赫月神社 3
黒髪の少女はノロノロとした足取りで二人がいる居間とも座敷ともつかない部屋へ入ると座り、ちゃぶ台に突っ伏した。ゴッ、と鈍い音がしたが気にしないでおく。
その動きが終わるのを待っていた蛍が、口を開く。
「おはよう要。もう、起きたのか?」
「もう起きちゃったのよ。起きちゃったと言うより目が覚めちゃったの方が正しいかな……というか腹が立ってるせいかあまり深く眠れなかったし」
要と呼ばれた少女はそう言った後、起き上がり欠伸を噛み殺すと頬杖をつく。
「腹が立ってるのは分かったけども。それで、なんで依頼主絞めたんだ? 報告しろ」
先程の要が言った言葉が気になり、横になっていた雷夜は起き上がり問う。すると要は顔を向けず目線だけで雷夜を見つめた後、ちゃぶ台にバンっと両手を叩きつけ雷夜をギロリと睨みつけた。
「らーいーやー! あんの依頼主のクソババア、旦那の浮気調査とか依頼では言っときながら、自分が浮気してたのよ! 旦那かと思った奴が浮気相手で、尾行していた男が旦那さんだったのよ! 旦那さん尾行させてあたしに連絡させてたのは、旦那と会わないようにするためとか?! あまりにおかしいと思って尾行していた旦那さんに話聞いたら話合わなくて、旦那さん連れてババアのところ行ったらその事実が発覚! で、朝方まで修羅場よ修羅場!! あたしはそれに付き合わされるはめになるし? 報酬貰った後に次に依頼して来たら指でも詰めてもらうからな、てババアにドス効かせて言って帰ってきた……て、ん? あ、絞めたではないかこれ。脅しただったわ!」
一気に話した要は肩で息をする。
いつの間にか雷夜に詰め寄るようになっているのには気づいていない。雷夜は両手を肩まで上げ、お手上げのポーズを取り苦笑いをする。
「……そんなことがあったのか……それは大変だったな?」
「大変もクソもへったくれもないわ! あのババア要注意というかもう依頼受けないでよね! まあ、依頼に来たら指詰めてもらうけど……」
ここは何でも屋であり、ヤクザの取り立てではないのだが、と雷夜は心の中で思った。たまにヤクザみたいなこともするが、それは依頼だから仕方ないのだが。
「はいはい、依頼受けないようにしとく」
「お願いするわ……あ、でもババアの旦那さんは依頼受けてもいいわよ。ふう、スッキリしたわ。そして喉渇いたから何か持ってこよ」
愚痴を吐き出して満足したのか、要は立ち上がり台所へと足を進めた。
男性陣はというと、二人で目を合わせ疲れた表情を浮かべた。
「俺は旦那さんに会ったことないから顔分からないのだが? あの人には悪いが、しばらくは依頼を受けれなくなったな」
「要が忘れたころに、また依頼受けた方が良さそうな感じがする。いつかは分からないけども」
「あの人はぶり良かったから、結構いい金貰えていたんだがな」
親指と人差し指で丸の形を作り、振る。しかし金よりも要の怒りの方が重要なので諦めた。
雷夜が営んでいる『何でも屋』は従業員が要しかいないからだ。鳴海と一応蛍も神社の管理があり、従業員ではない。もし、要の機嫌を損ない辞められたら、仕事が全部自分に来るのだ。
少ない依頼量ならいいが、昨日みたいな量が来たら捌けない。断る、というのもあるが出来るだけそれはしたくはない。それは雷夜自身のとある問題でもあるのだが。
「姫さんの機嫌を悪くしないようにしないとな」
「よく分かってるじゃなーい。あたしがいなくなったら、雷夜大変だもんねぇ」
グラスを片手にし、要は戻ってきた。上機嫌のようで鼻歌を歌っている。リズムで最近流行りの曲のようだ。
「そうだな、姫さんのおかげで俺は楽が出来ているしなー」
「いや、楽はすんな」
ギロリと睨みつけられる。
それを気にも止めず、雷夜はまた横になった。
「報酬はちゃんと寄越せよ。全部じゃないからな」
「分かってるわよ。そこまで金にがめつくないんだけどぉ? ここ来る前に雷夜の部屋の机に置いてきたわよ。まだ自分の分取ってないから全額。後で振り分けておいて……あ、この依頼の報酬多めなの忘れてないわよね?」
「忘れてない。姫さんの報酬多め、て言ったのは俺だろうが」
「そうだった」
要はグラスを口元に持っていき、中身の液体を飲む。食道を通る冷たい飲み物が通る。
カラカラだった喉に潤う感覚を感じた。
そうすると今まで感じなかった空腹が主張をし始めた。
ぎゅるぎゅるとなるお腹を押さえる。