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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

この空を見るためだけの人生だったとしても

作者: 津籠睦月
掲載日:2020/11/08

 夢も目標も無く生きていては駄目(ダメ)ですか?

 何かを達成(たっせい)しなければ、生きていく意味がありませんか?

 誰かから称賛(しょうさん)や評価をされなければ、価値の無い人生なのですか?

 

 ――そんな風(ふう)に、問いかけたくなることがある。

 だって、もしそうなのだとしたら、私のこの人生は、無駄(むだ)で無意味なものでしかないということになる。

 

 だけど、私はまだ生きていたいんだ。

 何もできなくても、未来に何の希望も無いとしても、一分でも、一秒でも長く、この世界に留まっていたい。

 ……そんな風に思っていては、駄目(ダメ)ですか?

 

 今日は調子が良(い)いから、窓辺に立って外の景色を見下ろしてみた。

 地方都市の総合病院は、周りに高い建物も無く、どこまでも見通せそうなほど眺(なが)めが良い。

 

 一見、いつ見ても変わり映(ば)えのしない景色。

 だけど、よく見ていれば分かる。

 

 世界の色は、毎日変わっていくんだ。

 木々や花の色だけじゃない。

 空の色だって、町を包む光の色だって、季節により、日により、時間により変わっていく。

 その移(うつ)ろいを眺(なが)めているのが、楽しい。

 この世界も私たちと同じ“生き物”で、日々変わっていくものなんだって、そう思えるから。

 

 夜の景色も、嫌いじゃない。

 町の灯りは、都会に比べたら、たぶんずっと少ないんだろうけど……そのひとつひとつが、どこかの家の灯りで、そのひとつひとつの灯りの下で、知らない誰かの人生の一場面が、今日も展開されているんだろうな、なんて、想像してみる。

 きっと私と出逢(であ)うことなく終わるだろう人たちの、私の知らない物語。

 それを想いながら夜の町を見下ろしているのが好き。

 その瞬間だけ、世界の全部が私のものになったような、そんな感覚に浸(ひた)れるから。

 

 他人に言っても、全部は理解してもらえないかも知れないな。

 だけど、私がこの病室(へや)の中で手に入れられるものは、本当にごくわずかで、そのどれもが私にとっては大切で、たまらなく愛(いと)しいものなんだ。

 

 ここにはテレビも他の娯楽(ごらく)もあるけど、それよりも私は、ただ世界を眺(なが)めているのが好き。

 テレビやゲームや本の中のことは、私の世界とあまりにもかけ離れていて、遠過ぎて、時々無性(むしょう)に哀(かな)しくなる。

 

 私の毎日は、単調だ。

 毎日、決められたタイムスケジュール通りに看護師さんや医者の先生が回って来て、身体を拭(ふ)き、体温を測(はか)り、血圧を測り、食事をし、お茶をもらい、点滴(てんてき)につながれる。

 入院生活は退屈(たいくつ)だ、なんて言うけど、結構頻繁(ひんぱん)に人の出入りがあって、意外と落ち着(つ)かない。

 そんな生活にも、もうだいぶ慣(な)れてしまったけど……。

 

 私の体調には波があって、調子の良い時には病気のことも意識の外に追いやって、ほんの一時(いっとき)忘れてしまえる。

 自分の身体の中で病魔が進行しているなんて、夢か幻のように思えることさえある。

 だけど、そんな幸せな忘却(ぼうきゃく)や幻を打ち消すように、不調はふいに襲(おそ)って来るのだ。

 

 一度ソレに襲われると、起き上がることも難しくなる。

 布団の中に埋(う)もれていても、世界がぐらぐら回っているような気持ち悪さで目眩(めまい)がする。

 物語では、病弱な少女が美しく儚(はかな)げに描かれたりするものだけど、私の現実は美しくなんてない。儚いなんて生やさしい言葉も似合わない。

 パジャマや布団(ふとん)が湿(しめ)るほどの汗にまみれながら、もうこれで終わってしまうんじゃないかと、何度思ったか知れない。

 だけど、私の感じる苦痛と身体(からだ)の受けるダメージとは、必ずしも比例してはいないらしく、何とか今もこうして、この世界に留まることができている。

 

 希望を棄(す)てているわけではないけど、私は自分の未来をあまり想像できない。かと言って、死についても想像がつかない。

 ただ曖昧(あいまい)であやふやな恐怖に、時々ふいに襲われる。

 特に理由も何も無く、泣きたくてたまらなくなることがある。

 

 だけど、人前では泣けない。

 困らせたり悲しませたりしたくないし、涙の理由を訊(き)かれても、自分でも上手(うま)く答えられない。

 だから、夜中に布団の中で、声を殺して一人泣く。

 

 自分を可哀想(かわいそう)がっているわけではないと思うけど、本当に自分でも、理由が分からないんだ。

 もしかしたら、泣くという行為(こうい)自体を、味わっているのかも知れない。

 それは、生きているってことだから。

 

 思考する余裕すら失うほどの苦痛が引いて、ベッドの上から窓を眺(なが)めた時、空があまりにも綺麗(きれい)な黄金色(きんいろ)に染(そ)まっていて、泣きたくなったことがある。

 病室の中まで、ほのかな黄金(きん)の光に包まれていて、あぁ、生きてるんだな、って思えた。

 光にも色がついてるってことを――空気さえお日様の色に染(そ)まって見えるんだってことを、私はこの時、初めて知った。

 

 私は、この世界が好きだ。

 外(・)の世界はもう、窓から見下ろすばかりで、出歩くことも触(ふ)れることも難しくなってしまったけれど。

 未来なんて全く想像ができなくて、一日一日、ただ必死に命を繋(つな)いでいるような毎日だけど。

 日の光を浴(あ)びて、その温(ぬく)もりを感じたり、窓から吹き込む風に肌(はだ)を撫(な)でられてうっとりしたり、毎日少しずつ変わっていく景色を眺めているだけでも、幸せを感じるんだ。

 

 人間(ひと)は人生に、大層な意味や意義を求めたりするものだけど――ただ単に、日の光を味わって、風の心地よさを味わって、綺麗な景色を味わって……この世界(・・・・)を味わうためだけに生きていたら、いけませんか?

 花や、虫や、野生の獣(けもの)たちのように、ただ生きることを精一杯全(まっと)うするだけでは、駄目(ダメ)ですか?

 

 きっとこのまま生きていっても、何を為(な)せるわけでも、何かになれるわけでもない。

 だけど、この生を手放(てばな)す気にはなれない。

 両親や、いろいろな人に苦労をさせていることを知りながらも、私は生を望んでしまう。

 

 どんなものでも、失(な)くすとなると惜(お)しくなったりするものだけど、私の生への執着(しゅうちゃく)も、それと同じなのかな。

 もし病気になったりせずに、普通に学校生活を送れていたら、他の子たちと同じように、友達や、進路や、いろんなことで悩(なや)んだりして、「死にたい」なんて思ったりもするのかな。

 

 人生や生命(いのち)の尊(とうと)さを知ることができたから、病気になって良かった、という人がいる。

 私はまだその境地(きょうち)には辿(たど)り着(つ)けていないけど、何となく分かる気がしないでもない。

 きっとこういうことにならなければ、この世界をこんなに美しいとは思えなかった。

 

 何の変哲(へんてつ)もない四角いビルも、アスファルトの道路も、愛しいと思って見つめれば、極上の景色に見えてくる。

 心の目ひとつで、世界は変わる。

 私は今、美しくて、愛しくて、極上で、離(はな)れ難(がた)い世界を生きている。

 

 この世界と出逢(であ)えただけでも、生まれてきた価値があった。

 今まで出逢ってきた人、もの、景色の全てが、私の生きる意味だった。

 

 もし、これからもっと具合が悪くなっていくとしたら、ベッドから出ることも、町を見下ろすこともできなくなるのかも知れない。窓を見ても、空しか見えないのかも知れない。

 だけど、きっとそんな状態になったとしても、私は自分の人生を無価値なものだなんて思わない。

 刻一刻と色を変える、あの空を見ているだけでも、きっと意味はある。

 綺麗なものを綺麗だと感じて、心をホワッとあたたかくするだけでも、意味はある。

 だから、もしも私の人生が、ただこの空を見るためだけにあったのだとしても、構(かま)わない。

 

 大きな意味や意義なんて、要(い)らない。

 他人と比べて幸せだとか不幸だとかも、どうでもいい。

 だって、どんなに羨(うらや)んだところで、結局、私には私の人生しか生きられないから。考えるだけ空(むな)しいばかりで、精神の無駄遣(むだづか)いだ。

 

 不幸な運命を、ただ不幸だと嘆(なげ)いて、自分を不幸に追い込(こ)んだりなんてしない。

 こんな日々の中だって、幸せを見つけるのを諦(あきら)めたりなんかしない。

 私は、私に与えられたこの人生の中で、精一杯の幸せを、味わい尽(つ)くすのだ。

Copyright(C) 2020 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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