第55話 ブレンダ・マーチン嬢との対面
コネリー家を出て、きっちり2時間後―
私は『シャックル』にあるマーチン家のお屋敷に着いていた。今の私はメイドの姿はしていない。伯爵夫人らしい外出着用のワインレッド色のデイ・ドレスを着て、馬車から降り立った。そう、今の私はメイドのメイではなく、シルビア・コネリーとして降り立ったのである。
馬車にはコネリー家の家紋が入っているし、ドレスには家紋入りの金のブレスレットを付けている。見合い相手であれば当然調べはついているであろうからこれで身分証明は出来るだろう。
マーチン家のお屋敷はコネリー家よりは小さかったが、品の良い白を基調とした上品な屋敷だった。
「さて。行ってみようかしら」
エントランスの前に立つと私は呼び鈴の紐を引っ張って鳴らした。
チリンチリン
するとすぐに扉が開かれた。
ガチャリ…
「え?!」
驚いた。まさか目の前に立っていたのはデニムの見合い相手のブレンダ嬢その者だったからだ。
「あ…」
驚きのあまり、一瞬思考がフリーズしてしまった。
「あの…どちら様でしょうか?見たところ、立派な身なりをされているようですが、もしや母を尋ねてこられたのでしょうか?」
私が黙っているとブレンダ嬢が怪訝そうな顔で首を傾げた。
「あ、大変申し訳ございません。私、明日ブレンダ様がお見合いをされるコネリー家の関係者でシルビアと申します。本日はブレンダ様に大事なお話がありまして、こちらに参りました。」
「まあ…そうなんですか?でもコネリー家の関係者の方であるのでしたら歓迎致しますわ。どうぞお入りになって下さいませ」
「はい、失礼致します…」
ついに私はマーチン家へと足を踏み入れた―。
****
通された部屋は客室だった。私とブレンダ嬢は向かい合わせに座っている。
「それで、お話というのは何でしょうか?」
紅茶を運んできたメイドが下がるとブレンダ嬢はシュガーポットの蓋を開け、ティースプーンで砂糖を1杯、2杯…合計4杯の砂糖を入れてスプーンでさっと混ぜるとグビッと飲んだ。
うわぁ…。
甘党のところはデニムそっくりだ。私は改めて目の前に座るブレンダ嬢をじっと見た。ブレンダ嬢は二人掛用のカウチソファに座っているが、窮屈そうに座っている。身体はビヤ樽のように太っていて、手首はまるでぷくぷくの赤ちゃんのような手をしている。つまりパツンパツンに膨れているということだ。顔も大きく、クララの話していた通り、顎と首が一体化している。ドレスはきっと特注品なのだろう。なるべく身体のラインを隠すためか、裾がボリュームたっぷりのドレスだった。引き締めて見せるためか、ドレスの色はネイビー柄である。
「えっと…あの…」
駄目だ、調子が狂う。目の前のブレンダ嬢が写真よりも明らかに太って見える。24年間生きてきて、これほどまでに見事に太った女性を見たことが無かった為に彼女から目が離せない。
すると…。
「やっぱり…お見合いの話をお断りに来た方なのですね…」
ブレンダ嬢は寂し気に目を伏せた。
「え?」
あまりの突然の言葉に一瞬思考が飛んでしまった。
「ええ、分かっております。デニム様はとてもハンサムなお方です。きっとお見合い相手など選び放題でしょう。3年前、パーティー会場で初めてお会いした時からずっと慕っておりました。初恋だったのです。でも、デニム様は結婚されてしまった…。私は彼以外結婚相手は考えられなかったのです。お互い甘いものが大好きということで話が盛り上がって…絶対うまくいくと思っていたのに…デニム様は結婚されてしまいましたよね?」
そう言うと、ブレンダ嬢はハンカチを取り出すと、目頭を押さえた。
「ですが最近離婚をし、新たな妻を探している事を新聞で知って、見合いに応募したのです。でも…関係者の方が来られたという事は…見合いの断りでいらしたのですよね?」
そして、私をちらりと見た。なんと、驚きだ!このブレンダ嬢はデニムの事を知っていたのだ。そして恐ろしいことに、とことん惚れ抜いている!
良かった、ブレンダ嬢を訪ねた甲斐があった。彼女こそ、デニムを追い詰めるための最大のキーパーソンになってくれるだろう。
私は心のなかでほくそ笑んだ。
ついに、デニムに引導を渡す時がやってきたのだ―




