クラス
今日は一学期の一番始めの日……つまり正真正銘新しい学年の始まりの日だ。
明日は新しい一年生がやって来て全校生徒で入学式を行うが、一方一日早く上の学年へと上がった俺たちにとっては、今日の方がよっぽど大事な日だったりする。
というのも、新年度初日の今日は……
「ワクワク! 今年は俺どこのクラスかな〜? 透司郎と同じクラスってのはマストとして、できればC組のまんまがいいなぁ。吉崎先生のクラスは厳しそうだし、ヨダせんのクラスなんて論外も論外。やっぱアマネちゃんのクラスがいいよな〜。透司郎はどうよ?」
「俺もまあ、アマネ先生のクラスがいいな。あとは、うるさくないクラスがいい。龍河みたいなやつがいると授業中うるさくて集中できないからなあ」
「んだよ、それ! なに真面目ぶってんだ! 授業中うるせえのはぜってえ透司郎の方だろ!? むしろ俺は被害者だろ!? 忘れてねえからな。一年の時社会の授業でいっつもいっつも俺が発言する時に消しゴムのカス玉飛ばして俺の邪魔をしたことはなっ。お前あれバレてねえと思ってんのかもしんないけど、くまちゃん先生にも完全バレバレだったかんな! てめえだけだぞ、くまちゃん先生がわなわな震えてんのにずっと気付いてなかったの。それで一回授業中大説教されただろ!?」
「え……うそ、あれたまたま見てて怒られたんじゃなかったの?」
「んなわけねえだろっ! 一回カス玉飛ばしたぐらいであんな学校中に響き渡る大声で怒鳴る先公がいてたまるか! 毎回毎回バレバレなのにお前がいつまで経ってもやめねえから、くまちゃん先生がたまりにたまって最後にブチ切れたんだよ!」
うお……マジか。
新学期初日にして衝撃の事実を知ってしまい、さすがにちょっと焦る。
そっかー……だからくまちゃん先生あの時あんなに怒ってたのかぁ。
変だと思ったんだよなぁ、あの温厚なくまちゃん先生があんな怒るなんて。
気をつけよ。
「まあ、そうカッカッするなよ、龍河。血圧あがるぞ?」
「誰のせいだよ、ったく……まあいい。運命の瞬間だ、透司郎。行くぞっ」
「おうっ!」
龍河との恒例の馬鹿なやりとりはここらへんで止めておいて(どっかしらで止めないと、龍河とのこれは永遠に続きがち)、俺たちは静粛な雰囲気で玄関前にある掲示板の方にゆっくり近寄っていく。それからまたゆっくりと視線を地面から壁、壁から掲示板へと移動していき、それを見やる。そうそれは、これから一年間の学校生活全てを決めると言っても過言ではない、第二学年の新しいクラス発表の掲示板。特に、同じクラスに誰がいるか、担任はどの先生かは、おそらく今日登校してくる生徒全員の最大関心事項だ。もちろん一年の頃から仲のいいクラスメイトと一緒になれれば万々歳だし、それ以外でも学年で人気の女の子や(ちなみにうちの学年女子で圧倒人気は、元B組の吉野瀬カナリである。超絶美人)お笑い担当の男子がいるかどうかなんてのがかなり気になる所だ。そういったやつらと一緒になれれば、次の一年間は楽しくなることうけあいだし、逆に元々の知り合いにも恵まれない、人気のクラスメイトが軒並み別のクラスに取られるなんてことになったら、それだけで新学期初日からがっくり来てしまう。もちろん結局その一年間が楽しくなるかどうかなんて、自分次第なんだろうけどさ。
というわけで、この新年度のクラス発表というのは、新学期初日にして年間最大のイベントと言っても過言ではないだろう。
そんな大イベントに挑む俺たちの手は、足は、自然と武者震いでカタカタ震え出す。
もちろんびびってるわけなんかじゃないさ……そうさこれは、武者震い。最高の一年を過ごすために最高のクラスを引き当てる、そのための武者震いなのさ!
さあ、いざゆかん、決戦の場へっ!
龍河と同時に顔を上げる。
「どこだ……俺の名はっ」
「落ち着け、透司郎。まだ焦る時間じゃない。ゆっくり順番に探すんだ……よーし、落ち着け、俺」
目を合わせないまま龍河と芝居ぶったやりとりをしつつ、もう一方で四枚貼り出されている紙の中から自分の名前を探し出す。
左から順にA組、B組、C組、D組のクラス名簿だ。
それを一言一句漏らさぬよう、端から端まで自分の名前を探していく。
A組……ない。俺の名前は、見当たらない。
B組……も、ない。というか名簿は名前順になっていて、俺の『いざよい』はたいてい一番上か二番目にあるから、すぐにあるなしがわかってしまう。
して、次は……
「い……い……いざよい、とうしろう…………あっ!」
あった……
二年C組の名簿の、まさに一番上。
そこに間違いなく、俺の名前がある。
しかも担任を確認してみれば、案の定一年C組の時と同じく、アマネ先生だ!
やったっ! 今のところ最高のカードを俺は引いている!
俺ははやる気持ちで龍河に伝える。
「C組だ……俺は、C組だぞ、龍河!」
しかし龍河は俺の声に返事をしない。
どうやらまだ掲示板の紙の中に自分の名前を探している最中のようで、その目は微妙に震えながらクラス名簿の紙を上から下へとなめるように確認していっている。
しかしやがてその目がB組の紙を見終え、C組の紙へと移って数秒間……不意に龍河の視線がある一点で止まると、すぐにパッと明るい笑顔になって俺の方に振り返ってきた。
「お、おい、透司郎、C組だ! 俺もC組……一緒だ! やったぜ、はは!」
「おう、また一年間、よろしくな!」
ガシッと、グーとグーで喜びのハイタッチを交わす。
まあ、実は自分の名前を見つけた時にはからずも、そのすぐ下に龍河の名前も見つけてしまい、龍河よりだいぶ前に同じクラスであることは知っていたのだが……
「担任もまたアマネちゃんだし、これはあれだな。きっとアマネちゃんが俺たちを他のクラスに渡したくなかったってことだな! 最高だぜ、アマネちゃんッ!」
「はは、かもしれないな」
「あらためてよろしくな、透司郎」
「ああ」
それをこの場で言うほど俺も野暮じゃない。
俺たちは少しの間、クラス発表の掲示板の前でまた同じクラスになれた喜びを噛みしめてから、玄関の中へと歩き出す。
その間も掲示板の前ではたくさんの同級生が、ドキドキしながら自分のクラスを確認したり、確認し終えて「よし……!」と小さくガッツポーズをしていたり、はたまたあまり良くないクラスに当たったのかやや沈んだ表情で名簿を見つめ続けているやつなんかもいたりして……まるでここだけ夏のお祭りみたいな雰囲気だ。わいわいがやがやと、平日月曜の朝がちょっとだけ特別になる。クラスの当たり外れは当然あるだろうが、こういう雰囲気自体は俺は結構好きだ。
「おーい、なにしてんだよ〜、とうしろー!」
「あ、わりい……ぼーっとしてた!」
けれどいつまでもそこでゆったり雰囲気を味わっているわけにもいくまい。
龍河に呼びかけられて俺は、慌てて止まっていた足を再び動かし、校舎の中へと入っていく。