赫月神社 1
東方にある国、極東。
和と洋が交わる街並みと緑豊かな国。
そこにある赫月神社の境内に幼い少女がいた。服装からしてここの巫女なのだろう。
彼女の手には箒があり、拝殿へと続く道を掃いていた。鼻歌も聞こえ、ご機嫌なのが見て分かる。
「きょうも、いいてんきです」
舌足らずな喋りは幼さを感じさせた。
手を止め雲一つない空を見上げる。
今日も快晴だ。
少女は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「きょうもてんきははれ〜せんたくびより〜らんらんらん♪」
と、歌を歌いながら視線を戻して作業も再開する。先程のメロディに歌詞をつけたようだ。
時間がある程度経ち、掃除を終わらせた彼女の背後から足音が聞こえた。振り返り、その人物を見る。
青年のようだ。灰色の瞳は幼い巫女を優しく見つめているが、底知れぬ雰囲気を漂わせていた。腰まである長い髪は銀色、に見えていたが日の強さ、日の当たり方によって金にも銀にも映る不思議な色。
この極東ではあまり見ない色。
「おはようございます、ほたるさま」
「おはよう鳴海」
ペコリ、とお辞儀する鳴海に蛍は笑みを浮かべる。
「相変わらず楽しそうに歌っているな」
「はい! おてんきさんかいせいのうた、です!」
「おてんきさんかいせいのうたか。ふむ? 前その歌はお天気さん晴れの歌ではなかったか?」
「そうでしたか?」
互いに首を傾げる。
だが数秒経って、どうでも良さそうな顔をした蛍は辺りを見回す。
誰かを探しているのだろうか。境内をキョロキョロとするが探している人物の姿がないと分かると、再び鳴海を見る。
「要と眼帯男はどうしたんだ?」
「がんたいおとこ? らいやさまのことですか? らいやさまはさきほど、さんぽにいってくる、となるみのあたまをなでておでかけしましたよ」
「頭を撫でて、の情報はいらないがな」
蛍の呟きを無視して鳴海は更に言う。
「かなめさまは、なるみがかくにんしたかぎりではねていました」
「あやつまだ寝ているのか? 僕でさえ起きているのに」
「かなめさまのきたくじかんは、あけがたでしたのでしかたないのでは……それもありますが、かなめさまはあさよわいかたですから」
「そうだったか?」
「それに、ほたるさまは、しっかりとじゅうじにはおやすみになられていましたし、くらべられるのはちょっと……」
困った表情をする鳴海を見ながら、ふぅん、と声を漏らした。そんなやり取りをしているとカランコロン、と音を響く。
音を鳴らしているのは誰なのか、二人にはすぐに分かる。この時間に参拝客は来ないだろう。
鳴海は振り返り、蛍は正面を見た。
その人物は赤い鳥居を潜り、そのまま石畳を歩いてくる。二人の元へと。
鳶色の髪に紫色の浴衣で黒の上着を羽織っている男性は、腕を組み気怠げな雰囲気を醸し出しながら歩いてくる。たまに欠伸をしているせいもあるのだろうか。
怠そうなその瞳の片方には眼帯がされていた。
「おかえりなさい、らいやさま」
「ああ、ただいま鳴海」
笑顔でお帰りと言われた雷夜は彼女の頭を撫でる。鳴海は抵抗することはなく、むしろ目を細め頬を赤く染め嬉しそうに受け入れていた。
「まだ掃除していたのか? いつもならもう終わっているだろ」
「もうおわりますよ」
「そうか……ん?」
ふっ、と笑みを浮かべた雷夜は視線をもう一人に向ける。蛍は、眉を寄せ腰に手をあてていた。
「おはよう、眼帯男。今日は早起きだな?」
「まあな。たまに時間が来ると起きちまうんだよ……」
「仕事がそんなキツかったのか?」
「いつもキツいに決まってるだろう? 昨日何件仕事してると思ってる?」
指で何件か数え始めた雷夜に、蛍は心底興味なさそうな表情をした。
「お前が何件仕事しようが僕には興味ないのだが?」
「だろうな」
予想していたのか溜息を零す雷夜。
それを無視する蛍。
いつもと変わらない光景に、鳴海は苦笑いをした。
燦々と照らす太陽の光は三人を照らし、風は少し冷たさを残す。
桜の花びらがまた参道へと落ちて行くのを確認すると、落ちた場所を掃いて一息つく。
「そろそろあさごはんのしたくをしなければ」
箒とちりとりを手に持つと、鳴海はテクテクと社務所の方へと向かう。
「そうだな。僕はお腹が空いてるぞ。今日の朝御飯は何にするんだ?」
「はくまいさんにみそしるさん、あとはおさかなさんを焼いてたまごやきもつくろうかと」
「僕も手伝う。魚を焼くのは得意だからな」
「昔よりだいぶ良くなったもんな」
得意げにふんぞり返る蛍に鳴海は楽しそうに雷夜はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「ほたるさまにおさかなさんはおまかせしますね!」
「あれはまだ慣れていなかったのだから、仕方ないだろう!」
蛍が雷夜に噛み付くように言うのを宥めながら、社務所へと三人は歩いて行った。