向かって小石を投げつけた。放り出した足を揺らす小さな彼女が、今にも海に落ちてしまいそうで私は少し怖い。
「あーあ、私が魔法少女だったら周りの目なんか気にしなくて良くなる魔法を使うのに。いや、寧ろ私達二人だけの世界を作るのもありかも」
冗談みたいな声色だが、彼女は多分本気だ。本気で、私と一緒にいる為に全部無くなってしまえばいいと思っている。
「ね、もし本当にそうなったら、私とずっと一緒に居てくれる?」
私の可愛い彼女。頷くのを確信しているけれど、微かな不安が拭いきれないのが揺れる瞳に現れている。私はあまり言葉や行動にしないから、自分ばかりの一方通行だと思っているのかもしれない。
それなら、今度は私から。払い除けられないほど強く手を、指を絡み合わせて。逃げる暇を与えない程一瞬で、周囲の目も気にしないくらい情熱的に。私の永遠の愛を見せてあげる。
「そんな世界がなくても、私達はずっと一緒だよ」
テトラポッドで羽を休めるウミネコだけが、私達の秘密を見ていた。
女の子同士の綺麗な恋愛に夢を見ちゃいます。
今日の夕飯はマグロのカマの煮付けです。