第38話 自分でやれ！
長い廊下を歩き、ひときわド派手な金箔をはった扉の前に私は立った。しかし、いつ見ても目立つ扉だ。周りの壁が白いだけに、むやみやたらに自己主張しまくっている。
コンコン
扉をノックしながら言う。
「デニム様。いらっしゃいますか？」
すると中から横柄なデニムの声が聞こえてきた。
「おう、いるぞ。何か用か？」
「中へ入ってもよろしいでしょうか？」
「…好きにしろ」
少しの間を空けて返事があったので、ガチャリとノブを回して私は扉を開けて中へ入るとそこにはベッドに寝そべっているデニムの姿があった。
「デニム様。本日はお出かけをするのではありませんでしたか？」
「ああ、そうだ」
「なら寝そべっていて宜しいのでしょうか？」
この男…出かける気があるのだろうか？
「寝そべっていて何が悪い？」
機嫌が悪そうな様子のデニムに言った。
「いえ、遠出をされるのであれば外泊用の準備が必要なのではないでしょうか？」
「はぁ？何故俺が自分で準備をしなければならない？そんなのは使用人の仕事だろう？フレディを呼んでくれ。あいつに仕度させるから」
寝そべったまま起き上がりもしないデニムに苛立ちが募る。大体食後すぐ横になるなんて、何処までぐうたら男なのだろう。
誰がフレディを呼んでやるか！自分の事くらい、自分でやれ！
そう叫びたい気持ちをぐっとこらえると言った。
「あいにくフレディさんは忙しくて来れません」
「何だ？あいつはまだ忙しいのか？なら別のフットマンを呼んでくれ」
「それが本日はフットマン研修が行われており、皆忙しくしておりますのでデニム様のもとへは伺えません。」
そんなものは行われていないが、口から出まかせを言ってやった。
「な、なんだってっ？！それは困ったな。フットマンがいないとなると…くそっ！俺が自分で準備をしなければならないということか？！」
デニムはようやくベッドから起き上がると悔しげに言う。そう、なぜかデニムはメイド達に世話をさせるのを極端に嫌がる。その理由は何故なのか分からないが、今度義父に尋ねてみるのもよいかもしれない。
「仕方ない…準備を始めるか」
大きなため息を付きながらデニムは私を見た。
「ところでお前、何しに来たのだ？」
「はい、何時頃出立されるのかお時間を確認しておきたかったので。」
「そうだな…今何時だ？」
「もうすぐ12時になりますけど？」
「そうか、なら13時に出るとするか…」
「かしこまりました、13時ですね？では失礼いたします」
それだけ言うと、私は頭を下げて部屋を出るとメイド服のスカートをたくし上げてダッシュで厨房へと向かった。
＊＊＊＊
「皆！デニムの出発は13時よ！」
厨房のドアを思い切り開けると私は言った。
「そうですか？13時ですね？余裕でクッキーが完成しますよ！」
オーブンの前にいたシェフがウィンクをして親指をぐっと立てる。
厨房の中はきっついジンジャーの香りが充満している。
「おお！なかなかジンジャーの香りが強いじゃないの？これならきっとデニムも涙を流して喜ぶわ」
満足気に腕を組んでうなずく。他の料理人達は昼食を作っている。義母はまだ昼食を食べないし、デニムは外食だ。つまり今作っているメニューは…。私は近くにいた料理人に尋ねた。
「ねえ、今作っているメニューはまかない料理なのよね？」
「はい、そうです。今日はミートソースパスタですよ」
「本当？美味しそうね？」
「もう食べることが出来ますのでクッキーが焼き上るまで食事をしていかれませんか？」
「ええ、是非お願いするわ」
そして私はジンジャーの香りが充満する厨房で使用人たちとミートソースパスタを堪能した。
さて、デニムは1人で外泊の準備を出来たのだろうか―？
