第39話 ナマケモノで単細胞
賄い料理のミートソースパスタを食べ終えた私はシェフ特製のデニムの為だけに作られた『刺激たっぷりジンジャークッキー』と『苦味強すぎドクダミティー』をバスケットに入れてぐうたらデニムの元へと向かった―。
コンコン
「誰だ?」
明らかに不機嫌な様子のデニムの声。
「デニム様、おやつとお茶をお持ちしました」
「ああ、入れ」
ぶっきらぼうデニムの声に言われて私は中へと入り…絶句した。何と床の上には無数の衣類が散らばっているのである。まるでクローゼットの中が全て床にぶちまけられたような有様で足の踏み場も無いほどだった。そしてデニムは不機嫌な様子でソファの上に寝転がっている。
「あの…デニム様。この有様は一体何でしょうか?」
「ああ、外泊準備をしていたのだが気づいてみればこの有様だ。それで疲れてしまったから横になっていたのだ」
この男…まるで動物園のナマケモノ以下だ!いや、ナマケモノに比べると彼らに失礼かもしれない。
「それでデニム様。もう外泊準備は出来たのでしょうか?」
「ああ、一応そこに用意してみた」
デニムが顎でしゃくった先にはキャリーケースが2つも置かれている。
「あのデニム様?外泊は何日されるのでしたっけ?」
「ああ、1泊2日だ」
しかし、このキャリーケースを見る限り、1週間分の着替えはありそうに見える。
全く何を入れればこんな量になるのか聞きたくもないし、知りたいとも思わない。
「デニム様、そろそろ13時になりますけど?」
「何?もうそんな時間なのか?何故もっと早くに呼びに来ない。全く気の利かない奴め」
その口ぶり…まるで私がデニムの専属メイドになったかのような口ぶりだ。何故私がデニムごときに『気の利かない奴』と呼ばれなければならないのだろう?フツフツ湧き上がる怒りを抑え、笑みを浮かべて私は言った。
「申し訳ございませんでした。ではデニム様、そろそろ出かけられますか?」
「ああ、当然だ。よし、行くぞ」
デニムはベッドから降りると、手ブラで部屋を出ていこうとする。
「あのデニム様」
「何だ?」
「お荷物忘れていますよ?」
「いや、忘れていない。それはお前が持っていくのだ」
「え?無理ですよ」
え?こんなに大きなキャリーケースを私1人に持たせる気なのか?
「おい!相変わらず失礼なメイドだな!即答するな!」
「ですが、私はデニム様のおやつとお茶を持っているので両手がふさがっていますよ?」
今の私は右手にオヤツとティーカップが入ったバスケット、左手にはお茶が入ったケトルを持っている。完全に両手がふさがってる状態だ。ちなみに先程ノックをして扉を開ける際はバスケットを床の上に置いたのである。
「チッ!全く…なら俺がそれを持つからお前がキャリーケースを持て」
「ですが男性がこのようなバスケットにケトルを持って歩く姿は少々みっともないと思いますけど?女性に重いキャリーケースを持たせご自身が軽い荷物を持って歩くのは如何なものでしょう?体裁が悪いのでは?」
デニムは生意気にもプライドが高く、体裁を気にする男である。そこを突いてみた。
「う…わ、分かった。仕方ない」
デニムは忌々しげに言うと、重そうなキャリーケースを左右の手に取った―。
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ズリズリズリ…
重そうなキャリーケースを引きずりながらようやくエントランスに到着したデニムは私に言った。
「おい、馬車を持って来い」
私に命じた。しかし私1人で馬車を見に行くわけにはいかない。
「デニム様。たまにはご自身で乗る馬車と馬を見に繋ぎ場へ行ってみませんか?お荷物はここに置いて。私もご一緒致しますから」
そう、デニムに自分の目で馬車がどうなってしまったのか確認してもらわなければ私の準備した意味が無い。
「そうだな…自分の目で馬車を選ぶのもたまには良いかもしれん。よし、行くとしよう」
そして私と単細胞男は2人揃って繋ぎ場へと向かった。
さあ、全ての馬車が消えている様を目にした時のデニムの反応を見るのが待ち遠しい。
私を楽しませる為にも盛大に驚いて頂戴ね―?