「オレンジ」 大嶋 めぐり
「おいしいね」
ボクはみずみずしい果肉をすすってから、言いました。
「いやまずいよ」
「そんなことはないさ」
「だっておまえはケムシだろう? 味なんてわかるわけないよ」
「そんなことはないさ。そんなことを言ったら、キミにだってわからない」
ばかを言え、とショウジョウバエはえらぶります。
「オレはこんなのより、もっともっとうまいのを知っている。おまえとちがって、あっちこっち飛べるのだからね」
それからハネをばたつかせて、うらやましかろう、とボクを見つめるのです。
「しかし、やっかいそうだ。おまえにはハネがない。しかも毛ばかりモジャモジャしていて、手足が短いからな。おっくうでならないだろう?」
「そんなことはないさ」
これはこれで平気なものだよ。だって、こんなにおいしいものが体にからむんだから、今のボクはきっと、とってもステキに見えるんだ。
わはは、とハエは笑いました。
「汚らしいよ。実に汚らしい」
「そんなことはないさ。こんなおいしいのに、汚いわけがないじゃない?」
「おまえとは話にならないようだ」
ハエはなぜだか怒って、飛び去ってしまいました。ボクは彼の小さな体が、二分の一くらいになるまで見送って、さようなら、とお別れのあいさつをしました。
どうしてわかってくれないんだろう? 彼はへそ曲がりじゃないんだね。きっとお腹がすいていても、お腹いっぱいだって言うんだ。たぶんお日さまがのぼったら、寝なくちゃって言うんだぜ? ひねくれ者なんだね。
「その通りであろうな」
反対がわからぐるりと回って来た、カブトムシがボクのひとり言にあいづちを打ってくれます。
「奴めはくさったものしか食わぬから、味覚がどうにかしているのだ。キサマのように新鮮なものを好むやからとは、ちがうのだ」
「ええ? でも彼といっしょに食べたんだよ。これはくさっているの?」
「なるほど。それは大きなムジュンであるな。とても可笑しなムジュンだ」
カブトムシのりっぱなヨロイがツヤツヤ光ります。
「とってもステキだね。どうやったらそんなふうになれるんだろう?」
「お世辞はけっこう。これは生まれ付きのものなのだ。だれも彼もが、ましてやキサマのごときケムシが、望んで身につけられるものではないのだよ」
なんだかあぶなっかしく角を上下させて、うらやましいかね、とほこらしげにします。「そんなことはないさ」
これはこれで良いものだよ。だって、ついうとうと眠っても体中がふかふかしているから、落ちちゃったときに痛くないんだ。
がはは、とカブトムシは笑います。
「みにくいな。実にみにくい」
「そんなことはないさ。こんなにおいしいものばかりを食べて、みにくいわけがないじゃない?」
「キサマとは話にならないらしい」
カブトムシはなぜか怒って、べつの木に飛び移ってしまいました。ボクは彼の大きな体で、カナブンたちを押しのけるのを見ながら、さようなら、とお別れのあいさつをしました。
どうしてわかってくれないんだろう? 彼は強情なんだね。きっとお腹がすいても、腹なんかすいてないって言うんだ。たぶんお日さまがのぼっても、まだ寝ているんだって言うんだぜ? ガンコ者なんだね。
「まあ、ケムシちゃん。ボンジュール」
上から声がしたので、頭を上げてみると、そこには枝しかありません。ナナフシです。ボクは彼女を見つけられないまま、ぼんじゅーる、となれない調子で答えました。
「そっちじゃないワ。こっちヨ、こっち」
ナナフシはスマートなうでを振ります。やっとどこにいるかわかりました。
「ずいぶんとおいしそうなモノを食べてるワね」
「ナナフシさんには、わかるの?」
ボクはうれしくなりました。でもナナフシはしったかぶりでした。
「ええ。ワタクシは食べたことがナいけれどネ」
すごくざんねんです。
「ボクといっしょに食べてみない? おいしいよ」
「エンリョしておくワ。ワタクシ、もっとおいしいものを知っているから」
「それは何? どうして食べたことがないものとくらべられるの?」
「葉っぱヨ。ワタクシはそれシか食べないワ。ほかのモノは食べなくテも、葉っぱがいちばんおいしいって、わかるワ」
「でも葉っぱよりおいしいよ?」
「ケムシちゃんとワタクシとは、ちがうのヨ。アナタにとっておいしいモノと、ワタクシにとっておいしいモノは、ちがうのヨ」
そういうものでしょうか。ボクは思い出して、ショウジョウバエはまずいと言ったこと、それからカブトムシはおいしいと言ってくれたことを話しました。そらごらんなサい、とナナフシはじまんげにします。
「好みはそれぞれなのヨ、ケムシちゃん。押しつけたらいけないワ」
「でもおいしいものはみんなで食べたいじゃない?」
「でもワタクシはいらないワ」
「キミはきらいなの?」
「きらいじゃないワ。だって食べたことがないからネ」
なんだかよくわかりません。カブトムシさんのコトバをかりるなら、これがムジュンというものなのでしょうか。だけどそんなモノを食べたら太りそうだワ、とナナフシはこしをさすります。
「ワタクシ、アナタみたいにブクブク太りたくないもの。見て、とってもセクシーでショう?」
ナナフシは細くてまっすぐで、とってもステキです。うらやましくないかしラ、とナナフシは言いました。
「そんなことはないさ」
これはこれでまんぞくしているよ。だって、おいしいものがボクの中にたくさんつまってるから、ボクもけっこうおいしいんだ。
おほほ、とナナフシは笑います。
「ばかネ。実にばかネ」
「そんなことはないさ。こんなにおいしいものが好きなボクが、ばかなわけないじゃない?」
「アナタとは話にならないみたいだワ」
なぜだか怒って、ナナフシはべつの枝に移ってしまいました。ボクは彼女に似た枝の一本を見ながら、おるぼわーる、とお別れのあいさつをしました。
どうしてわかってくれないんだろう? 彼女はうそつきなんだね。きっとお腹がすいても、お腹がすくわけないって言うんだ。たぶんお日さまがのぼっても、目のさっかくだって言うんだぜ? しれ者なんだね。
とうとうボクはだれにも話しかけられなくなりました。ボクは果肉に頭をつっこんで、ひとりで食べています。
ボクは、